第四百十九話
御伽学園戦闘病
第四百十九話「救済」
それは特段何の変哲も無い日だった。普通の家庭、ただ隠密能力者として外で暮らしていた。だがその日から歯車が壊れ出す。
午後七時、まだ小学校の中学年だったリイカは友達と共に帰宅していた。弟のタルベは友達がおらず一人でそそくさと帰るので既に家にはいるだろう。
「それじゃあね!」
別れ道、一緒に帰る友達とは道が違うのだ。なのでここからは一人での帰宅となる。リイカの家の方はたまたま人が少なく基本一人ぼっちだ。たまに悲しいと感じながらも家に帰ったらタルベが居るので僅かな一人の時間としても考え紛らわせている。
そんないつもと変わらない時間、ただその平穏が続くのは家の扉を明けるまでであった。両親共に働いているのでタルベと二人となる。内気な弟に対して大きな興味がある訳でも無いし、嫌いな訳でも無い。ただ自分よりは優秀なので将来金の無心をしても許してくれそうだ、とそのぐらいの気持ちでしかなかった。
「…え?」
だが玄関口、そこにはタルベの物と思わしき髪、そして目と鼻につく血があった。一瞬思考が固まる。だがすぐに動き出しランドセルを放り投げて血を辿る。
リビング、その中央、何かがうごめいている。駆け寄り、恐る恐る確認する。するとそこには血だらけになり動かないタルベと眼が完全にイカれている中年男性がいた。
中年男性はタルベに馬乗りになって殴っていたようでグチャグチャだ。言いようのない恐怖と怒りに苛まれたリイカは本能でとある行動を取った。
「やめておきなさい」
見知らぬ男の声、振り返るとそこには金髪で和服の男が立っていた。
「君のような子が手を汚すのは少し見ていられないものがある。私がやろう」
その男は中年男性に向けてこう唱えた。
『呪・剣進』
その瞬間三本の研が両目と心臓を的確に貫き、殺害した。
「見るものではない」
すぐにリイカの目元を隠す。
「私の友に回復術を使える者がいる。この子も治るだろう。呼んでくるから待っててくれ」
男は剣進の剣を目線で追っていた事を理解し能力者だと断定した。そして連れて来る、最強を。
「ねー來花ー僕だってそんな暇じゃ…」
佐須魔だ。ゲートを潜って来た瞬間に言葉を詰まらせた。目の前に立っている少女から並々ならぬ狂気を感じ取ったのだ。自分や京香、佐助などとはまた違う。真性のものを。
「ねぇ來花…」
目も見ず訊ねた。
「駄目だ。まずは能力を確認し、情報を探ってからにしよう」
「能力は『巻き戻し』だ。まだ本人は上手く使えないし、親に使うなって言われているらしいけどね。でもさ、こいつがいれば僕らは勝てるよ、薫に。絵梨花にも」
「…そうだな、確かに佐須魔の言う通りだ。だが私はやはりこれ以上子供を…」
「刀迦を連れて来た張本人がそんな事言うんだ」
「……今回ばかしは強行手段と言う事か。それならば私に出来ることは無い。だがせめてそこの男の子も助けてやれ。可哀想だろう、戦闘病患者のせいで死ぬなんて」
「それもそうだね。こいつは回復術…まぁ良いかな……ん?あれ、こいつ婆ちゃんと面識がある」
「それは本当か?」
「うん。でもまぁ…多分大丈夫だよ、放っておいても。多分このまま大した人生を歩まないさ」
「それは良かった。それでは私は一足先に帰らせてもらう、砕胡と神の調整日だ」
「お疲れ」
來花はゲートの中に消えて行った。
「さぁリイカ・カルム、君はこれからの僕らの元に来てもらう。今の家族と離れてね」
「え?嫌!」
「それなら弟は治療しないよ。死ぬからね、そしたら」
「…私が行けば治るの?」
「治る。というか治す」
「……じゃあもう一つだけ、約束して。タルベを守ってあげて。お父さんとお母さんは強いけど、タルベは弱いから…」
「分かった。約束するよ。じゃあ契約成立だ。ちょっと退いてな、治してあげよう」
佐須魔は血だらけのタルベにそっと触れ回復術を使用した。するとみるみる傷は治って行き、綺麗な状態へと戻った。
「血とかは全部僕が消しておくから先に行くと良い。このゲートを通るんだ。さっきの男、翔馬 來花がいるはずだから指示を聞くんだ」
「うん」
なんとも聞き分けが良い。賢い奴だ。
「それじゃあ行くと良い」
言われるがままゲートを潜りTIS本拠地へと足を踏み入れた。すると数人に囲まれる。
「ほう、こやつが新人か。大体同年代かの?どうなんじゃ來花」
「來花様。俺にはこいつが仕事の出来る奴だとは思えません」
「素戔嗚、來花達の決定にケチでも付けるの?また半殺し特訓やりたいんだ、今度は一週間ぶっ続けでやる?」
「静かにしろお前ら。とにかくこの子は能力の使い方さえろくに覚えていないんだ。まだまだ仕事が出来なくて当然、育成は必要不可欠だ。別に悪い事じゃない。私だけでなく皆で鍛えて行くんだ。
この子は私達にとって最重要な能力者となるだろう。巻き戻す能力。少し武具や便利な道具を与えるだけで物凄く化ける能力なんだ。ここで逃したり、変なレールに踏み込ませるのは勿体ない。そう判断しただけだ。それにこの能力は危険すぎるからな」
「教育は私が…」
「いや、叉儺に頼もうと思っている。刀迦は少し…こう…乱雑だからな」
確実に言葉を選んでいる。だが來花の気遣いならばそれもまた嬉しい。
「了解じゃ。では行こう、妾がキッチリとその体に教え込んでやる。リイカ・カルムよ」
そうして絶望の日々が幕を上げた。何度も何度もリセット、調整、一人で地獄を見続ける毎日。皆労ってくれるのだがどうしても上辺だけに聞こえてしまう。そんな事も気にならなくなったそれこそが、狂気だった。
「さて、そろそろ起きてよ」
エンマの声、目を覚ます。
「…あれ…私…」
まっさらだがまっさらではない空間、エンマだけしかない。
「君は負けたよ、蒼君にね」
「…あぁ…思い出したわ。確かに殺されたわね。でも今戻ればまだ…」
「間に合わないよ」
エンマはそう言ってリイカの頭に軽く触れた。その瞬間溢れ出す、破棄した記憶。溢れ出す、死の数々。吐き気なんてレベルではない、今生きているのかさえも分からなくなってしまう程だった。何千回も殺された。何千回も蒼によって。
「今僕が僅かな変化を与えた結果世界はループから解き放たれた。正直僕は君をここに呼ぶつもりはなかったのさ。でもどれだけ待っても、どれだけ繰り返しても終わらないからいい加減堪忍袋の緒が切れたんだよ」
その時のエンマの表情は酷く冷酷なものだった。当たり前の行動、生にしがみ付くのは当然なのだ。それはエンマ自身も理解している。だがイラつく、何度も何度も無駄な抵抗を繰り返し仲間や友の勇姿が見れないのは。
しかもずっと独り、気が狂いそうだ。これを半生以上繰り返して来たリイカには恐怖さえ覚える。だがそろそろ終わらせよう。これこそが彼女にとって最高の救済となるはずだ。
「これから君は今後一切の能力使用を封じる。そして地獄に落ちてもらうよ、初代の方だ。でも安心してくれ、無限ではなく期限は付ける。三百年さ。
大丈夫だ、慣れる」
遠慮など一切無い。ただ突き付けられた新たなる絶望に心を壊され、硬直するしか出来なかった。
「奴隷になったのは君の判断だ。結果として契約は勝手に無効にされた。タルベは死ぬよ、絶対にね。でも僕は約束するよ。彼は確実に貢献する。君が紡いだTISを殺すための材料としてね」
一番欲していなかった結果だったはずだ。だが当然なのだ、やり方は幾らでもあった。だが模索せず、逃げた。そんなリイカに訪れるのは罰でなくてはならない。
何らおかしい事では無い。エンマが怒っているのは何も考えず、何も始めず、ただ奴隷のままであった事が酷く気に入らないからなのだ。
「可哀想だとは思うよ。でもね、情状酌量の余地はとっくの昔に無くなってるよ」
指を鳴らす。すると現れた地獄の門、ゆっくりと音を立てながら開き、吸い込んでいく。抵抗の気力も無いリイカを飲み込み、閉じた。
「…悪いけど僕は聖人でも無いし、平等に罰を与える裁判官でもない。ただただ利己的に動くマモリビトなんだ。それじゃあ、三百年後にまた会おう」
制裁は与えられた。救済という醜い皮を被った制裁が。ただもしかしたらリイカもこれを望んでいたのかもしれない、誰もいなかった、自分の過ちを正す者など。心の底では喜んでいたかもしれない。
今となっては知る由も無いし、既に興味は薄れているが。
「さぁ楽しみだ、皆は何処まで強くなったかな~」
エンマは気持ちを切り替え、観戦を始めるのだった。
第四百十九話「救済」




