第四百三話
御伽学園戦闘病
第四百三話「到着」
傀聖が消えた事には全員気付いている。だが構わない、信じているからこそ生きて帰って来ると分かっている。それよりも目の前にいる厄介者智鷹を何処かに放り投げたい。
手での猛攻もその内佐須魔が何らかの術で蹴散らし確実な視界確保が行われる。その時間までに移動する。ライトニングは蒼剣状態で戦っている。まだ『解放・紫電』が使える程佐須魔に触れていない。短時間とはいえども近接戦を仕掛ける必要があり、そのためには出来る限り負担の少ない一対一の盤面を作り出す必要がある。
「私がやる」
傀聖との戦いの失態を拭うためファストが智鷹を連れて行こうとしたその時、ハンドが止める。
「駄目です!」
「なんで」
「三秒、待ってください」
三秒後、佐須魔が身体強化を使って周囲の手を蹴散らした。そしてライトニングかハンドのどちらかを先に排除しようと動いたその瞬間、バンッと言う音と共に佐須魔の頭蓋を弾丸が貫いた。
智鷹は嬉しそうに笑いながら銃弾が飛んで来た方に両手の機関銃を向け、全力でぶっ放した。
「逃げた癖して一丁前に撃ってくんじゃねぇよ!!」
木々の方から馬が走る音が聞こえる。
ここでライトニングは確信した。やはりいる。
「そこにいるのはベベロン・ロゼリア、私の祖先だ!!攻撃はしなくていい、奴の能力は撃った弾が対象を追尾するというものだ!サポートなどはしてもらいながら私達は出来る事をやるぞ!」
「ハンド、やっぱり智鷹は…」
「ちゃんと見てください、放っておきましょう」
智鷹はベベロンがいる方に突っ走って行った。結局佐須魔は孤立、結果として現状で考えうる最高の場面となった。傀聖がいないのは惜しいがどうせ三分以内に戻って来るのだから気にする必要は無い。
それよりも蒼剣から紅剣に変化させるタイミングである。詠唱が必要で変化させてすぐには術を発動出来ない、即ちそのタイミングで攻撃を仕掛けられたら何の能力も使えない状態で戦う必要がある。精々二秒程度だがそれでも佐須魔にとってはとても長いチャンスタイムになるはずだ。
だがそれをカバーする為の味方である。取締課はライトニングを立てる方向に全力を尽くしている。そのため連携はほぼ完璧であるが逆に言うと他の味方がやられてしまった場合ライトニングは滅茶苦茶苦しくなるのだ。
佐須魔がどれほど取締課への解像度が高いのかによって戦法を変える必要がある。だが相手が相手なので分かった頃には手遅れになるはずだ。
必然的に訪れた。賭けである。
「残念だったなライトニング、僕はお前らをしっかりと理解しているのさ」
教え寄せる手を再度跳ね除け、フリーになったハンドを狙う。だがライトニングは賭けに勝った。味方を先に潰して来るだろうと予測し動いていた。
「残念なのはお前の頭の方だ、佐須魔」
ライトニングは四人と離れているので一瞬遅れるが他の四人は既に構えている。ファストが全力で足を蹴り、パラライズが唱える。
『パラライズ』
だがそれと被せる様にして唱えられた。
『弐式-弐条.封包翠嵌』
パラライズの能力は不発に終わった。だがそれだけでは無い。ハンドは今まで以上に大量の手を密集させ、一気に突撃させた。どれだけ捌いても意味がない、溢れ出て来る。
イラついた佐須魔は周囲一体を含んだ攻撃をする。
『肆式-弐条.両盡耿』
こうすれば一体一体は弱い手達は一掃出来るはずだ。そう考えていた。だが何も発動しない。訳が分からない内に手の猛攻が終わった。早速殺そうと突っ走ったその時、足元からとんでもない大爆発が発生した。
避ける事も出来ずそのまま吹っ飛ばされる。とんでもない激痛、腕も取れている。ただすぐに治した。気にするべきは何にやられたのかだ。誰かが地面から攻撃して来たのか、『覚醒能力』か何かで爆発させたのか、選択肢は多すぎる。とにかく両盡耿でも鏡辿でも何でも良いので仕掛けたい。
『肆式-弐条.両盡耿』
もう一度唱えたがやはり何も起こらない。自身の体から霊力が抜けて行った感覚も無い。おかしいと感じとりあえずウザったい手を五秒でも良いので退かしたい。
そのためにはこれが打ってつけである。
『唱・打』
振り下ろし、雷を発生させた。これは問題無く、またまた手を一掃した。今度こそ原因究明のための両盡耿をと思ったがそんなの許されるはずがない。
「ほら行けバカ共!」
ここに来てようやく聞いたハックの声。次の瞬間喉元を貫かれた。一瞬理解が出来なかったがすぐに分かる、中継用のドローンとはまた違い、ハックお手製の攻撃型ドローンに搭載されている刃で貫かれたのだ。幸い操作が雑だったため発動帯を完全に切られる事は無かった、ただ第三形態が少しだけ削られてしまったが。正直全く問題は無いレベルである。
「まだだぞ!!」
三機のドローンが一斉に突撃する。全員物凄い速度と静音性、それに鋭い刃を搭載している。ハックはコントローラーや別の機械を必要とせずどんな距離からでも操作出来る、これが強みなのだ。下手をすれば核保有国の機械を乗っ取って今ここ核爆弾を落とす事だって可能である。ただ佐須魔がそんな事で死ぬ野郎とは到底思えない、精々封包翠嵌一発分の霊力を消費させて世界の信用を下落させる程度だろう。
「ライトニング!!」
「分かった!」
ハックのタイミングで良い。誰のタイミングでも。確実にカバーが出来るのなら誰でも。
『蒼剣・ライトニング-モードRED』
蒼剣はどちらかと言うと大きな建物の制圧や大量の雑魚を一掃するためのモード、単体を攻撃するためにはこちらにする必要がある。左眼に着けていた眼帯を右眼に移す。
赤い左眼が露わになる。それと同時に佐須魔は本能的な危機感を覚え唱えた。
《殺せ》
飛び出してきた神、まさかここで使って来るとは思っておらず全員のカバーが間に合わない。無理だ。
〈死んでね〉
何の術も無く、ライトニングの腹が貫かれた。風穴、血が溢れる。ファストが瞬時に回収し、後退させた。だがもう遅い、この傷は兵助やタルベがいないと治らない。もしそこらへんに透の回復蟲が這いつくばっていても、シウの結界でも、どうやっても不可能である。
だが神は追撃を入れようと距離を詰めて来た。誰かが犠牲になるしかない状況、ファストは駄目だ、どんな場面でも活きる能力である。ハンドも駄目だ、同じく一時撤退や傀聖のサポートにも適している。
そうなるとハックかパラライズの二択、二人共咄嗟に前に出て庇おうとした。だがハックがパラライズを突き出した事により、ハック一人が式神の前に立った。
「ハックさん!!」
死を覚悟したハックの顔を至って冷静であった。ただ「あぁ、死ぬな」と思っていたのだろう。怖いだろう。だがそれでも一番不便な自分が死ぬべきだと言う適切な判断を下した。
誰も止めになんて入れなかった。そうするしか無かったのだから。式神の拳がハックの頭を粉砕しようとしたその瞬間、取締課全員の姿が消えた。
それと同時に佐須魔の背後から声がする。
「そうか…よくやったな、シウ。すまない、助けに入れなくて…だが私も出来るかぎりの事はしよう。お前が守りたい人のためにも」
「なっ!?」
振り向いたそこには褐色の女、知っている。短剣に宿る記憶で見たからだ。
「コア・ケツァル・ルフテッド……ベベロンと言い、フロッタは何がしたいんだ」
「私達は佐嘉に言われてやっているだけ、それだけに過ぎない。だがなんだ、この柱は」
物凄い殺意を向けながら訊ねた。
「シウが勝手にやったのさ、結界のタレット、自戒の果てって所かな」
「そうか、もう良いだろう取締課。来い、ケツァルコアトル」
取締課の能力者を乗せたケツァルコアトルが降りて来た。どうやらそいつが式神の攻撃を防いだらしい。
「さて、来るぞ」
すると來花と傀聖が戻って来た。
「佐須魔!」
「分かった」
瞬時に状況を把握した佐須魔は唱える。
『肆式-弐条.両盡耿』
だがまた発動しない。もう両盡耿は諦める事にした。他の術式で攻めようとしたその瞬間、來花とルフテッドの姿が消えた。どうやら引き離されてしまったようだ。
「まぁいいや…なんで裏切った、傀聖」
「お前らが気にくわないからだ」
胴体に十字の傷がある傀聖を見ながら心配の一つも無い。まだ完全に裏切ったとは分かっていないはずなのにだ。
「言ったよね、僕らTISは去る者追わず、逃げる者生かさずって。抜けたいのなら正式に申請してくれれば…」
「それじゃ遅いんだよ。だってこの大会中は許してくれないだろ?そしたらどうなる、革命じゃねぇか。駄目駄目そんなの、俺が信じたい正義じゃない。
やっぱお前らは間違ってる、それが答えだよ佐須魔」
大きな溜息をついた佐須魔はゆっくりと口を開け、一斉に唱える。
『降霊術・唱・猫神』
『降霊術・唱・人神』
『降霊術・唱・虫神』
『降霊術・神話霊・干支鼠』
『降霊術・神話霊・干支牛』
『降霊術・神話霊・干支兎』
『降霊術・神話霊・干支羊』
『降霊術・神話霊・干支猿』
『降霊術・神話霊・干支鳥』
『降霊術・神話霊・干支猪』
『降霊術・神話霊・シヴァ』
『降霊術・神話霊・ウロボロス』
『降霊術・神話霊・玄武』
『降霊術・神話霊・バステト』
『降霊術・神話霊・ホルス』
『降霊術・神話霊・オーディン』
『降霊術・神話霊・酒呑童子』
『降霊・アセビ』
神格を三匹、言わずもがな猫神と人神、そして虎児の狐神が死んだことによって押し上げられた超弩級にデカい蛾、虫神である。
そして行き場の無くなった干支神を無理矢理引き入れて七匹。
神話霊七匹、破壊の神シヴァ。常に自身の尾を噛んでいる龍ウロボロス。四方神で唯一行方が分からなかった蛇が巻き付いている亀の姿をした北の神玄武。エジプト神話の豊穣を司る頭部が猫の神バステト。同じくエジプト神話の頭部がハヤブサである空の神ホルス。戦争と死の神であるオーディン。強大な鬼である酒呑童子。
更には降霊、恐らくはバックラーの霊なのだが聞いた事も無い名前、完全未知数。
圧倒的な場、霊力濃度は十五割、限界突破だ。息が吸えない。薫の天照大御神がいればこんな状況でも何とかなるのだが生憎別のチーム。恐らく島全体が同じ濃度になっているはずなのでベベロンとルフテッドもヤバイはずだ。それにこれだけ霊力濃度が高いと霊の制御が効かなくなる恐れだってある。
「なんで…そこまですんだよ…!」
「お前らを殺すためだよ傀聖。僕らの崇高な目標を馬鹿にして、穢した。これは到底許されるべき行動ではない。死んでいった仲間のためにも、今ここでお前を殺す」
打を手に、言い放った。だがそんな重荷傀聖だけに背負わる訳にはいかない。こんな状態の中で正面から戦うのはどうかと思うがそうするしかない。既に逃げ道は退場しかない。だがそんな半端な事をする覚悟でここに立っていない。死ぬ時は死ぬ、それだけだ。
「傀聖、行くぞ」
ライトニングの一声、そして唱える、[ライトニング]の術の一つ。
『解放・紫雷』
紫電とは違う。真逆、紫電は放出、紫雷は流動。体の中に紫の電流を流す事で一時的に爆発的な力を得る。最強と言っても過言では無いバフ技である。
「正義ならばTPOは守らなくてはいけないからな。この術は服がすぐ融ける」
紫雷はその性質上本体に強い負荷をかける。そして体の周囲にパチパチと雷が弾け出す事で服も燃え、無くなる。ちゃんとした格好でいられるのは約五分程、それ以上は色々とマズイ。
「あぁ分かった…行くぜライトニング」
しっかりと把握し、他のメンバーも決めにかかる事にした。短い短い戦闘のはずだ。たったの五分、六人と二人の全てを出し切る。目標は第六または第七形態までの削りである。
「行くぞ、お前ら」
佐須魔の一声と共に大量の霊と能力取締課の全員が動き出した。
第四百三話「到着」




