第四百五十話
御伽学園戦闘病
第四百五十話「菊」
幸は時期和ロッドの姫として丁寧に育てられてきた。母親は優しく、父親は少し厳しい面もあったが学があり何より無能力者なのに理解があった。豪邸と言う程でも無いが和風の家に住んでおり、召使も一人だけ雇っていた。
当時の姫は紗里奈であり、場合によっては幸に渡ってこない可能性も存在していた。紗里奈は初代ロッドと同じく禁忌の術を使用して寿命を伸ばしていたからだ。
だがそれはそれで結構、子供を作っておけば血が途絶えるわけでは無い。そのためのびのびと魅力的な女性になるよう育てられたのだ。
「さぁ幸様、宿題が終わったのならご夕飯にしましょう」
小学二年生、友達は多くも無く少なくもない、勉強はそれなりにできて何の問題も無い、謂わば普通の女の子。だが能力者と言う事だけは隠していた。それは教えられたわけでも無く、誰かが差別されている所をその目で見たわけでも無い。雰囲気で理解したのだ。幼少期からそこそこ勘は鋭かった。
「分かった」
幸は勉強道具をしまい、ランドセルに突っ込んでから部屋を出る。召使の老人と共に。
その後は家族団らん、平和で微笑ましい会話をしながら夕ご飯を食べた。父親は仕事の関係で大分遅くなるのでいつも母親と幸の二人だ。
当然その日も二人だったのだが、食べ終わった後に異変は起こった。
「蘭様、"あの方"が…」
蘭とは母の名である。そして"あの方"とはそう言う風に呼ばれて、蘭や父親が会いに行っている光景は知っているのだが顔も詳細も何も知らない人だ。召使に聞いても濁され、いい加減本格的に気になっていた頃だった。
蘭が席を外し、勝手口の方に向かっている最中、いつも召使が幸の傍で待っている。恐らく移動させたくないのだろう。だが意識を逸らす方法など幾らでもあるのだ。
「トイレ行きたい」
「少し我慢は出来ませんか?」
「んー分かった」
ここで油断させる。出て行ってはいけないと言う事を体感的に理解したのだろうと思わせるのだ。一応それは信頼の証でもあるのだろうが、多少良心の呵責に苛まれたとしても見てみたい。
そして机に唯一残っているコップを召使が下げ始めたタイミングで足音を消しながら部屋を抜け出した。バレなかったがそのまま静かに勝手口に向かう。
すると近付いて行くと同時に話し声が聞こえてくる。片方は母の声で間違いないのだが、もう一人の声に違和感がある。重なっている様な声なのだ、若い男と老父の様な声が重なって聞こえる。不思議と恐怖は感じず、その姿を見てやろうとヒョッコリ顔を出した。
「はい、何の問題も無いです」
「それなら良かっ…」
そこにいたのは和服、特徴的な狐の面、そしてその面からはみ出るような黄色い髪。身長は大体170cm程だろう。
そいつは言葉を止め、幸の方を見ている。蘭もそちら側を見た。そして一瞬驚いたような表情の後呆れた溜息をつきながら訊く。
「何で来たの…?」
「気になったから…」
怒られる様子は無いので一安心。だがその男は蘭に質問する。
「こいつが…幸か?」
「はい、そうです」
「……嘘はついていないんだよな?」
どういう意味か分からず蘭は首を傾げた。
「いや悪い意味では無いんだが…少し特殊な奴だな、と思っただけだ」
「本当ですか?何か異常でも…」
「あぁそう言う訳じゃない、別に気にしなくても大丈夫だ……で、俺の事が気になったのか?幸」
「うん、だってずっと会わせてくれないから…」
「確かに会った事は無かったな。俺は[マモリビト]って呼んでくれ、本当の名前は悪いが言えない。お前の先祖から付き合いがあってな、今もこうしてたまに様子を見に来てるんだ」
「多比良 幸、よろしく」
「あぁ、よろしく」
その異常さとはかけ離れた優しい声色。
「会って早々で悪いが今日は他にも行かなくちゃいけない所がある。そろそろお暇するとしよう」
「ありがとうございました、またお待ちしております」
「頼んだ」
マモリビトはそう言って帰ってしまった。その後幸は本当に軽い説教を受けた後マモリビトが代々ロッドの血を継ぐ者達を手助けしている事、自分達も助けられた事を教えてくれた。幸はそんな良い奴だとは思っておらず次会ったらちゃんと感謝を伝えようと決めた。
そしてその夜、事は進む。
時刻は日付が変わったのと丁度だった。父親も既に帰って来ており、夫婦での晩酌を終え床につこうとしていたその時玄関の方から何やら大きな音がした。すぐさま召使が向かったようで二人も警戒していたが数秒後聞こえて来たのは召使の太い断末魔。
強盗か何かだと理解した瞬間二人も動き出す。蘭は幸の部屋へ、父である惣利は適当な棒を持って玄関へと走る。
こんな夜更けにそんな音がなっていれば幸も目を覚ます。眠い目を擦りながらも蘭が部屋に入って来た事に困惑する。だが強盗だと言われると途端に目が覚めた。
すぐにでも逃げるべきだと部屋を出ようとしたその時、部屋の中に五人ほどの男が飛び込んで来た。そしてそのまま蘭をぶん殴って気絶させた。幸はヤバイと思いすぐに窓から逃げ出す。幸い小さめの窓だったので追われていない。
ただ家の中から父の悲鳴が聞こえ、それだけではなく足音が近付いて来ている。
「なんでっ…!」
全力で駆け出した。そして寝巻のまま警察署に飛び込もうとした時追いかけて来た男に捕まった。そのまま連れ去られる。アイマスクをされていたのでそこが何処なのかも分からなかったが、妙に綺麗な和風の部屋に連れてこられた。
正面には明らかに一般人ではない風格を放ちながら幸の方を見ている青年がいた。顔立ちは整っており、カッコいいと思う。そしてそいつが口を開く。
「多比良 幸だな?」
「…うん」
警戒しながらも頷き返答した。
「悪いがお前の両親と家にいた召使は殺させてもらった。今後邪魔にしかならないからな」
脳が理解を拒む。
「そこでお前には教えて欲しい事があるんだ。知っているか、お前の血族に代々伝わる所謂伝書を。"術式"とやらが記述されているらしい。
今日お前の親戚の家全てを襲ったが何処にも見つからなかった。そうなればお前の家が所有しているはずだ」
そう言われるが衝撃も相まって何を言っているかが分からない。
「え…?」
「仕方無いとは思うが早くしろ、そうでないとお前の友にも手を出す羽目になる」
男は短気で少し苛立っているようだ。
そして幸は半分何も考えずに答えた。
「知らない…」
「嘘かどうかは少しすれば分かる、本当だな?」
圧をかけてくるが本当に知らない。
「知らない」
すると青年は大きな溜息をついたあと傍に立っていた部下に声をかけた。
「殺せ」
何の抵抗も出来ないまま、殴られ気絶した。
意識が戻ったのは数日後の事、ゴミ捨て場に放られていたようだ。意識が混濁していたが次第に記憶を取り戻し、吐き気を催す。だが何とか抑え込み、ここが何処なのか分からないまま移動を始めた。とにかく異臭もするここは嫌なのだ。
相当歩いてようやく人気のある場所に出られた。大体分かる、家からそこまで離れた場所ではない。今からでも帰ろうと思えば帰れたのだがお腹も空いているし喉も乾いている、何より帰る勇気がない。
それなりにビルも立ち並んでおり涼しい影も存在している。ひとまずはそこに入り休憩を取ろうとする。
「名を何と言う」
闇と同一化しているような姿、黒く大きな狐だ。
「多比良 幸…」
するとその狐は目を大きく見開きながら言った。
「どうしてそのような状態になっている」
「へんな男の人達が家に来て…みんな死んじゃった…」
悲しそうに俯き、そうぽつぽつと言う幸の姿を見た狐は明らかな怒りを醸し出していた。
「我は[黑焦狐]と言う。お前の先祖に使えていた"霊"だ。たまたまここら辺を通りかかったら見つけたのが姫の血だとは…」
「姫?」
「何も知らないのか。まぁ良い。そして先程の言葉は本当か?全員死んだと」
「本当…お家にも帰りたくない……それに…こわいよ…」
服を掴み、言った。その時涙しているのを見てしまった。黑焦狐はゆっくりと近寄り、尻尾で包んだ。暖かい。安心した幸は空腹など忘れて眠ってしまった。寸前黑焦狐がこう言っていた。
「もう無理はせず、我と共に過ごそう」
再度目を覚ましたのはどうやら五日後、飲まず食わずで生きられているのが不思議な状態なのだが黑焦狐が何とかしてくれたらしい。布団に寝かされており周囲を見渡すと自宅よりは小さいアパートか何かの一部屋のようだった。
「…ごくしょうこ…?」
姿が無い。恐らく図体がデカすぎて部屋に収まらないからだ。その代わりか三毛猫がいた。可愛いかったので恐る恐る撫でてみると嬉しそうにしている。
だが適当なタイミングで喋り出した。
「自分は[丁]と言う。黑焦狐と同じ先祖に仕えていた霊だ。黑焦狐では小さすぎるから自分がここにいる。まず詫びよう、助けられなくて済まなかった。親戚一同殺された。あいつらは我々の姫である[ハールズソンラー・ロッド]への怨みで生まれた組織の者達だ……と言っても体制は完全に崩壊しただただ目的を見失ってロッド、貴女の一族を殺す団体と成り下がっていましたがね。
ですがご安心を、貴女が黑焦狐と出逢った数時間後、我々が皆殺しにしました。そこで術式の伝書も完全に破り捨て他の下劣な者が襲ってこないようにもしました。貴女はこれから安泰です。何があろうと私達[奉霊]がお守りしましょう」
可愛らしい見た目とは裏腹に物凄い丁寧だ。
「…うん。でもここ何処?」
「仮住まいです。貴女が今後沢山の方々と交流を持つ為の、住まい。我々では最低限の部屋しか借りられず申し訳ないのですが、何とか我慢して頂けると幸いです」
「うん、大丈夫」
もう吹っ切れていた。殺されてしまった事は悲しかったがこれ以上下を向いていても仕方無いと割り切ったのだ。その姿勢を見破ったのか丁が訊く。
「本当に大丈夫ですか?無理は…」
「大丈夫だよ、もう。悲しいけど、がんばる」
丁はここまで強い子なら大丈夫だろうと感じ、最低限の家事を教えてから帰ってしまった。
だが後日またやってきてこんな事を言って来る。
「そう言えば説明していませんでしたね。ここは元自宅とはとても離れた土地です。転校の手続きも既に終わらせています。それに貴女はこれから名前を変えます。心機一転、と言う訳ですね」
「分かった。名前はどうするの?」
「幸様が決めてください」
「うーん…」
悩んだ結果母が好きであった花の名前にした。
「松葉菊…松葉 菊にしよ」
「…分かりました」
丁は了承し、出て行ってしまった。恐らく手続き関係だろう。
一人になった菊は仰向けになって寝転がりながら様々な事を考えた。今後どうしようか、友達は出来るのだろうか、本当に一人で生きて行けるのだろうか、と。
だがやるしかないのだ、心に決めた呟いた。
「頑張るよ」
それからは実に順調な毎日だった。親がいなかったり過去の経歴が無い所を怪しまれたりもしたが何とか誤魔化し中学を卒業。頭の良い高校に入ったのだがそこで問題は起きた。一年の春、まだロッドの一族が生きていると言う速報を黑焦狐が仕入れて来た。
その時既に紗里奈は死んでおり姫となっていたので黑焦狐と契約を結び、ロッドの細かな事を頭に入れていた。元々ある程度は母親にやんわりと教えられていたのだが。
「黑焦狐、調べるぞ」
「分かった」
二人はその人物が今現在どこにいるのか調べ始めた。結果として勉強が疎かになるどころか学校にも行かず瞬く間に二留、精神を参ってしまったと嘘をついていたがそれもそろそろ限界だ。それに手続きや診断が面倒で休学にもならない。ただただサボっているだけ。
そんなある日の事だった。情報を漁るためパソコンを使いたいのでネカフェに向かっている道中の事だった。妙にうるさい水色髪の女と同じような声量の金髪の小柄な女が歩いていた。
声が大きいのでどうしても耳に入ってしまい、目を向けた。その瞬間、たまたま目が合った。次の瞬間水色髪の方が道路を横断して走って来た。金髪の方はちゃんと横断歩道を渡って寄って来る。
「何だ何だ」
もう煙草は吸っており、その時も火をつけていたので危ない。少し距離を取ろうとしたが肩をがっしりと掴まれキラキラした眼で質問された。
「ロッドの姫でしょ!?」
気圧されながらも答えた。
「お、おう…」
「じゃあ島行こうよ、島!」
ロッドを知っていて島、絶対に能力者だ。だがあまりに急な勧誘に言葉が詰まる。
「私[大井 崎田]ね!それじゃあ早速手続きしよ!やったね絵梨花!もう帰ろ!」
「駄目に決まってんだろ。まずは兆波の所行くぞ……あ、でもお前も来いよ。決定事項だ」
滅茶苦茶無理矢理。だが何とも言えない気持ちに包まれる。名を変えてからずっと友達が出来なかったからだろうか、とても楽しい。顔には出さず、面倒臭そうにしながらも答えた。
「まぁ私も暇だったしな、行ってやるよ、島」
「やったぁ!!」
「うるっせぇな……もうちょい静かにしろよ」
「ごめん!で名前は!」
「[松葉 菊]だ、よろしく頼むぜ」
これが菊の、始まりだった。
第四百五十話「菊」




