第四百一話
御伽学園戦闘病
第四百一話「インスパイア」
それは数十年前、ハンドがまだ少年だった時だ。戦闘病伝染事件が起こり能力者への差別が激しくなっており、ハンドだけでも島に送ろうかと迷っていた。だが学園がある島も事件で悲惨な状況、どこにも行く場所が無かったのだ。
どうするべきなのだろう、両親は迷っていた。ただ次男が殺され精神的に追い詰められている状況なのにだ。それでも何とかハンドを安全な場所に移す事が出来ないだろうかと調べ上げようとしていた。
「鈴、話がある。座りなさい」
父親に促されるがまま椅子に座った。母親は父親の隣に座っており、対面するような形となっている。すると父親が重い口を開き、切り出す。
「島への渡航権を手に入れる事が出来た」
「ほんと?」
「あぁ……だがな、一人分だけなんだよ…たまたま死んだ人の分の穴埋めに当たっただけ、家族全員は無理だそうなんだ…」
何と言っていいか分からなかった。ただ言葉が出ない。
「話あったんだがな、父さんと母さんは自分だけで生きていく力がある。だが鈴は違う。弱いだろう。だからな、話し合って決めたんだ。島には鈴だけで…」
机を叩くようにして立ち上がり、家を出て行った。そんなの聞きたくない、その一心で。二人が止めようとしたが間に合わず闇夜に消えて行く。ここは都心の端、人も多いのでこんなご時世一人で能力者が出歩いているとなると大の大人でも危険なのだ。ましてや子供一人なんて到底無事では帰って来れないだろう。
急いで両親も家を出て追いかけ始めた。
「僕一人でなんて…嫌だよ…」
人通りの中トボトボと進んでいく。すると見かねた男の人が声をかけてくれた。
「僕どうしたんだい?こんな夜に一人で、親御さんは?」
「…」
悲しそうに目を逸らすだけ。何か嫌な事があったのだろうと察した男の人はひとまず帰るように促し、それ以上は何も言わなかった。幸い警察に送り届けられたりはしなかったが時間の問題だと理解する。
足が勝手に人のいない方へ進めていく。まるで別の誰かに操作だけ乗っ取られているかのような感覚だった。だが気分が沈んでいる鈴にとっては些細な事だった。
「ガキ、どうしたんだよそんなシケた面してよ」
声の方を見てみると青年が大きな木の枝を使って懸垂をしていた。
「…」
「…何も言わねぇのかよ、まぁ別に良いけどな。でもそう言う態度取るって事は何かしら理由があるんだろ?言ってみろよ、言葉の問題なら解決策教えてやるし、力の問題なら俺は最強だぜ?」
「…島に行くの、僕一人だって言われたから…」
青年は思っていたのと違う悩みが飛んで来た事で一瞬悩んだが、結構すぐに結論を導き出した。
「んじゃ一旦待って次の抽選で当てればいいじゃねぇか。全員で行きたいならな。それかお前一人だけ先に行って家族に抽選してもらって…って感じじゃ駄目なのかよ?」
「だめ…」
「そうかぁ…あれか?今の家から離れたくないとかか?」
コクリと頷く。
「まぁそうだなー分かるっちゃ分かるぜ。生まれ育った場所から離れるって結構来るもんあるよな、色々な意味で。まぁでもな行った方が良いと思うぞ。
多分お前の親はお前が死ぬ事を望んでいない。今こっちはやべぇんだよ、そもそも俺が無能力者だったらここで殴り殺されててもおかしくないんだぜ?」
「うん…でも僕は一緒にいたい」
「悪い感情では無いからな、別に消す必要は無いと思う。だけどな、お前の弟がどうやって"死んだ"のか知ってるか」
「え?なんで弟の事を…」
「見てた、助けられなかったけどな。ただ殴られてた、微妙に生きるレベルの攻撃を繰り返されてた。最終的にはヤバイ試作品の薬とか打って経過を見て遊ぶって言う惨い事もしてた。
能力があってもだ。お前の弟の能力は確か…」
「降霊術です、上霊の犬でした」
「そうだったな。それぐらいの力があっても何も出来ずに死んだ。何を言いたいか分かるか?お前らは弱いんだ。虐げられる側なんだよ。だから逃げろっつってんだ、死にたくないなら逃げろ。最悪俺が守ってやる。
そう約束した沢山いる。そいつらは全員生きてるぜ?島でな」
「関係無いよ、僕は強くなるから」
「…聞き分けの悪い奴だな。俺の言う事を聞け、能力に関しては大分知っているつもりだ。現場で見て来たからな」
「現場…?」
「あぁ、俺は大量殺人鬼だ。怖いだろ」
「いえ別に…どうせ戦闘病伝染でやったんでしょ」
「…気色悪いガキだなー、もっと怖がれよ」
「もうそう言う時代じゃないんですよ。能力者はまるで殺人犯のような扱いを受ける、そう変わっているんです。受け入れるしかないんです」
「変えたくは無いか」
「え?」
「そんなおかしい世界を変えたいとは思わないか?」
「…僕には重すぎますし、何よりそのままで良いですよ……一人でなんて出来ませんから」
「そうか、じゃあお前の仲間が来たその時、ちゃんと役目を果たせよ?」
「何の事…です……あれ、いない」
その時既に青年は姿を消していた。当時ほんのりとしか感じ取れなかった霊力残滓すら感じ取れなかった。もしかしたら青年は気を使って能力者だと嘘をついていたのかもしれない、そうも感じる程に。
ひとまず一旦家に帰る、誰かに話を聞いてもらえてスッキリしたのだ。改めて友達が欲しいと感じながら帰路に着いた。
だが帰り道で妙な人だかりが出来ている事に気付く。こんな夜に珍しいと感じながら軽く覗きに行った。だが後悔する、中心にあるもの、それは二人の死体だった。見覚えのある、二人。
この時は変に冷静で周りの人に事情を訊いてみた。すると犯人らしきガタイの良い男がこう言った。
「こいつらは能力者だったんだよ、危険分子は排除しておくべきだろ?一般人の俺らでもな!」
両親の死体。どうやって能力者だと発覚したのかは不明だが今自分がここにいるのは危ない。二人共鈴の身を案じていたはずだ。もう遅いが少しでも意志を汲み取りたい。
そう思って逃げ出そうと振り返り、走ろうとした。だが男は鈴の腕を掴み問いかける。
「そんな焦んなくても良いじゃねぇか。どうしたんだよ、こんな夜更けに出歩いてる癖によ」
悪意や遠回しではない。ただただ心配してくれている。だがその時の鈴にはこいつがただの殺人犯にしか見えなかった。思い切り腕を振り払おうとする。
流石に違和感を覚えた男が察しそうになったその時、また別の男が会話に介入して来た。そして鈴の手を取ってこう弁明する。
「すみません、家の従弟が。急に家出してしまって…ありがとうございます」
「おうそうか、まぁ良い気を付けろよ」
男に腕を引かれその場を離れた。
「なんで僕を…」
「自分が言える事は一つ、ああなりたくないのなら適度に力を付けなさい。たまたま自分が通りかかったからよかったものの、次からは気を付けるんだよ」
「でもどうやったら…」
「どうやら君は弱い。だから頼んでおきますよ、私の友に。確実に策を施してくれるはずです」
「…ありがとうございます」
「気を確かに、どんな時でも足を進めるのですよ」
「分かりました、ありがとうございます。出来る限り頑張ります。それで最後に、名前を…」
「自分は[フレデリック・ワーナー]、それではまたいつか」
次の瞬間フレデリックはいなくなった。やはり能力者だったのだ。これからどうしようか、悩みながら適当に林に入ったその時であった。一瞬にして鈴の意識は消滅した。
じゃあ、良いよ
それからどれ程の月日が経ったのだろう。まるで悪夢でも見ていたかのようにハッと目を覚ました。どうやら寝てしまったようだ。急いで立ち上がる。お腹が空いていたので適当に何か食べようと思い一旦家に帰ろうと林を抜けた。
それと同時に足が止まり、思考が止まる。まるで異世界のようであった。そこまで変わっていないはずだ。それなのに物凄く変わっている。人の流れ、建物、騒音、全てが別の物のようであった。
「何ですか…これ…」
呆然としていると一人の男に声をかけられる。
「おーい大丈夫かー?"おっさん"」
「ちょっと薫、失礼」
「あーわりぃ。んでどうしたんだよ、そんな驚いた顔して立ち止まって」
そこにいたのは青髪の男と黒髪の女だった。両者高校生程だろう。
「いや…言っても分からないはずだ……すまない、気にしないでくれ」
悟られたくなかった鈴はさっさと退散しようとしたが男の方が引き留めた。
「来いよおっさん、何か変だ。それにその霊力放出、能力者だろ。俺らも同じだ」
「…分かりました」
状況が分からないまま付いて行く事にした。そして個室のカフェにでも入って一旦話を聞く事にした。鈴は今まであった本当の事を洗いざらい話した。
二人は半信半疑と言った様子だった。何故なのか訊く。
「だってそりゃ、完全に記憶が無かったならなんでおっさんって言われてすんなり受け入れてたんだよ。おかしいだろ、中学生だったのに」
「…確かに」
自分でも分からない。もしかしたらパニック状態で状況が良く把握出来ていないだけかもしれない。
「まぁとりあえず島行くか。空きは充分ある。これに名前とか諸々書いてくれ。書きたくない事あったらまぁ…書かなくていいぜ」
「分かりました…」
とりあえず自分が分かっている事を全て記した。
「能力は?」
「えっと…降霊術です、ナメクジですけど…」
「珍しいな、初めて聞いた」
「私も初めてかも」
「ちょっと今見せてくれよ、デカい奴なら後でも良いけどよ」
「いえ、手の平サイズですから、今出します」
鈴は無詠唱で呼び出した。だがそこに出て来たのはナメクジなんてものじゃない、手だった。
「え?え?」
「ちょちょちょしまえ、デカいじゃねぇか、しかもナメクジ……いやまぁでも、変化か?」
心を見た薫は本当に困惑していると知り能力の変化か何かだと考える事にした。ひとまず謎を解くには時間や器具が無い。島に送って後々じっくりと調べ上げよう。
「んじゃ島への手続きは…」
「いえ、私は島には行きません」
「は?何だよ急に、まぁ良いけどよ…」
「気遣いには感謝しますが、私はこれで」
少し焦っているようにも映ったが薫と翔子は止めなかった。それよりも二人にも仕事があるのでそちらに取り掛かる事にしたのだった。
一方鈴は焦りながら街中を進んでいく。全てが違う、知っている光景ではない。不安に胸を貫かれそうな中、立ち止まった場所、警察署だった。たまたまだ。
だがゆっくりと顔を上げるとそこにはとあるポスターが貼ってあった。
『能力者募集』とだけ書かれた乱雑な紙が。仕事は必要だ、そう思った鈴は急いで二人の元へ戻り携帯を借りて、応募したのだった。
一ヶ月後、メンバーが集まる事になった。どうやら三人らしい。
オフィスとやらに集められたが警察署ではない。ただのビルだ。
「ここですか…」
エレベーターから出て扉を開く、するとそこには一人の青年が立っていた。
「おっ、お前が一人か?」
「そうです。あなたは…」
「俺か?俺[name ハック]、機械にハッキングしたり、とにかく機械関係なら何でも出来る。よろしくな。んであんたは」
「私の名は[name ハンド]、無数の手を呼び出す事が出来ます。よろしくお願いしますね、ハックさん」
「おう。と言うかもう一人見なかったか?」
「いえ、まだ来てないみたいですね…」
噂をすれば何とやら、丁度扉が開いた。二人がそちらに視線を向けた瞬間、ハンドは手に持っていた資料を全て落としてしまった。
「えっとお二人が…仲間、ですか?僕の名前は[name パラライズ]です。よろしくお願いします」
ゆっくりと歩み寄り、膝をつきながら抱き寄せた。急にそんな事をしたので二人共驚いている。だがこの子が他人だとは理解していたのですぐに距離を取り、謝った。
「すみません、遠い昔亡くなった弟に似ていたので…」
瓜二つという程でも無い。だが面影が濃く残っているのだ。
「そうですか…それはお気の毒に…」
「今の事は忘れてください。それでは始めましょう、最初はオフィスの整理から」
「おう、やるぞー」
「はい、頑張りましょう」
こうして三人による能力取締課が始まった。
そして掃除をしている最中、資料を整理していたハンドは目を疑う。それはただの能力者の資料だった。学園関係者のものだ。
「…あの…時の…」
知っている。昔唐突に消えてしまった青年、そのまんまだ。そこにはこう書かれていた[ラック・ツルユ]とだけ。
「おーいどうしたハンドー?」
「いえ、ただ昔の事を思い出していただけです。気にしないでください」
「いつの事だ?」
「結成の日ですよ。まさかあの時はライトニングさんのような人が課長になるとは思ってみませんでしたね」
「そうですね、僕もビックリです」
「え?最初ライトニングっていなかったのか?」
「私はいなかったぞ、ハンド、ハック、パラライズの三人で初めて次に私、その後にファストで最後にお前だ、傀聖」
「結構以外だなーじゃあそれまでは弱小団体だったのか」
「まぁそう言う事になる。だが今となっては別だ。全員が強い、私も予想なんてしていなかったさこんな私が正義を名乗り剣を揮うとはな」
「無駄話はそれぐらいにして、もう間近」
「すまないファスト。それじゃあ行くぞ、お前ら」
木々の先、そこには佐須魔、そして周囲に來花と智鷹が立っていた。
始まりだ、本当の殺し合いの。
第四百一話「インスパイア」




