第四百六十六話
御伽学園戦闘病
第四百六十六話「タルベ・カルム」
拳とアリスの戦いが終わる寸前の事だった。
中央、佐須魔達の元へ一人の男が歩み寄る。霊力放出を消す訳でも無く、隠密している訳でも無い、むしろ堂々と近寄っている。全員警戒はしているが相手が相手なのでそこまで心配はいらないだろう。
そいつはそのまま三獄の前にまでやって来ると同時に言った。
「佐須魔、僕は君と戦う」
全員が反応を示す。普通に考えておかしいだろう。
「どう言う事だよタルベ、お前じゃどうやったって勝てないだろ。そもそも前線に出ること自体間違いなんじゃないのか」
「そうかもしれないですね。だからと言って皆を行かせて僕は別の島で回復……少し自覚が足りなさすぎると思いますよ、そんな事する人は」
「あーそう言う感じね。まぁ別に良いけど、どうなっても知らないよ?」
「好きにすればいいじゃないですか、何故今更そんな心配をするのでしょうか」
「別に僕だって殺したくて殺してるわけじゃないから。君らが全身全霊で悪あがきするから仕方無く殺してるんだよ」
「まるでそんな風には見えませんけどね。とにかくやるなら早くしてください」
すると來花が挟まった。
「佐須魔、ここは私が…」
「いや僕がやる。來花はもうこれ以上能力を使うな、温存しとけよ」
「分かった…」
「それじゃあやろうか、一瞬で終わらせてやる」
ここまで来たからにはタルベだって何らかの作戦を考えているはずだ。出来れば心を覗いて見てしまいたいのだが今回学園側の能力者の大半は何をしたいのか分かっていない、理事長の能力によって対策されているのだ。
なのでどうせ無意味、それよりもどれだけ強くなろうと回復術しか使えないタルベを瞬殺してしまった方が良い。こんな雑魚に無駄な時間を使う必要性は皆無。
「まぁそれなりに何か考えて来た前提だからね、一応それなりの力は出させてもらうよ」
第五形態は破壊済みなので第六形態から。その時点で相当の格差があるのだがタルベは動じない、ただ冷静に立ち尽くしている。
「さぁ良いよ、そっちからでも」
「いえ、あなたからで結構です。私はそれなりの覚悟を持って来ているので」
「…?まぁ良いけど、死ぬぞ」
「死にませんよ、そう簡単には」
そう言ったタルベからの霊力放出が無くなった。そこで佐須魔は勘付く、『転』で何とかしようとしているのだ。ただそんなのでどうにかなる佐須魔ではない。霊力攻撃が効かなくなるのなら物理で押せば良いのだ。
『唱・打』
打を手に距離を詰めた。そして瞬時にスイングする、首をはねるようにして。だが何らかの対策はして来ている筈だ、もしかしたら常に物凄い回復術を使っていて回復してくるかもしれない。半ば妄想、だがそんな事が現実では有り得なかった。
その場にいた全員の思考が停止する。驚愕ではない、辺に気張っていたせいで理解が追いつかなかったのだ。
タルベの首は、何の異変も無く吹っ飛んだ。
《チーム〈旧生徒会〉[タルベ・カルム] 死亡 > 佐須魔》
そしてそれとほぼ同時タイミングで拳の死亡通知も来る。まさかこれが狙いに繋がっているのかとも深読みしたが何も起こらない。本当に何も変わっていないのだ。
もしかしたら本当に死んでいないかもしれないと思って脈を確認したが本当に死んでいる。どうやら即死だったようだ。後方で回復だけしておけば良いものを何故か最前線に立って死んだ男、考えられるのは暴走して死にに来たか諦めていたかのどちらかだろう。
だがおかしい、前者はまだしも後者だと霊力放出を抑えた意味が分からない。そんな事せずに突っ込めば良かっただろう。全ての行動が引っかかってモヤモヤする。だからと言って何かが分かるはずもなく、後味の悪い一瞬だった。
「まぁいいや…」
振り向いたその時、目が合う。少し遠くで佐須魔の事を見ているレアリーの姿が。すぐに殺そうとしたが様子がおかしい、真っ青な顔で震えている。
察した佐須魔は他の奴らを制止してから歩いて近寄る。一応打は手にしているが振り下ろすつもりもない。ただ目の前に立ち、出来る限り圧を消して話しかける。
「見たのか?」
返答は無い。それも当たり前だろう、佐須魔の記憶を見て正気を保てているだけでも充分だ。
「はぁ……攻略の糸口にでもなると思ったか?やめておけよ、僕が今までどんな生き方をして来たのか、常人じゃ理解する前におかしくなるだろ」
レアリーは流れて来る記憶を制御出来ない、なのでそれ相応の覚悟は持って見たはずなのだが少々ベクトルが違い過ぎた。佐須魔は既に人の道を外れており、地獄を見て来た。それは物理的なものではなく、比喩であるのだが。
だがそれを見たはずのレアリーがしっかり立てていると言うのは賞賛に値する。來花や智鷹でさえも気を悪くするほどの映像なのだ、凄い事ではある。
「まぁ良いか、廃人にはならないだろこの感じ。生かしてやるよ、革命で使える」
利用価値を見出した佐須魔はレアリーの腕時計を勝手に操作してリタイアを押した。
《チーム〈旧生徒会〉[フルシェ・レアリー・コンピット・ブライアント] リタイア》
「本当に良かったのか?佐須魔」
「良いよ別に。あいつは革命で使える。生かしておいて損は無いよ」
だが智鷹と來花は真意を見抜いていた。ただ何も言えず、心の片隅にその言葉を放っておくしか出来なかった。何故なら佐須魔が普段と違う、何だか悲しそうなのだ。それはそう言った変化に鈍い佐伯でも分かる程だった。
口が出せないその状況、神妙な空気が流れようとしたその時の事だった。上空から何者かが突っ込んできている。すぐさま上を向くとそこには鷹拝に掴まれながら降りて来る漆の姿があった。
「一人で良いのかよ、漆」
佐須魔が訊ねると同時に少し距離を取って着地した漆は答えた。
「僕一人だから良いんです。もうこの力で集団戦は無理ですから」
須野昌と共に仮想世界に行っていたのは知っている。須野昌は魔女の薬、それならば漆も薬を持っていると考えるのが基本だがまだ断定は出来ない。アリスとニアはそれぞれ別の師匠だったし、住人だってそれなりに人数がいる。もしかしたら全員と接触し、凄い技量を得ているかもしれない。
未知数は言い過ぎだが分からない事だらけなのは事実。佐伯はゲートで移動させ、その場にいる三獄だけで戦う。三体一、佐須魔は第六形態から、負けるビジョンなど、何処にも無い。
一方エスケープチームの待機室では兵助が席を立った。タルベが死んだので少し心を落ち着かせたいのだろうと皆思っていたがそうではないようだ。
「今から薫とエリの所に行って来る。ちゃんと見て、教えてくれよ」
「別にええけど何でや?」
「透が残した最後のカード、僕が引き継ぐのさ」
良く分からないがとりあえず悪い事では無さそうなので放っておくことにした。言われた通り三人は映像から目を離さないまいと凝視し始めた。
兵助は部屋を出てまず教師の元へ。顔を出すと薫は待っていたと言わんばかりに部屋を出た。次に向かうはエリの場所。突然変異体の待機室にはいない。
「何処だ?」
「うーん…多分桃季の所だよ」
「あーそう言う事か。よし行くぞ」
「うん」
桃季の場所、干支組の待機室へと向かった。
扉を開けるとそこにはやはりエリがいる、勿論桃季もだ。桃季はいつ蟲の要請が来ても良いように集中している。エリはそれを見て不満そうしながらもジッとしている。
「よぉエリ、ちょっと来いよ」
「何」
「お前にしか出来ない事がある。来い」
無理矢理手を引いて空き部屋に入った。
「だから何?」
「お前、突然変異体になった時の感覚って分かるか?」
第四百六十六話「タルベ・カルム」




