第四百二十話
御伽学園戦闘病
第四百二十話「痛み」
リイカが殺される寸前、菊とはまた違う所で接敵している者がいた。だが互いに刀は抜かず、ただ向き合っている。少し前とは全く違う、良い意味でも悪い意味でも両者の眼が変わっている。
これを成長と受け取ってよいのか、ただ絶望しているだけと取って良いのか。恐らく刀を交えれば理解出来るだろう。だがそうするとゆっくり話す暇など無くなってしまう。二人の戦いはとてもスピーディーだ。
「ありがとう、かな。最初は」
「そう、何で感謝するの」
「桃季を生かせてくれたから。多分エリも対抗心燃やして立ち直る。だから戦える、皆が」
「気にしないで。私がやりたくてやった事だから」
少し驚きながら訊ねる。
「分かってやったの?」
「当たり前。私が考えられてないと思ってるの、バカ」
「…何、言葉強い」
「苛立ってるの、分かってくれるでしょ」
「分からない。もうちょっと細かく言ってくれないと」
「…もう良い」
「分かった。じゃあ次、強くなった?」
「勿論、逆にあのままな訳無い。まだ私は刀迦に届かないから」
「…!ねぇ桃季を生かしたのってまさか…」
「言わないで、言葉にされたくない」
「分かった。でもならなんでまだTISにいるの、来なよ。皆が歓迎しなかったとしても私は歓迎する。最悪外で暮らす手段を作る事だって出来る。今からでも別に遅い事は…」
すると首元の鈴を鳴らす。
「蒿里の現状を見てから同じことを私に言える?ねぇ、水葉」
「…無理なんだね……でも自分で死ぬ事ぐらい出来るんじゃないの」
「…私は弱い、人を傷付ける事しか出来ないの。だから動かずに霊力放出をしてた」
理解する。
「痛みを無くしてほしい。私の家族は佐須魔と智鷹に殺された。全て仕組まれていた、全部全部。本当に全て見透かされていた。だからもう逃げられない。出来る事は今、全部終わった。あとはあんたに任せるしかないの」
「矢萩はそれで満足するの」
「しない。出来ない」
「なら何をすれば満足なの」
「何をすれば……分からない、あの時から先が何も見えないの、真っ暗。ただ足元の道を進むだけ、手探りで、赤子みたいに」
水葉は考える。物凄い速度で様々な事を考えた。そして五秒の沈黙のあと、どもりそうになりながらもこう言い放つ。
「失望した、もう興味無い。刀迦の所に行く」
背を向けた。だが矢萩は何のアクションも起こさない。ただ水葉の背を見つめるのみ。
「…信じてたのに」
最後にそう呟き、踏み出す。それでもただ突っ立っているだけ、何も起こらない。そしてそのタイミングでリイカの殺害通知が来た。二人共少し驚いたが好都合、感謝したい。
「それじゃあね」
距離が離れるにつれて次比例するように矢萩は俯いて行く。やはり救いなど何処にも無かったのだと知り、究極の絶望に打ちひしがれた。信じていたのは矢萩も同じだったのに、裏切られた気分だ。
だがそれはあまりにも自己中であろう。友を勝手に信頼して、期待して、思い通りに行かなかったら失望する。そんな事をしてしまう自分が嫌で嫌で仕方無い。
でも最後ぐらいワガママで行こう。
「こうすれば戦ってくれるでしょ」
刀を抜く、そして突撃した。
そして見向きもしない水葉に向かって振り下ろす。
「しないよ、だって覚悟が無いんでしょ、私を殺す覚悟が」
矢萩は寸止めしてしまった。
「分かりやすすぎる。今の矢萩と戦って得られる物は何も無い、お互いね。だから刀迦を殺して来る。菊を助けるの。矢萩はリタイアしなよ、それで寿命で死ねば良い。誰も損しない、矢萩の理想でしょ」
「…違う……そんなの理想なんかじゃない…」
「ならなんで私を傷付けないの」
「水葉しかいないから…殺されても良いって思える人がもう…水葉以外いないから…」
「でも私は介錯なんてしない。殺されたいのなら私を殺すつもりじゃないと。それが嫌なら話を本当に終わり」
「……」
言葉が詰まる、出てこない。頭が真っ白になって泣いてしまいそうだ。だがその時、一人の男が口を挟む。
「矢萩、水葉に対する信頼とは何だと思う」
振り返るとそこに立っているのは素戔嗚だった。
「知らない。黙って」
「答えられないと言う事はお前は水葉を信頼していないと言う事だ。それはTISと学園の能力者だからだろうか?違うな、俺はエスケープの皆を信頼している。だが殺す。それは俺の使命はTISとして仕事をする事だからだ。
お前は関係性によって信頼していないと言う訳では無い。そしてお前自身が自分を信頼していない事は眼を見れば分かる、俺も少し前までそうだった。分かるさ、恐らくお前は一生一人では生きていけない。
だからと言って今後押しをする者はいない、俺を除いてな」
「あんたに後押しなんてされるつもりは無い」
「俺はラックを突き放した。だからお前も俺を突き放せばいい。それでも俺はお前を信頼して仕事を振る。水葉を殺せ、お前しか出来ない事だ」
その言葉で直接勇気付けられたかと言われたら違う。だが素戔嗚の成長ぶりを見て負けていられないと感じた。そして少し顔を上げるとそこにはライバルであり、友である水葉がいる。
何故こんな簡単な事に気付けなかったのだろうか。
「…意外だった、あんたのおかげ、素戔嗚」
「そうか、それは良かった。それじゃあ、頑張れよ」
素戔嗚は去った。
「思い出したよ、水葉。私あんたと戦いたかったの、勝敗とか正直どうでも良くてただ戦いたかった。楽しいから、戦ってると。それに殺そうとするともっと楽しくなる」
「分かるよ、同じ」
「嬉しい。だから殺し合おう?絶対私の方が強いけどね」
「どうだろうね、私だって強いよ。ずっと鍛えてきたもん、薫だって見て来た。色んな人の気持ちも背負ってる。負けられないんだよね」
「そう、じゃあやろ」
少しだけ距離を取り、再び向かい合う。
「私もう型使ってないの、刀迦に教わった技術だったから。もうあんな奴らに頼りたくない…素戔嗚には助けられたけど」
「良いじゃん、私も我流で行かせてもらうね」
互いに刀を握る、降霊術はまだだ。最初は小手調べ、数年の成果を軽く見せつける時間である。息を整え、動き出す。
先に踏み出したのは水葉、だが矢萩も一瞬だけ後に飛び出したので交わうタイミングはほぼ変わらない。重い鉄の音が鳴り響くと同時に衝撃波が発生する。
想像以上に力が強いようだ。一旦離れて再度ぶつかり合う、何処かで隙を作り出せないかと考えてはいるが互いに間合い管理や無駄な動きを排除する意識が強く完璧過ぎて鍔迫り合い中ですら隙が生まれない。
「めっちゃ強くなってるじゃん」
「当たり前」
更に攻撃の速度を上げていく。まるで自分と戦っているかのように全く同じ速度で動き、全く同じ速度で攻撃のスパンを短くしている。矢萩が教わったのは悔しくも刀迦、だが水葉は完全自己流だ。一応薫が刀を使ってはいるが力で無理矢理攻撃する頭の悪い使い方ばかり見ていたので参考にはしていない。
それなのに刀を極めた二人が同じ動きになる理由、それは単純に最適解に近しいからだろう。素戔嗚は呪や他の術などにも手を出し刀術をメインとしている訳では無いのでこうはならない。だが矢萩は違う、霊も言霊よりも自分で戦った方が簡単だ。結果として極めたのは刀術、そして感覚的な部分、謂わば才能でしか上がれない域までやって来たのだ。
そしてそれは水葉も同じ。違う部分と言えば矢萩と違い最初は身体能力は低く、霊も普通に強いという点だ。だが刀で戦うのも好きなため平等に全てを強くしていった。
多少の差はあれで追いついた、矢萩に追いついたのだ。
「やっぱあいつは天才だね」
「そうだね、私も最近理解したよ。あれは化物だって」
そう考えると刀迦は怪物だ。能力は降霊術にも関わらずどんな剣士よりも強く、何なら能力者の中でも最強レベルだ。どうすれば刀迦っを超せるかと考えた事は当然あった。
だが無理だろう、あれは類稀なる才を持ち、適切な場で開花させたからこその力なのだ。中途半端な場所から始まった二人では追いつけない領域だ。
「でも私は刀迦を殺す。だから今矢萩との戦いで学びたい事があるの」
「そう、好きにすれば。無駄になるけどね」
更に攻撃の速度が上がって行く。既に一般人なら目で追うのも不可能だ。
前までならここでどちらかが一撃はぶち込めていたはずだ。だが成長のおかげか両者無傷、物凄い戦いだ。
だが単純なフィジカルで戦うのはそろそろ厳しい。水葉はここで負ける気が無いしそれは矢萩も同じである。それならばここら辺でグレードを上げるべきだ。
二人共同じことを思っていたようで同時タイミングで後退した。
「ほんと似てるね」
「本当にね」
「それじゃあ行くよ。私最初から本気出すから」
「私も。超短期戦で行こう」
三分もかからないだろう。来る、一人の剣士の終わりと、一人の剣士の始まりが。
『降霊術・唱・黒狐』
『降霊術・唱・猫』
互いが霊を出す。
「覚醒」
水葉の覚醒の効果は霊力の回復、元の分がオーバーしてもヒビが入らない便利なものだ。それに何度も使えるので実質霊力は無限である。比べて矢萩は覚醒が使えない、才能が無いのだ。
だがその大きすぎる溝を埋める力を付けている。
「なら私も」
矢萩の強み、それは複数持ちという所にある。そして二個目の能力、それこそが『言霊』だ。
『身体強化』
ルーズも出来る、これが強み。疑似的に別の能力を使う事が出来るのだ。
無限の引き出しと無限の引き出し、どちらが勝つかは分からない。それに両者は心の底にある感情が滲みだしていた、"楽しい"と言う本能に刻まれた感情が。
第四百二十話「痛み」




