第四百二十二話
御伽学園戦闘病
第四百二十二話「割り当て」
好きに動き出したは良いが灼は誰と戦おうか決めていなかった。とりあえず一番近く、誰も狙っていない奴がいたらそいつと戦う事にした。
とりあえず霊力感知を行いながら適当に歩いていたら香奈美から『阿吽』が来る。緊急事態化と思い瞬時に応答する。
『すまない灼、お前は今誰かと戦闘をしているか?』
『まだ~。というか誰と戦おうかも決めてないから適当な奴とやろっかな~って思ってる~』
『……この際だから気にしないが…だがこちらとしてはありがたい。お前は蒿里と戦ってくれないか、勿論拒否しても大丈夫だ』
『やるよ~。でもなんで蒿里~?』
『恐らくお前や拳みたいな馬鹿…いや何も考えていない奴と戦った方が気付けることがあるはずだからな。長年の仲間にこんな事をいうのは大変申し訳ないのだが舞台装置となってくれ』
『良いよ~その代わりちゃんと黄泉来てね~』
『…!……約束はしないぞ』
『おっけ~。それじゃあね~』
切った。灼は以前より圧倒的に知能が付いたし、戦闘でも様々な事を考えられるようになった。だが生徒会時代の仲間と話している時は完全に頭を空っぽにしている。それが死の戦場にいる時であったとしても。
なので何の文句も言わず受け入れた。舞台装置だって構わない、黄泉にも行けるし大分前から香奈美は蒿里をどう対処しようか考えていたからだ。刀迦よりも入念に色々考えている様子だったのでここで考えを折れさせるのは得策ではない。実際はそこまで考えていなかったのだが。
「でも蒿里か~勝てないな~」
単純に手数でもそうだし総合力でもそうだ。蒿里はあんな状態であったとしても滅茶苦茶に強い、覚醒や戦闘病をフルで使ったら旧生徒会メンバーは誰一人として歯が立たないレベルだ。
そんな奴と何故戦う必要があるのだろうか、少し考えてみたが分からない。とりあえず香奈美に言われた通り戦闘をしておけば良いのだと結論付けて霊力感知を行う。
「おっ、みっけ~」
少し遠いので他のTISメンバーと近付かないように寄って行く。一応走ったので三分程で到着した。
「…なんで灼」
「いや~香奈美に言われたから来た~」
「あっそ。なんか伝達なら早くして、死ぬよ」
意外にも優しい。やはりTISとは冷戦状態のようだ。
「伝達じゃないよ~戦って来いって言われた~」
「…?なんで、絶対勝てないでしょ」
「うん。俺もそう思う~でもなんかやって来いって言われたからやる~」
「…殺すよ」
「良いよ~。俺もそのつもりだから~」
両者詠唱無し。
瞬時に飛び立つ二匹。
鳥神と朱雀。互いによく似た見た目をしているが性能は全然違う。そもそも鳥神に本気を出させたことは無いし、これから先出させるつもりもない。一方朱雀は防御が強くどちらかと言うと攻撃をする霊では無いのだ。
なのでカタログスペックだけでも相当な実力差があるのが分かるし、努力でどうにか埋められる力では無い事ぐらい理解しているはずだ。
何らかの爆弾を抱えて自爆しに来たのかとも思ったが香奈美直々の指示でそんな事をするとは思えない。成功するかどうかがあまりに運頼み過ぎる。そんな事をするのなら菊でもあてがうだろう。
そうなると灼にしか出来ない何かをさせようとしているのだ。次第に猜疑心が湧き上がってくる。
「…」
顔をしかめながら体に何か装着していないか目だけで探っている。
「どうしたの~」
「いや、おかしい。絶対に仕掛けがあるはず…」
リイカが死んだので巻き戻しは無く一番大きな保険が消滅している。來花はまだしも佐須魔や他の重要幹部が蒿里を助けてくれるかは分からない、むしろ可能性としては低そうだ。でもまだやり残したことはあるのでここで死ぬわけにはいかない。しっかりと戦闘をして灼を殺す。
「…まぁいいや。魂までは殺さないから」
「ありがと~。それじゃあ行くよ~」
蒿里はすぐに朱雀の方に顔を向けた。だが次の瞬間動いたのは朱雀ではなく灼本人だった。普通に考えてヤバ過ぎる、蒿里は身体強化や妖術など沢山持っているので近接戦だって得意なのだ。それにオーディンの槍だって所持している。すぐに出して突き刺す事だって想像に難くない。それなのに無防備な本体がいきなり突っ込んだ来た。
色々と煮詰められある程度予測が付いていた今までの戦い方とは違う。良く言えばトリッキー、悪く言えば馬鹿。だがそれが少し面白いと感じた。
「馬鹿でしょ!」
思い切り蹴り飛ばした。灼は完璧な受け身でほぼダメージを受けていない。身体強化を発動する時間は無かったので別に「致命傷が入らなかった」なんて思ったりしないが少し違和感がある。
あまりにもダメージが少ないように感じる。蒿里は身体能力の訓練をほぼしていない。だがそれは灼も同じだろう。年が経ったので多少成長はしているがほとんど体格には変化がないように見える。
そうなると蒿里の方が少し大柄程度、単純なパワー対決で行けば勝てても全くおかしくない。そんな僅かな差であるはずなのに極端に少ないダメージ。だが少し集中して眼を見れば理解出来た。
「やっぱその癖治してないんだ…」
小声で呟いたので灼には聞こえていない。
「なんて~?」
「別に気にしないで」
蒿里は癖と称し、治していない事に微かな疑問を覚えたがそれは間違いだ。香奈美がこの数年間で治させなかった理由は一つ、それが強みだからだ。
前々からそうだった。灼は半疑似、または疑似覚醒状態を保つ事に本当に非常に物凄く長けている。ラックだって驚いていたほどだ。それは『覚醒能力』という可能性を潰しているのだがそれでも半端な賭けをするより順当な強化分のアドバンテージだけを貰って直感に頼りながら戦った方が灼は絶対に良い。そう香奈美は見たのだ。
実際教師陣もそう考えていたので生徒会時代に口出しをしなかった。これが出来るのは現在主力な能力者では灼だけ、他の者は少し気が昂ってすぐに覚醒状態に移行してしまう。
馬鹿で何も考えておらず、常に平常心を保っているからなのだろうか、やはり疑問は残るが今考えるべきはそこではない。どう対処するかだ。
身体強化をかければ絶対に勝てる。だが相手には朱雀がいるし、灼は囮で他の奴が飛び込んでくるかもしれれない。それだけでは無く蒿里を危険だと考えたTISの者が漁夫の利で殺しに来るかもしれない。
「……そうだ、こうしようよ」
「ん~?」
「私と灼、一対一で戦いたいでしょ。誰かの邪魔も無い純粋な一対一」
「俺はそれが良いな~」
「じゃあ頼もうよ、シウに」
「あ~結界作って分けるって事?」
「そう言う事。別に外に逃げれる結界でも何でもいい。他の奴らは察して入って来ないよ」
「そうだね~。じゃあ頼む~」
灼が頼んでいる間蒿里は胸ポケットに入れてあった"ある物"を握り、取り出した。灼には見られていなかったので大丈夫だろう。
「よし、来るよ~」
すると本当に結界が展開された。軽くチェックしてみると蒿里が提案した通り不透明かつすり抜け可能な結界だ。本当にあくまでも外にいる奴らに示すための物なのだ。
だがこれで良い。やはり灼は頭が悪いので楽勝だ。蒿里はここまで色々な事を考えてみた。様々なトラップを仕掛けておいた。その全てを破棄しても良い程の安心感。今手に握っている物さえあれば負けることは無いだろう。
「それ意味ないよ~」
唐突に蒿里の手を指差し、言い放った。
「え?」
「何か握ってるな~って思ったから適当に考えてみたんだけどそれって"回復する何か"でしょ」
図星。
「だからシウに頼んだ。この結界内は回復行為が全て無効化される、って。だってこっちは回復無いもん」
「…そうね、朱雀っぽくない性能してるもんね……でも何で分かったの…」
現在蒿里が握っているのは大会前に一瞬だけ島に出向いた時兵助から渡されたものだ。刺激を与えていると回復してくれるので使うと良いと言われていた。小さな小さな球体、非常に便利だ。
しかも時間をおけば勝手に効力が回復し、何度でも使用出来る。これのおかげでどれだけ怪我をしても佐須魔に頼らなくて良くなった。最後の最後まで気にかけてくれた兵助の物、絶対に無くしたくないし壊したくない。
バレているのなら正直使ってもあまり結果は変わらないように思える。あくまでこれは保険、だが見破られてしまったらいくら灼といえども歴戦の猛者、通用しないはずだ。ゆっくりと胸ポケットに戻し武具を手に取る。
『オーディンの槍』
「ようやく本気だね~。それじゃ、行くよ」
互いの眼が本気になった。どちらが勝つか、既に両者予想は終わっている。
第四百二十二話「割り当て」




