第四百四十四話
御伽学園戦闘病
第四百四十四話「幽閉」
ゆっくりと、誰かに呼ばれるようにして目を覚ます。そこは真っ白な空間、だが二人立っている。赤い髪に鋭い目つき、雑な戦闘用ジャージを着ているだけ。あの日と全く同じ外見の真澄。そしてエンマだ。
「やぁ、おはよう」
「…負けたか」
「そう言う事。じゃあ早速だけど聞くね。君には今から魂の交換の権利が与えられる。どちらが先に進みたい?砕胡か真澄か、どちらか一人だ」
「質問に質問を返すようで悪いが、俺はこの後幽閉されるんだよな?」
「うん」
「そうか……まぁ約束だしな。それじゃあ真澄だ、真澄を黄泉に送れ」
意外だったのかエンマは少し驚いた反応を見せたがすぐに納得した様で軽く真澄とアイコンタクトを交わした後話を続ける。
「ただ真澄から何個か話したい事があるらしいから好きにしててくれ。話終わったら勝手に転送するようにしておくからね……あ、あと言っとくけど砕胡は黄泉の国に入る事を拒まれる、その刻印のせいでね」
腕の刺青のような模様を指差した。
「だから現世と黄泉の中間、仮想世界ですらない無に閉じ込められる。出る手段は無いよ、神がそう言ってた。だから最後の会話だから、ふんだんに話すと良い。それじゃあね」
エンマはふざける様子も見せずその場を離れた。残された二人、真澄は稀に夢に出てくる時と同じ様に何も喋らず見つめている。普段は気にしていなかったが役目を終えたのだと思うと妙に心身共に軽く、自分から話しかける事にした。
「何も言わないのか、最近はずっと黙っていたじゃないか」
すると真澄は一瞬だけ言葉を詰まらせる動作を見せ、すぐに言葉を口に出す。
「何と言うか…言いたい事が無いの」
「…はぁ?」
流石におかしいだろう。何だかんだ殺されて、喰われて恨みはあるはずだ。沢山の喜びや痛み、感情そのものを奪われてただ堕落してように意識だけがある状態だったはずだ。一応夢の中やあまりに暇な時は会話に付き合っていたがそれも最初の数ヶ月だけ。少しすると会話はめっきり無くなっていた。
よくよく考えれば当たり前、話題が出来るはずも無いのだ。何故ならずっと砕胡の目線で、ずっと砕胡の考える事が分かって、ずっと砕胡と共に居る。
「いやまぁ確かに、話題なんて生まれないか……いやでも最後だぞ、何かあるだろ、言いたいことぐらい」
「思い浮かばない……別に仲間に関しては黄泉の国に行ってからでも別に大丈夫だし……今ここで話す事が分からない。逆にあんたは何かあるの?」
そう問い返される。確かにそう言われると何も思い浮かばない。
「確かに、何も無いな」
「でしょ。そんなもんよ、私達適当に話すぐらいの関係性だったし」
だがこれではあまりにも呆気無い、これからは一人になってしまうのだ、何とかして記憶に何か残したい。こんな気まずい空間が最後の対面会話は最悪過ぎる。
「少し聞きたい」
「何」
「ボクはどうだった。TISに、他の奴らのために貢献出来たと思うか?」
真澄は少し考え、口元に手を当てながら喋り出す。
「一応敵ではあるからこう言うのも何だけど……ちゃんとやれたと思うわよ。拳と光輝が強すぎたのよ、相手が悪かったわね。でも拳は削れた、充分な成果よ。多分誰も文句言わないわ」
「そうか…それなら良いんだけどな…」
憂いを帯びた顔を見せた、初めて。
真澄はその瞬間目を普段より開きながら恐る恐る訊ねる。
「あんたちゃんとTISじゃない…」
砕胡はハッとした、そして気付く。更には少し嬉しそうに微笑んだ。真澄は初めて見た朗らかな笑みに生理的拒否感を覚え凄い顔をしていた。
「何でそんな顔してるんだよ」
「いや…何かあんたが笑ってると気持ち悪い…」
「酷過ぎるだろ。まぁでも…嬉しいのは事実なんだよ」
夢で砕胡は愚痴にも近い口調と声量でこう言っていた。「僕はTISに相応しいのだろうか」と。ずっと不安だった。他の奴らは仕方のない理由で入ったとしてもそれなりの向上心と目標を持って突き進んでいたが砕胡はただ仕方無く、本当に義務感で仕事や訓練をこなしていた。次第に学校に通っていたころの劣等感が掘り返され陰鬱な気持ちに支配されようとしていた、そんな時に呟いたのが先の一言だったのだ。
真澄は意味が分からなかったので適当にあしらったが今となれば分かる。なので先程ああやって口に出した。TISに貢献出来たかと気にして、良いと言われれば心の底から喜ぶ。奴隷ではない、単なる仲間として、または家族として認識出来ていた。それは最早しっかりとTISメンバーの一員ではないか。
「やっぱりお前を殺して正解だったな、真澄」
「こっちとしては最悪よ。妹が死んだ所も見れなかったのよ、私は。まぁ黄泉で待ってるだろうから行ってあげるけどね」
「そう言えばそうだったな……拳にはまぁ何と言うか…悪い事をしたな」
独りの辛さを知っているからこその発言。だが真澄はやんわりと、だがキッパリと否定した。
「違う。拳は独りなんかじゃないわよ、森の中でひたすらに特訓していた時期も必ず誰かが密かに見に来ていた。限界そうだったら間接的にやめさせたり、とにかく誰かがついていてくれた。あの子は馬鹿だから、一人でなんか生きていけないわよ。
あんたとは違う、勝手に重ねないで。それにあんたの重みが増すだけよ」
その通り、その通り過ぎて何も言い返せない。
「…まぁそれもそうだな。にしても痛かったな、あいつの殴打」
「まぁ自慢の弟だからね、それぐらい出来なきゃ説教ものよ」
「いや褒めてやれよ。あいつだってそれなり努力してた。ボクが好きな風には進化しなかったけど、まぁ身体強化だけで見れば間違いなく最強だ」
珍しく砕胡が敵を褒めた。
「あんたが言うなら本当ね、信用するわ。ついでに褒めとく」
「好きにしろ」
数秒の沈黙、だが気まずかった訳では無い。最後のひと時だったのだ、何となくただ心地よい空間。これで終わりとは味気ない、だが味がある。これで良いだろう、もうこれで終わりにしよう。
「それじゃあな、真澄。仲間の事も任せた」
「任せなさい。それじゃあね、砕胡」
次の瞬間砕胡の姿は消滅し、真澄は黄泉の国のホスピタル王国の辺境に飛ばされた。今からは宮殿に向かう事になる。一人なら面倒だし疲れて面倒だが、何だかやる気が湧いた。この元手が分からぬ気合が続く内に、出来る限りの足を進めよう。そう決め足を踏み出した。
一方砕胡は再び気を失っていた。どれ程の時間が経っていたのだろうか、真澄との別れが数秒前にも感じるし数年前にも感じる。不思議な感覚だが意外にも違和感は存在していない。とりあえず仰向けになって寝転がっていたので立ち上がってみた。
周囲を軽く見渡すが晴天、そして何故だか視認できる透明にも白にも見える床。それ以外には何もない、文字通り地平線にその様子が広がっていた。
だがいる、何か座って砕胡の方を見ている。
「起きた!!」
うるさい声に耳を塞ぎたくなる。こいつがいるとは思っていなかった、いるとしてももっと遠くに離れていてほしかった。こんな間近くにいるとは本当に嫌になる。何処まで言っても共同体、あくまで自分自身と言う事だ。
あぐらをかきながら対面する。神は能天気に話し出す。
「負けた!!」
「ふざけんなよーホントに。まぁ良い、でもどういう風に負けたんだよ?死ぬちょっと前の感覚ではそう簡単に死ぬと思う怪我じゃ無かっただろ」
「呪術・天が通用しなくて、とんでもない数のエネルギー弾全部ばーん!!って当たって、うわあああ!!って痛くなって、そのまま死んだ!!!」
まるで別の言語を喋っているかのように何を言っているかが理解出来なかった。ひとまず状況を整理するために色々考え俯いていると老人の声が耳を突く。
「エネルギー弾だけではない、軽いが反体力を当てられて死んだ」
すぐに顔を上げるとそこにはやはり天仁 凱がいた。
「お前も…いやまぁそりゃそうか」
「砕胡よ、一つ気になる事がある。殴るぞ」
避ける間もなくぶん殴られた。だがおかしい、怪我が数秒で完治した。
「ん?回復が滅茶苦茶に早い…」
「やはりな、どうやらここでは死ねないらしいな。正に無間地獄、いや痛みを感じる事が少ないだけわしにとっては地獄だな」
「蟲毒王はどうなんだよ、怜雄とか芹とかなら話し相手にもなるなだろ……長くは持たないだろうけどな」
「駄目だ。あいつらは佐須魔に残して来た、自身像もな」
「そう言えばお前使ってなかったな」
「あいつは誰が使っても切り札になるような正真正銘の化物だ。ただわしは少し期待している事がある」
「期待?でも見れないだろ」
「見れなくても結構、想像するだけで面白い。どうだ、言霊使い[ルーズ・フェリエンツ]と戦う姿を思い浮かべてみろ」
少し考えてみるがどちらが勝つかのかは確かに興味がある。だがこれ以上考えない事にした、お預けどころか今後一切見る事は出来ないのだから。
「確かにやめておいた方が良いな。生殺しだ」
「何で分かった?」
「共同体、だからだ」
ジジイにそう言われると何だか一瞬寒気がしたがそれを打ち消すほどの高揚感に見舞われた。そこでふと考える、ここで能力は使えるのだろうか。二人共一回も使っていない。
「戻ってやるか」
次の瞬間天仁 凱は空傘 神へと姿を変えた。
「何でだ……まぁ良いか。神、お前何か能力使ってみろよ」
「分かった!!」
『呪術・羅針盤』
「だから周りにいるときはそれやめろって言ってんだろ!!」
そう怒号を浴びせながら何とか回避する。だがこれで分かった、能力は使える。そこで導き出される一つの結論、どうしても暇は来るはずだ。ただそんな暇を全て打ち消せる遊びがあるのだ。
砕胡はゆっくりと構える。
「どうだ神、ここでは死なないし怪我もすぐ治る。お前好きだろ、戦闘、人殺す感覚も」
「好き!!!」
「ならやろうぜ、一生分どころか何十人分、いやもっともっと。無限に続くんだ、ここでの暮らし。求めてみないか、極地ってやつを」
神は布で見えないながらも明らかに眼を輝かせながら首をブンブンと縦に振った。そして呪の発動準備をする。砕胡も楽しそうに口角を上げてから火ぶたを落とした。
「来い!」
無、他の誰もが来ぬ世界。
たった二人の世界。
そこで求める究極地、人は何処まで強くなれるのか、その真実を確かめるために動き出す亡者。ここでの戦いは文字通り永久に、止まらない。
だがそれは、二人にとって蜜に浸かるような至高なのだ。
第四百四十四話「幽閉」




