第三百九十二話
御伽学園戦闘病
第三百九十二話「旧友」
飛ばされた透、記憶が段々と消えていくが憶蝕は一度解除してしまうと効力が完全にリセットされるので出来ない。まだ記憶は沢山残っているのだ、時が来るまで待つしかない。
だが行きたい、あいつの元へ。最期だ、これでもう。消えてしまうかもしれない。あいつとのやりとりや記憶全てが。もう時間は無い、霊力感知で場所を特定する。
そこまで遠くない、行こう。
「もう死ぬのか…」
無くなった右腕、血も溢れ貧血になってしまいそうだ。蟲が回復を施そうとしているが治らない、災厄が何か仕込んだのだろうか。とにかく急がなくては。
「…一本だけ…」
煙草を吸いながら歩く。音もしない、ただ暗い森を進んで行く。
「結局解らなかったな…能力者の仕組み……悔しいな、結構……こんだけ命削って、時間を使って……成果無しかよ……これじゃまるで…」
「馬鹿みたいだな」
どうやら相手からも近付いて来ていたようだ。
「…来てたのかよ」
「まぁな、どうせ来るだろうと思ってたからな」
相対する。西条 健吾。
「一本吸うか」
煙草を取り出そうとしたが止められる。
「駄目だ…やるぞ、ここで、今」
まだ半分ほど残っている煙草を捨ててまで、構えを取った。普段の透ならば絶対に有り得ない行動、何かしらの理由があるのだろう。最期なのだから付き合ってやろう。そう思った健吾は煙草をしまい、構えを取った。
「手加減はいらないぞ、俺は本気でお前を殺すからな」
「そうかよ、んじゃ俺も本気でお前を殺してやる」
動き出す。先程までの静寂とは打って変わって互いの拳がぶつかり合う。いつもなら健吾に圧倒されて終わりなのだが憶蝕のおかげで全然対抗できる。少しだけ嬉しい気持ちだ。
拳を突き出しては引き、相手の拳を受け流す。そして反撃の殴打、だが受け止められる。そんな繰り返す。何だか懐かしい、まだ健吾がそこまで強くなかった頃は毎日のようにこうしていたはずだ。
「なんでお前はTISなんかに入ったんだよ。あんな奴らと一緒に戦って何が面白いんだよ、クソ姉貴もそうだが、結局お前らは悪役じゃねぇか!」
「お前には分かんねぇよ。こっちにも色々事情ってもんがあるんだ」
「だったらその事情を話せよ!!だから納得してねぇってなんで分からないんだ!」
「話せてたら話してんだよ。透、お前は甘い、甘えている。今もほら、こうやって話しているせいで一撃もらうんだ」
健吾の拳が顔面にクリーンヒット、吹っ飛ばされた。だがすぐに体勢を整えた。鼻血も出ているが右腕の方が痛む。正直片手が無い状況で健吾の猛攻を完璧のかわしながら反撃をするのは無理だ。なので蟲を使ってでも勝つ。
どうしても納得できないのだ。こうやって戦うはめになっている事が。何も話してくれなかった、伽耶も健吾も唐突として姿を消した。それが許せない。だからこそ能力者の仕組みを解明し少しでも追い越してやろうとしていたのに兵助に連れ出され、こんな事に
なっている。
仲間を殺されても見向きもせず、自身の因縁を解消しようと躍起になっている。自己嫌悪に陥りそうだ。だがそれでも体が止まらない、これ以上逃げるわけにはいかないのだ。
「俺は良い人じゃないからよ…何年も一緒に暮らして来た仲間が死んでも何とも思わずお前と戦ってる。でもな嬉しいんだよ、これが。戦闘病じゃないって信じたいけどよ……多分誰がどう考えても戦闘病なんだ…別にそれが嫌ってわけじゃない……俺が嫌なのは、お前とやる最後の戦いが戦闘病なんかに頼っているって事だ…」
健吾はハッとして手を止めた。透も一旦攻撃をやめる。
「どうした、来いよ」
「…なぁ透、本当に嫌か?戦闘病で終わるのが」
「嫌だな、モヤモヤが残る」
「そうか。んじゃ今から言う事をキチンとやれ」
「は?」
「いいからやれ。分かったか」
「…まぁ分かった」
「ゆっくりと落ち着け。蟲を生成しろ、新しい蟲だ。テンプレート、ゆっくりと頭の中に想像しろ」
「…あぁ」
「そんで作り出せ、感情を殺す蟲を」
「…多分出来たぞ」
戦闘病という状況だからこそ出来た事、冷静で開花していなかったら作り出せなかった。
「それを自分にだけ寄生させろ」
「……出来たぞ」
「んじゃやるぜ、第二ラウンドだ」
健吾が構える。透も構えた。
感情が消える。怒りも悲しみも全てが無くなる。その代わりに戦闘病も消えた。普段のように冷静に戦える。何故健吾がこんな事をしてくれたのかは分からない、だがこのチャンスは逃さない。
一気にぶつかり合う。互いの拳が衝突し、健吾は左手、透は右足で次の攻撃を繰り出した。互いにその追撃を体で受け止める、痛いが止まる事を知らない。
周囲の木など一瞬で薙ぎ倒されてしまいそうな気迫と威力、ただ何かが違う。透が求めていたのはこんな戦いではない。何が足りないのか、全く分からない。
ただただ感覚的に違うと思っているだけ。しっかりと頭で考えてその結論に至ったわけではないので仕方が無いと言えば仕方が無いのだが、納得できない。こんな大切な場面で思考を捨てるなんて言語道断、許されざる行為である。
「お前の心には揺らぎが発生している。それも当然だ、捨てる事の出来ない感情だからな。だはいらないだろ?だったら捨てろよ。俺が知ってるお前はそんな簡単に色々諦める奴じゃない。今捨てろ、俺も楽しめない」
健吾は無責任にそう言い放った。だが無理だ、感情を喰わせているはずなのに残っているのだから。これは感情なんかではない、一種の精神攻撃なのだ。
透が生み出したのではなく、植え付けられた揺らぎ。一体何に揺らぎ恐怖しているのか、それを知る由は無い。だから消す事なんて出来ないのだ、不可能と表現しても全く不適切ではない。
「無理に決まってんだろ、感情喰わせても残ってんだぞ…俺だってそろそろ限界だ。もう一々相手にしてる余裕は無いんだ…」
「くっだらねぇな…何も分かってねぇ。今お前がするべきなのは俺との勝負だ。だから俺は何としてでも揺らぎを捨てろって言ってんだよ。出来る出来ないの話はしてねぇ、やれよ。
揺らぎってのが無き感情から来るんだったらそんな不安定な気持ちだと尚更治らねぇだろうが。そもそもそうやって弱気な発言をすること自体揺らぎに纏わりつかれてるって証拠だぜ?」
「…確かにそうだな…だったらどうすれば良いんだよ、俺には分からん」
「そう言われると俺も対処法が分かんねぇな……まぁ良い、やるか」
これぐらい適当で良い、昔からこうだった。本来二人は分からないならば分からないで納得し、別に対処法を探そうなんてしていなかった。だが健吾はTISに入ってから、透は研究を始めてから百八十度変わってしまった。
それが悪い事では決して無いのだが、そこから関係性に更なる亀裂が入った気がした。最後の最後、こんな所で二人が馬鹿になったのはただ懐かしかったからなのだろう。
戻りたいわけでは無いし、変えたいわけでも無い。だがただただ楽しかっただけのあの時が。
「まだまだ終わらねぇぞ、もう俺は何も考えねぇからな」
健吾が飛び込んだ。透も現在ほぼ全ての記憶を使って強化している。なので単純なフィジカルだけで言えば透が有利なのだが、記憶の消滅や片腕の不利で丁度互角程度だ。ただこれ以上記憶が無くなって行くと逆に不利になってしまうのでそろそろ決めるべきだ。
それにタイムリミットも近い。あと二分程だろう。
「こっちままだまだ元気だ、行くぜ」
健吾の攻撃を上手くいなしながら反撃を繰り出す。明らかに身体能力が上がっているが健吾は何も言わない、大体何を犠牲にしているかなど予想が付くからだ。
それでもまだ忘れていないのなら今の内に決着を着けてしまおう。
「そんじゃ次で終わりだ、行くぞ透!!」
部屋を展開する。本気で殴りに来ると分かった透もそれなりの対策をする。だが既に潜蟲の使い方や寄生虫を新しく生成する方法を忘れてしまっているので生身でやるしかない。
狭い空間、健吾のやり方によっては空中に逆さで放り出されるかもしれない。様々な可能性を考慮して動く必要がある。だが面倒だろう、そんな事何も考えず直感で良いと感じたやり方で行く。
「来い健吾!!」
正面からぶつかり合う、思い切り拳に力を籠め、突き出す。健吾も同じだったようだ。互いの拳がぶつかり合う。とんでもない衝撃を生み今にも吹っ飛ばされそうだ。
ただそんな事構わず全力で押し返そうとする。ここで決まる、これで終わる。
「ならこうだ!」
健吾が能力を解除した。反転、互いの頭が地面に向かって落下していく。健吾は一足先に着地し殴り掛かる。一方透はそれを待っていたと言わんばかりにポケットに忍ばせていた蟲を全て使う。何の蟲かも憶えていないがとりあえず使っておけば有利になるはずだ。
そこにいた蟲、少し前の自分はこうなる事まで完全に予測していたのだろうか。完璧だ。そこに来た蟲の名は[潜蟲 神経蝕]。傷だらけの健吾に対してとてもとても強い蟲である。
「運悪ぃな、最期まで」
それを悟った健吾だが最後の一撃をやめようとはしない。どうせ喰いつくされる、ならば希望の一打を打ちこむのだ。透は避けなかった。避ける気力も無かったし、これが最善策だと思ったからだ。
腹が抉れ、本格的に息が出来なくなった。だが健吾は一瞬にして大量の神経が喰われまともに立っている事すら出来なくなった。互いにボロボロ、地面に落下した。
「なんか…懐かしかったな…」
「そうかよ……だったら早く死んだ方がお前のためだぜ、透…」
それが何を意味しているのか、すぐに理解する事になる。
「…あ?どういう…」
重力が増す。
「はぁ…やったんですか。僕がやりたいとずっと言っていたのに、結局はあなたも自己中なんですね、健吾さん」
「別に良いだろ…俺の勝手だ…」
ギリギリ消えていない記憶、知っている声。顔は思い出せないが情報はまだある。
「…そうか、悪かったな…佐伯」
「あなたが謝る必要は無いんですよ。僕の勝手ですから。ただこんな僕を引き入れ、育てた事があなたの最大のミスだった。それだけです」
「……んじゃ…空見てろよ……一分ぐらい……俺は何も…間違ってねぇぞ」
佐伯は言われた通りに空を見た。何の変哲も無い夜空のはずだ。だが少しずつ歪んでいく、違う壊れている。この動きを記憶している、結界が壊れる時だ。
その景色は薙核根の結界による幻覚だったのだ。でもそんな事気にする余裕は無い。その空に見える物は常軌を逸した物体だったからだ。
とんでもない大きさの隕石、丁度島全体を破壊する大きさの隕石だ。まともにくらったら、死ぬ。
「なぁ佐伯…お前に出来る事は無いだろ……だから最後に遺言、聞いてくれよ」
第三百九十二話「旧友」




