第四百四十二話
御伽学園戦闘病
第四百四十二話「必中」
降りて来る蘭の花。だが光輝は触手だけでそれを跳ね除けた。本来触手に強大な力があるわけではないのだが、今回はソウルが色々なシミュレーションをした結果エンマの喉元に最も近い場所から生えている触手の"付け根"を採取し渡していた。なので普通よりもほんの少しだけ効力が強く、一番の理由は暴走によく似た状態だからである。
能力の譲渡、普通は魂を喰う、または薫や佐須魔のように能力を介して手に入れる。この二択しか現実的な方法ではない。だが今回光輝が取った方法はその二つに該当しない謂わば無茶。
「そう言う事か。妙に使いこなすのが早いと思ったら…光輝、お前マモリビトの力を借りたな?」
マモリビト、その役目は仕える世界の安定を図る事。それ故住民の状態や一定の自然状態の管理などが可能である。そしてその安定には勿論暴動を起こす能力者集団の鎮圧などのケースも含まれている。
だがマモリビトは世間に顔を出す前提で作られていない。なので遠隔で鎮圧、力を奪うえるのだ。方法は簡単、能力の在処を移動させられる。
アヌビスが魂の位置を変えられるように、マモリビトは能力の存在場所を他の無機物や生物に移す事が出来る。だがそんな強力過ぎる技術をポンポンと使われては神への反逆が起こりかねない。なので神はデメリットを付けておいた。
そのデメリットこそが"適正"である。この移動法は元の所持者、移転者への負担が途轍もない。なのでマモリビトはあくまで最終手段として代々使用して来た。
エンマの一つ前のマモリビトである初代ロッドでさえこの技術は一回も使って来なかった。そんな高等技術をエンマは自分勝手に濫用した。
「あいつは馬鹿なのか……いや違うな。どれだけ自分が罰を受けてでも、お前を強くしたかったのか」
「そうだろうな。今となったら本当に感謝しかない。俺だけじゃなくて礁蔽、椎奈の二人も本当は駄目なはずなんだ。勿論ベベロンやルフテッド、正円もな。
私利私欲のために力を使う、世界の番人であるマモリビトが一番してはいけない行為だ。それでも重々承知で使い倒した。尊敬しか無いんだよな、エンマには」
「同じ立場だったらわしもそう思うだろう。確かにエンマは勇敢な男だな。だがあくまで勇敢なだけ、渡す相手を間違えている様に思えるぞ。だがお前が適正と判断される程努力したのは認めよう、面から見て取れる。
だがそれを承知の上で言葉を重ねるが……お前は"適正"とは程遠い。そこまで強大な力を何個も所持するのは最低でも智鷹や乾枝辺りの実力が必要だ。
光輝、残念だがお前は未だその域には…」
「到達してるから貰ってんだよ」
一瞬天仁 凱の表情が曇る。だがすぐに普段通りの小馬鹿にしているような顔に戻った。
「それはどう言う事だ」
「今理解したんだ。なんでソウルさんは変なタイミングで実質的に合格にしたのかって」
「猶予が無かったからだろう。わしも大体は分かっているが…」
「違う。ソウルさんは"俺が現世に戻る三日前"には既に合格を出していた。それでも訓練はやめさせなかった。今までは他の皆の準備が整うまで待てって意味だと捉えていたけど…違ったな。
俺はまだ適正じゃなかったんだ。だから押し上げてくれた。と言うよりも慣らす時間を与えてくれた。黄泉の国の王、世界そのものと言っても過言じゃない奴の力を受け取るための、リラックス期間を」
光輝は確かに"適正"レベルには到達していなかった。そしてソウルは密かにこう考えていた、「エンマ以外は何とでもなるが、エンマの能力だけは暴走するかもしれない」と。
本番で暴走なんてしたら目も当てられない。なので慣れさせた。少し黄泉の国にいる時間を伸ばしたのだ、丁度良いと感じたのが合格を出してから三日後の事だった。それだけの話なのだ。
エンマの力に慣れるにはエンマの力に中てられるのが最も効率的だ。そしてエンマは黄泉の国全体に自身の力を振りまいている、安全なる統治のために。なのでただ滞在するだけで良かったのだ。たった三日滞在するだけで最低基準をクリア出来る、そう踏んでいたのだ。
「そう言う事か……基準は満たせなかったがかさ増しで対応した、と言う事か。そしてその後完璧な適量を判断し、投与させた。ソウル・シャンプラー……想定よりも面影が強いな」
とても楽しそうに理解し、口に出した。その際天仁 凱の目に映る光輝の背中には緑髪で鋭く今にも喉元に突き刺さりそうな殺意をこちらに向ける男が立っている様にも見えた。
ソウルは書き換えたのだ。光輝の全てを。洗脳ではない、ただ自分の弟子として作り上げたのだ。中途半端な流儀を全て破壊し、ソウル流に塗り替えた。たった一年近くでやり遂げた。
「流石英雄が一人と言った所だな。少しは感心出来る」
そう余裕をこいている天仁 凱だが本心では焦りが見え始めていた。エンマの触手は螺懿蘭縊を一瞬で破壊した。多少アレンジはしているとは言っても螺懿蘭縊は相当な強度を誇っているはずだ。
もしかしたら想定以上の威力を有しているのかもしれない。これ以上無駄話も稚拙な攻撃もしている暇は無い。遂にはそう判断した。そしてそのピリついた雰囲気は当然光輝にも伝わっていた。
そこでようやく実感出来た、自分は天仁 凱を追い詰めているのだと。
「…」
ここで光輝は拳に『阿吽』を送った。
「さて、拳も待ってる。本気で終わらせよう、何秒必要だ」
「認めよう、お前は強者の一員だ。そして知っているだろう、佐須魔の言葉を。強者同士の戦いはとても短い時間で決着がつく、と。
一分、これだけあれば終わるだろう」
「そうだな。俺も丁度そう言おうとしてた」
両者が構える。どちらも死ぬ可能性があるのに、どちらも楽しそうに笑っている。だがどう見ても戦闘病の狂気的な笑みではない。天仁 凱は久々の骨のある能力者を見て。光輝は皆の力を活かせて。
異常と言われればその通り。だがそんな空気間の元、先に動いたのは光輝だった。
「行くぞ!」
コールディング・シャンプラーやエンマがやっていたように触手を使った立体起動と極限まで鍛え抜いた身体強化で一気に距離を詰める。だがそれは空間転移と違い移動位置や速度が予測しやすい。
天仁 凱は広範囲技を放つ事にした。
『呪術・羅針盤』
これだけでも相当の牽制になるはずだ。万が一にでも触手が斬れたりしたらその時点で殺せる。針が破壊されたり回避されたりしても気は引けてチャンスを作る事にはなる。
一方光輝はその意図を完全に読み切って少し変わった対処法を取る。その対処法とは胡桃の能力とフラッグの能力を使った攻撃保存だ。
まず羅針盤の範囲内で胡桃の能力を発動する。当然羅針盤の攻撃は全てエネルギー弾と変化するのだが、そこですかさずフラッグの能力を発動した。勿論範囲は全方位、とするとエネルギー弾は能力範囲内をひたすらに飛び回る。壁と光輝にぶつかって。
「胡桃の能力の弱い所、それは範囲が同時に一つまでしか展開出来ないからだ。けどな、ちょっとしたメリットもあるんだよ」
そう言いながら進み続ける。すると範囲も同時に移動していく。
「霊力消費も多くなるし、発動者が範囲の中心になるから胡桃は使いたがらなかったが…範囲は移動出来る。勿論反射の場所も変わる。付いて来るんだよ、エネルギー弾全部がな」
羅針盤の回転全てエネルギー弾に変え、五十個以上もの弾を反射させながら寄って来る。そこで勘付いた、どんな攻撃をしても通用しないと。ならばと考え呪・封を発動しようとしたが砕胡が現在使用しており発動できない。
だがまだ何とかなる。そうだ、切ればよいではないか。渾身の切り札、伽藍経典をも超える神への切り札そのものを。
『呪術・天』
人の心を触媒とし、まずは心を破壊してから飛び出す針で確実に殺す呪。これは感情さえあれば絶対に死ぬので耐えられたものはいない。神だってそうだ、この呪を恐れて天仁 凱を瞬殺した。そんな呪、光輝が耐えられるはずもない。
だが次の瞬間、全てが静かになった。いや違う、光輝の表情がまるで変わった。無表情とは言い難い、だが明らかに感情が抜けて家う様にも感じる。
「…まさか!!」
すぐに気付く、その異常性に。魂が抜けている。
そう、胡桃や蓮達が研究して来たのはこれだ。一時的な肉体主導権の剥奪。なら誰が光輝を動かしているのか、それは他の誰でも無い。黄泉の国連中の中でも卓越したセンスを持つ男、杉田 馬柄である。
馬柄にしたのにも理由がある。最後の最後、この一撃は馬柄が一番向いているからだ。絶対必中、沢山のエネルギー弾を纏いながら光輝は一瞬にして距離を詰めた。
そして天仁 凱との戦いで最後の能力解放を見せる。大量の蜂までもをエネルギー弾へと変え、もう光輝の体が見えないぐらいには増えた。そこで放つ、無機質かつ別人のような声で。
『呪術・天』
完璧なる、呪返し。
決まる他無い。何故ならばこれは、『必中』なのだから。
勝負はついた。
第四百四十二話「必中」




