第四百三十八話
御伽学園戦闘病
第四百三十八話「最強格」
鵺の前に現れる頭蓋のみが白骨化している山羊、だが鵺は山羊をいとも容易く叩き殺した。だがそれが本命ではない、佐嘉の能力はあくまでここで気を引かせるための囮に近い。
本命は自分自身での殴りにある。一対一、それに大体の力は把握した。ここら辺で一撃ぶち込んでおかなければ相当厳しい展開に持ち込まれてしまうので突撃する。当然目躁術を使いながら。
「これが目躁術か、だが問題などは何処にも存在してはいないではないか。弱い、ひたすらに弱い」
余裕綽々、それも当然の事だ。鵺は既に攻撃を終えている。
次の瞬間地面に流れる電流が空中へと放出され、模られていく。最終的には槍のような形状へと変化し、計三本の電流槍が光輝に向かって物凄いスピードで突撃していく。
鵺の視点で物を見ているので当然それは分かっている。訓練は積んでいるので体の操作に不自由は一切無いのだが場所が完璧過ぎる。左右は勿論上は駄目だ、ただしゃがんで避けようとしても既に鵺は突っ込む準備をしている。
全方位が塞がっているのだ。ならばここで攻撃は一旦諦めて次のチャンスを作るしかない。今はひとまずやり過ごす事が優先だ、大きなダメージは耐久力が下がっている両手には厳しいもののはずだ。
「逃げるのか」
再度空間転移で逃げ出した。ひとまずの危機は逃れたがチャンスも逃してしまった。これ以上モタモタしている暇は無い、次の一撃で決める。
「そうか、次で決めるつもりか。ならば良いだろう。先陣を切った身、馬鹿な人間を裁き己の無力を思い知らせてやる。来い!!」
「言われなくても行く」
空間転移で背後に回るが当然鵺は対応できる。なので最初からそこで攻撃をするつもりはない、常に殺気を出しながら牽制する。そして次は正面に移動、やはり鵺は付いて来る。
なので今度は少し右側、今度は振り向く時間が無いのでそのまま爪で引っ掻こうとして来た。だが清水であしらい、そこで出来た隙を突く。
全身全霊、両腕が取れない程度。だが呼吸促進は全力で、それだけではなくソウルの時止めを発動した。流石の鵺でもこれは対応できない。
「蟲毒王に比べたら弱かったな」
持ち上げ、腹を貫いた。それだけではなく追撃で十発程度殴って穴を開けておいた。そして時を動かす。
「俺の勝ちだ、甘い」
次の瞬間鵺はボコボコに崩れ、そのまま姿を消した。鵺の子世界から解き放たれた光輝は別の奴の攻撃に備える。するとやはり八岐大蛇が突進してくる。
何十倍もある巨体であろうが問題ない、清水でなら受け流せる。
「一つだけ教えてやろう、光輝。わしの霊達は強い、鵺は馬鹿なだけだ。ここでいう強いとは、連携を指すぞ」
次の瞬間八岐大蛇の背中に乗った牛頭馬頭が跳んだ。そして八岐大蛇の突撃と同時タイミングで槍を使い飛び掛かる。だが清水は三方向の攻撃程度軽くいなせる。それほどまでの技術、この歴戦の猛者達が見抜けないはずがない。
この三匹は囮、本命は後ろからゆっくりと近付いて来ていた牛鬼である。次の瞬間左足のふくらはぎに噛みつかれた。そこまで痛くはない、だが生命維持への危機を感じ取った。
『妖術・上反射』
だが出来たのは噛みつきへの反射のみ、謎の違和感はピクリとも消えない。それが毒だと理解するにはそう時間を要さなかった、ただそんな事よりも対処法を探さなくてはいけない。牛頭馬頭、八岐大蛇、牛鬼、待機している天邪鬼と八咫烏達がこれを機に仕掛けて来るであろう攻撃をかわしながら。
出来ない、絶対に。いい加減体が悲鳴を上げ始めている。元々佐嘉の人術とベアの空間転移は体に馴染まず無茶をしなくては使えない物だったはずなのに無理矢理使用している。本来その段階まで追い詰められたのなら撤退しろと教わっていたのだがどうしてもここで引く訳にはいかないのだ。まだ何人かが力を貸してくれている。ここでなくては、通用しない。
「そろそろ潮時だとは感じませんかねぇ、光輝の旦那ぁ」
牛鬼が語りかけて来る。
「自分は毒を持ってるんですよ、まぁ分かりますよねぇ」
この絶対的な違和感の正体はどうやら毒だったらしい。だがその程度で引いて良い理由にはならない。まだ止まれない。全力で牛鬼を蹴り飛ばそうとするが八咫烏がタイミング良く壁を隔てたせいで届かない。範囲内には牛鬼以外の霊が全員収まっている。
牛鬼の毒を体に回しながらこいつらとの戦いを強制される事となった。息を整え集中する。残された時間は精々三分、まだ隠している能力を解放してでもこいつらを叩き潰し、天仁 凱との戦いを始める。
「行くぞ!!」
雄叫びに類似した鼓舞と共に足を踏み出す。その瞬間転移を使用し背後に回った。瞬時に牛頭が槍で突き刺そうとしたが清水を使い左手だけで受け流した、その後その槍を右手で掴み引っ張る。そして近付いてきた牛頭に出力最大でこの術をぶつける。
『妖術・旋甲』
ただ突っ走り、Uターンして戻ってくるだけの術。だがこれは絶対に遂行されるのでルートにどんな障害物があってもぶち破って突き進む。それが生物や霊であろうと例外なく。
「一匹目!!」
牛頭は光輝の突撃によって全身をグチャグチャに粉砕され天仁 凱の元へと還って行った。残り五匹。
その中で一番速く動いたのは馬頭であった。Uターン中の光輝に向けて槍を突き出し、腹部を貫いた。だが芹をやった時に何個もくらったエネルギー弾に比べれば全然マシ、呼吸促進もあるので全く問題は無い。
まるで鬼神のような眼光と気迫で槍を引っこ抜き、そのまま顔面をぶん殴った。馬頭は吹っ飛ばされたまだ生きている。なのでトドメの一撃を放つ。
『妖術・遠天』
威力は対して無い。だが距離減衰などが全く無い最速、八咫烏でさえ間に合わないそのスピードで馬頭の首元は貫かれる。だがそこまで大きな傷ではなく、まだ立てる。と思いきや攻撃は終わっていない。
無詠唱、わざわざ詠唱したのは無詠唱が出来ないと油断させるためだ。やはり避けられない、三十発程の遠天が首を貫き、首と体が離れる。当然死ぬ。
残り四匹。
「「「お前!!」」」
八岐大蛇が怒りを露わにしながら突撃してくる。だが問題は無い。
フラッグの上反射を使いながら目躁術をリーダー格の頭に使用した。そして何度も何度も他の頭と目躁術の効果を渡して行き、混乱させる。少しだけ位置が違うとなると違和感も凄く、何より目が回る。一方光輝は慣れているので何の弊害も無い。
動きが遅くなっている八岐大蛇に向けて放つ。
『人術・螺舌鳥悶』
ついでに残りの天邪鬼、牛鬼、八咫烏にも効果は発揮される。
『妖術・上反射』
『妖術・上反射』
『妖術・上反射』
他の三匹は上反射でやり過ごしたが八岐大蛇はそれが出来ない。八匹の山羊がそれぞれの首元を貫き、そのまま胴体、足、体の全てを突進で吹き飛ばした。
残り三匹。
だがここで毒が効いてくる。
「やっぱりあんたは強いですなぁ、でも詰めが甘い。自分の毒は強いですぜぇ」
ニヤニヤと笑う牛鬼、未だに壁は作られたままだ。だがそんな陳腐な隔離が通用するのは能力を解放していなかったからである。空間転移がある以上そんな壁一枚で安全だと思っている首は刈られて終わる。それが分からない時点で格付けは終了してしまっている。
次の瞬間影の子世界に頭部だけ突っ込まれ、その後入口を封鎖された。それは佐須魔や薫のゲートと同じで体は分断、謂わば切断された状態になる。即ち、死ぬ。
二匹。
宙に浮いている八咫烏と天邪鬼。
「頼むぞ、鷹拝」
鷹拝、それは宗太郎の霊の名である。すると上空で二匹の鴉の鳴き声が響く。
最後の最後、天邪鬼。だがこいつが一番怖い。人の恐怖、憎悪、とにかく悪い点を凝縮した鬼。どんな攻撃をしてくるのか分からない。もしかしたら真澄の威圧と良く似たタイプかもしれない。
そうであった場合くらうと大変マズイ事になる。ただしくらわなければ何とでもなる。一匹だけならば影の子世界に持ち込んでも良いが少しリスクもある。ひとまずは地上戦で良いだろう。それに後一分、一分で全てが"ひっくり返る"のだ。
「一つ言っておくが、お前みたいな正義ごっこが好きな人間に俺は倒せないぞ?」
ブラフか時間稼ぎか挑発か、どれにしても真に受ける必要は無い。今は戦う事に集中するのだ。思い切り距離を詰め殴り掛かった。だがその時囁く程の声でこう言った。
「真田 胡桃を見殺しにしたのはお前だ。あそこで無理にでも抵抗していれば助けられた。それに敵である翔馬 來花に助けられる始末。こんな奴が正義を語って…」
効かない。表情一つ変えず顔面をぶん殴った。一瞬理解が出来なかったのか天邪鬼は困惑したまましりもちをついている。すると光輝は肩を回しながら近付き、言葉を返す。
「事実だ。だがそんな事実を受け入れたからこそ皆が力を貸してくれた。それで良いんだよ、一番駄目なのは背ける事だ」
知っている。光輝は自分を強く責めていた。現世の誰が慰めても心の中での自責は止まらなかった。そんな時エンマが黄泉の国での特訓を持ちかけ、最初に行った場所は地獄の門番の元。
新しい友達と飴雪とガーベラと共に何だかんだ楽しそうにしている紫苑と軽く話をした。黄泉の国の現状や色々知った事、ラックの魂を喰った後に起こった様々な事象。その後助けられなかった事を強く後悔していると打ち明けると紫苑は馬鹿にするように大笑いした後、こう言ってくれた。
「大切なのは気持ちとか懺悔とかじゃなくて、その後の行動だろ。ちゃんとやれよ、お前らしくないぜ」
慰めやまやかしではない、ちゃんとした言葉。求めていたのはそれだったのだ。そこから気持ちを入れ替えてララ、ソウルの元で特訓を受けて能力を貰った。
ずっとずっと恩を受け手ばかりだった。だが現世に戻って来た時ようやく気付けたのだ、恩返しも行動でするべきものだと。訓練や死んでいった仲間へは勝利を。そして紫苑には再臨のための道を。
「そんじゃあな、悪鬼」
鷹拝が鳴く。物凄い声で、島全体に響き渡る声で。
ピッタリ一秒後の事であった。誰もが吹き飛ばされそうな強風の後、島に光が差す。いや違う、湧き出て来たのだ。知っている、この光の正体を。
「やっぱり仕込んでんだよな、英二郎、宗太郎」
その光は悪を打ち滅ぼす。
「んじゃやるか、天仁 凱」
天邪鬼、八咫烏の二匹もいなくなった。
「本当に強いでは無いか。面白い、わしも本気を出そうでは無いか。敬意の表れと受け取れ」
「ありがとよ。来い」
「行くぞ!!」
『呪詛 伽藍経典 伏魔極殿』
伽藍経典、伽藍堂が由来の名。
伏魔極殿、魔が大量に潜む館。
対局の二つ、何故そんな名がつけられたのか、理由は明白。伏魔が放たれ、一帯が無に帰す。言ってしまえば無差別攻撃。
そしてこの術が他の範囲攻撃と一線を画す理由、それは攻撃を行うのが霊だからである。量で言うと蒿里が地獄の門を開けた時に出て来た亡霊の約八倍。
一瞬にして効果範囲の霊力濃度は十四割へと上昇した。
「さぁ行くぞ、光輝」
霊に埋もれながら戦いを強制する。実質的な子世界への移転、影へは逃げ込めない。出て来た瞬間にやられるに決まっている。だからと言って他の術で対抗するのも厳しいだろう。
だがこんな時でも動じない。霊に体を蝕まれながらもゆっくり冷静に体内の霊力を巡らせ、唱えた。
『人術・雹』
佐嘉 正義が唯一伝授を拒もうとした術。
効果は一つ、一時的な霊力との同化である。
第四百三十八話「最強格」




