第四百七十話
御伽学園戦闘病
第四百七十話「完成」
刀迦は能力を使わない、と言うよりもほとんど無いに近しい。完全に判明していたわけでは無いのだが恐らくは干支兎しか使えないとの見解だった。なので死ぬ前から能力を使用している場面を見なかった。当然降霊・刀・干支兎もだ。
大体の降霊はその霊の特殊な力を使えるようになったり、一時的に霊と同じ性質を持つようになったり、単純に強化されるぐらいしか効果が無い。
だがそれが刀迦となると少し話が変わる。こいつは本当の天才だ。血族が良いわけでも無いのにただ軽く鍛えただけでそこら辺の強者ぐらいならボッコボコに出来る。ただただ才能を持っている奴、そんな奴が能力の副次効果に恵まれていないとは考えづらい。
『もしかしたら太刀打ち出来ないレベルかもしれない。そう判断したら私を捨てろ、良いな?』
『それが命令なのであれば従うだけです。ですが自分としてはやりたくないですね』
『そうだな、私もしたくない。だから最後の手段だ。一応ちゃんと足掻くさ、勝てるとは思っていないがな』
香奈美は手数が少ない。単純に本体の力が無いのと妖術の使用域が狭いからだ。これには明確な理由がある、香奈美は小さい頃から霊力操作が下手だ。紫苑の半分も無いぐらいには下手なのだ。
それのせいで複雑な動作を必要とする術は勿論一気に霊力が出て行く系の術も撃った後の体内霊力の巡り方操作と言う本能的に出来る事さえ意識し、リソースを割かないと出来ない。
なので戦嵐傷風しか大技を使おうとしないのだ。戦嵐傷風は霊力が放出されるのが最初だけなのにも関わらず最低十秒程は発動したまま、自分もくらうデメリットがあるが霊力の流れを安定させられる時間が存在しているのはとてもとても大きな事、そもそもの話戦嵐傷風を作ったのだってそれが理由なのだから当たり前ではある。
「あんたが霊力操作下手なのは前々から知ってる。術を撃ったり能力を使った時のブレが他の奴らに比べて大きいから。それでも努力してるんだろうなってのは感覚で伝わって来てた。
でも努力だけじゃ追いつけない領域もある。ただそれだけ」
次の瞬間踏み込んだ。懐まで文字通り一瞬で駆け抜け、低い体勢から斬り上げようとする。
「させねぇよバケモンがぁ!!!」
一匹の隼がとんでもない速度で上空から突っ込んで来た。刀迦は邪魔された事に少し苛立ちながらもこの奉霊が大して強くない奴だと言う事を悟る。
先程の一撃だけでも分かるのだ、こいつは一直線に突撃するか少し速度を落として横にも移動出来るようにするかの択しか選べない。多分こいつは前者を選ぶのだろう、そうでなければもっと様子を見たはずだ。
今の一撃が決まらないのは少し冷静になれば分かる、刀迦のすぐ足元がほんの少しおかしい、砂餠鮫が出て来ようとしていたのだ。
「てんめぇ邪魔だぞ砂餠鮫!!」
「お前が突っ込んで来たのだろう!邪魔はどっちだ邪魔は!」
「喧嘩している場合ではないだろうお前ら、ちゃんと敵を見ろ。あいつは別格だ」
黒煙が仲裁する。
「オレの名前は[迅隼]、新しい姫様が出たって事で来てやったぜ!」
「助かる。私は[姫乃 香奈美]だ。能力は降霊術。術式は二個しか使えない」
「まぁ今の時代だとそんなもんだよなぁ、でも良いじゃねぇか面白ぇ!さぁ行くぞお前らぁ!」
本当に楽しそうに突撃する。刀迦は分かり切っている動きを最小限の動きで避けてから距離を詰めようと考えていた。体を軽く横にずらそうとしたその瞬間、血が吹き出す。
腹部、丁度おへその辺りだ。抉り取られた。絶対に当たらない位置、すぐに振り向くとそこには変わらず口角を上げたままクチバシ全域に血が付着している迅隼の姿があった。
「馬鹿みたいに突っ込む訳ねぇだろ!オレは馬鹿じゃねぇ!」
「いやお前は馬鹿だぞ」
反論しながらも砂餠鮫は刀迦の真下から飛び出す。再度避けようとした所を迅隼が突っ込んだ。その連携は凄まじく刀迦も防御して受け流すしか無い。
「うおぉスゲェな!そんな刃こぼれしてる刀で良く流せるな!」
「うるさい」
声量がデカいのでイライラが増して行く。それに砂餠鮫のちくちく一撃離脱戦法が本当にウザイ。それに少し先には黒煙と香奈美本体も待ち構えている。まだ他の奉霊が来る可能性だって高い、初代ロッドと他ロッドの気配を何個か感じ取っているはずなのだから。
そうなると流石の刀迦でも時間をかけて処理する必要性が出てくる。だが今刀迦は一早く來花の場所に行きたいのだ。もうこれだけ付き合ってやったのだから終わりで良いだろう。
そう思いながら刀を鞘にしまい、再度手をかける。居合の構え。
「居合かぁおい!どうする砂餠鮫!」
「どうもこうもない。受けるしかないだろう」
「それもそうだな!んじゃ俺が行くぜ!」
迅隼が全力で突っ込む。だが刀迦は刀を抜かなかった。
「何ぃ!?」
完全に目的が読まれている。次の瞬間飛び出した砂餠鮫が斬られた。死んではいないが結構大きなダメージなので一旦身を隠す。迅隼も自分のミスだと軽く反省しながら攻撃の手を緩めない。
そろそろ迅隼の動きも分かったので香奈美が黒煙を動かす。二匹が前後から同時に突っ込んで来る。しかもほんの少しタイミングがズラされているので居合で同時に対処は不可能、少し無理矢理な動きをする必要がありそうだ。
「違うさ刀迦。まぁ仕方が無いさ、こんなの覚えているとは分からないだろうからな」
黒煙と迅隼が距離を詰めたのは正確には攻撃のためではないのだ。唱えられる術式。
『参式-壱条.騎弦星己』
閉じ込める、黒煙、迅隼、砂餠鮫の三匹で。刀迦がやられたと理解し逃げ出そうとした頃には壁が張られていた。だが覚えている術は二つと言っていたので研仙鳥碧は無いのだろう。
ただし何をしたいのかは考えずとも感覚で理解出来る。確かに良い選択だ、確実に削りながら時間を稼ぐ目的ならば。
『妖術・戦嵐傷風』
三角形の中で暴れ回る風。約三十秒で消滅した。そしてそこには今までに見た事ない程疲弊している刀迦の姿があった。明らかに演技ではない様子で息切れをして、刀を地面に刺して立っている。
服も所々破けている。擦れたのか軽く出血している部分も多い。このまま押し切れば香奈美でも何とか倒せるかもしれない。そんな希望が差し込んで来た直後の事だった。
騎弦星己が解ける。おかしい、研仙鳥碧ならば撃ち終わった後にすぐ消滅する仕組みだが他の術だったら三分程は継続して展開されるはずだ。そうなると解除された原因はと思い、砂餠鮫の方を見る。やはりそうだ、砂餠鮫が斬られた衝撃で解除してしまったのだろう。
ただ意味が分からない、三角形の中の人物は外部の霊に手を出せないはずだ。だがその時香奈美と三匹は見た。不愛想な顔とは真反対の小さく、だが熱く燃え盛る炎を。
「出来ればこんな所で使いたくなかったけど、しょうがないよね」
三匹は底知れない恐怖を覚えすぐさま距離を取った。だが逃がされない。刀迦は動く事も無くそれぞれの方に向けて刀を振った。次の瞬間三匹が斬られる。
「斬撃が飛んだ?」
冷静に見ている香奈美も危険だ。黒煙が庇うため移動しようとするのだが両翼に斬撃を当てられ飛べなくなった。迅隼も物凄い剣幕で突っ込んだが斬撃を瞬時に七回放たれた事で避けられず、減速からの回避行動でどっかに突っ込んで行った。砂餠鮫はもう駄目だと感じ地面にすっこむ。
再度無防備状態、香奈美は何も出来ない。あんな連続で斬撃が飛ばせるのなら上反射などクソの役にも立たない。詰んだ、そう確信しながらも威厳は崩さず待ち構える。
「そこそこ強かったよ。でも私の勝ち」
刀を振った。
次の瞬間、香奈美の正面に八枚もの上反射が展開された。丁度刀迦は八連撃を繰り出していたので全てが返った。少し痛みながらも誰がやったのか確認し、声をかける。
「何してるの、蒿里」
木々の間には蒿里が立っていた。暗い目をして、泣き出しそうだが怒っている様な顔をしながら。
「蒿里…」
「光輝は言ってくれたから、仲間だって。佐伯にも、素戔嗚にも、私にだって…」
「正式な手続きをせずに学園側に付くなら…」
殺す。そう言いたかったのだが遮られる。
「あんたに私は殺せない」
その時の殺気と気迫は凄まじく黒煙ですら動けなかった。
「……じゃあ二人だとしたら?」
背後に譽が立つ。すると蒿里は何も出来なくなってしまい、力を抜いた。
「早く行って、邪魔だから」
「…」
物凄く怖い顔をしながら蒿里は背を向けた。
香奈美は最後に一言伝えておく事にした。
「別に特段仲が良かったわけでも無いが、私達はお前を待っているからな、蒿里」
「…うん。じゃあこっちからも……死んで無いよ、香奈美の鴉は」
そう言い残し姿を消した。
「まぁ一回防がれはしたけど、これであんたを…」
「いいや?これで充分さ。教えてくれた事も相まって、私はまだ戦える」
こんなひっ迫した状況にも関わらず何故だか嬉しそうな顔をして香奈美は言う。
「蒿里が正義の者で助かったよ。私は覚醒が使えないが、これだけいれば大して変わらないだろう?」
体は憶えている。だが安定化はさせた方が良い、折角の奇襲なのだから。
常に所持していた鳥の面を着け、唱える。
『降霊術・面・鳥』
現れる、香奈美の最初の霊。
蒿里はあの時鳥神での捕食を命令されていた。だが密かに破っていたのだ、今後こいつは良い武器になると判断して。
「さぁ刀迦、終わりにしようか」
姫乃 香奈美は今ここにて、万全を期す。
第四百七十話「完成」




