第四百七十一話
御伽学園戦闘病
第四百七十一話「齟齬」
香奈美の鴉が喰われたあの日、流が紫苑を抱えて逃げて来る際に蒿里と素戔嗚は道端でとある話をしていた。それは佐須魔からの命であり、流を連れ出されたのでTISも本格的に動き出すと告げられたタイミングであった。二人は当初からTISへの思いは変わっていないので半分口論のようになりながらも鴉の気配がした瞬間もうやるしかないと気合を入れざるを得なかった。
「蒿里、恐らく香奈美は操作か何かを受けているはずだ。先程見かけたが明らかに何かが違った。先程の霊力反応も相まってやはり…」
その時蒿里に反応が有る。『阿吽』が来たのだろう。そして数秒後困った様な顔をしながらも言った。
「鳥神で取り込んでおけ…だって」
「まぁ…悪くない判断ではあるが……鳥神で喰うとなると余剰分が香奈美に…」
「だよね、やっぱり…」
「いや、やった方が良い。俺は学園にいる間だけはお前の態度に文句を言わないつもりだ。ただ逆らうのはやめておけ。これはお前を思っての事だ、蒿里」
正論。素戔嗚がTISに忠誠を誓っているのは事実であるので上手く行くように誘導しているようにも感じるがここで逆らった所でどうにもならないだろう。暴れ馬だと見られていた当時のエスケープは生徒会や学園側の信頼は無いに等しい時期、万が一学園側に行けるとしても今後の対応が良いものになるとはどうしても考えられない。
それに兵助が何処かで生きているのは何となく察していた。佐須魔の些細な態度の変化や瞳の小さな揺らぎで感じ取っていたからだ。その内助け出す事になるのは明白、そうなれば香奈美も治るはずだ。
それならば、と蒿里は喰う事に決めた。丁度そのタイミングで流が走って来たので"助けを呼ぶ"と言う体で鳥神を出す為霊力放出を完全に切って人気の無い所に移動したのだ。
「…ここなら…」
完全に誰もいない林の中。だがそんな所で蒿里は考える。本当にこのまま喰ってしまって良いのだろうか。
「…でも……」
悩んでいると誰かが近付いて来ているのが分かる、だが霊力反応的に大丈夫だ。そいつも『阿吽』を受け取っており、蒿里が迷う事を悟って接近して来たのだ。
「ラッセル…あんたにも…」
「あぁ。私も後々仕掛けられる襲撃の際にアクションを起こす事となった。まぁそんな事を伝えに来たんじゃない、蒿里お前迷ってるだろう」
「…当たり前でしょ」
「そうか。なら私は敢えてこう提案しよう、中途半端で止めるんだ。喰いはするが飲み込ませるな、そのまま遠い所に香奈美の霊を持って行って放させ、全てを話して契約の提案をするんだ。もうこうなった以上香奈美の霊をそのままにするのは無理だろう、だがお前自身が契約するのは恐らく何も言われないはずだ」
悪くない案ではある。だが何故完全TIS側のラッセルが不利益に繋がる提案をして来たのかだけが気になって仕方ない。時間も無いので直接訊ねてみた。
「なんでそんな事…」
「私もお前に関する考え方は素戔嗚と同じようなものだ。ここでぐらい出来る限り自分に寄り添えば良い。それだけの事さ」
その言葉に嘘は無かった。一応信用に値する人物ではあると判断した蒿里は先程の提案を呑み、実行する事とする。確かに香奈美の鴉を一時的に蒿里の中に留めて、いつか完全に学園側に付ける時が来たら解放して返却しようと思っていた。
その後鳥神を呼び出した蒿里は鴉を瀕死にまで追い詰めた後攫い、島から相当離れた海上で「中にいる時は絶対に自我を出さない事」と条件を付けて鴉と契約を結んだのだ。
そして数年後、最後の大会で香奈美にそれを渡した。流れ込む記憶、鴉が見たであろう蒿里の記憶が虫食いのように香奈美の頭にも入った。
「そう言う事か。感謝するぞ蒿里……さぁお前ら、やるぞ」
刀迦も終わらせにかかっている。刀もそろそろ限界なので精々打ち込めて四発程度だろうか、だが本体にはあと一回でも当てれば生身だけでも勝てるはずだ。既に覚醒の効果である斬撃の実体化でのアドバンテージは活かせる絶妙な距離感。殺意に気付いていた香奈美もこれで終わらせようと滅茶苦茶に頭を働かせて"間に合う"と理解した。
これで悔いは無くなるはずだ。
二十秒。
「オレから行くぜぇ!」
迅隼が先陣を切った。それと同時に刀迦も距離を詰めようとする。だがそれは黒煙が許さない。香奈美はコンタクトを交わさずとも欲しい術をくれる。
『妖術・戦嵐傷風』
もう刀迦は刀を抜いている状態で戦嵐傷風の中に入る事は出来ない。そうなると必然的に範囲の左右、横の方に避けるはずだ。そこを砂餠鮫と鴉で狙う。
だがそんなコテコテな戦術見抜けないわけが無い。別に刀をもろに出していなければ何の問題も無いのだ。嵐の中だけ鞘に抑え目て置けば良い。抜刀は特段遅いわけでも無いし、むしろ速い方だ。そこを見抜けなかった時点で香奈美の負けだ。
嵐を抜けたその瞬間、嵐に戻される。何が起きたのか一瞬分からなかったがどうやらUターンした迅隼がクチバシで襟を掴んで引っ張っているようだ。
「掴まってな。ぶっちぎるぜ」
「面倒」
刀は出したくないので素手で叩き落とそうとした次の瞬間、嵐を抜ける。そのまま嵐に留めておけば良かったはずだ。そう思いながら刀を抜き、斬った。迅隼はあっさりと放して墜落する。
だがその時、真っ直ぐな眼で刀迦の方を見ながら言い残した。
「言っただろ、ぶっちぎるってよ…」
抜けた先には鴉、黒煙、砂餠鮫の三匹。今から振り返って入るには刀をしまう時間もあるので攻撃が間に合ってしまう。選択肢は二つ、くらいながら刀をしまい嵐に飛び込む、または反撃に出る。
何も考えていなかった。ただただ反射で、砂餠鮫の目の前に立っている。だが砂餠鮫も予測していた、この中で一番弱いのは自分で一番弱っているのも自分だから真っ先に狙われるだろうと。
そのため二匹の鴉もそう出て来ると決め打って動いていた。ただ自分達の力だけでは及ばないだろうと、それを理解した香奈美が伝え、設置させていた。
瞬時に周囲の霊力が吸収される。砂餠鮫は逃がさまいと足に噛みついた。すぐに蹴られ放す事になるのだが一秒は稼いだ、それで充分。
「知っているだろう、これは烙花蟲だと」
シウではない、桃季への申請。点く、真っ赤な霊力の炎が。だがそれは眼だけでなく体全体へと燃え移る。
「ふざけないで」
そのまま黒煙を斬りに行く。だがそれすらも予想通り、決め打ちがことごとく当たっている。体全体に盛る烙花蟲の炎、それを利用する。
『妖術・上反射』
視界外から香奈美の声。そして黒煙に上反射が来た。だが距離は短い、多少のダメージをくらってでも殺した方が良いはずだ。そう判断した刀迦は上反射を軽い斬撃ですり抜けようと刀を振った。だがその斬撃で無効化した上反射の先にも存在している、また別の上反射が。
「蒿里の真似ね」
だが問題は無い。ここまで来ると攻撃対象を変えた方が良い。百八十度回転して鴉を殺そうとしたその時、体全体に衝撃が走る。これは上反射の反射ダメージだ。すぐに再度振り向いて何が起こったのか確認する。
そこにいるのは黒煙と上反射だけ、それ以外に何も無い。
「分からないか、お前の覚醒は恐らく『覚醒能力』だ。斬撃の実体化。即ち霊力か体力のどちらかが多少なりとも含まれるはずだ。そして単純に考えて『覚醒能力』なのだから霊力だろう……烙花蟲の炎、何を媒介にしているかなど予想に容易い」
二重にしていた意味、それは斬撃に乗った炎で反射させこの隙を作らせるためだった。そして直後前後から鴉、黒煙が仕掛ける。羽を大きく開き、風を起こす様にして羽根を飛ばした。そんな物に何の意味があるのかとも思ったが飛び方がおかしい、非常にまっすぐ飛んでいる。どう言う事なのか理解すると同時に左右に避けるしか無くなった。
それはラッセルが使っていた蝶の翅が刃物のようになる『妖術・狂鋭』と同じ仕組み、または同じ術なのだろう。それが何本も飛んできているとなると殺傷力が高すぎる。刀の消耗にも繋がるので仕方無く嵐ではない横側に避けた。
十秒。
「そう言う所が、甘いんだよなぁ!!」
死に際スレスレの迅隼が突っ込んで来る。これが最後の突撃になると分かっていながらも、何の迷いも無い、最後まで役に立てたと信じているので、迷いはない。
「もうそれは通じない。まぁヤケクソにしては、良い手だったよ」
冷静に斬る。少しタイミングがズレようと実体化によって絶対に当たる。そんな事分かっているのだ、それでも止めない。ここまでボロボロになってしまったら出来る事など一つ、時間稼ぎだけなのだから。
斬撃が直撃し、そのまま地面に墜ちた迅隼への敬意を胸に、砂餠鮫が足に噛みつきそのまま嵐の中へと放り込んだ。これで勝てる。刀迦は刀を手放すしかないので後は戦嵐傷風をもう一度撃ちながら上反射や他の攻撃術を使って叩くだけ。
既に勝負は決まった。
「まぁ、そうなるよね」
刀迦は読んでいた、こうしてくる可能性が高いと。最初から刀の消耗を利用していたのだから最後もしっかり考慮に入れてくるはずだ。そしてこの場面で刀を守る方法は手放す事のみ。
そして香奈美達は手放すと予想するだろう。普通に考えて武器が無いと戦えないのだから。そこに齟齬がある。まず前提として刀迦は、刀を大事になどしない。あくまで武器でありそれ以上でもそれ以下でも無いのだ。
どんな形になろうと勝てれば関係無い。
「折れたのは初めてだよ、香奈美が」
嵐を抜けた刀迦の手にはしっかりと握られていた、小さな刀身が。唯刀が破壊される寸前、へし折って握り込んでいたのだ。当然皮が切れて血がダラダラ流れているのだが構わず突っ込む。
砂餠鮫も追いつかないし鴉二匹も間に合わない。これが最速、神兎 刀迦のやり方だ。
「それでも、私の勝ち」
上反射を展開する間もなく、香奈美の喉が裂かれる、能力発動帯を見事に破壊しながら。
「ひっ…!」
黒煙の呼ぶ声が中途半端な所で途絶えた。砂餠鮫も敗北を受け入れ、心の中で謝辞の意を述べながら速やかに次の行動にでるのであった。
「勝てたのは香奈美に認識の歪みがあっただけ。実質的には負けてたようなもの。まぁでも勝てたから…」
次の瞬間、刀迦は驚愕した。眼前に何かがいる。そいつの事を知っている、だがまるで別人のようだ。
「まだ、やるのね」
胸を刺されながらも平然と口にした。そしてそのまま唯刀の切れ端で攻撃しようとしたが刀を抜き、下がる。そしてすぐに香奈美の止血をしようとするがそれを香奈美が止める。
言葉も絶え絶えながらしっかりと伝えた。
「次は…お前だ……水葉」
その瞬間止血を止める。そして見捨てた自分への怒りと、目の前にいる怪物への憎悪を隠すかのようにマフラーに口元をうずめる。桁外れの殺意を向けながら訊ねた。
「何で?」
冷たい声。
「仕掛けて来たから。菊もそう、仕掛けて来たから返り討ちにした。それだけ」
「そう。不思議でならないや、矢萩がお前に勝てなかったのが」
刀の血を振り払い、構える。
「殺すよ」
「良いよ。出来るものならね」
水葉を鍛え上げたのは薫である。
刀迦の戦いはここからなのだ。
それもそのはず、刀迦専用の殺戮マシーンとして作り上げた戦力、それが[姫乃 水葉]なのだから。
第四百七十一話「齟齬」




