第三百八十八話
御伽学園戦闘病
第三百八十八話「一対一」
第四形態、そして見知らぬ武具[打]を所持している佐須魔。透は憶蝕という新しい潜蟲を自身に付与する事で一時的なパワーアップを行い突っ込んでいく。ただし憶蝕の強化には記憶という代償が必要である。
それでも透は迷わず使い攻撃を仕掛ける。他の皆も憶蝕の存在は知っているので何とも言えない気持ちながらもしっかりとサポートして出来る限り記憶を消させないよう努めるのだ。
「要石!」
「分かってる!」
礫を生成し飛ばした。透はしっかりと全てをかわし、佐須魔にだけ向かう。
「そんなの意味無いよ」
打を掲げ、振り下ろした。耳が張り裂けそうな爆音、だが止まらない。一気に距離を詰めタッチできる距離までやって来た。佐須魔は身体強化をフルパワーで使い反撃も出来る体勢に移る。
その動作は本当に一瞬だった、知覚出来たかどうかも分からない。それなのに透は攻撃の手を止め少しだけ後退した。佐須魔は当然驚く。見えているかも怪しいラインのはずだ。それなのにどうやって避けたのだろうか。しかも佐須魔が分かりやすい反撃をしたわけでも無く、触れないと分からないレベルの身体強化のはずだ。
確実に何かある。TISが使用していない判断基準がある。
「まぁならこうするかな」
『伍什壱式-壱条.蓮』
術式は十数年前、ある団体によって文献が焼却処分されてしまった。その結果頼みの綱であった情報も消え去り多数の術が完全に失われた技術となっていた。
そんな中ある一人の少女だけは術式を"全て"習得していた。それは異例の自体であり、術式そのものを編み出した[ハールズソンラー・ロッド]以外では初めての事であった。その少女の名は[樹枝 蒿里]という。
佐須魔は蒿里から術式を聞き出しほぼ全ての術式を習得した。だが蒿里が学園にいた頃全くその話はしなかったせいで学園側としては情報が不足、こういった大切な場面で知らぬ術式を使われた場合一気にギャンブルに展開が流れるという始末、そう賭けるしかない。
全体攻撃なのか、単体攻撃なのか、バフやデバフなのか。出来る限りの情報を集め判断するしかないのだ。そして現在佐須魔の周囲には人神と猫神がいる。そのため全体攻撃は無いだろう。
となると単体orバフデバフ。驚いていたのもありバフデバフで有利に事を進めようとしているのかもしれない。ここでいきなり攻撃を始めるのも良く分からない。佐須魔は一時的に突然変異体と協定を組んでいたので透が強い事ぐらい知っているはずだ。
考える時間が圧倒的に足りない。今出せる結論はバフデバフで優位を取ろうとしている、と言う事だけだ。ならばここは引くべきだ。攻撃ならばかわしたり対処は可能だが妨害でもされて隙を晒し殴られたりでもしたらたまったもんじゃない。
急いで跳んで下がろうとしたその瞬間、足に痛みが走る。ただそれは違和感程度の痛みで大した怪我でないと思っていた。
「透!!」
エリの叫び声でようやく気付く、視線を下げると右足が消えていた。消えているのだ。切断された訳でも無いし血が出ているわけでも無い。まるで右足にだけゲートを使われているように、消滅している。
「おいロッド!!これは何の術なんだよ!!」
だがロッドは白々しく首をかしげるのみ、ウザったい。当然右足が無いと言う事はバランスを取るのも難しい。体勢を崩しそうになったがすぐに海斗がフォローしてくれた。
透を後ろに引かせ、要石が前に出る。正直不安だが少し耐える程度なら何とかなるはずだ。透も早く対処法を探し出し戦闘出来る状況にしなくてはいけない。
「これ、何なんですか?」
「いや俺にも分からん。とにかく蓮って術でやられたのは確かだ……でもなんかおかしいよな、攻撃って感じじゃない。ただ取られたって感じだ」
「確かにそうですね…僕もちょっと分からないな…」
「それよりお前は大丈夫なのか?鏡辿」
「まぁ大丈夫ですよ、能力使っとけば何とかなります」
「おい透、それ何だ」
「お前の記憶にも無いのか?優樹」
「無い。だから聞いてんだ」
「多分これは下準備みたいなやつだと思うんだよ。ただ体の一部を持って行くだけなんて弱すぎる。しかも痛みも些細なもんだった、攻撃にしては雑魚過ぎる……多分他にも何か効果が…」
次の瞬間右足だけではなく腰の辺りまで消滅した、一瞬だ。
「うおっ!?」
「大丈夫かよ!」
「やっぱ擦り傷作った程度の痛みしかないが……どう言う事だ……消えたぞ?内臓も持っていかれたはずなのに機能が停止している訳でも無い…」
少し佐須魔の方を見てみたが何ら変化は無いように見受けられる。そうなるとトリガーは自動で進行するタイプだと思われる。だがその場合最終的に何が起こるのか、事前に予測して対策をする必要性がある。
海斗と優樹、当人で考えるが分からない。そろそろ要石だけでは限界も来るだろう、佐須魔も力を抜いているので時間は稼げそうだがこの後の作戦では要石の霊力が大切になってくる。
そろそろ代わりたい。
「俺は良い、海斗、出れるか?」
「まぁ行けますけど…透さんいなかったらジリ貧ですよ、いくら佐須魔が手加減しようとも」
「いや、それで良いんだ。絶対に成し遂げるから待っててくれ」
「分かりましたよ。出来る限り治して早く戦闘してくださいね」
別に鏡辿が完全に治った訳では無い。だが海斗も前に出た。こうして後ろにいるのはエリ、優樹、透の三人だけだ。優樹が持っている知識全てを振り絞って解決策を導き出そうとするが止められた。どうやら何が起こるのか大体察しがついているらしい。
そして予想が当たっているのならば優樹がどれだけ考えたって意味はないのだ。だから待つ、その時を。佐須魔にはずっと目線を送りながら。
「大丈夫かよ、ほんとに!」
体の半分が持って行かれた。もう言葉は出ない。コクリと頷き、深呼吸を繰り返す。そしてその時がやって来た。透の体が完全に消えた。するとその瞬間人神が唱える。
『伍什壱式-弐条.蓮』
条以外は全て同じ。そして唱え終わると同時に人神は姿を消した。行く先は当然、透の元である。
「やっぱりな、強制タイマンってとこか」
「正解。時間はかかるけど必中で逃げる事は出来ない。それにどちらかが降参するまで続く世界、まぁ幸いな事に私は死にたくないからちゃんと降参するわよ」
「そりゃありがたい。こっちも準備は出来てんだ、やるか」
蓮、強制的な一対一の空間を作り出す術。くらわせたから一定の時間が経過するとこの世界に送られる。そこで付近にいる人物が弐条を唱える事により参戦する。この空間では先に降参した方が負けであるが、殺してしまうと降参の意思を見せられないので半殺し程度で済ませる必要がある。でなければ幽閉されていしまうから。
だが人神は霊と言うにはスペックが高すぎる。発案者なので術式は全て、現世にいる時に限って奉霊、幾千数多の術、人間を超えている故のフィジカル、流石一般霊の中ならば最強というだけある。
だがそんな怪物にも負けない力を透は持っている。
「ここでならお前は奉霊を使えないだろ?何せ別世界だ」
「いいえ、使えるわよ。ここは健吾や影のような性質ってだけ、黄泉の国や仮想世界程かけ離れている場所じゃない。だから来れるの」
「…は?そんなの聞いた事も無いぞ」
「当たり前でしょ。これは神に直接教えてもらった事で基本的に誰にも話さないもの」
「んじゃなんで俺には話したんだよ」
「結構いい男だからに決まってるじゃない」
呆れながらも有益な情報を教えてくれたことに感謝する。
「やるか?」
「えぇ、勿論」
これは佐須魔に仕えている霊としてなのか、本来のこいつなのか、別に重要な事でも無いが少し気になる。自身の為に倫理観や人としての規則を破った馬鹿、大変興味が湧く。こいつなら能力者の仕組みを知っているのではないかと。
「いけねぇな…こんな時にまで研究の事考えてたら」
「そうね。だってこうやって殺されちゃう」
次の瞬間ロッドは透の背後に回っていた。だが問題はない、ようやく憶蝕の効果が発揮されるのだ。一気に振り向き拳を放つ。ロッドでさえ怯むような速度である。
完全に憶蝕の効果が発動している。どれ程の記憶が喰われたのか分からない、そうギャンブルだ。どの記憶が消されるのか分からない。一番大事な能力の使い方や染み付いた体の動かし方まで喰われた時点で廃人一直線なのだ。
ロッドはその事を知らず、出来る限り短期決戦で行くべきだと判断した。ただその選択は外れである。
「馬鹿が」
近付いてきたロッドの顔面をぶん殴った。
「いったぁ!」
軽く鼻血を垂らしながらも再度向かって来る。
「だから通用しない…」
「それはどうかしらね」
『肆式-弐条.両盡耿』
自爆歓迎、どうせ霊なのだから何度でも出て来ればいい話。一方透は一度死んだらそれで終わりなのだ。まず土俵が違う、それに気付かず挑んで来た時点で透に勝ち目など無い。
そう思っていた、数秒前までは。光が満ち、消えて行った。ロッドは気合で耐えては良いがボロボロ、次の一撃をくらったら一旦死ぬだろう。
「ま、こんなもんだよな」
だが視線の先に立っている透の体に傷は一つも無い。体の霊力を全て抜いたのか、だがそんな気配は一度もしていなかった。ロッドは単純に戦闘でのエリートなので霊力感知も一級品、外れる事などないはずだ。
それならばどうやって無効化したのだろうか、分からない。考えていると透は動き出した。突っ込んで来るのかと思っていたがそうではなく、下がった。数秒後元いた場所から炎が上がった。
そしてようやく理解する。あの一瞬で両盡耿が来ると察知して烙花蟲を呼び出し、溢れんばかりの霊力を喰わせることによって両盡耿の攻撃を防いだのだ。両盡耿とは大量の攻撃性の霊力がぶつかり合い、火花を散らすようにして光を放つもの。なので周囲に霊力が無ければ何の意味も成さない術へと早変わり、無意味な詠唱と成り代わる。
「何か使ってるでしょう、新しい蟲を。動きが速いし判断力も凄い事になっている」
「ありがとよ」
「それで一つ提案なんだけど…やっていい?」
うずうずしている、それに一番気になるのは何故か頬を赤らめている。
「…まぁ…良いけどよ…」
何をしたいのかは分からいが断ってもどうせやってくるので了承した。するとロッドは嬉しそうに唱えた。
「来て!砂餠鮫」
奉霊が一匹、地面を泳ぐ鮫。名を砂餠鮫、奉霊の中でも古株で黑焦狐や白鴉の白煙とほぼ同時期にロッドのパートナーとなった霊。
こいつは他の奉霊とは少し変わった特徴を持っている。その特徴にも名は付いている、半霊という名が。
「行こうか、我が主よ」
第三百八十八話「一対一」




