第四百五十七話
御伽学園戦闘病
第四百五十七話「真に合流」
神武が胸に刺さり、動きが止まる。普段なら焦りながらも対処して次の行動に出るはずだ、出来ない理由は特殊な雫にある。神武に付着している雫は透明に見せるだけでなく、所有者以外に触れると二秒間の行動不能時間を強制的に与える事が出来る。
具体的に何をしているかと言うと傷口や口などから体内に侵入し、全てをすり抜けて一瞬で脳内に辿り着き、憑りつく。まるで降霊でもしているかのような感覚に陥り、主導権が誰の物でもなくなるのだ。
「一度でも触れたら終わりだと、分からないだろうな」
二秒、抜いて刺すだけならば余裕があり過ぎる秒数。抜き、刺す。これで再度二秒の停止時間が生まれる。
この間くらった者は一応思考を回す事が出来るのだがほとんどの知能を失い、まず何を見ているかさえも分からなくなっていく。方向感覚は勿論立っている事さえ難しくなる。実質的に何も出来ない。
「終わらせよう」
これで終わらせる、そう覚悟を決め大きく斬りかかる。抵抗の暇も無く須野昌は胴体を斬られた。幸いと言うべきか來花は歳と経験の無さが絡まり真っ二つには出来なかった。
頭を下にして落下していく須野昌を受け止めようと同時に降下する。だがそこでおかしな事に気付く。霊が出たままだ、眼が須野昌のすぐそこにある。神武による停止中は霊力操作すらも不可能になるので一秒もあれば霊は消えるはずだ。それなのにいる。
「…まさか…」
距離を取る。驚きながらも視線を外さない。
地面にぶつかる寸前、体勢を整え華麗に着地した。確かに効果時間は過ぎていたのだが効果中も霊は出ていたし、何よりそんなすぐに状況把握が出来るだろうか。
もしかしたら神武の効力を弱くする方法を持っているのかもしれない。ひとまずは距離を取りつつ隙を見つけ、神武を差し込んでいくと言った動きで問題は無さそうだ。
一方須野昌は來花から目を離さず、ラフレシアと作戦を話す。
「行けそうか?」
頷いた。
「よっし、それじゃあ行くぞ。勘付かれる前に叩く」
すぐさま掴まり、飛ぶ。ガンガン距離を詰めていく。だが來花は様子を見たいので無詠唱で剣進を飛ばしまくりながらひたすら逃げる。須野昌は全て跳ね飛ばし、追う。
このままではいつ結論を出されてもおかしくないので何か手を打たなくてはいけない。そこで須野昌は切る事にした、この一手を。どうせ神武は"貰ってくれる"のだ、迷惑をかけられたのだからここでぐらい協力してもらう。
「もう逃がさねぇ」
薬を口に含み、噛んだ。溢れ出す液体、飲み込み、巡る。
「覚醒」
一つしかない覚醒誘発、使用。來花はもう逃げられないと悟り向かい合った。透明の壁を地面にして物凄い勢いで迫って来る。その顔は冷静だが何処か楽しそうだ。戦闘病もあるとしたら非常に厄介、まずは能力を封じる事が最優先だろう。
『呪…』
封を撃とうとしたその瞬間、詠唱が中断される。呪の条件として返って来る、來花が封をくらう羽目になった。何に中断されたのか確認すると首元に一匹の銀狐がいた。
だがおかしいだろう、状況から分かる通りこれは香澄の霊のはずだ。ただこいつらは二匹いて、襲撃の際に香澄の肉体を要した『妖術・混』によって融合、一匹の狐と成った。
今でも妖術・混の詳細は判明していないが今までの傾向から見て分裂、元に戻る事は出来ないと思う。こんなにも事態が深刻に成る前に使う場面はあったはずだから。
「これで良いのか!?須野昌!!」
「充分だ。一旦戻ってろ」
銀狐が消える。浮遊はそのまま、能力が使えなくなった來花はどうすべきか迷う。このままフィジカルだけで戦っても勝算は無いに近しく、何より一気に脅威となってしまった。
そう、よくよく考えれば分かる事。『覚醒能力』は発動時元々所持している能力が使えなくなる、あくまで上書きという形なのだ。そして須野昌にもそれは該当する、ラフレシアを引っ込めたのが良い例だ。
それなのに何故、須野昌と契約したはずの狐が出て来ているのだろうか。そんなの答えは一つだろう、この狐は既に別の者と契約している。そしてそいつが能力を使用したのだ。
更に深める、銀狐は融合した後の態度から見て相当プライドが高い。須野昌に憑いているのも不思議なぐらいだ。そんな野郎が他の誰かと契約するだろうか、否、しない。
「やはり早めに始末しておくべきだったか」
「気付くのがおせぇんだよ、おっさん」
足を止めずに眼前まで近付いた。そこで思い切り拳を突き出す。來花は応えるよう拳を突き出した。互いの拳がぶつかり合い、軽い衝撃を生む。
だがそれと同時に銀狐が背後に現れ來花の右耳に噛みついた。すぐさま振り払ったが少し持って行かれる。來花の体は特殊で回復術ではもう治すのが難しい状態、欠損は許されない。
「妙に焦ってるな、やっぱ回復術効かないんだな」
更に拳を突き出し、攻撃の手を速める。回復術が効かないとなれば躍起になるのも当たり前だ、そこでどんな動きをするのかが肝心。だが來花は想定を軽く超える最善手を導き出し、決めた。
『血』
手には神武。
神武の特殊能力はスタンだけではない。武具ライトニングと同じ様に形態が存在しているのだ。ただし数が少なくこの血のみ。ただしその効果は凄まじい。
所有者が流血している場合にのみ発動が可能。雫が血液に代わり、刀身が少しだけ伸びる。そしてスタンをくらわす事が出来る範囲が刀身よりも伸びる。
分からないのだ、元の状態ならば刀に当たらなければ何とでもなるのだが、血状態では別。何があっても捉える事の出来ない範囲から逃れる必要があるのだ。
「私はまだ負けない」
この武具に霊力操作はいらない。それも智鷹が來花のために作ったので封の詠唱中断をされても使わせるためだ。
「はぁ?」
何が起こったのか分からない、次の瞬間にはスタンを貰っていた。須野昌の頭はボーっとするが、慣れた。そもそも受けているのは須野昌ではないのだから。
すぐに体を動かす。二秒以内、明らかにおかしいので來花は刀身でそのまま斬りつける事にした。スタンが効かなくとも刀は効いていたはずだ。今も覚醒によって引き起こされる霊力体力の増産で動けているのはず、それならば何回も斬ってしまえば流石に死ぬ。
「させねぇよ」
そうして来ると完全に読んでいた須野昌は透明壁を隔てて、そのまま後退した。そして全方位に三重の壁を作って実質的なバリアを設計する。この壁は壊せないわけでは無いのだが強度が物凄く、一枚壊すのにも四秒近くかかる。それが何枚もあるとなると攻撃が出来ないと考えても差し支えないはずだ。
「甘い、未知の敵に対して動かない選択肢とは、甘いぞ」
距離を詰め、思い切り剣を降る。壁越しのスタン、だがもう須野昌には効かない。
「…何故効かない?」
「もう分かってんだろ、一々聞くなよ、煩わしい」
「…もう起きているのか」
「そういう事だ。でもまだ出てこない…ほんと面倒な奴だ。三年以上も黙ったままでよ」
そう言いながら首元をスッと撫でる。霊力が戻る。
距離を取る。止める術は無いと、悟る。
「でもな、その塞ぎも今で終わりだ。出てこいよ、香澄」
冷静に口にした。
瞬きをする間も無かった。須野昌の少し上、形成された。
朱色っぽいピンクの髪に捧げ物のため少し伸ばした髪、小さな黒い丸眼鏡、細めの体。
三年前、襲撃の日に自身の体を捧げ『妖術・混』を使用したはずの男。
須野昌唯一の親友であり、大馬鹿。
「遅いよ、須野昌」
「こっちの台詞だ、香澄」
須野昌の雰囲気が一気に変わる。元に戻った、狐と契約をする前に近い。
それだけではない、気付いていなかった。炎が灯っていないのだ。それも薬の力なのだろうが分からない、疑似覚醒に戻った可能性がある。今二人には何十択もある、だが來花はどうだろうか、精々数択、たった一人の呼び戻し、これによって形勢は逆転した。
須野昌と香澄の優勢だ。
「でもこれで僕も満足に戦える、一応人間ではないけどね」
旧生徒会の最後の一人、[諏磨 香澄]、真に合流。
第四百五十七話「真に合流」




