第四百二十四話
御伽学園戦闘病
第四百二十四話「気付き」
黒龍が突っ込んで来る。灼は朱雀に掴まって飛び立った。全体的に機動性に難のある回避なのだが黒龍の力がほぼ未知数の時点で次の行動なんてもってのほか、一撃もくらってはいけないのだ。
今のは単純な突撃だったようで何の変異も無いように見える。蒿里の切り札でもある黒龍がその程度なはずがない。絶対にもっとヤバイ性能のはずだ。常に注意して行動するべきであろう。
「行くよ~」
なのだが灼安全など度外視、今出来る最大火力をぶつける事に専念している。馬鹿なのだがこれがまた面白い。大抵の能力者は黒龍やらアヌビスやら鳥神などを出した時点で狼狽え、意識が霊に向いてあまり楽しい勝負が出来ない。だが灼は常に霊と蒿里両方を見て動いている。少なくとも合理的と言える行動ではないのだが。
ただそれでもそんな奴はごく少数、やはり戦闘漬けの旧生徒会メンバー、その中でも特段頭が狂っている灼だ。重い腰を上げて戦闘をしてみて良かった。
「じゃあ本気で殺しに行くからね」
「おっけ~」
黒龍が天にいる朱雀に向かって突撃する。明らかにさっきの一撃とは雰囲気が違う。避けなくてはいけないと感じた。それは朱雀も同じようですぐさま避けた。
幸いな事に瞬時の対応で回避が出来た。だが完全には避けれらずほんの少し朱雀の羽を牙がかすった。威力は凄いのだが本当に少しだったので別に問題は無い。このまま飛べる、そう思っていた。
数秒後羽から変な音がした気がした。パチッという音が。灼はそれが何か気付くと同時に朱雀を踏み台にして跳んだ。違う、朱雀から離れたという表現が近しい。
『雷黒』
牙がかすった部分から朱雀の体全体に電気が伝わり、爆発した。雷は黒い、漆黒だ。そんな雷がとんでもない激痛を伴いながら発散される。とんでもない術である。
だがこれだけではない気がする。とりあえず朱雀は大分痛手を負ったものの大丈夫そうだ。すぐに灼を回収し黒龍からの攻撃を受けないよう警戒しながら時間を取る。
「う~ん…」
むやみに突っ込んでも絶対に勝てない事が分かった。ならば少しだけ捻った戦術を取るべきなのだが灼にそんなの思いつくはずがない。香奈美はだからこそ送り込んだのだ。
そして灼は何も思いつかなかったのでさっさと攻撃に転ずる事とした。賢明な判断である。
「黒龍だけ気を付けてね~」
朱雀が蒿里に向かって突っ込もうとする。黒龍は蒿里と共に灼達を挟むような位置にいる。
『雷黒』
「私言ってないよね、一回の攻撃につき一回しか発動出来ないなんて」
雷黒が強い理由は一回の攻撃で計三回撃てることにある。これはライトニングが使う『解放・紫電』の原初、謂わば元ネタのようなもの。元々黒龍のフィジカルだけでも充分戦えていたのだが蒿里はもっと強くできそうだと感じてこの術を作り出した。
傷から全体に雷が流れ、爆散する。その威力は凄まじく第八形態で本気を出している佐須魔にさえ全然通用する程だ。下手したら神にもダメージが入るかもしれない。とにかく威力が強く、三回も撃てる。それに三回分を一回の詠唱で放つ事だって出来る。
便利で強い。だからこそ黒龍は蒿里の元で生きていられるのだ。
「ちょっとズルいけどね。まぁあと一回、ここで撃つ」
『雷黒』
同時に二回分、回避が間に合わない灼にも当たる確実に死ぬし、何らかの術などで避けたとしても致命傷は免れない。これでゲームオーバー、蒿里の勝ちだろう。
だが雷が散り、明けたそこにいたのは落下する朱雀とその朱雀に掴まっているほぼ無傷の灼だった。理解出来ない。朱雀は酷く傷付けられているので無効化された訳では無いだろう。それに灼の服にだって少し焼き跡があるのでくらっているはずだ。
どうやって雷を逃がしたのか、知らぬ弱点は把握しておかなければいけない。
「どうやって避けたの」
墜落した朱雀を撫で、労いの言葉をかけてから還って来るよう指示を出した。その後答える。
「霊力全部朱雀に流したー。まぁ間に合わなくて結構痛かったけどねー」
だが良い事を聞いた。霊力がほぼ無いと言う事は能力での攻撃が行えない。それ即ち単純な肉体戦しか出来ないと言う事、身体強化を使える蒿里にとっては好都合も好都合、一気に畳みかける事にした。
そしてもう黒龍は必要無いので還って来るようアイコンタクトを交わしておく。鳥神は未だ飛んでいるので放置で良いだろう。
「じゃあこれで終わりだね。絶対に私の勝ち」
一瞬で距離を詰めた。だが灼も何とか捉えて防御した。当然蒿里の力の方が少し強いので軽く吹っ飛ばされた。ただすぐに体勢を整えて次の攻撃に備える。
蒿里は再び距離を詰めて来たが同じ手はくらわない。殴って来るのなら殴り返す。互いの拳が交わる。そこそこ大きいダメージ、だがどちらも狼狽の様子を見せず次の攻撃を繰り出す。
灼は足払い、蒿里は蹴り上げ。どちらかと言うと灼の方が有利なはずなのだが蒿里の蹴り上げの方が一瞬速く、足払いをする事も出来なかった。
そして生まれた隙から何度も何度も重いパンチをくらう。到底女の子から出ているとは思えない力だ。
「言ったでしょ、私の勝ちって」
最後にアッパーをかまし灼は完全に意識を持って行かれた。その場に倒れた数秒後、目を覚ます。状況把握は一瞬で出来たのだが体が動かない。
「動かないよ、止めてるから」
何らかの術で動きを止められているようだ。
「灼の負け、今から殺すから」
オーディンの槍を手に取った。だが灼は何とか口を開き、ある事を伝える。
「これを…」
何とか呼び出す。朱雀だ。
「何これ」
だがそれは朱雀と呼ぶに相当しない小さな炎の塊、まるで人魂のようだ。
「心臓…」
「…取り込めって事?」
頷く。
「まぁそっか。黄泉行きたいんだもんね…まぁ分かった。変に佐須魔の手に渡ったりするとこっちとしても嫌だから、貰っておくね」
朱雀の心臓を掴み、飲み込んだ。溢れ出す力と慈悲。だが一瞬にして抑圧されたように消滅し、いつもの心に戻った。
「それじゃあ殺す。多分痛みは無いはずだから、目閉じときなよ」
灼は言われた通り目を閉じ、死を待った。
十秒程して目を開けるとそこは真っ白な空間、そしてエンマがいた。
「負けた~」
「お疲れ~。でも普通に頑張ってたし充分さ。それに役目は果たしたよ、これが起点になるはずさ」
「そうかな~?」
「そうだよ、エンマの僕が保証しよう。とりあえず今から黄泉の何処かに飛ばされるから宮殿に来てくれ。分かるだろ?」
「おっけ~。宮殿ね~」
「よ~し、行くよ~!」
灼の姿は無くなった。こんなに適当な会話だったが両者凄まじい尊敬の念を交わしていた。確かに灼は負けたがこれが学園側の勝利に繋がる事は絶対、とてもとても重要な役割を任せられたにも関わらずしっかりとやり遂げた。これも誇りなのだろう、仲間との。
「…疲れた…」
久しぶりにこんな大きな戦闘をしたので疲れてしまった。とりあえず鳥神をしまって少し離れた場所に移動する。その道中である気持ちが芽生える。朱雀を喰ったからなのか、はたまた戦闘をしてからなのか。とにかく蒿里の心には現在勇気が湧き出している。
このペースで行けばエスケープの戦闘が開始する頃には学園にいた頃と同等の勇気を自尊心を得る事が出来るだろう。そう、これだ。灼の役割は戦闘をする事でも朱雀を渡す事でもない、この気持ちに目覚めさせることだったのだ。
「やっぱり……私もやらなきゃ」
だが動こうとしている蒿里をある人物が見ていた。
「…」
『佐須魔』
『どうした佐伯』
『蒿里が動き出した。やはりこちらの肩を持つつもりは無さそうだ。殺して良いか』
『お前じゃ無理だからやめとけ。それより戦闘をしてくれ。こいつらは強いから人手が足りない』
『分かった。それじゃあ戦う。何かあったら連絡頼む』
『了解』
動き出そうとしたその時だった、気配を感じる。背後だ。振り向くとそこには半田が立っていた。
「悪いがお前は俺が殺す」
「舐めるなサポート」
「馬鹿だな。サポートだからだよ」
「まぁ良い。来いよ」
半田の接敵により香奈美の指示で開始すぐの戦闘を禁止されている者以外、即ち今戦える者全員が接敵した。
第四百二十四話「気付き」




