第四百二十七話
御伽学園戦闘病
第四百二十七話「清水」
先に動いたのは当然神だった。最初から呪を使ったり本気を出すのではなくまるで小手調べかのように生身で突撃して来る。光輝は身体強化をフルで使用して神経を研ぎ澄まし小細工が無いか警戒しながら迎撃する。
すぐそこ、神が拳を突き出すと完全同時に光輝も拳を突き出した。初速は充分、タイミングも完璧、あとは速度の問題だ。どちらが当てるのか。
「ヤベッ!」
光輝が反って避ける事でかわした。迎撃なので多少の不利があるといえどもやはり神は速い。タイミングは完璧だったはずなので単純に正面から殴り合っても絶対に勝てないと判明した。それに相手はお遊びの領域だろう、こんな早い段階で格差を見せつけられると少々先行きが不安ではあるがとりあえず色々模索してみないとこいつの対処法は分からない。
長い準備期間でも全く攻略法が浮かばなかった。それは一人で考えていたわけでは無く薫や絵梨花、他教師だけではなく仲間とも様々な案を出したが多種多様な呪によって大体のプランが崩壊する。予測の段階で分かり切っているので行動に移せるはずもない。結局今日の今日まで何の策も浮かばなかった。
「ヤベェなこれ」
一旦後ろに下がり考える。出来るのなら身体能力でぐらい勝っておきたかった。そうでないとチャンスを作るのが命がけ、肉を切らせる以外に無くなってしまうからだ。
ただ逆に言うと多少肉を切らせれば弱点を炙り出す事は可能、そこを突ければ何の問題も無いはずだ。だがそれは理想、現実がそう上手くいくとは考えづらい。
でも今はフィジカルで負けたと言う屈辱、勝てなくてはいけないと言う重圧、そして神本人の三個の要素が光輝の心を押しつぶそうとしている。表情にまでは出ていないものの心の中では相当焦っているし冷静さを欠こうとしている。
「今ようやく分かったわ…胡桃が一人行くの却下されてた理由…」
独り言、それは胡桃が生徒会に入ってからの初任務の件だ。エスケープチームの捕縛、あるいは殺害。当初は胡桃もメンバーに向けて絶対の信頼を置いてはいなかったので単独行動をしようとしていた。だが香奈美が無理にでも光輝と同行させ戦闘を行った。負けはしたがあの一件以来胡桃は多少大人しくなり先輩達の言う事を素直に聞くようになった。
ずっとこう考えていた、躾のためだと。だが違う、圧倒的な強者を前にすると人間は恐怖に憑りつかれる。それは一生解けない正真正銘の呪いのようになってしまう事だってある。だからこそ二人以上で行動させようとしたのだ。
仲間が傍にいてくれるだけで心が落ち着くし冷静になれる。
「一人って案外心細いんだな」
黄泉の国でも常に傍に誰かがいた光輝には到底分からなかった感覚なのだ。仕方無いのだが何とかして足を動かさなくてはいけない。死が怖い訳では無い、ただ何も出来ずに死に皆に呆れられる事が怖いのだ。
「落ち着こう、まずは落ち着くんだ」
自分に言い聞かせ深呼吸をする。するとその瞬間神が突撃して来た。だが少しばかし冷静になった光輝は回避に専念する。それは正解だ。単純なフィジカルで勝てない相手が呪を使用し本気で殺しに来る可能性だって充分ある。
そんな状態でガンガン戦ってもチャンスなど作れないし無駄に痛手を負うだけだ。今出来る事は集中して相手から目を逸らさず、避ける。まずは何らかの癖を見抜く。無いのなら逆にそこを利用してしまえば良いだけだ。
とにかく避けるのだ。
「逃げてばっかじゃつまんない!!」
『呪・自身像』
デカい赤目の黒いデカブツ。光輝目がけて突進してくる。こいつの怖さは一度喰われた蒼から耳にたこができるほど聞かされている。なので避ける。口から新たなデカブツが出て来たりして空中に逃げると追い詰められるだけとも聞いているので地上を走り回る。
と言ってもただ適当に走るのではなくしっかりと意味を持たせて。現在神を中心として周囲を走るようにしている。それにはしっかりと意味があり、今後絶対に必要になるものだ。
「そんなのくらわ…」
次の瞬間体が重くなったような感覚に襲われる。いや違う、元に戻ったのだ。身体強化が解かれた。何が起こったのか理解出来ず神の方を見ると不敵な笑みを浮かべている。
すぐに分かった。無詠唱だ。確かに神は幾度か無詠唱を使っている。呪において無詠唱とは霊力消費が大変多くなりコンボや応用が利かないと言う理由であまり使われない。ただし神は違う、無詠唱で封や剣進、何なら伽藍経典だって撃って来る。
そこが強いのだ。定石なんて見ず知らず、とにかく今一番強そうな術を感覚で撃つので陽動や思考の先読みや通じない場面が多々存在する。その一つと言う訳だ。
「クッソ!!仕方ねぇ!!」
『シウ!』
既に伝達は終わっている。正直こんな所で使いたくなかったが温存して死んでしまったら元も子もないので使わせてもらう。先程周囲を走っていたのはこのため、展開範囲を他の仲間に教えておきたかったのだ。近寄るなと言うサイン。
「悪いが一旦隠れるぞ」
次の瞬間結界が展開される。その効果は一つ、脱出不可能の能力不使用。光輝は既に範囲外、そして能力を封じられたので自身像も消える。安全な状態なので光輝は体勢を整える。
草場に隠れながら傷が無いか確認したがとりあえず本当に軽い擦り傷程度しか無いようだ。とりあえずは上出来、問題なのはここからである。
自身像は一端、八懐骨列はコトリバコ-八懐が無いと使用出来ないので恐らく飛んでこないが既に砂塵王壁を習得しているので問題は無い。だが些悦・燕帝はまだしも見知らぬ伽藍経典は対策のしようがない。
「…どうするか」
人工心臓さえあれば何とかなったかもしれないが既にロストテクノロジーとなってしまっている。一回きりの死亡と言う訳だ。それに現在タルベと兵助は回復が"出来ない"らしい。詳細は教えてくれなかったが受け入れるしかなかった。
それ故に回復がほとんど出来ない。一応薫と時子も回復術は持っているが二人に比べると些細なもの、無くなった腕などが返って来る訳では無いので欠損が起きそうな大きな攻撃には注意だ。
「封が解けたらもっかい身体強化で…いや違うなそれじゃ結局同じだ。学ばれていたらもっとヤバいかもしれない……使うか」
光輝は桃季の呪術・封の効果を既に消してもらっている。と言うよりも桃季が察して解除した。理由は一つ、天仁 凱との戦闘で使える戦法があったからだ。全ての対応が後手に回っているがもう割り切るしかない。弱い自分が悪いのだ。
「これ下手したら凱と戦えないな……まぁ良いか、神だけでも潰す」
妥協はしない。だが覚悟は決める。
身体強化も使えるようになったので立ち上がってシウに解除の連絡を通した。
「さぁどう来る、神」
結界が解けた。神は瞬時に霊力感知で位置を特定し突っ込んでいく。やはり速い。だが問題は無い。しっかり見て、受け流す。先程までは絶対に出来なかった行動。神も驚いて呪を使う。
『呪・封』
『呪・瀬餡』
これで相当追い詰められるはずだ。身体強化の無い光輝ならば一方的に殴れるはずだから。
「甘いな」
上手くいかない。何故か全て受け流される。避けられている訳でも反撃を入れられるわけでも無い。全て受け流される。手の甲と腕を使い衝撃を弱くしてそのまま弾いている。
理解が追いつかない、急激に成長し過ぎだ。それともこの変な受け流し方が悪いのか、そう思い少し変えてみる。
『呪・剣進』
三本の剣と同時に殴り掛かった。
「だから甘いって言ってるだろ」
やはり駄目だ、全て受け流されてしまう。
「おかしい!!」
激昂した神は呼び出した。
『呪・自身像』
流石に何倍もある敵の攻撃、しかも噛みつきをかわせるはずもないだろう。そう考えていた、甘かった。
「"これ"使えば案外弱いな」
上半身と下半身を分けるようにして噛みついた。だが大きな歯さえも受け流し、それどころかそのまま裏拳で粉々にした。怒りに燃えた自身像が突進をしたがやはり受け流され、裏拳でぶち抜かれた。
明らかに生身の人間の力ではない。おかしいと感じ眼を見てみたが異常はない。もしかしたら半疑似や疑似覚醒なのかもしれないがそれでも説明がつかないレベルで強い。
危機感を覚えた神は一度後退する。ここでようやく神は後退した。
「そんなもんか。やっぱりここで使うには勿体なかったな……まぁ結果論か、気にせず行こう」
「待てよ!!それ何だよ!!」
光輝は甲を見せながら言った。
「英雄がそう呼ばれる所以、俺は黄泉で知った。あいつらは現代に生まれても俺らより凄い戦闘でTISを蹴散らすと思う。ただ天才なんだよ、それに戦争と言う尾ひれがついたおかげで英雄と呼ばれている。
そんな英雄、ソウル、ララ、ベア、エンマ、それだけじゃない。桜花、馬柄、フェリア、ロッドの女達、昔の強者がこぞって俺ともう一人を鍛え上げた。しまいには死んだ仲間さえも力を貸してくれた。
長ったらしくて悪いな結論は簡単」
息を吸ってから言い放つ。
「努力だ」
「はぁ!?そんなの有り得ない!!」
「有り得る。ただ抵抗が一番少なくてどうすれば反撃出来るかを考えた結果こうなっただけ。ただ身体能力に関してはちょっとばかしバフがあるけどな。まぁそこまで言うつもりはない」
「なら!!」
『呪詛 伽藍経典 些悦・燕帝』
しっかりそう唱えた。すぐにでも対策を行おうとしたのだが何も起こらない。
「砕胡が使ってる!!」
不機嫌そうに叫んでから他の術を使う。
『呪術・羅針盤』
これは本命ではない。
『呪・魚針雷』
カジキの雨、刺されば相当痛いはずだ。だからと言って羅針盤から気を逸らしてもいけない。いくら受け流すのが上手いと言っても物量攻撃で来られたら対処はできまい。
勝ちを確信した神はほんの一瞬目を逸らした。そしてすぐに戻した。
「いない!?」
光輝の姿は既に無かった。おかしい、まだ瀬餡は効果中のはずだ。どうやって逃げたのか、見当もつかない。それに何より霊力感知で場所が分からない。今の光輝に霊力放出を無くしている余裕なんて無いし、あった場合もこんなちんたらしないはずだ。
何らかの拘束を受けているのかもしれない。
「どこだ!!出てこいよ!!」
挑発するが全く出てこない。
「早く…」
「声量下げろよ、命取りだぜ」
次の瞬間聞こえたのは真下。視線を落とすとそこには影から顔と手だけを出している光輝の姿だった。瞬時に攻撃しようとしたが遅い。
光輝は引きずり込んだ。
「単純な戦闘法だけなはずないだろ。そんなのすぐに対処されてジリ貧逆戻りだ。ああやって新しい戦い見せるならやるべき事がある。それはな、二つ以上の解放だ」
回避と反撃を備えた光輝独自の戦闘法、清水。
故拓士 影の能力である『影の子世界』。
同時に使用解放。
第四百二十七話「清水」




