第四百五十一話
御伽学園戦闘病
第四百五十一話「譲渡」
目を覚ます、夜空と黑焦狐の鼻先だけが視界に入っている。すぐに体を起こした。すると黑焦狐が状況を手早く説明する。
「首元を斬られ、我が連れて逃げた。團と青龍が時間を稼いでいる。ひとまずは回復を…」
「駄目だ…行くぞ」
何だか雰囲気がおかしい、何かに憑りつかれたかのように立ち上がった。その動きも普段よりのろまだった。未だ流れる首元の血を数秒に一度拭いながら、歩く。
「発動帯が壊されてないのは…青龍のおかげか…」
「そうだ。あいつが瞬時に水弾を発射したおかげで致命傷は逃れた。だがこれ以上戦うのは無茶では…」
「そうだ、無茶だな……だから伝えておくか」
『阿吽』を発動し、旧生徒会の皆に伝えた。
『私は今から死ぬ、ちゃんとやってくれよ…悪いが先に逝く』
それだけ、誰からの返答も無い。皆忙しいのだから仕方が無いだろう。ただ味気ない、そんな事を思いながら向かう。大きな音がなり続けている。ただひたすらに、足を突き出す。
黑焦狐はその姿を最愛なる主の最期に重ね、何も言わずに運命なのだと悟った。菊にはもう深く考えられる余力がない。本能で動いているのだろう。そして何をするべきなのか理解し、遂行しようとしているのだ。
「我は思う、ここ最近まで考えもしなかった事だが…ロッドの一族は常に何かの土台となっているようだ。幸、お前は何を作り上げたいのだ」
「分かってんだろ、馬鹿が望んだ世界だ……意志ってのは消えないだろ……それにあいつは絶対、来る。それまでの時間稼ぎ、土俵作り……と言っても間接的だな。あとは二人に任せるとしようぜ」
「そうか。それでは行くとしよう」
すぐそこ、結界は瞬時にシウが解き再度展開したのでそのままだ。中でドンパチやっているのは分かる。それに周囲の土がぬかるんでいる、明らかに青龍の仕業だ。
そしてその先、緩んでいないギリギリの場所で砂餠鮫が結界の方を見つめている。何も言わず目を合わせる。砂餠鮫は頭を下げる様な動作を行ってから、何処かに行ってしまった。
「さぁ、入ろう。シウ」
結界が解かれる。次の瞬間刀迦が突っ込んで来た。とんでもない反応速度だ。だが避けられる。死に際、そこには人間が強くなるための材料が潜む。
「ほんと速いな」
そう言いながら最小限の動きだけで完璧にかわした。
刀迦は粘り続ける二匹の警戒も怠らず、本体の菊を殺そうとする。だがどれだけ攻撃してもユラユラとして動きでかわされる。
「ゾンビみたい、気持ち悪い」
「ひっどい事言うなぁ」
半笑いで黄粉の光線をぶっ放した。それに合わせて青龍が無数の水弾を逃げ道を塞ぐようにして放ち、團が上反射を展開しながら突っ込む。それだけではなく黑焦狐も殺意を剥き出しにしながら全速力でタックルを仕掛ける。その速度はまるで霊とは思えず、避ける事が出来ないと判断した刀迦は唯刀を使って最大限ダメージを減らそうとした。
「駄目だろ、止まったらよ」
『漆式-壱条.血燦』
対象の体内の血液を物理的に増やし、体に限界が来る事によって穴が開き吹き出して行く。その様はまるで血が踊るよう、故に血燦。それは刀迦も例外ではなく、血を吹き出しながら水弾を弾き、團を避けながら黑焦狐のタックルや噛みつき、引っ掻きを避け続ける。
全員の動きが速い、常人ではもう何が起きているのか分からないレベルだ。ただ菊は無意識下で初代の術を使っている。初代には"二つ"ものロッド術がある。一つは身体強化、もう一つが強覚醒である『女人覚醒』である。今回借りたのは前者である身体強化、これも効力が凄まじく現在の光輝より少し弱いぐらいまで底上げされる。
それだけではなく猫人化も使用しており、出来うる限りの身体能力向上を図っているのだ。勿論それだけではない、どうしても菊は脆いので遠距離から攻撃をする。
それは洋二代目のキャラトーの術、蝕臓念である。肝臓から腸、肺、しまいには心臓へと強力な毒を浸蝕させ殺すとい非常に強力な不可避攻撃。
「まだまだ」
『壱式-壱条.筅』
刀迦が数枚ののれんに近い布に囲まれる。そして瞬時に回転を始めた。そののれんは非常に鋭く、いくら刀迦といっても切り刻めるほどの激痛を与える。それは刀迦も分かっていたので兎を無詠唱で呼び出し盾にした。
だがそれは無数の兎のせいで敵の位置が分からなくなる諸刃の剣。しかもこいつらにそんな事をしたら何をしてくるかが分からない。折角結界も無くなったのですぐに飛び出し、距離を取ろうとした。
ただそんなの、想定済みだ。
『念・塞』
團の念で動きが止まる。能力も使えないので盾も出せない。
「でもね、通じないよ」
一回目で軽く勘付いていた、この塞の弱点に。これは呪・封と違い霊力操作までもを封じるものではない。あくまで能力の使用だけ。そして実体は無いように感じるが、あるのだ。ただ透明なだけ、何とか触れる事が出来る。ならばする事は一つ、手に全ての霊力を集め、叩く。それがどれだけ有効なのか、元霊であった團ならば良く理解しているだろう。
塞が突破され、動き出した刀迦。だが嵌められた、これすらも想定内。刀迦は少し甘く見過ぎていた、こいつらはかつての初代ロッドが持つ奉霊の中でも最強格、その実力は現人神にも値するのだ。
『玖什捌式-壱条.田土皿』
土と水の位置を入れ替える術。こんなの使われた事が無いのでほんの一瞬対応が遅れた。だが踏み出して地面に足がついた瞬間に理解する。音が、違う。ただの土ではない。グチャともブチャとも言えない、気持ちの悪い音と感触。青龍の水によって既に地面は、泥と化していた。そして土の中にある水だけが集められて入れ替わる。
「これで最後だ」
『肆式-弐条.両盡耿』
満ちる光、逃げ出したのは幸と黑焦狐だけ。團と青龍は残る。
「我の妻は、これで良いと言ってくれるであろうな」
「そうだろうな」
「寂しいな、言葉も聞けなかったぞ」
「しょうがないだろ。それじゃあ、喰うぞ」
「あぁ、全てじゃぞ」
この光を耐えきるにはとんでもない力の増幅が必須。なので團の全てを喰わせる、どうせ刻印のせいで戦闘終了後には死ぬ事になる。ならば少しでも有効活用するのだ。
「それじゃあな、相棒」
次の瞬間、一匹の降霊術士が消滅した。それと同時に光が消える。そこにあったのは悲惨な森と傷だらけになりながらも立っている刀迦と青龍の姿だった。
「時間だけは、稼がせてもらおう」
刀迦は、斬りかかった。
一方逃げ出した幸と黑焦狐は離れた所で動きを止める。向かい合うが既に限界で倒れそうになる、黑焦狐が尻尾で受け止めた。普段触らせてくれないのでこんな状況にも関わらず少し嬉しくなった。そのまま目を閉じてしまいたかったが、足音が聞こえた。ようやくだ、ようやく来てくれたのだ。
そちらに目を向ける。やはりだ。息を荒らげながら駆け付けた香奈美がいた。
「菊!話が違うだろ!」
「菊じゃない、多比良 幸だ」
全てを察する。
「そうか……そうか…」
言葉が出ない。
「そんな顔すんなって…別に黄泉には行けるんだからよ……それより、早く行ってやってくれ。青龍だけじゃそう長くは持たない…」
「分かった。だが最後に一つ訊かせて欲しい事がある」
「なんだよ」
「何故卒業しなかったんだ、退学も、休学も」
少し驚きながら微笑み答えた。
「私の役目はお前らを育て上げる事…居場所は守る、そういうもんだろ」
それ以上の言葉は必要無いだろう。
「そうか…ありがとう。本当に感謝する。長い事私達に付き添い、見てくれてのだろう。感謝してもしきれない」
「まぁ…な」
「だからこそ、その思いを無下にはしない。誓おう、絶対に」
眼を見れば分かる、本気だ。いつのまにか立派になっていた、思い残す事は一つだけになってしまった。だがそれも確認など出来ない事。
「行けよ…早く」
「どうか、あちらでも皆を頼む」
幸の言葉を待たず香奈美は行ってしまった。
「なぁ…黑焦狐…あいつ、無茶する気だよな」
「そうだろうな。だがそんな物だろう、少なくとも我が見て来た"姫"は全員そうだぞ。幸、お前も含めてな。よくやったさ、信頼を結びロッド術、術式の会得。並みの人間に出来た事では無かった。我は誇りに思う、最後の付き人がお前である事を」
柔らかい毛と暖かい体で包み込む。菊は動かなくなった体で体温を感じながら、何とか口を開く。
「ラック、ちゃんとやりきったぞ、私も……お前もやれよ」
「あいつなら出来るはずだ、何せ英雄。我も間近で見ていたから分かる」
「そうか……それなら良かったな…」
段々息が薄くなっているのが分かる。もう死ぬのだろう、黑焦狐はこれまでにない程の脱力感に見舞われた、当然、幸もだ。
「思い残す事は無いけどよ……死ぬのは…こわいな…」
涙声で。
黑焦狐は抱きしめるようにして、現世での最期を過ごした。
「必ずや、送り届けましょう」
次の瞬間黑焦狐の姿は消え、目元に涙を付けたまま仰向けになり、目を閉じた菊の遺体だけが残った。
だがまだ終わらない。繋いだ、次に。
「よくやった、青龍。もう良いぞ」
ボロボロになった青龍が振り向き、すぐさま逃げ出した。
「そう、知ってるんだ」
「当たり前だろう。だから今ここに、私がいる」
明らかなる怒りを押し出しながら、唱えた。
『降霊術・唱・鳥』
現れる巨大な鴉。そいつはこう言った。
「行きましょう、新たなる姫」
姫乃、その名は実であった。
「終わらせる」
後半接触組、行動開始。
合図は、香奈美の降霊術。
そしてそれは和ロッド九代目と成った事を示す。
「行くぞ、黒煙」
《チーム〈旧生徒会〉[松葉 菊] 死亡 > 神兎 刀迦》
第四百五十一話「譲渡」




