第四百五十三話
御伽学園戦闘病
第四百五十三話「真髄」
瞬く閃光、嫌そうに目を閉じ、視界が元に戻る。するとそこに立っていたのは明らかに霊力の質が変化している康太の姿だった。だがこの質とは何か明確に存在しているものではなく、譽が感覚的に感じ取った敵の強さの指標的なやつだ。
ただこれが一瞬で特別な変化を起こす奴は大体ヤバイ。譽が知っているのは神に成る時の佐須魔、戦闘体勢に入った仮想の住人、内喰を発動した來花、あとは映像と記憶なのだが力を受け取った紫苑、最後は武器を手に取ったアイトぐらい。
全員とんでもない強さだし、恐らく譽でも敵わないような連中ばかりだ。
「下がるが吉か…」
呟きながら軽い空気爆発を前方に起こし、その衝撃で高速移動を可能にする。
「まぁあいつらに並ぶとは思えないけど……どうするか」
選択肢は大まかに分けて三つ、戦うか、逃げるか、増援を呼ぶか。正直暇潰し程度の感覚だったので増援を呼ぶ準備は出来ておらず、他の者も来れるか分からない、謂わばギャンブル状態に陥ってしまうので却下。となると二択、考えた結果譽は戦う事にした。
理由としては物凄い速度で逃げているにも関わらず即座に霊を出して視線をロック、その後その視界の端っこら辺を常に位置取りながら移動している康太の姿があるからだ。もう逃げられない、本能がそう呼びかけている。
「覚醒じゃないのね」
「残念ながらな、でも充分強くなれた気がする。これならお前にも勝てる、譽」
変わらず冷たい目を向けながら応える。
「ならこれぐらい避けてよね」
指を鳴らす。次の瞬間物凄い轟音と共に木々が薙ぎ倒されていく。だが康太と相棒には何の異変も無く、変わらず追える。だが周囲の木、真横にあった木さえもことごとく爆発したかのようにして破壊されていく。一体何を3にしているのかが分からない。
譽の能力は概念的なものでさえ増やせる。その代償か絵梨花と同じ様に指を鳴らす必要があるのでタイミングは分かりやすい。早めに何に対して使用したのかを確認するべきだ。そうすれば不意を突かれる事も無くなるだろう。
「単純だな、木の体積だろ」
倒れて行く木を見ると明らかに多い。単純だが勢いを生むので場合によっては攻撃にもなるやり方だ。
だが気になるのはそこではない、譽はまるで試練を課すかのような言葉をはいてからこの攻撃を開始した。それなりの理由が無ければ有り得ないはず、次はそこを突き止めるのだ。
相棒がどれだけ持つかも分からない状況、折角エンマから疑似覚醒を貰って霊力も多少回復したのだ。このチャンスを逃す事など許されない。
「…!」
それが起こったのは三秒後の事、康太の背後から物凄い音を立てながら何かが近付いて来ている。振り返り確認するとそれは先程薙ぎ倒されていた丸太、それが全て近付いて来ている。
今現在譽の速度には付いて行けているが追い越す事は出来ない。そして丸太は最低でも譽と同じ速度で寄ってきている。考えなくても分かる、少しでも速度を落とした時点で丸太の海に飲み込まれる。
「いや…これだけじゃ!」
だがそれだけでは難しい事ではない。なので何かまだあると判断し譽の方に向き直したその瞬間、何かが顔面にぶつかった。何とか速度を落とさず移動出来ているが正体までは分からなかった。ただ何かがぶつかってくる環境に変化したと言う事だけは理解したので用心は必須だ。
ひとまずの危機は去った。夜の冷たい風を切り裂きながらただひたすらに進むのだが段々と違和感が増して来る。気付く頃には遅かった。前方からコウモリの群れが突っ込んできているのだ。
それが譽の能力なのかは不明だが少なくとも譽は能力を使用して防御している。出来るのなら康太も守りたいが手段が無い。だからと言って速度を緩めても致命傷一直線、進んでも群れのせいで速度が下がるのは明白。
正に絶体絶命。だが疑似覚醒と言う新たな状態での思考は、やはりと言うべきか逸脱したものだった。
「大体の位置は変えず来い!」
相棒への言葉。
譽の目線があまり変わらないように工夫しながら康太に接近した。そこで康太が耳打ちをして、対策法を伝えた。相棒もそれしかないと判断し承諾する。
そこで二人が取った行動、あまりにも意外過ぎる行動に譽は対処の手が出せなかった。その方法、静止。前後から迫る脅威を前にして二人は止まった。まるでその二つを全てやり過ごすかのように構え、待つ。
「…結構良いじゃん」
譽はそう言いながらコウモリと丸太に包まれていく二人を見ながら、一定の距離を保ったまま移動をやめた。
一方康太は二つの攻撃をくらいながらも何とか拳を突き出し、隙間を作る事で耐えている。だがやはりと言うべきか相当痛いし、相棒もキツそうだ。視界外に出たせいで既に力は解けているだろうし、別に出しておく必要はない。現状出しておいても何も得は無いのでひっこめた。
「さぁ、残りの力を貸してくれ、エンマ」
『良いけどさ、まだ君は辿り着いていないよ?』
「…は?」
次の瞬間まっさらな世界に飛ばされる。現実世界で時間が過ぎているのか、止まっているのかは分からないがとにかくここはエンマの世界だ。
当然立っているのはエンマのみ、対面するような状態なのだがまるで見下ろされている様な威圧感を覚える。何故そんな態度を取って来ているのか、理由は明白でマモリビトとしての仕事中だからだろう。そもそも本来これは現世のマモリビトの仕事のはずだ、それを黄泉のマモリビトがやっているのでそれ相応の責任なども伴うはずだ。そう考えると別に怖くは無いし不思議でもない。
ひとまずは息を整えて、訊ねる。
「どう言う事だ?」
「言葉の通り、康太はまだ僕の言葉の真意を捉える事は出来ていない。確かに自分の思うままに動けという思いは籠めた言葉だったさ。だけどまだ少し足りない。本当の思いを理解したその時に、本当の力を与えると決めていたのさ、ずっと前からね」
「真意…」
「言っておくけど深く考えたら分かるって訳じゃないからね。多分一分考えても思いつかなければ出てこないと思う」
「そうか…」
聞き流しながら軽く記憶を掘り起こす。黄泉の国での出来事、その後の言葉、それからの活動、今現在の疑似覚醒、ここに至った経緯全てを繋げてみるが何とも言えない。一体エンマが何を考えているかなど分かるはずも無いのだ。
「さぁ、そろそろ結論を出してもらうよ」
圧がかかるわけでもない、ただ焦りは生じる。
「康太」
名を呼ばれた、その時共鳴するかのようにして記憶の奥底に眠っていた映像が、飛び出す。
それはいつかの急襲作戦の数日前、何となく散歩をしていたらポメと出歩いているラックの姿があった。たまには良いだろうと思い話しかけてみるとラックは怪訝な顔をしながらこう聞いた。
「お前、悩み事がめんどいな」
当時は意味が分からなかったがマモリビトの力でも使って覗き見たのだろう。そして意味が分からず問い詰めてみると大きなためいきをついてからこう助言した。
「お前は生徒会の中でも弱い、凡人だ、才能が無いと言っても過言では無い」
「急に何だよ」
「だがなこの世界で必要なのは才能だけじゃない。俺は努力だけで天才を超えた奴らを知っている。そんな奴らに共通していた事、それはな、"開き直る"事だよ」
「だからどういう…」
「その内分かる、そんじゃあな」
そう、それがヒントだったのだ。ラックは些細だがマモリビトとしての仕事を遂行していた、TISに対抗できる人間を地道に増やしていた。その一人が、康太だった。
「そう言う事か…」
「気付いたかい?」
「あぁ、俺は譽に絶対に勝てない。あいつは天才だからだ」
「そうだね」
「だからこそ、開き直ってやる。俺は絶対に勝てない、だけどまだやれることはあるだろ」
「あぁ、そうだね」
エンマの表情が明るくなっていく。
「通常の人間なら無理だろうな」
「うん、無理だ!」
「でもよ俺は出来るんだよ」
「何でだい」
現世に。
「凡人の中じゃ、天才だからよ」
一瞬にして消滅する丸太とコウモリ、何が起こったのか分からなかったが理解する。そこにいたのは右眼に青い炎を携えながら軽く笑っている康太がいたからだ。
「碧眼…青だけど」
「これが俺の、最後の進化だ。やるぜ、譽」
「面白いじゃん、良いよ。やろう」
指を鳴らす準備を終え、康太も相棒を呼び出した。互いの準備が終えた所で始まる、短き一戦。
第四百五十三話「真髄」




