第四百六十三話
御伽学園戦闘病
第四百六十三話「消滅」
口を閉じた原は向き直し香澄を見つめる。三秒後動き出した、今までとは比にならない爆速で本体との距離を詰め、右手の剣で切り上げた。
狐で防御が間に合わずそのまま胴体を斬られてしまった。だが致命傷にはならない、すぐに狐の傍に移動して止血を行う。大きな傷なので少々厄介だがこれは訓練の成果、三十秒もあれば充分だ。
「させませんよ」
だが三十秒も無防備な姿を晒すなど一対一の戦いで本来するべきではない行為、追撃をしてくるに決まっている。だがそこは狐がカバーだ。
「それはこちらの台詞だ」
そう言いながら香澄と離れ、俊敏なタックルで原を突き飛ばした。すぐに透明化して受け身を取り、位置を変えたので再度警戒が必要になったのだが止血は成功した。
それを察した原は普通に攻めても上手く時間を稼がれると理解した。なので少し違う手法を取る事にする。
『阿吽』
わざと口に出した。香澄は時間稼ぎが目的、ならば佐須魔などに伝えられるのは嫌な事のはず、透明人間でも声が聞こえれば大抵の位置は割り出せる。止める為に術か何かを使ってくるはずなのでそこで潰そう、そう思いながら密かに移動しようとしたその瞬間、茨に絡め取られる。
「無詠唱だよ。自分で作ったんだ、それぐらい出来て当然だろ」
まるで体全体をなぞるかのようにして纏わりついて来る。これでは位置がモロバレ、攻撃をぶち込まれたら避ける術がない。すぐさま左腕を切り落とし、隙間でうねる茨を切り刻んだ。その後腕を生やす事で何とかなったが体が痛む、かと言って全てのパーツを蛙には時間と余裕が無い。今は仕方無く痛みを受け入れながら香澄を殺す他無いようだ。
また茨に絡め取られる事が無い様細心の注意を払いながら後退した。これ以上傷を負って最悪を招くよりも少し時間を稼がれる方が何十倍もマシだ。
「隠れるないでくれよ、僕だって長引かせたくは無いんだ。いつ体に限界が来るかなんて分かったもんじゃない」
そう言われるとそうだ。香澄の体は明らかに正規の物では無い、何らかの上位存在の介入によって保てている状況。それならば制限時間や大きな消耗があっても不思議ではない。もしかしたらこのまま隠れ続ける事で勝手に原は勝てるのではないか、そんな幻想すら頭に浮かぶ。
想像よりも香澄は弱く、自分ならば余裕だった。そんな事を佐須魔に報告する姿を思い描きながらもっと距離を取ろうとしたその瞬間、周囲にサイレンのような短い音が鳴り響いた。
「初対面なのに良い奴だよ、シウ・ルフテッド君はね」
脱出不可、かつ壁に触れると警報が鳴る結界。影の子世界から出て来たタイミングの香澄を中心として半径25mにて展開。逃げようとしたら捉えられる、どうやら誘導されたようだ。
「逃がさないよ」
『妖術・絆薔』
また絆薔かと思ったが何かがおかしい、明らかに延び出ている茨の量が多い。先程までは精々二本だったのが今回は三十本近く、それも原なんて見向きもせず結界内へと広がっている。
「まさか、変な事しますね、あなたも」
「まぁね、でもこうした方が絶望感はあるだろ」
「それもそうですね」
元のパーツに戻し、右手を光の剣に、無尽蔵に伸びて来る茨をすぐにでも切り落とす準備をしながらも狐と本体から目を外さない。少しでも不審な動きがあれば再度透明になって逃げるつもりだ。
まずは結界内全域に張り巡らせるつもりであろう絆薔、全てを取り除く。そうでなくては可動域が制限され位置が特定されやすくなってしまう。
「まぁそう言う動きをしてくるって予測は出来てたからね。これはほとんどトラップって事さ」
『妖術・上反射』
それは狐を対象とした上反射ではない、茨に向けた上反射だ。これによって壊す際原に相応のダメージが向かう事となった。壊せないかと言われると別に壊せるのだが、代償が大きい。痛みでふと声を出したりしたら面倒な事になるだろう。
そう言った事を考えるとむやみやたらと壊さない方が良い様にも感じて来る。ただしそうすると移動など出来なくなっていつの間にかバレる、その段階で移動するにはやはり茨を切る必要があり、そうなると痛みを伴う。
「ならこうするだけですよ。これが結局一番良いですからね」
物凄い勢いで茨が断たれて行く。そしてその軌跡は一直線に香澄目がけて突き進んでいる。狐がすぐさま防御しようとしたが急に動きが止まる。おかしいと感じた狐はすぐに香澄の方へ振り向く、原が痛みを受け手でも動きを読まれないように強行突破して来たのだと思ったのだ。
だが原としてはそれが狙い。まだ狐の傍で待機している。瞬時に透明パーツを戻し、右手の剣で突き刺した。
「何!?」
「考えが単純過ぎるんですよ、あなた」
狐が消えた。香澄は再度呼び出そうとしたのだが狐が消えた事により絆薔も消える、即ち現在原を拘束する物は何もない。となればどうだろう、実質無防備な香澄と剣を装備し自由な原。結末は明白。
「これで終われば良いんですけどね」
一瞬にして距離を詰めて首元目がけて突き出した。
「どうやらもう少し付き合わないといけないんですね」
香澄の体から口しか出て来ていない狐が発動帯破壊ギリギリの所で原の右腕を食いちぎった。仕方が無いので距離を取って腕を生やし、問題が無い事を確認する。
一方香澄は首元に出来た傷を確認しながら狐を呼び出す。再度止血を行う必要があるのだが、正直意味が無いようにも感じる。体内の血は大分減ったが体では体力が生成され続けている。あくまで一般的なレベルなので致命傷を治したりは出来ないが息を繋ぐぐらいなら問題は無いはずだ。
それよりも止血で大きな隙を見せつけ、狐に任せるのは荷が重すぎる。もう二度も瞬殺されているのだ、一匹で対処出来るとは思えない。それに原も結界を知るや否や積極的になった。もうこれ以上優雅に時間を稼ぐなんて考えない方が良いだろう。
今からするのは本当の戦闘になるはずだ。だが香澄にそれが出来るだろうか、先程なんて発動帯が壊されかけたのだ、本当にこのまま上手く行くだろうか。
《チーム〈旧生徒会〉[穂鍋 光輝] 死亡 > 杉田 素戔嗚》
あまりに衝撃的な通知。一瞬思考が止まったがすぐに持ち直し考える。光輝がやられたと言う事は情報が漏れている可能性が高い、既に時間稼ぎは諦めたので実質的に意味の無い通知だったが動揺を誘うには最適すぎる素材だった。
「光輝さん、死んだようですよ」
「らしいね。二人受け持ってたからね」
だがあれだけ自信満々だったのだ、タルベが到達する時間ぐらいは稼いだと見て良いのだろう。それならば遠慮はいらない、ぶちかます。
「だから僕ももう、迷う必要は無くなった」
『妖術・戦嵐傷風』
見よう見まね、もしかしたら不発になる可能性だってあるが構わず使った。何故ならここからは出来る限り原を削る戦闘へと変化したからだ。
「そう言うの、やめた方が良いですよ」
透明化、その後姿を眩ませた。だがこのまま押せるはずだ、戦嵐傷風はくらい続けると刀迦でも危機感を覚える程の威力、土壇場で模倣したとはいえども威力はそれなりにあるはずだ。そして原は逃げた様子が無い、行ける。
そう確信しかけた時の事だった。首元に大きな違和感が発生する。すぐに視線を下げるとそこには光の剣が突き刺さっていた。だが背後には何もいない、霊力反応も無い、ただ光の剣だけが姿を保っている。
戦嵐傷風は解け、狐もいない。
「切断された体の部位は消えません、意図的に消さない限り。今までは消してきました、こういったケースの為に」
真正面に堂々と現れる原。
「あなたの負けです、お疲れさまでした」
香澄はその場に倒れ、見限ったシウによって結界も解除された。
「さて、行きますか」
早めに合流したいと考えている原は譽、素戔嗚の二人と同じく全速力で中央への帰還を始めた。
だがその時全く気にしていなかった、須野昌だけでなく、香澄の死亡通知が来ていない事に。
「…まだ……終わらせない……」
強い意思を持ちながらも、体は動かなかった。
そんな香澄の視界に二本の足が映る。思い出せない足、ゆっくりと顔を上げるとそこにいたのはずっとずっと隠密に徹して、後半接触組とも数えられず、全員が口にしない事で潜ませていた女。
「さぁ立って、私の霊力あげるから」
名を[多々良 椎奈]、能力はバックラー、効果は霊力の譲渡である。
ここに来て動く。事は終息へと向かい始めていると悟った、このタイミングで。
第四百六十三話「消滅」




