第四百二十五話
御伽学園戦闘病
第四百二十五話「善悪の在処」
光輝が向かう先は唯一加入時から人外だった者、空傘 神である。胡桃だけではない、黄泉の有力な能力者が全員で対策を考えてくれたのだ。後輩、先輩、同学年、英雄、ロッドの血の者。もっと沢山いる。そんな量の期待を背負いながらも足は軽い。
今までならプレッシャーも感じていただろうがなんでも屋として色々な仕事をして、沢山の人と触れ合った事で成長した。現在光輝の心には皆に言えない感情が募っている。
「…さぁ少しだけ話をしようぜ、天仁 凱。俺はあんたを尊敬したい、まだしてない。だから殺してしまう前に教えてくれ」
神の前に立ちながらそう言った。
「えー?急に何ー?」
神は理解していないようだ。なのでもう一度問いかける。
「俺はお前と話がしたい、天仁 凱」
すると神は硬直する、かと思うやいなや瞬きをした時には既に天仁 凱へと変わっていた。
「何だ」
天仁 凱は少し嬉しそうな表情を浮かべながらも話を聞く。
「言葉通り、俺はお前と話して見たかった。全員知ってる、お前自身はそこまで悪い奴じゃないって。だけど何かを掲げながら神を討伐しに行き、返り討ちに合った。その真意が聞きたい。
それほどまでの事、何らかの信念や強い思いがあったんだろ」
すると天仁 凱は鼻先をかきながら適当に答えた。
「無い」
「は?」
「わしはただ強い奴と戦いたかっただけ、別に特段意識の高い目的があったわけではない」
「…はぁ?」
「怜雄や芹、凍漸、残りの蟲四匹も全て力の探求のために配下にしたに過ぎん。神への挑戦も半ば無理だと確信していたがどうしても諦めきれなくてなぁ……ここが」
そう言っておもむろに首元を指差した。戦闘病と遠回しに伝えたかったのだろう。やはりそうだった、天仁 凱は戦闘病患者である。それは紛れも無い事実だ。だが違う、光輝が見出した力はそんな物ではない。
もっと崇高で他の物を寄せ付けない異様な魅力があったはずだ。そこで恐る恐るこう訊ねてみた。
「なら何故前大会、三年前、翔馬 來花に対して激昂していたんだ」
それは何らかのプライドや意思がある事の証明である。ただ力を求めるのなら自分の力を繋ぎ、上手く成長させている來花に怒りを向ける必要など毛頭無いはずだ。
ずっと気になっていた。仲間ではないので喧嘩自体はそうおかしくないのだが先の返答を踏まえるとおかしい。なので訊いた、万が一あの時のように怒りを露わにしたらもう対話の余地は無い。その程度の男だったと割り切って戦闘を始めるしかない。
だが天仁 凱は驚いたような顔のまま動かない。どうやら何かを考えているようだ。少ししてから手を口に当て、放す。答えを出した。
「どうやらわしにもそれ相応のプライド、そして意思があったようだ。この術、呪をわしが作った理由を知っているか」
「いや…大体力のためだと…」
「違う。わしは元々"無能力者"だった。そんなわしには腹違いの弟がいた。佐吉という馬鹿だった。無駄に真面目で健気だった。本当に懐かしい顔だ、ずっと忘れておったわ…
だがそんな誰もが認める善人であった佐吉は能力者と言う事ぜわし含め全員に隠していた。結果としてとあるタイミングでバレて叩きのめされた。死に際だった、わしに能力を託した。
わしだって能力者を嫌っている事ぐらい知っていたはずなのに、それでも俺を信頼して託した。折角だから受け継ごうと喰った、魂ごとな。
光輝、お前なら知っているだろう、わしのコピーが使っていた怪物を」
それは前大会素戔嗚対遠呂智の時に見せた力だ。言霊の原型と言っていた。反対の言葉を放ち従わせる。何が違うのは分からなかったが現代の言霊とは一線を画しているのは確かだ。
そんな脅威を忘れるはずがない。
「勿論だ」
「あれは元々佐吉の能力だ。あそこからわしは呪を作り出した。だからこの呪という能力は佐吉とわしで作り出した傑作、それをあの小僧がのうのうと使っているのが気にくわなかったんだろう。何故こんな事も分からないのか…鈍ったな」
「いや、質問一つでそこまで思い出せたなら上出来だろ、千年近くずっと記憶があるんだから」
「褒めても何も出ないぞ、呪以外はな」
「ごめんだね。んでまだ聞きたい事がある」
「なんだ、お前の質問なら答えてやろう」
妙に親し気だが気にせず質問を投げかける。
「なんで空傘 神に潜んでたんだ?好きなタイミングで出れただろ」
「…」
すると黙ってしまった。地雷を踏んでしまったかと少し身構えたがすぐに答えてくれた。
「怖かったのだ、ラック・ツルユという怪物が。あいつは神にも匹敵する力と心を見ている様に思えた。だから潜んでいた。だが死んだから堂々と出てやる、今もこうやってな」
意外と臆病なのかもしれない。正直天仁 凱個人の情報というのは無に近しい。大抵が呪についての記述なのだ。それ故にずっと気になっていた。まだまだ気になる事がある。
「なら次、ロッドと何で仲が悪そうなんだ?」
「わしは皮肉にも零式で起こされる以前黄泉にいた。ロッドがマモリビトとして着任し本の地獄を作り上げてからわしは毎日死んでは生き返りを繰り返していた。だから恨んでいる。別にそう難しい話でもない」
「…そう言えば地獄って何個かあるのか?」
「そんな事も知らないのか……呆れた、まぁ良い折角だから教えてやろう。まずは"子世界"についてだな。お前の仲間に拓士 影という男がいただろう」
「あぁ、影先輩、いるな」
「あいつの能力は影の世界に引きずり込む能力だ。だがこんな風に思った事は無かったか?その影の世界は何処なのだろうと」
「確かに、本人も分かってないようだったから結局気にしなかったけど、言われてみると気になって来るな」
「あれは子世界と言う、まず前提としてお前らは仮想世界、ここ現実世界、そして黄泉をまるで横並びだと考えているはずだ。それは間違い、正確には仮想世界の下に現実世界と黄泉が並んでいる。
そして両世界には更に下へと繋がる世界を形成出来る。それを子世界と言う」
「現世と黄泉は"仮想世界の子世界"って事か?」
「そうだ」
全然知らなかったし何なら現代の能力者で知っている者はいない。
「もうここまで言えば分かるだろう、拓士 影の能力は"影の子世界"へと持ち込む能力と言う事だ」
「おぉー。そう言う事だったのか」
「ちなみにお前の所の理事長、平山 佐助の円座教室も同じ理屈、既に死んだ西条 健吾の部屋生成もそれに良く似た力だった」
「大体理解出来た…んで話は読めたぞ。黄泉にある子世界が地獄って事だな」
「正解だ。そして黄泉の子世界はその時のマモリビトが管理しなくてはいけない、管理というのは生成削除含めだ。だが皆私的な使い方はせずそれぞれが思う贖罪のための空間として使っている。それが各マモリビトの地獄と言う訳だ」
「凱はロッドの地獄に放り込まれた、と」
「そう言う事だ」
「うぉー…全然知らなかったな…」
「まぁ今知れたのだから無問題、気にする事では無い。失敗の後に必要な行動は恐れを募らせる事では無く、恐れを募らせてから打ち砕く力を付ける事だからな」
「…!」
「どうした」
「それ、初代ロッドも言ってた」
「何だと?」
「…あ、ごめん」
本当に申し訳なさそうにしているので許す事にした。
「ではそろそろ対話はやめにしよう。わしは神へと戻る」
「待ってくれ」
「何だ、別にわしだって危なくなったら…」
「違う。最後の最後に一つだけ、俺のモヤモヤを聞いてほしい」
「まぁ良いだろう、言え」
すると光輝は言葉を詰まらせたが何とか覚悟を決めて口に出した。
「皆には絶対言えないんだけどさ…俺無能力者の迫害が悪い事だって、思えなくなっちまったんだよ…」
「ふむ」
「なんでも屋として活動するにあたって当然一般人ともコミュニケーションを交わすわけだろ、でも能力者と知らなければ酷い風に当たって来ないんだ。前まではそれが凄い憎かったんだ。
でも最近変わった。それも仕方無い事なんじゃないかって、俺らはTISを排除しようとしている。正義っていう大義は掲げているが結は異分子を弾きたいがためだ。それって無能力者が能力者にやって来た事と何ら変わらなく無いか?
実際大きな事件を起こした能力者戦争以降風当たりは強くなっている。そして俺らもTISが戦闘を仕掛けて来てから本格的潰す様になって行った。本当に何も変わらないじゃないかって…
でもこんな事恨みがある皆に言えないし…」
すると天仁 凱は話を中断させた。
「それ以上言うな。わしから言える事は一つ、時間をやろう。一分だけだ。全員に伝えてみるんだな、お前の率直な気持ちを簡潔に。
わしが空傘 神になった時点で戦闘開始だ」
「…分かった」
不安な気持ちを抑えながら今生きている学園側の能力者全員に向けて『阿吽』を使用した。
『返答はいらない、不安もいらない。俺は何処まで行っても仲間だから。
今天仁 凱と話した。そこで皆に気持ちを伝えろと言われたから率直にいう。俺は無能力者の迫害が悪い事だなんて思えなくなった。それはTISを潰そうとしている俺らと何ら変わらない感情だからだ。でも皆には恨みがある、だから肯定はいらない。
まぁ死ぬかもしれないから言っとく、精一杯やり切る、見ててくれ』
まだ終わらない。
『そして最後に素戔嗚、蒿里、佐伯、お前らは困惑していると思う。だけど俺からしたら今も仲間だ、やっぱり。多分俺はお前らを攻撃出来ない、でも仲間だ。だからあえてこう言っておく、頑張れよ』
「もう大丈夫だ。一方的に言ってやった」
「そうか。なら行くぞ」
「あぁ、準備万端だ」
天仁 凱が空傘 神へと姿を戻す。そして始まった、空傘 神と穂鍋 光輝の戦いが。
その時蒿里は少し涙を伝わせ、素戔嗚は強く心に留め、佐伯は顔をしかめていた。
この言葉は三人の心に重くのしかかる事になるだろう。本当に、重く。
第四百二十五話「善悪の在処」




