第三百九十六話
御伽学園戦闘病
第三百九十六話「体現」
中央に向かう。ただひたすらに中央へと転移を繰り返す。断片的な地形記憶、そのため速度は普段より落ちる。それでも向かう。エリと透だけでも、せめて二人だけでも生き残って欲しいと思いながら。
だが本命は違う、フレデリックの心は踊っている。こんなの中学生ぶりだ。ずっとずっと抑え込んで来た戦闘病、もう我慢する必要自体は無いのだが使い方を見極めなくては自滅の一途を辿るのみ、何処まで行っても冷静に。
「なにっ…」
中央、そこで透が刀迦に掴まれているのが目に留まった。一旦動きを止め少し遠くから偵察をする、記憶が無くなっているのは知っているがTIS側がどう動くのかが気になっている。場合によって霊力放出でバレてでも『阿吽』で佐助に伝えなくてはいけない案件だろう。
段々耳が慣れて来て聞こえてくる。どうやら突然変異体について尋問のような事をしているようなのだが透は何も知らないようでTISも困っている。
「もう無理だって~殺すしかないよ~」
「は?いやだからお前らは誰なんだよ」
そこで刀迦が仮説を口にして記憶が無くなっているであろう事を伝えた。確かに言動から見てもそう取れるし、佐須魔が心を読んでも異常なほどに空っぽなのでその仮説は当たっていると見て良い。
だがそうなると今の透に用はない。佐須魔が透を連れて来たかった理由は一つ、突然変異体の成り立ちを知りたかったからだ。万が一透が吐かなくとも瞬時に記憶を見て誰かに伝えていないか、または無理矢理情報を抜き取ろうとしていた。ただ記憶が無いとなるとそんな基礎的な情報も取れないわけで、用無しとなるのが必然。少し考えた末佐須魔はここで殺害する事に決めた。謎の術も詳細が不明なので魂までも破壊すると宣言しておく。
「一応下がっときな」
他のメンバーが距離を取った。そこには來花もいるし、智鷹もいる、刀迦もいるし何ならアリス以外の全員が集まっている。ここで単騎突撃を仕掛けても何の成果も得られず犬死にであろう。生き残っているのはエリ、嶺緒、フレデリック、透の四人だけ。
軽く予想するだけだがエリはショックで動けないだろうし、嶺緒は戦闘要員としてはイマイチであるため結局の所フレデリック一人での戦闘が強いられる。そうなるとタイミングを見計らうのはとても重要で、今突撃するのは愚策としか思えない。
フレデリックには記憶の無い透を切り捨てる覚悟がある。今するべきなのは他の皆に繋ぐ事、仲間を無理に生かす事では無い。それに記憶の無い透を生かしてもエリや自身が辛くなるだけだろう。
なので心の奥底に助けたい気持ちがあったとしても、ここは押し込んで我慢するのだ。今までの戦闘病と同じ様に。
「悪いね、僕らの野望のために、死んでくれ」
『唱・唯刀 八朔』
佐須魔は前大会まで唯刀を所持していなかった。だが今大会前の休暇中に専属鍛冶士に頼んで作ってもらったのだ、当然刀迦からの許可は数年前から下りている。
この唯刀、名を八朔と言う。柑橘類の一種である。何故この様な名を付けたのかは明かしていないが、唯刀の中でも異例の効果を保持している。
本来唯刀は降霊や霊力を流す行為の手助けとなるためにギアルを使い、刀迦と専属鍛冶士が編み出した形状の刃を取り付けた物なのだ。
唯刀それ単体で特殊な攻撃を行う事は出来ないし、あくまで本人の刀術の扱いをサポートする目的で作られている。だが八朔、これだけは別なのだ。
佐須魔にサポートなんていらない、TIS結成時ならまだしも最強となっている時に作る必要なんて無いのだ。依頼した理由は"魂諸共破壊する武具が欲しかったから"である。智鷹はヘンテコ武具を作るのが好きなのだが、絶対に魂を破壊する武具を作ったりはしなかった。それは智鷹の意思に反する効果であるからだ。
ただ専属鍛冶士ならそんな事は全くと言っていい程気にしないので依頼した。
こう言った戦場では一々魂を破壊する動作が命取りになる可能性がある。ならば何があっても絶対に魂を必要としないと分かっている相手に対してその手間を省きたかった。それが理由だ。
「それじゃあ、死んでくれ」
刀を高く振り上げて。透の首元へ振り下ろす。だがその瞬間、フレデリックは転移で佐須魔の"正面"に移動した。これは透を助けるためではない、八朔が切断で一時的にフレデリックに使用出来ない状況を狙ったのだ。他の武具を出すにも間に合わないし、戦闘病で速くなっているフレデリックの不意打ちを捉えられたのは当人を除いた刀迦ただ一人だった。
だがそんな刀迦も刀を振り上げた時点で来ないのならば見捨てたのだろうと思い込んでしまった。こいつらにはまだ確固たる友情があると、そう勘違いしていた。
「間に合わない!」
何とか動こうとしたが絶対に間に合わない距離、フレデリックは精確に発動帯を狙って小さなナイフを突き出した。決まる、そう思った時だった。
「通用しませんよ、僕は予測していますから」
重力が増加する。佐伯は見えていなかった。だが予測はしていた。何度か稽古をつけてもらう内にフレデリックの内面は理解していた。義理堅いが最終手段としては家族や親友をも切り捨てると。
現に今、透の首は跳んでしまった。まるで囮のように使い、古い仲間を失ったのだ。またこうして。だがめげてなどいない、ただ楽しんでいる。佐伯は第六感で感じ取っていた、この老いぼれの異常性を。
「やはり透さんが見込んだだけはありましたね。ですがあなた達はまだ甘い。ただ力を付ける事だけが強さだと誤認してしまっている。この世界はそう単純ではないのですよ、神がそう仕組んだのですからね」
広域化をも使用した超重力空間。刀迦でさえも速度が下がる程、普通の人間ならば地面に伏せる事しか出来ない程、それなのにフレデリックは全くと言っていい程影響を受けておらず、佐須魔の首にナイフを突き刺した。
瞬時に譽が能力を発動し、指を鳴らしたが効果が発動しない。いや違う、しているのだが微動だにしていないのだ。痛いはずだ、それなのにそれとなく嬉しそうな表情を浮かべたままナイフで発動帯を切ろうとしている。
「私は透さんを見捨てた。ですがそれは信頼が無くなったり、裏切ったりした訳では無い。記憶とは人の全て、その記憶を使って戦った透さんは全ての記憶を失ってしまった。
私は敬意を払い利用させてもらったのです。あの地獄から私が学んだ事、それは死した仲間は利用するべきなのです。ですが方向性は間違えてはいけない。あなた方と違う所は、そこなんですよ」
丁度発動帯を見つけた。明らかに大量の霊力がそこに向かって流れている。時間を与えず即潰そうとした次の瞬間であった。
「いい加減にしろよ、老いぼれジジイが」
佐須魔が唱える、最強の一手。
《殺せ》
現れる式神。佐須魔が思い描いた者は真の最強であった。どう足掻いても到達出来ない、そう信じ込んでいた領域の者。忌々しい奴、名は無い。だがニンゲンはそいつの事をこう呼ぶ、仮想のマモリビト又は神と。
〈死んでね〉
それは神の模倣品、素戔嗚の天仁 凱とよく似た性質である。ただ自身像と違う点も存在している。それは常に成長する事だ。式神は霊のように成長を続ける。ただ面倒な手順は要せずただ放置するだけで良い。
とてもとても重要な情報なのだ。佐須魔はそれを知っていたので数年前から開花させていた。違う点、学園側は情報戦においても遅れを取っている。
ただその遅れを取り戻せないのかと言われたら首を横に振る事になるだろう。何せこうして、最期に力になってくれる人物がいるのだから。
『こいつは神の模倣品です。最大限の戦闘を行い、出来る限りの情報を掴みます』
突然変異体以外の学園側能力者に向けた『阿吽』での伝達。最期の一仕事、神との戦いである。
その頃一人の男がエンマと会話していた。
「ホントやらかしたぜ、あん時TIS入ってなければ…」
「まぁ後悔してももう遅いよ。でもね、君があそこでTISに行った事は大正解だと思うよ。伝染から透を守るため、なんだろ?」
「まぁそうだけどよ…結局こうなっちまうのなら伝染のリスク冒してでも遊びまくるべきだったよなぁ、ってよ。だって憶蝕のせいで万一黄泉に来ても、俺らの事は完全に忘れてるんだぜ?」
「そうだねー悲しいけど仕方の無い事さ。そういうものと割り切るしかない。僕も解るよその気持ち」
「…?お前も身近で誰か死んだりしたのか?」
「そりゃ勿論。僕の娘、フェリア、いるだろ」
「あぁ」
「皆にも、本人にも母親は僕がイケイケだった頃に一晩抱いただけで憶えてないって言ってるんだけど……実は普通に憶えてるんだよね」
「は?んじゃなんで隠す必要があるんだよ、勿体な…」
「僕が殺したのさ」
健吾は一瞬言葉をつまらせ、フォローの言葉を投げかけようとしたが先にエンマが続けた。
「ただトドメの一撃を入れただけさ。彼女、フェリアを産んで瀕死状態だったのさ。それに不幸な事に丁度軍人が攻めて来て居る時だったのさ。塹壕、出口が二つあって挟まれる様な感じだった。
防ぎきるのは無理だった。二人を抱えて逃げるのも、当時の僕には出来なかった事さ。彼女ね、そこで僕に頼んだんだよ、喰ってくれって」
「…喰ったのか?」
「うん。触手に任せて体も魂も、この口で喰ったさ。未だに感覚が思い出されるよ、本当嫌な記憶さ……まぁでもね、これで良かったんだよ。僕と彼女は常に一緒さ」
「そりゃめでたいな。俺は好きな奴とか出来なかったからなぁ」
「意外だね、幼少期にもいなかったのかい?」
「目の前で無能力者に親殺されて学園行ってからはもうひたすらにトレーニングだったからな。
……透のおかげで少なかったけど友人も作れたし、何だかんだ楽しい日々も遅れたさ。後悔という後悔はねぇさ。最期に面白い勝負も出来たしな」
「透の記憶が無くなった事は気がかりじゃないのかい?」
「まぁあいつなら好き勝手やって、どうせ同じような性格になるだろ。心配もいらねぇよ、悪いとは思ってるけどな」
「ある意味の信頼だね」
軽い区切りがついたその時、新たな人物がやってくる。
「オイオイオイオイしけた面してんじゃねぇよ。俺が来てやったんだぜ?この愛馬と共によぉ」
「すまないフロッタ、私のせいで遅れた。にしてもなんだ、門番の傍の青年は。嫌な思い出が蘇ったぞ」
「来たね、ベベロン、ケツァル」
能力者戦争時代佐嘉 正義によって雇われた暗殺者の二人、両者魂は天に昇り当時マモリビトであった初代ロッドによって地獄に放り込まれた。ただ仕事でやっていただけであり、ロッドがまだ仕事に慣れていなかったも相まって軽い物だったが。
そしてベベロンは大分前から釈放されたが、ケツァルは今日先程釈放された。エンマは常に掛け合っていたのだ、この二人と。確実に力になってくれるはずだと信じ。
「それであの青年は[空十字 紫苑]って言ってね、ラック…アイトの魂を半分程持ってるよ。だから必然的にアーリア、厳、ラック・レジェストの魂も入ってる」
「…私は二度と地獄に行かん」
「はは、それは結構、良い事だよ。それじゃあ始めようか、"尋問"を。準備は良いかい?健吾」
エンマの雰囲気がガラリと変わる。今までは待っていただけ、滞在させている理由はこれだ。三人はとある事を聞き出したいのである。
とある事、その詳細は過"TISによる治安悪化のレベル"についてだ。ベベロン・ロゼリアとコア・ケツァル・ルフテッドは三百年ぶりの依頼を請け負っている、佐嘉 正義という男からの依頼を。
「さぁさぁ話してもらおうかぁお兄ちゃん。俺らは常に佐嘉の味方、そんで佐嘉は、学園の味方なんだ」
第三百九十六話「体現」




