第四百十六話
御伽学園戦闘病
第四百十六話「手始め」
一番速く動いているのは蒼だ。やはり最初に潰すべきはリイカである。そうでなければ刀迦を殺しに行く者達に弊害が出てしまう。出来れば最初、現生徒会としてリイカを殺したかったが咲がそれを拒んだ。結果としては良かったのだろう、だが先の四チームには迷惑をかけた事になる。
申し訳なさもあるし、何より脅威だ。唯一殺害方法を持っている蒼が全力で走り、他の皆は少し遅めに接敵するのが最善である。
「耐えてくれよ…」
霊力感知でそこそこ近くに来たと分かったので『阿吽』で伝える。
『シウ、僕の所に結界はいらない』
『分かった』
そして桃季にも連絡しておく。
『桃季、僕に助けはいらないからね』
『分かった!!』
誰かの助けはいらない。タルベや椎奈のサポートも必要としない。ただ単独、いや二人で殺す。時の巻き戻しと言う普通なら対処のしようがない能力、だが完全無敵なはずはない。まず能力を発動させる間もなく気絶させれば良いのだがそれは不可能だろう。大体三獄か強い重要幹部が近くでうろついている。
そうなると単純な力での突破は駄目だ。次に蒼は考えた、とある力を使えばいけるのではないかと。それは突然変異体のためにTIS本拠地に乗り込み戦闘を交えた際に感じた事だった。数年前なので感覚すら憶えていないのだが当時は勝てそうだと思った。ならば信じるべきだ、己の直感を。
「さて…」
更に近付いた段階で霊力感知を行う。リイカの付近には來花がいるようだ。やはり護衛はいた。そうなると必然的に賭けを行う事になる。
蒼は莉子の魂を喰ってから莉子本人と会話をした事が無かった。夢などにも出て来ず何の助言もくれなかったのだ。それは魂を喰った者としては異例である、特に生前の関係性が悪い訳でも無かったのに。
ただ蒼は不満など無かった。莉子には莉子なりの考えがあると受け入れていたからだ。だがここでは協力してくれないと蒼は何も出来ずに死ぬ、莉子はそんな結果を望むだろうか、いや望まない。
せめて一人ぐらい持って行ってから華麗に散って欲しいと考えるはずだ。ならば貸してくれるだろう、一度ぐらい。
「來花!!」
何者かが急激に接近している事を勘付いたリイカが名を呼ぶ。來花はリイカを護ろうとしたが木々から飛び出してきた蒼が明らかに自分に向けて突っ込んできている事に気付き戦闘体勢に入ろうとした。
だが一瞬だけ間に合わない。一撃ぐらいなら仕方無いと反撃の構えに入ったのだが意味は無かった。來花に軽く触れた蒼は叫ぶ。
「莉子!」
次の瞬間來花の姿はなくなった。
「はぁ?」
リイカはあんぐりとしている。
「まさか私とやりたいの?」
「そうだ」
「無駄よ。すぐに刀迦とか來花がすっ飛んで来る」
「それは有り得ないよ。だって僕以外にも一瞬で接敵するよう動いている人がいるからね」
「まさか刀迦もやろうっての?」
無理だ。どう考えても刀迦をやれる実力者は旧生徒会にいない。
「なら來花は…」
「莉子の能力は記憶にある場所なら何処にでも移動できる。來花は今深海にいるよ、干支組の元家だ。桃季にも許可を貰った」
「…それじゃあ…」
「佐須魔が気付いてゲートを出したりしない限り無駄だね」
瞬時にリイカが『阿吽』を使おうとしたが蒼が物凄い速度で喉元を掴もうとする。すぐに時を戻し來花が飛ばされた時になった。蒼は知覚出来ない様だ。
「ならこっちから!」
先手必勝、ぺちゃくちゃ喋っている暇があるなら先に攻撃を仕掛けるべきだ。蒼の能力は強くなっており精神状態が安定していても充分な身体強化を得ることが出来る。今尚強くなっている可能性があるので行うは短期戦、または誰かの救援を待つ逃げの長期戦となる。
だが後者はリスクが大きすぎる。少しの見落としで四面楚歌、詰みの状態になる事だってあるはずだ。ただ前者は最悪巻き戻して逃げてを繰り返せば変な見落としも無いだろう、選ぶは前者だ。
「速いね」
そう言いながらも完璧にかわしていく。やはり生身での勝負は避けるべきだっただろうか、今からでも時を戻して選択肢を変えても良い、とも思ったが流石に早計過ぎる。
幾ら殺意マシマシでかかってきているとしても相手は単なる身体強化、追加であっても瞬間移動、降霊術だってあるのだから負けるかと言われれば自信満々で首を横に横に触れるだろう。
不安は負けの材料となる。しっかりと前を向いて攻撃を見切り、細かな反撃を入れながら大きな隙が出来たら降霊術を行い一気に優位に立つのだ。
「やぱそうだよね、物理で押して来る。だって僕から逃げるのって無理だから」
まるで全てリイカの思考を見透かしているかのような発言、だが言っている事は正しい風に感じる。そこがとてもムカつくが今は隙を作るのが先決である。
単純なフィジカル勝負ならば圧倒的に蒼が強い。そんな状況でどうやって隙を作るのか、答えは簡単逆に隙を見せる。
「そんな口叩けるのは今の内だけって事を知りなさい」
ほんの少し、一歩踏み出せばパンチが出来る距離だ。そこで唱える。
『降霊術…』
だが面は装着しない。何故なら蒼は突っ込んで来る、どうにかして阻止出来ないかと考えて。当然だ、リイカの霊である招き猫は強い、対処は難しくないが無駄に時間がかかってしまう。
そしてそれを阻止すると言う事は面か発動帯を直接狙って来るだろう。浅い、極限まで浅い。そんな見え見えの攻撃が巻き戻しの使えるリイカに通用するはずがないのだ。既に降霊術と口に出してから四回は巻き戻しとても早い段階で最適解を見つけて来た。後は実践するのみ。
「そう言うの、甘いわよ」
近付きながら拳を突き出した蒼の手を逆に掴む。だがそれは一瞬だけ、普通に掴んでも力で押されて意味は無い。ならば一瞬だけ掴み意味とは何か、簡単に言えば牽制だ。
だが様々な意図があり蒼の心を縛り付ける工程の一つでしかない。リイカは今回心から殺して行く事にした。
「分かってる。だから、そっちも甘いんだ」
すると蒼は手を止め、右足を思い切り蹴り上げた。予想だにしない行動、すぐに巻き戻し対処をする。今度は次の蹴りも考慮に入れる。
「通用しないわよ」
一瞬だけ手で止める。
「分かってる。そっちも甘いけど」
今度は蹴りを行う。なので少し横に逸れる事で完璧にかわした。だがこんなの当たり前だと割り切っている蒼にとってその回避は何の影響も与えない。
一般人や並大抵の能力者ならばこれだけでも少し焦躁が生まれるのだが蒼は違う。高校生の頃から死線を潜り新生徒会のために本当に死の間際で仕事をして来た。何の関連性も無いように感じるが実際はある。鋼のメンタルを培ったのだ。
それに今ここには莉子もいる。初めて協力してくれた事の高揚も相まって少し油断しただけで戦闘病を発症してしまいそうだ。とっくのとうに戦闘病患者ではあるのだがこんな序盤で手札を見せるわけにはいかない。少しでも間違えたら逆に詰む。
互いに一触即発、だが互いにその事を知らない。互いの奥底を引きずり出そうと躍起になっている。すれ違っているのだ。
「なら次だ」
「だから…」
今度は左手のフック。すぐに時を戻し蹴りをかわした所から対処する。フックならばしゃがめば避けられるだろう。だがリイカがしゃがみの予備動作を見せたその瞬間蒼も同じくしゃがみ、フックをやめて足を掬うような蹴りを繰り出した。
またすぐに時を戻し今度は後退で避ける。だがフックをやめて距離を詰めて来る。その一つ一つに何とも言えない違和感が存在している。だがリイカは読み解こうとしていなかった。
「君は強い。だけどね、甘いよ。全ての行動に油断と甘えが滲み出ている。タルベにも頼まれているんだ。リイカ・カルム、君を殺す」
「舐めてるの?あなた何かに負ける程私は…」
だがそこでピンと来た。
「気付いたね。今まで僕がどんな行動を取って、対処されてを繰り返していたかは分からないけど意識していたんだよ、ずっとね」
冷や汗が滲む。
違和感の正体に気付いたのだ。何か今までの戦闘と違うと感じていた。それが何か、攻防の順番だ。リイカは本来攻めて、守って、攻めてを繰り返し徐々に敵を追い詰めていく。それが十八番であり一番強いと知っている。
なのに今回だけは守って、攻めて、守ってになっている。まるで保守的にならなくては負けてしまうと本能が言っているようだ。だが違う、そんな事は有り得ない。
こんな一人の身体強化使いに負けるはずがない。真澄の威圧があれば話は変わるが砕胡の気配などは全く感じない。
「後手になってるだろ?分かるよ、その気持ち。怖いよね、知らぬまに不利な状況に陥れられてるんだもん」
蒼はこの準備期間の数年を訓練と育成に費やして来た。その訓練もあまり時間が無かったのだが兆波がただひたすら教師陣と戦い反省点を出すだけで良いと指南してくれた。それに従いただひたすらに教師と戦っていた。
そして薫が帰って来てからもそれは変わらず、ただローテーションの中に薫が組み込まれただけだった。だがそこに来て一気に成長したと自分でも感じていた。その理由を知ったのは大会が始まる四日前、薫との戦闘でボコボコにされてからふと思ったのだ。
攻防の優位について。普段蒼は守りに徹してしまう。というより徹するしかない。単純に教師陣が強いからだと感じていたがそれは違ったのだ。答えとしては"印象"であった。
いつもいつも守ってしまうのは教師陣の初動が非常に速いからだ。結果として守り、攻め、守りの手順になってしまう。それが弱いとは早々に気付いてたが対処出来ていなかった。それは攻めのやり方を知らなかったからだ。
だが唯一元だけは分身を使って元VS元の対戦を見せてくれて重要な部分を見させて覚えさせていた。
「僕はとにかく攻撃を打ち込む事に専念している。威力なんて二の次さ。だって大した訓練もしていない君には分からないだろ?どの攻撃が全力で、どれが手を抜いているのかなんて。
もしかしたら僕は常に全力で攻撃をしているかもしれない。君はそんな思考に囚われている。それは僕の猛攻と戦闘への姿勢をその目で見たからだ。
優秀だよ、君の本能は。ここまで馬鹿正直に突っ込んで来るんだから後手に回って受け流す事に集中するのは何も悪い事じゃないし良い事だ。
だけどね、場合によるのさ、特に後手側はね」
ただひたすらに攻める。攻撃を止められたり避けられそうになったら次の攻撃を出す。とにかく全方位から攻撃が来るかもしれないと言う固定観念をこの一分と少しの時間でリイカの植え付けた。蒼が数年かけて植え付けられた教師陣への尊敬そのものを一瞬で。
蒼はとてもとても強い。だが頭も良い。こんなの蒼でなければ中々出来ない芸当だ。
「一つ言っておこう。僕はまだ本気じゃない」
それがハッタリかどうかなんて些細な事だ。万が一本当だったら今すぐにでも対処しなくては間に合わなくなる。もう駄目だ、手札を切るしかない。
『降霊術・面・猫』
ここに来て、いや違う。
最初から、何も変わらず、依然蒼優勢である。
第四百十六話「手始め」




