第四百三十二話
御伽学園戦闘病
第四百三十二話「放出」
第二ラウンド、対天仁 凱、ここからが本命である。相手には清水、影の子世界、目躁術、降霊までは知られている状況。だがまだ手は沢山あるし既出の術は全て通用するはずだ。どれだけ酷くても清水と子世界だけは緊急避難に使える想定である。
だがどれだけ持っている術が強かろうが敵が未知数の領域を出ない。光輝の警戒心は更に高まりつつある。ただしそれが後手に回るという愚策に繋がる事は決してない。
「こっちからだ!」
まずは突っ込んでいく。降霊は継続中、目躁術はまだ使わない。神は既に味わっているので感覚を掴まれいるかもしれないが天仁 凱は感じていない可能性がある。その場合目躁術は隙を作るのに最適と言って良い程の術なので温存だ。
そして影の子世界はまだ解かない。飛び出したタイミングで何らかの術を放たれると反応が遅くなり手遅れになるかもしれないからだ。それに子世界に二人がいる限り有利なのは圧倒的に光輝のはずだ。
「良い判断だ」
初動で動いたのはとても良い判断だ。そうで無ければ天仁 凱は蟲毒王を出していた。光輝は非常に速いのでチンタラ詠唱する暇は無く反撃の手を打つ他無い。今後の事を加味して現状では完璧と言える手であろう。
ただしそんな完璧な手に対して打たれるは圧倒的強者の粗雑な一手。
『呪・薄荷』
名前すら聞いた事の無い呪。それも当然、神との戦闘が始まる前の対話、そこで思い出した佐吉の記憶。それにインスパイアされた。そう、いつかの流のようにして思いついた呪なのだから。
薄荷、それは清涼感が凄まじい植物、飴の味などでも良く知られている。何故瞬時にその名を付けたか、それは何処かで目にした花言葉からである。薄荷の花言葉、幾つかある内の一つ『迷いからの覚め』だ。
味わった事の無い感覚であった。まるで脳天に直接清涼スプレーをぶっかけられたかのように冷え、恐ろしかった。だからこそ思いついたのだ、この呪を。
「だが足りん。わしへの警戒心と、尊敬がな」
次の瞬間光輝の鼻を独特な風味が突き抜けた。正に薄荷のような匂い、少なくとも悪い臭いでは無いのだが何とも言えない。強いて言うのなら寒い朝の風を鼻から吸い込んだ時のようだ。ただつーんとした感覚は一切無い、あくまでも匂いだけが体に残る。
そして何か考える暇も無かった。激痛を感じ気付いた頃には木に叩きつけられていた。すぐに正気を取り戻したが腹部が酷く痛む。恐らく肋骨が何本かポッキリと折れて内臓に刺さったはずだ。
身体強化のおかげで大したダメージでは無いが出血は多い。元々するつもりはないが無茶は出来ないだろう。
「即興かつ十数年ぶりの開拓。悪くないな」
その言葉でようやく気付く。あの短時間で創造し、出力し、形作ったのだと。神に挑む権利を与えられた理由が解った気がした。まさしく天才。
自身の力へ向ける謙遜の無い信頼、人智の限界寸前を攻める常人を逸する想像力、最古参とも言えるであろう年月を注いできた胆力、そして何より己に科した体への縛り。
この四つを併せた事によって生み出された正真正銘の怪物、それが天仁 凱なのだ。光輝は感じた、勝てるはずがないと。だがこうも感じた、希望はあると。
心の底で揺れ動く情緒。鍛えてきたはずのメンタルが一瞬にしてドブに飲み込まれた。だがそれでもすぐに立ち上がり、前を向く。貸してくれた皆の力を無駄にはしまいという正義感から繋がった自信を力として。
「やるな。確か生前同じような状況になった男がいたが……あいつは一瞬でおかしくなってしまった。つまらないと感じたさ、そりゃあとてもな。
だがお前は違う!!聞かせてくれ、楽しみたいか」
「結構だ。俺はここに戦闘をしに来たんじゃない、役目を果たしエスケープチームに繋げるために来たんだ。他の奴らの大切な物を背負いながらな」
そう言いながらおもむろに首元を擦った。
「そうか、それならばわしは一人でゆっくり楽しませてもらうとしよう。言っておくがまだまだ本気を出すつもりはない……そうだな、蟲毒王を出した時が合図とでも告げておこう」
「ご丁寧に感謝するぜ。んじゃさっさとそこまで進めるぞ!」
再度突撃する。だが天仁 凱は同じく反芻するようにして発動する。
『呪・薄荷』
ここで同じ手をくらったら本格的にマズイ。なので確実に避けるか対処法を編み出す必要がある。立ち上がった時からずっと頭の中で気になっていた事があった。
何故わざわざ匂いがあるのだろうかと。普通ならばこう言った拘束系、催眠系などの能力には対策のしようが無いとしてくらった後の行動が重要視される。パラライズなどが良い例だ。
ただ天仁 凱相手だとそうは行かない。起き上がった時に見た霊力残滓の濃さからして大体薄荷を受けて一秒も経たぬ間に吹っ飛ばされたと分かる。そうなるとくらった後の対処など出来るはずもない。
必然的にくらわない動作を取る事になるだろう。そこで気になったのが匂いと言う訳だ。何か匂いに仕掛けがあるのだろう。だがそう予測したからと言って単純に鼻を塞ぐ程度で対策出来るとは到底考えられない。即興だとはいえどもあの効力、そこまで出来る人間がそれだけの工程で完全対策が出来る術を連発するはずがないと断定出来る、これは完全に経験則だが。
「こうだろ?」
光輝は脊髄を思い切りグーで叩いた。あまりの衝撃に一瞬で気絶した、がすぐに気を取り戻す。とんでもない速度で突っ込んできている天仁 凱と真向で殴り合う形。
気絶によって身体強化は無くなったが日々の鍛練で覚醒すると同時に発動する事が出来た。降霊までする余裕は無かったがそれでも充分。
「素晴らしいな、完璧だ!」
天仁 凱はとても嬉しそうに叫び、そのまま殴り掛かった。互いの拳がぶつかり合う。直後吹っ飛ばされたのは天仁 凱であった。
「舐めんなよ、老体が」
対策方。
まず前提として一度目の薄荷をくらい、吹っ飛ばされる際に能力が全て解除されていた。それは影の子世界に絶対に無い木に叩きつけられた時点で分かる事だ。
そして全ての能力が消えた手順として真っ当なのは呪・封を使用されたか、一瞬気絶していたかだ。能力は一部を除き気絶したタイミングで解除される物がほとんどである。
次に霊力残滓の濃さ考えられる移動速度、それを考慮に入れると呪・封を使用しているとは思えなかった。となると一択、気絶していた。この択を外していたら相当マズかったが賭けるしか無かった。
最後に一つ。気絶のタイミングである。薄荷は恐らく敵を瞬時に気絶させる呪。効果適用のタイミング、パッと思いつく範囲では「唱え終わった瞬間」「唱え終わり敵が視界に入った瞬間」「匂いをくらった瞬間」「匂いをくらってその後何らかの行動後」の四つぐらいだ。
最後は呪・封ではなかった時の理由と同じくして違うと考えられる。次に唱え終わった瞬間、これもあまり考えられない。理由としては気絶した瞬間に匂いを感じるのは難しいはずだ。そして目覚めている今も匂いの感覚は残っている。
となると二つ。だがこの二つは共存すると考えられる。匂いだけが詠唱後瞬時に発動する可能性があるからだ。
そしてこれ以上の思考は出来なかった。結論として唱え終わったほんの少し後だと決め打つしかない。なので丁度良いタイミングを自分で感じ取り気絶したのだ。
「上書きは出来ねぇだろうな。気絶してんだからな」
「つくづく面白い男だ。何も知らない催眠系の術をたった一回くらっただけで攻略しやがった。才能というやつか」
「違う。積み重ねだ。お前は努力できる天才だから分かるだろ、この意味が」
「まぁな。だがそれでもお前は素晴らしいぞ。少なくとも咄嗟の対応力に関しては重要幹部の中でもトップレベルだ」
「別に嬉しくねぇよ。まぁでも受け取っておく。いらない名誉としてな」
「そうか。ではもっと見せてくれ、そして与えさせてくれ、いらない名誉とやらをな」
見定めはこの程度。ここからは本気、計七匹と一人で叩き潰す。
だが天仁 凱はすぐには終わらないだろうと踏んでいる。穂鍋 光輝というこの強者はまだ何か秘密を残している、そう分かるからだ。だからこそ撃つ。
「来い!お前達!」
『呪詛 俄然豪京 導鞭の也』
魔の扉から現れる。七匹の王。その身を持って体感するであろう、一人で天仁 凱に挑む事がどれだけ無謀な事だったのかと。
「行くぞ、芹、凍漸」
原初の能力者、名を怜雄。
第四百三十二話「放出」




