第四百三十話
御伽学園戦闘病
第四百三十話「克服」
これは流が反旗を翻し礁蔽達が回収に来た少し後の事。ポメによって地面が崩壊し落下したTISメンバー。そこはまるで谷の底のようになっている。
全員普通に着地して怪我はない。まだ刀迦も呼び出せていないのでさっさと脱出して作業に取りかかろう。
「…ん?皆さん、これちょっとおかしくないですか」
原が問いかけた。佐須魔もすぐに違和感に気付く。
「あいつ改造したのか」
あいつとは神の事である。
「これシウの結界に近い性質になってる。來花触ってみなよ」
「あぁ、分かった」
來花も地面に触れてみた。すると感じた事がある、それは元住居の裏山。椎奈が死んだ旅館があるすぐそこの山、謎の封印所。そこに張ってある謎の結界とほぼ同じ感覚がする。
「似ているな、確かに」
「まぁそもそもこんな所来る前提じゃないからね。とりあえず僕のゲートで脱出しよう」
その後は順調そのものだった。刀迦を呼び出して状態の確認。問題は無かったのでそれぞれの特訓に戻る事になった。皆がバラバラになって行くその時砕胡だけ少し考え事をしていた。
智鷹もまだ残って穴の底を覗いて時間を潰していた。そんなバカみたいな行動をしていると当然視界に入って来る。あまりにも気になるので少し声をかけてみた。
「何してるんだ智鷹」
「いや~何かあの性質武具に使えないかな~ってさ~」
「お前の武具は大体使い物にならない。ギアルの無駄だ。だったら唯刀やら有用な武器の補修や強化に充てた方が…」
「違うよ砕胡、僕達は進むんだ。停滞に必要なのは現状維持、成長に必要なのは実験。僕は小さい頃からずっと実験をして来たのさ。
折角だから今言っとっこかな~」
「?」
「昔天仁 凱が黄泉の国から呼び戻された事があっただろ?砕胡がそんな風になった原因だ」
「あぁ、当然知ってる」
「あれ零式の発動者ってロッドの末裔なんだけどさ、本来零式なんて使える程能力に精通してる子じゃなかったんだよね~」
「俺もそう思う。ずっと気になってはいるが別にそこを特定したからと言って…」
「仕込んだの、僕」
時間が止まったようだ。砕胡の頭の中には恐るべき数の憎悪や論理的な思考、現実逃避の言葉が並べ立てられる。そしてヘラヘラしながら言い放った智鷹の顔を見ると何故か苛立ちが収まった。こんな奴と真剣に話しても時間の無駄だと感じたからだ。
それに自分がこうなったのは完全に運が悪かっただけだと自覚しているし、あの場では最善策だった事も理解している。イライラした時にする八つ当たりの材料としては適切だが呆れてしまうとそうも行かない。
「…そうか」
「あれ、以外だね~。反応薄いなんて」
「なんか馬鹿馬鹿しい。もう行く」
色々と言いたい事はあるがもうどうでも良い、今日のトレーニング内容を確認するために自室に戻ろうとしたその時だった。
「でも後悔はしてない、砕胡を巻き込んだことも一種の幸運だと感じている。そもそもあの事件が無かったら僕は來花と知り合っていない。來花と知り合っていないと言う事は婆ちゃんとも知り合っていない。即ち僕は野垂れ死んでいた。武具と言う素晴らしい功績だけをこの世に残してね。
でも僕は今こうしてここに存在している。分岐点だったよ、よく考えずとも分かる程にね。僕にとっては幸運、君にとっては不運。それを知っても僕はこう言葉をかけるよ、ドンマイ」
流石に怒りが頂点に達し一言だけ何か言ってやろうと振り返ったその時、智鷹は今までに見ない顔をしていた。
「だから僕は実験する。"配られたカード戦闘するしかない"、良く聞いた言葉だ。でも僕はそう思わないんだ。手段ってのは増えるのさ、そう仕組んだならね。
砕胡、戦闘で一番難しい工程が何か分かるかい?」
「…戦闘時の判断とかか?」
「違う、勿論それも大事だが違うんだよ。戦闘というのは結局その時持っている力をぶつけるだけ、突発的な覚醒や戦闘病みたいな不確定な要素に頼る時点で二流だ。
だから事前に圧倒的な力をつけて、ぶつける。強者は常に最高の手札を持っている。だから強者同士の戦いは短いのさ。どちらのカードが強いか適当に出しあうだけだからね。
でも考えてみなよ、三枚と一枚のカードで戦うのなら基本三枚の方が強い。手数と言うのは戦闘において最も大事だと僕は考えている。
これが結論だよ。一番難しいのは手数を増やす事だ」
「いや、簡単だろ。術やら能力の研究をすれば…」
「僕の言う手数とはそう言う事じゃない。克服さ、自分の弱さへの克服。弱点を晒し続ける馬鹿が薫や佐須魔に勝てると思うかい?無理だろ。
だから弱点を消す事が大事だ。そうすればどれだけ不利な状況でも巻き返せる。大抵の人間は弱点を無くす事が無理だからね。現に僕の能力だって致命的な弱点が存在している。
…でも君は違う、砕胡」
「は?」
「敢えて言わせてもらうよ、これで僕との関係が無くなるとしても。
もう神を毛嫌いするな」
言葉が出ない。それがどれ程砕胡の人生を侮辱しているのか理解していないのかもしれない。だから一度確認する。
「俺が今までどんな気持ちで力や学を付けて来たのか分かっての発言か」
「当然だ。だけど君は気付いているかい?今自分が冷静では無い事に」
気付いた。そう言う事だ。
「君は拳の弱点を持っている」
首元に指を差しながらそう言った。恐らく真澄の事だ。
「でも拳も同じくして君の弱点を知っている」
次は砕胡の腕を指差した。そこには神と共同体にされた時につけられた文様がある場所。そう言う事だ。
「でも拳と違い君の弱点は消せる。それはとてもとても辛い事だろう。だけど別にあいつも悪い奴じゃないよ?天仁 凱も中に入ってるし。多分話は出来ると思う」
露骨に嫌な顔をする。
「そんな顔しないでよ~。これでも僕佐須魔に実力者って認められてるぐらいには強いんだよ~?」
「それ本当か?」
「うん。リイカ含めて戦闘能力順に並べると佐須魔、刀迦、來花に続いて僕と蒿里とアリスが並んでるぐらいだよ」
「…まぁ信じてやろう。だが提案は受け入れ難い。そもそも俺はお前らに付いている事だけでおつりが来るレベルだと言う事を忘れるな」
再度背を向けて部屋に戻ろうとする。
「それなら最後に一言。君は最強になれる器の持ち主"だった"よ」
もう気にしないで自室に戻った。そして今日やろうと決めていたトレーニング表をびりびりに引き裂き、まとめてからゴミ箱に放り投げた。
別にイライラしている訳では無い。ただ図星を突かれて何も言い返せなかった自分に対して呆れているのだ。確かに智鷹の言う事は正しい。弱点は消すべきなのだ、馬鹿な拳は神の事を言及してチャンスだと思い突っ込んで来るかもしれない。それで迎撃すれば大分良い攻撃が出来るはずだ。
そのようにして手札を増やせと言いたいのだろうが砕胡にとってそれは耐え難い苦痛、侮辱なのだ。砕胡がTISに加入したのは中学二年生頃、それまでは神に持って行かれた知能や身体能力のせいで出来損ないという評価だった。当然自尊心なども育たず虐められて地獄のような日々を過ごしていた。
そこに舞い降りた骸骨の天使、こんなゴミにした張本人たちがやって来て勧誘された。そこからはひたすらに努力で皆に追いつき、一般人を遥かに凌駕する頭脳と力を手に入れた。
ただどうしても神だけは受け入れられなかった。嫌い、遠ざけ、憎悪の対象にして来た。それは砕胡の中で変わりようのない価値観である。それを今更になって塗り替え、受け入れろと言うのだ。当然出来るはずがない。
やる前から予想出来てしまう。無理だ。
「…」
少し行きたい場所がある。立ち上がり部屋を出て、向かった。
到着するとノックする。
「少しだけ話をしたい」
扉は開かない。
「TISに関する事でも、学園に関する事でもない。ただ聞かせてほしい、お前はどうして向き合えているんだ」
すると数秒後扉が開いた。部屋の中はまぁ普通だった。
「悪いな」
「…」
蒿里は気まずそうに目を逸らしてベッドに座っている。砕胡は椅子に座って良いか確認を取ってから座る。
沈黙。
話を切り出したのは蒿里だった。
「……何なの」
「言っただろ、お前はどうして向き合えている、その力と、何より自分自身と」
「…意味わかんない」
「俺が今出来るのは神とのわだかまりを解く事らしい」
事情は把握した。
「……何も無い。ただ逃げているだけ。同じにしないで」
「少なくとも俺からは逃げているだけには見えないけどな」
見抜かれている。
すぐにオーディンの槍を取り出したが砕胡は少し呆れたような顔で両手を上げた。
「そう言う意味じゃない。別に俺はお前がどう動こうが興味が無い」
「あっそ」
「興味があるのはどうやってそんなに大きな力と向き合っているのかだ。お前は能力自体は嫌っているが与えられた物は活用し、己が物へと昇華させた。どうしてそれが出来るのか、忌み嫌うものをどうやって受け入れたのか、それが知りたい」
すると蒿里は俯きながらぼそりと答えた。
「三人が……皆がこの力を受け入れてくれたから。ただそれだけなの…大した理由も何も無い……ただそれだけ…」
「そうか、助かった」
砕胡は扉を開け出て行く間際、言葉をかける。
「お前の仲間は多分、今も否定なんてしないぞ」
それ以上は言わないし聞かない。自室に戻る途中、廊下で遭う。何故いるのだろうか、何故誰もここにいないのだろうか。だが結論を出す前に話かけられた。
外すつもりの無いであろう赤いマフラー。茶髪に良い顔。それにバックラー。
「どうした、"持ってる者同士"だ、話聞くぜ?」
「それじゃあ頼む、須野昌」
第四百三十話「克服」




