第四百七十四話
9月19日分です。
御伽学園戦闘病
第四百七十四話「完遂」
その場には白煙しかいない。一対一の状況だが厳しい事に変わりはない、刀迦は手ぶら、普通に考えて勝ち目は何処にも転がっていない。だがそれは普通の能力者の場合である。刀迦は平凡な人間のはずなのに人間の域を超えている化物、昔にアイトがマモリビトの力で無理矢理弱めたは良いがこの瀬戸際にて覚醒を用いての解放が発生する。
今現在封じていたラックは実体を持っておらず干渉が不可能。
「…変わったな」
白煙も異常を感じた取ったがこのまま戦えば勝てるとは分かっていたので変わらず降り立ち、対面する。黒煙の死体は既に消滅しており万全な状態。
物凄い眼光を向ける刀迦に対して冷たい目を向け、待つ。受け身でよい、本番は水葉が来てからだ。それまでは時間稼ぎでしかない、適当にあしらっておけば問題は無いだろう。
「そういうの、ほんと嫌」
次の瞬間白煙は背後を取られた。だが動じずに振り返りながら羽を大きく広げる。武器を持っていない刀迦など怖くないと思っていたからだ。
だが実際には振り返った時点で姿は無くなっており、再度裏を取られていた。尋常ではない速度に強烈な違和感を覚えながらも何とか対応する。
白煙は術もさることながらフィジカルでもトップレベル、そこら辺が中途半端な黑焦狐や黒煙とは格が違うのだ。文字通り奉霊最強の白煙でも追う事すら出来ない速度、何かがおかしいと感じ始めるのも無理はない。
「おかしいな、速過ぎる。追い詰められる前より身体能力が上がっているように感じる。火事場の馬鹿力か?」
「違う、これが本領」
猛烈な蹴り。顔面にくらいながらも霊力感知で位置を捉え身をよじった衝撃でダメージを与えようとする。だが刀迦は迫って来た羽を踏み台にして跳び、回避した。
こんなの見た事が無い、到底人間とは思えない身のこなし、物凄い身体強化でも付与されていないと説明が付かないだろう。ただこの怪物からはそんな事さえも可能にすると感じられる風格がある。
意地汚いと言うには少々高潔であり、高潔と言うには汚らしい。白煙はふと思い出した、自身がまだただの白い鴉だった頃に無数に見て来た獣と似た所がある。
「まるで獣、人としての威厳を捨てた様にしか見えないな」
どれだけ攻撃を入れても白煙はビクともしない。刀迦は一応全力で殴ったり蹴ったりして反撃も些細なものしかもらっていない。それなのに依然劣勢、逆転するビジョンがこれといって浮かばない。地力の差が出ていると言えばそれまでだがそんな事を言っていたら強くなれない、何か原因があるに決まっていると勘ぐり、距離を取った。
もう少し観察が必要だ。折角來花が足止めしてくれているので多少ならば時間はあるのだ。ここで無茶をしてその善意を無駄にするよりも甘えて成果を上げた方が喜ばれるに決まっている。
「別にそんなでも良い、私は勝つだけ」
次第に身体能力が上がっている。既に人間とは思えない。だが白煙ならば問題は無い、適当にあしらっていればどうとでもなるはずだ。
そんな思考が現実味を帯びているのはここまでだった。
視界が揺れる、大きく大きく。顔面を蹴られたのは分かったが体が動かない。脳震盪か何かかとも思ったがそれ以上深く考える事が出来ない。まるでデバフでもかけられているかのようだ。
「流石に舐めすぎ」
刀迦の勢いが上がって行く。叩き込んで、ひたすらに叩き込む。白煙は耐えてはいるのものの急激に思考が出来なくなり抵抗すら出来なくなった。
このまま行けば刀迦の勝ちだ。白煙がどれだけタフだろうが関係ないのだ、今の刀迦は霊力操作が完璧なのだから。白煙が大した攻撃をしてこないと分かっていたので体内の霊力で出来うる限り拳や足に集めて攻撃を繰り返していた。それは霊にとっては本来とんでもない特攻を持つ攻撃法であり、避けなくてはいけないものである。
なら何故白煙が避けなかったのか。結論としては『遅延』にある。遅延は単純な能力だけでなく霊力の流れなどもある程度は効果対象になるのだ。刀迦はずっと霊力で攻撃した分を遅延させており、ここで一気に放出したのでこんな事になっている。
白煙が警戒出来なかったのも仕方が無い事である、何故ならここまでの精度で遅延が出来る者など見た事が無かったからだ。当然初代ロッドでも出来なかった、マモリビトのラックですら多少の遅延が精一杯、普通に考えて無理だ。
「私は強いから、邪魔が入ったけどもうそれも無い。ラックは今実体が無いせいでマモリビトとしての力を存分に発揮できない、多分急いで何かに魂を移すだろうけどもう間に合わないよ。
私の方が、速いから」
大きな一撃を入れようと殴り掛かったその瞬間の事だった。背後から殺意を感じた。振り返りながら蹴ったが左手で受け止められる。
「もう逃がさないから」
眼に炎を灯している水葉がそこには立っていた。既に覚醒を起こしているので多量の霊力補給が出来ているはずだ。それに加えて水葉はほとんど無傷である。
來花はどうしているのかと思ったが霊力感知をしてみると白煙以外の奉霊が戦闘している。それならば仕方が無い。もう來花の応援は望めない、それに中央にいる佐須魔や智鷹も漆によって動きを止められている。
「まさかあんたら…!」
この異様な連帯行動、ここでようやく刀迦は気付く。
「そうだよ。私達の目的は重要幹部の掃討。その中でもリイカ、神、そして刀迦は必須事項だって決められているから」
リイカは序盤、神は中盤で終わっている。そうすると残りの仕事は刀迦を落とす事だけ。主戦力である三獄は足止め、譽や素戔嗚も中央に向かっている。ここで『阿吽』をして助けを呼ぶのが最適解だとは分かっているのだがそんな隙を水葉が見せるとも思えない。
「もうチャンスは逃してるよ。私が来る前に重要幹部の応援を要請しておけばこうはならなかった。結局一人で戦おうとしたから負ける、馬鹿じゃん」
水葉はそう言いながら刀を振るった。刀迦は避ける事しか出来ず反撃に出られない。もう接近する事すら不可能と言える戦況である。來花が来ており中央もヤバイので応援は望めない、かと言って今の刀迦に起死回生の一手は無い。刀すら持っておらず術も兎だけ、目の前にいるのはフィジカルだけで見ると負けている水葉と化物集団奉霊の中でも最強の白煙。
どれだけ本領を発揮しようが抑え込まれる、真の強者に。
「本当にラックが焦ってるのなら無理矢理礁蔽の意識でも乗っ取るでしょ、降霊みたいに。それすら起きてないって事はもうあんたは脅威ですら無いって事。
まぁ最初から分かっていた事だけどね。あんたは掃討能力は本当に高い、速くて瞬発力が桁違いだから。でも長期戦はそこらのサポート系よりも苦手でしょ。この惨状が物語ってるよ」
水葉はドンドンと近付いて来る。
確かに刀迦は長期戦が得意ではない。だがそれは短期戦に比べればという話であってちゃんとした基準で考えれば長期戦だって全然出来るのだ。
ただ水葉がそんな事を理解出来ていないはずもない。ここまで強気なのにも理由がある。
「私はずっと薫に鍛えられて来た、刀も体術も、何なら降霊術や妖術だって。私みたいに何でも出来る能力者が周りには薫しかいなかった。
だから疑わなかった。長期戦用に育てられてるって」
薫の育成は常に刀迦対策を意識しているものであった。そうなれば必然的に長期戦が上手くなるだろう。
「体力だけじゃない。短期戦が得意な相手に仕掛けるタイミングとか、妙にピンポイントな部分を教え込まれた。それで見事に引っかかってた。
私が黒煙と一緒に來花と戦わない訳ないでしょ、普通に戦闘をするのなら。だって來花は追いかけて来る。でもあんたを逃がす訳にはいかなかった。だって明らかに疲労が出て来ていたから」
あの時既に水葉は見抜いていたのだ、刀迦が疲れ始めており、厳しい状況に置かれそうになっているので逃走を図っていると。なので焦らず黒煙だけを向かわせて自分は來花と戦った。
幸運な事に奉霊達が引き受けてくれたので想定よりも何倍か早く事が進んだか結果としては何の変化も無い。
「でもちょっと油断し過ぎ、白煙」
「済まない、思っていた以上に強かった」
「まぁ良いよ、勝てたんだから。今からの戦いでは油断しないでね、もう助けは無いから」
「あぁ、了解だ」
もう刀迦など眼中に無い。
「まだ終わってない」
近付いて来る水葉に向かって小石を投げ、そちらに意識が向いている間に殴り掛かろうとする。だが白煙が物凄い速度で蹴り飛ばした。
「最後の姫を傷付ける事は許されない、この白煙の名に誓ってな」
白煙の攻撃すら避けられなかった。もう体が限界なのだろう。それでも挑む、負けていないと信じているから。
「無駄」
拳を左手で受け止める。そして右手に持っている刀の柄でそのまま腕の骨をへし折ってやった。刀迦は痛みながらも蹴りを繰り出す。次の瞬間水葉は刀を振るった。
胴体から吹き出す血、もう力が入らない。
「分かるよ、そういう風になったら力入らないよね、だって身体強化じゃないもん。それにあんたは霊力を白煙に対する攻撃で使い過ぎたせいで体力の供給が霊力に吸われて回復が間に合ってない。
よく立ててるねってレベル」
血だらけになりながらも刀迦は立ち、殺意を向けている。
「私は鬼じゃないから死ぬ瞬間ぐらいは痛くないようにしてあげる。けど黄泉で謝って、矢萩に。矢萩は絶対に刀なんか持つべきじゃなかった。もっと良い選択肢があった。それを潰したのはあんたじゃなく佐須魔、だけど悪化させたのはあんただから」
「……意味が分からない……私はただ鍛えただけ、力を付けなくちゃ生きていけない人間を…」
「力にしか頼れない奴が他人に力を与えられる訳が無いでしょ。現に練度で言えば圧倒的に低い薫の指導で私はここまで強くなった。あんたは躊躇してただけ、弟子に追い越されるかもしれないと言う不安のせいで」
「……違う…」
「アイデンティティが無くなるのが怖かっただけでしょ」
「違うって…」
距離を詰める。目の前、触れられる位置だ。水葉は最後に言い放った。
「そうやって逃げてるから負けたんだよ。ちょっとは反省しなよ、地獄でさ」
首が跳んだ。
流れる通知、衝撃が走ったのは言うまでも無いだろう。
《チーム〈TIS〉[神兎 刀迦] 死亡 > 姫乃 水葉》
そしてそれを見届けたと言わんばかりの通知。
《チーム〈旧生徒会〉[姫乃 香奈美] 死亡 > 神兎 刀迦》
「ありがとうお姉ちゃん、菊。勝てたよ」
心の底から感謝を伝えると同時に歩き出す。
「奉霊は放っておいても大丈夫でしょ?」
「あぁ、あいつらなら呪使い程度止めておける」
「それじゃあ行こう。漆ももう限界だよ。椎奈と蒼も行ってる。目標は完遂したから、あとは追加で戦果上げるよ」
「何をするんだ?」
「第六形態を破壊する」
必ず発生するであろう佐須魔対薫の戦闘で勝率を少しでも上げるため、残っている者は皆中央へと向かい始めた。
一方刀迦は白い世界でエンマと対面していた。そしてそこには叉儺もいる。
「酷いやられようだったな、刀迦よ。妾だったらああはならんかったぞ」
「黙ってよ」
「まぁまぁ兎に角さ、刀迦は地獄行きだから。あー、あと聞きたいんだけど今後もああやって暴れる予定ある?」
エンマの目が真面目だ。なので嘘は言わない。
「知らない、來花の指示次第」
「そっかー…そうなると難しいねー。叉儺、どう思う?」
「妾か?……うーむ、エンマの地獄で良いじゃろ」
「おっけー、次に悪い事したら初代ロッドの方の地獄に入れるから、注意してねー。とりあえず現世に勝手に戻った罪で百年ぐらいは地獄居てもらうねー」
生き返るのは大罪なので仕方が無い事だ。元々覚悟はしていたので何も文句は無い。
「それじゃあ地獄に行く前に何か言い残したい事とかあるー?」
刀迦は何も考えず、ただその頭に浮かんだ言葉を最後とした。
「死ね」
次の瞬間、刀迦の姿は無くなった。地獄へと収監されたのだ。ひとまず百年間はそのままなので改心するだろう。
「いやぁまさか水葉がやるとはねー」
「そうじゃな、妾も予想していなかった。剣術最強は刀迦だとばかり思っていたが…薫も侮れんな」
「そうだね。今からは第六形態の破壊か…面白そうだね、佐須魔の本気、ちゃんと見なきゃね」
「今更必要あるのか?」
「あれ?言ってなかったけ?視界共有してるの叉儺だけじゃないよ、英雄は勿論の事紫苑とか旧生徒会の皆にも映像って形で見せてるし……何よりまだいるだろ?準備段階の切り札が」
その時のエンマの顔は、戦闘病とも素とも取れない笑顔だった。
第四百七十四話「完遂」




