第四百六十五話
御伽学園戦闘病
第四百六十五話「血の格差」
それが決められたのは大会直前、休憩期間が開始された直後の事だった。
拳は変わらずトレーニングをしながらも息抜きはしようと考えていた。だが休みの初日、薫が訪ねて来た。用を訊くと少し考えた末口に出した。
「お前のストッパーを引き上げたい」
「どう言う事だ?」
「俺は『花月』『月花』によって人間には全員ストッパーがあるって知った。多分これは仮想のマモリビトが制限するために作った奴だ。
だがどうにも気に入られた俺はストッパーを外すコツを教えてもらった。そこで掴んだんだ、ストッパーの操作の仕方を。そんで兆波とかでも試したから知ってるけど他人のもある程度なら操作出来るんだよ」
「俺のをやるって事か?」
「そう言う事だ。今のお前は強いが少々強すぎる気がする、戦闘病を発症していないのが軌跡レベルだ。んでお前に戦闘病発症されて暴れられるとマジで手に負えん。だから制限する」
「…死にそうな時はちゃんと解除するんだろうな」
「するに決まってんだろ。そもそもお前が死ぬって相当な場面、刀迦とか佐須魔とかそこら辺の奴らとの戦闘だろ。でもお前どうせ砕胡殺すんだろ?だからまぁ解除する場面は来ないだろうな、それで良いけど」
「安全に越したことは無いけどよ……ちょっとそれじゃ味気無いだろ」
この期に及んでこんな事を言っている拳に少し呆れたが、少しだけ言いたい事は分かる。自分自身で作り上げた力を他人に矯正されると正直滅茶苦茶にムカつく。
「でもな、そうも言ってられないんだよ。戦闘病は場合によっては伝染する、そんでもう俺らの大半は蝕まれてる。お前だっていつそうなるか分からない、緊急だ、理解してくれ」
「しょうがねぇな。それじゃあ何すんだよ、ストッパーを引き上げると言ってもよ」
「簡単だ、能力発動帯を少し弄る。すぐ終わるからジッとしてろ」
言われた通りピクリとも動かない。薫は拳の首を掴み、上手く霊力を流し込む事で霊力感知と同じ方法で発動帯の形を把握した。そしてそこに集めた霊力を一斉に発動帯に向かわせる。
普通に考えてそんな事をしたら霊力の流れが止まって動けなくなったり、体に何らかの異常が出るはずだ。だが何も無い、正常そのもの。
「よし、出来た」
手を放す。
「抑制前の1/6、そんぐらいの効力分を使えなくした。これだけやれば俺ら教師でかかれば抑えつけられる力だ。とりあえずはこれで大丈夫だな。
まぁ何か異常あったら言ってくれ。あとあんま鍛えんなよ、最低限だ。体休ませとけ」
「分かってる。でもちょっと聞きたいんだけどよ、このストッパーが無くなった時と分かるもんなのか?」
「分かるぜ、戦闘病って体全体が湧き上がるだろ?そんで覚醒は気分だけが高まる。ただな、ストッパーが無くなった時はその両方が消える。無感情ではない、平常心だけが保たれるんだよ。結構良いぜ、刺激になる」
薫は言った、ストッパーが完全に外れると冷静になると。
そして今の拳は異様に冷静だった。それはアリスからも見て取れる。だがアリスは知らない、ストッパーを外した世界を。なので何が起こったのか理解出来なかったが明らかに強くなっているのは理解出来る。
「ならば私もちゃんと使わせてもらいますね。早速」
『壱式-壱条.筅』
だが拳はぶん殴って破壊した。そんなの初めての事だった。佐須魔でもそんな無茶な行為はしないだろう。それなのに壊せると確証の無い拳が成し遂げた。
何だか強くなると同時に理性が幾らか無くなったような気がする。まるで獣のような気迫、とても人間とは思えない。だがそんな異常さがアリスを導く。
『肆式-弐条.両盡耿』
自分自身もくらうのだがアリスにとってはかすり傷程度なので気にせず立ち尽くす。だが無数の光に中、やばい気配が一直線で近付いて来ている。
まさかと思ったその直後、眼前に拳が飛び出してきた。その顔は冷静そのもの、ただし尋常ではない眼をしている。アリスは珍しく反射だけで拳を突き出した。
だが利き手ですらない左手で受け止められた。
「あら」
「死ね!!」
そのまま殴られる。左手を掴まれているので避けるのは難しい、下手な事をしても不利になるだけなので大人しく顔面にくらった。吹っ飛び距離を取れる、そこで反撃するのだ。
どれだけ拳が強かろうと物理的にフィジカルで最強のアリスには敵わない。それは曲げようの無い事実なのだ。
『弐式-参条.鏡辿』
内臓から潰して行けばいい。身体強化で頑丈なのは知っている、だからこそだ。じわじわと削って行けば追い込んだ頃にはボロボロ、一撃で体の全てを粉砕出来るレベルにまで弱ってくれるだろう。
時間のかかる戦闘はあまり好まないが今回に関しては致し方が無い、敵が敵だ、堅すぎる。
「もう迫っていますね、魔の手」
既に拳は詰んでいるとでも言いたげに微笑んだ。だが拳は何も感じずにただ距離を詰めてぶん殴った。流石に万全ならば防ぐことぐらいは出来る。またもや拳のぶつかり合いになるかと思った、ただしそう上手くいかない。
拳が優勢、アリスは防御する事しか出来ない。速過ぎる、一撃でも相当なダメージを貰うので無視するわけにはいかないのに防がれてから次の攻撃が馬鹿みたいに速い。何なら防御される前に引っ込めて再度突き出している時もある。
速度と力を兼ね備えている、本当に強い。
「面白い、確かに面白いです。ですけどもう、飽きました」
音が止まる。
一瞬前までは風を切る音やアリスが受け止める音、自分自身の息遣いとアリスの息遣い。その全てが耳に入って来ていた。それなのに停止した、いや違う、全てが止まった。
だからと言って何が出来るわけでも無い。ただただ体に伝わる激痛を感じながら、ゆっくりと時間が進んでいく。アリスの言葉もスローのように聞こえている。
「高め過ぎました。あなた忘れてません?私、無詠唱出来るんですよ」
鏡辿の重ね掛け、凄まじい速度での内臓破壊。それに伴う地味な能力の減衰。拳もそれには気付いていたがほんの少し弱くなる程度で追い越されるなんて思ってもみなかった。
それもそのはず、先程までアリスは拳より弱かった可能性がある。それなのに人間離れの連撃、そして最適解とも言える力の入れ方や霊力操作を見た。そう見ただけ。吸収した。
これが青天井の恐ろしさ、どれだけ強くなって追い越そうが物理的なキャパが常軌を逸しているのですぐに見抜かれた末に吸収される。
「私は負けません。ですが素晴らしかったです、どうか黄泉の国での再戦を願います」
自分より弱かろうが強者には敬意を払う。それがアリスなりの作法であり流儀でもある。
拳は鏡辿によってボロボロにされていた腹部を何度も貫かれ、しまいには顔面に大きな一撃をもらい吹っ飛ばされた。何かを考える暇もなく、即死だった。
「さて、約束通り区切りがつくまでここにいましょうかね」
約束を守り、ここで待つ事にした。
一方拳はと言うと白い世界にいた。
「いやーストッパー外れちゃったのが敗因だねー」
「まぁそうだな、でも良い線行ってただろ」
「確かにあのアリスにあそこまで出来るのは凄いよ。でもアリスも同じくストッパーかかってる状態なんだけどね」
「はぁ!?」
「アリスと紀太って頭上に天使の輪っかみたいのあるだろ?あれがストッパー何だよ、あの二人の。効果は特殊、簡単に言うと砕胡と神みたいなやつなんだよねー。さっき本人が言ってたけど元々末期癌だからね、それで機械の体に変わったけど次第に無茶をしなくちゃ保てなくなった。
だから紀太が自分の力の大半を常に渡す事でアリスが保たれてるんだよ。紀太が留守番してるのもそう言う事だよ」
「マジかよ、でもそれもストッパーって言うんだな」
「まぁね、あくまで能力の抑制全般の事だから。覚醒とかに比べると曖昧だよ」
「ふーん、で姉ちゃんどうなったんだよ」
「黄泉に行ったよ。砕胡と神は無に行った。
杏ちゃんは宮殿で楽しくロッドの皆と遊ぶぐらいには馴染んでるから、心配はいらないと思うよ」
「んなら良かった。最初は砕胡にムカついたからここまでやって来たけどよ、何かズレて気がすんだよ。他の奴らは大きな目標みたいのがあるけど俺ただの私怨だしよ」
「いいや?そんな事は無いさ。私怨かもしれない、でも充分戦った。努力して、強くなってね。それは素晴らしい事だよ、大切な人を殺されて復讐を誓うのはそんな悪い事じゃないのさ。
兎にも角にも君はよくやったさ。後は老後生活って事で……シーカス王国との貿易船の積み荷運搬とか手伝って!」
「おう!肉体作業は得意だ!!」
「よーし、良いね!それじゃあ黄泉に送るよ~、最初は何処に飛ばされるか分からないけどとりあえず宮殿に来てね」
「了解だ」
「それじゃあお疲れ様」
「また後でな!」
少し前に死んだ奴とは思えない程嬉しそうに黄泉の国へと飛ばされた。
だがエンマには分かる。拳にとって現世は苦痛そのものだっただろう。復讐を誓うのは悪い事ではない、ただ復讐に囚われるのはただただ憐れだ。
それでも拳はやり遂げ、やって来た。苦痛などない楽園へ。
「皆頑張ってるね。それで君はどうするんだい?」
振り向き、朗らかな笑みを向けながら訊ねた。
「どうもせん。妾はもう疲れたのだ。それに紫苑が行くのだろう?折角ならこの特等席で見させてもらう、視覚を共有しろエンマよ」
「傲慢だね、別に良いけどさ。でも忘れてない?まだ君地獄にいるべき何だよ?」
「知らんわ、妾は特別、あんな陳腐で何も無い空間に閉じ込められていい才能では無いのだ」
呆れながらも視覚を共有する。
「大体は把握していたが酷いものじゃな。強い奴らが全然死んでおらんぞ、リイカと天仁 凱を殺したのは純粋に凄いと思うがな」
「三獄は誰一人として殺せてない状況、でも佐須魔は形態が大分削られて霊に頼らないとパワー不足感が否めなくなって来た。それに次の教師で彼らが動くよ」
「そうか?妾にはサルサからやる気が見て取れないぞ」
「当たり前だろ、彼は自覚しているのさ、自分自身が舞台装置だって言う事を」
「そうか……あぁそう言う事か、理解したぞ。それならば納得じゃな。
それで残っているのは新しい方の災厄と蒼の場所……それに始まったか、タルベと佐須魔」
「そうだね。じっくりと見たいよ、いざとなったら、僕が出なくちゃいけないから」
視覚共有は一度繋げてもらえばエンマが意図して切断しない限り何度でも戻せる。なので一度解除し、顔を見てみた。すると右眼には白にも見える火種が一瞬見えたし、何より口角が上がっている。
「自重しろ、妾だって出たい」
「それもそうだね。じゃあ続きを見ようか。にしても良いのかい?紫苑は」
「あやつは勝手に行くじゃろう、光輝の助けもある。妾はもう用済みだ」
悲しそうですらない、ただ淡々と、そう呟いた。
第四百六十五話「血の格差」




