第四百九話
御伽学園戦闘病
第四百九話「アンスロモドキ」
森に入る。ただただ眠く、苦しい。木にもたれかかり衰弱していくかのように目を閉じた。まるで何者かにそう強制させられている様に。
そこからどれ程の月日が流れたか分からない。もしかしたら数秒かも知れないし数年かもしれない、感覚が無いのだ。だが目の前にいる異様な奴の正体だけは理解できる。
「神…」
『正解、良く分かったね。それで何で君がここにいるのか分かる?』
「分かりません……だって僕は木の元で眠ったはずじゃ…こんなまっさらな空間なんて知りません」
『そうだよねー、だってここ別世界だもん』
「別世界?」
『まぁその内知る事になるよ。それよりも今私が話したいのは君がこれからどうしたいかだ』
「どうしたいか……別にどうでも良いですよ、もう……家族が全員殺されたんです……神であるあなたが生き返らせてくれるのなら少しは生きてみようとは思いますけど…それは倫理観的に駄目な気がしてますし」
『妙に真面目なんだね、でも覚えておくと良いよ、私は生き返らせるけどそんな事はしない。だってそれじゃあ面白く無いだろ?私が面白いと感じる風に動いてもらわないと。君達は道化なんだからさー』
この時点で何か怪しい感じはしていたがとりあえず話を遮る事はせず大人しく聞く事にする。
『でもね、疑似的に生き返らせる事は可能だよ』
「本当ですか?」
『嘘なんてつかないよ、ただ君にとって嬉しいと言えるかどうかは分からないよ』
「…お願いします。多分僕はそちらの方が幸せです」
『分かった。じゃあ君はこれから少しだけこの世界で暮らしてもらう。と言ってもある人物と意思疎通をしてもらうだけなんだけどね』
「誰ですか?」
『仮想の病人って言う女なんだけどね、こっちに連れて来たは良いけど思っていた以上に厄介でね。少しだけ触れ合って欲しいんだよね、私は遠くから見てるだけだから』
「取り引き、って事ですよね?」
『良く分かってるね、そう言う事』
「分かりました。案内してください」
『うん、行くよ』
神が指を鳴らしたその瞬間一人の女の前に飛ばされた。そいつの肌は所々変異しており、お世辞でも綺麗とは言えない。ただ顔立ちは結構整っているし、恐らくその病状らしきものが無ければ全然可愛いはずだ。
ただ口も少しだけ避けており他の人よりデカいように感じる。
「誰だよ、お前」
「僕は…いえ、名前は言いたくありません…」
俯きながらそう答えると察した病人は追及などしなかった。
「どうせ神に連れてこられたんだろ、何だよ」
「違います。僕が個人的に興味があったので連れて来てもらっただけです」
「…怪しいな。まぁいいわ。んで何聞きたいんだよ。別世界に住んでたからお前ら能力?ってやつは全然分からないぞ」
「全然大丈夫です。僕は仮想世界の人がどんな暮らしをしてどんな事を思っているのかを聞きたいだけ何です」
「…難しい質問だよな、それ」
「すみません、答えられ無かったら大丈夫ですよ」
「いや、まぁムカつく奴ではないって思ったから答えてやるよ。と言ってもここで何して暮らしてるかって言ったら他の住人の所行ってこの病気の治療法が無いか探すぐらいだからな」
「病気…その肌…とかですか?」
「そうだ。肌とか口、目もたまにおかしくなったりする。とにかく人間らしくなれないなんだよ。元の世界では名前も無かったし治療法も無かった。ただ蔑まれていたから山奥で暮らしていたら死んだ、けどこっちに連れてこられた。そんでこっちでは死ねないって言うから何とかして治療したいなー、って思っただけだ。やる事無いからな」
「死ねない?」
「死ねないんだ、こっちの住人はな。ただ強くなったりするしかない。本当に虚無って感じだ。趣味がある奴は良いが、無い奴は生き地獄って感じだ」
「…生き地獄……」
「そうだ。そしてお前も現世に戻ったら地獄を見る事になる」
「え?」
「私の勘だ。ただまぁ何とかなると思うぞ、何せお前の弟そっくりの人間を作ってくれるんだからな」
「作る…?」
「お前は生き返らせると伝えられたのかもしれないがあいつはそんな事しない。絶対にな。百パー絶対に違う生命体を創り出すだけだ。私はお前の行動を否定したりしない。だが覚えて欲しい事がある、何かあったら思い出せ、あの時の恨みつらみを」
それがいつを指しているのか、一瞬で理解出来た。二度と忘れない、家族を殺された時だ。二回も同じ感情を味わった。もう二度と感じたくない。
病人はそんな気持ちを汲み取って鼓舞してくれているのだ。そして分かる、良い奴なのだと。多分神不満があり鬱憤が溜まっているだけで根は良い奴なのだろうと。
そこまで分かれば充分、神が指を鳴らすと同時に姿が消えた。
「はいお疲れ」
「はーめんどい仕事出すなよなー」
「ごめんごめん。でも君だって暇だったでしょー?」
「まぁな。でもあんたから仕事振られるとプレッシャーやばい事に気付いてくれ」
「ごめんごめん。でもこれで彼は思い出すよ、死に際でね。どう動くかな、楽しみだ。とりあえず行って来るよ、演技お疲れ」
「あぁ。そんじゃあな」
神も姿を消した。
二人は最初いたまっさらな空間にいる。
「ありがとう。あれだけ分かれば充分だ。別に悪い奴じゃないとは分かっていたけど確信付けたかったのさ。君にも感謝するよ、ありがとう」
「いえ…ですが彼女は新しい命を作り出すと…」
「いや、違う。生き返らせるのさ、何か嘘を言っている様に見えるかい?」
顔を見て、眼を見てみるが確かに嘘を言っている風には見えない。やはり神は良い奴なのだろう、信じてみよう、そう思った。だが結果としてこの選択は後悔に繋がる。それを理解するのは
今だ。
「…思い出した……そうだ…パラライズは…私が作り出すように願った…」
皆が地面に伏している。一瞬にして全員の意識が飛んだのだ。目の前には模倣品が立っている。パラライズと過ごした日々は楽しかった、まるで弟と過ごしているようだったからだ。
だが死んだことによって記憶を取り戻した。何をしていたのか、ずっとずっと彷徨っていた。この世界をずっと。
「私はずっと勘違いをしていたんだ……私は正義を名乗るべきではなかった……人を不幸にして来たんだ…たった数人でも……償い切れない…すまないパラライズ、もらうよ」
立ち上がり、浮いている魂を口へと運んだ。
アンスロを取り込むとどうなるのか、それは誰にも分からない。実際佐須魔も喰った事が無いのだ。当然学園側の人間も喰った事が無い。
ただハンドは理解していた。パラライズは純正のアンスロではなくアンスロモドキなのだ。ハンドの弟を媒体として再生成しただけ、一応本物ではあるのだから。
「なぁ佐須魔、私はお前を殺す事が出来るだろうか」
「無理だね。式神がいなくても無理だ」
「…そうか、それは結構。皆がいない所で死のう、私は今決めたよ」
すると佐須魔は少し不機嫌そうに問いかける。
「ふざけているのか?」
「どう言う事です」
「僕はお前らが嫌いだ、狂った正義を掲げ真の正義である僕らを否定し殺そうとしてくるからだ。だが認めている部分もある、その胆力と信頼だ。
だから僕はライトニングを殺さなかった。仲間であったから、楽しそうにしているのを見るのは少し嬉しかったからだ。贖罪を行いながらも無意識下で幸福に向けて足を進めている姿が美しいと感じたからだ。
そしてその道にはお前ら"仲間"が必要不可欠、お前だって分かっているはずだ。それなのに自分は逃げるのか?ライトニングはずっと背負って、それでも導いてきたと言うのに……ハンド、お前は逃げるのか」
「まるで分かった様な口を利きますね。私はライトニングさんと違ってこの世の理を破ったのですよ、到底受け入れてよい行為では…」
「なぁハンド、僕らTISの情報網を舐めているのか」
「…え?」
「知っているさ、ライトニングはお前がどんな事をしたのか知っている。それでもなお見なかったフリをしていたんだ。
僕だって同じだ。神になるのはいけない事だ。だが仲間は付いて来てくれている。多分だけどね皆革命自体への興味は薄れているんだよ、ただ僕ら三獄に付き従っているだけ、それだけなんだ。
出来る事ならばこのまま僕だけで戦っていたい。でもそれは不可能だ。お前らが強すぎるからな。だからこういう甘い言葉は最後にする。心に刻めよ。
仲間は大事にしろよ、特にサーニャはな」
何も言えなかった。ただ言葉にし難い感情が渦巻いて心を蝕んでいく。段々と心がおかしくなっていきそうだ。
そんな時だった、病人からの言葉を思い出す。
「……私は何処まで行っても弱い人間です。なので逃げます。それが正解だと信じる事も出来ないまま、逃げるんです」
溢れ出す怒りの心、その感情の昂りは力を生む。言葉にしない、自覚もしていない。
ただただ燃え上がる青緑の炎、初めてだった。
真の碧眼。一対一の戦い。
「それで良い。行くぞハンド、お前をここで殺してやる」
最後の情け、いや違う。鈴だからこそだった。
第四百九話「アンスロモドキ」




