第三百八十七話
御伽学園戦闘病
第三百八十七話「超重力世界」
佐伯は単独行動、一人である人物の元に向かっている。重力操作、軽くする事は出来ないと表現して良いレベルで練度が低いのだが、重くする分には一級品である。
本体の性能がそこまで高くない分基本はサポートに回る形となるはずで、佐須魔との戦闘に連れて行くはずだった。だが大会直前で本人から「どうしても単独で動きたいです、作戦があるので」と言われ仕方無く単独行動を許す運びとなった。
あまり気乗りはしないが普段弱気で提案なんてしてこない佐伯なので受け入れられたのだ。
「……いない?……なんで…」
ボソボソと独り言を呟いていると背後から声をかけられた。
「おう、やるか」
西条 健吾、今回のターゲットである。単純な勝負ならば勝ち目はないが今回は少し特殊である。その特異性を透やフレデリックなどの信頼出来た仲間にはその事を伝えていない。
あくまで佐伯一人での行動である。これもずっと前から仕込んでいたのだ、ようやく今日爆発する。楽しみだ。
「はい」
「おーし、行くぜ」
煙草を咥えた。どうやら舐められているらしい。だが問題ではない、ゆっくりと戦闘体勢に入る。エリがデカい服、口元は隠し見せない。健吾はその行動の意味を瞬時に理解したが言わない事にした。少し可哀想だからだ。
そして動き出す。両者先手を入れようと考え踏み込んだ、偶然同時タイミング。だが足は止めずすれ違う瞬間に殴り合う形となる。佐伯は重力操作で健吾の動きを遅くし自身の拳を顔面に叩き込んでから移動、能力を解除した。
最初から隠すつもりのない能力使用、ここ最近の戦闘では手の内を明かした方から負けると思われるのが普通であり、実際基本的には負ける。なのでこんな序盤で使うとは思っていなかったがどうやらそこそこ出来る奴だ。
「今のは能力を使ってなかったらお前は死んでいた。良い判断だ」
健吾は本気で殴り掛かっていた。それを見てから判断したのか、予測だけで判断したのかは分からないがどちらにせよ悪くない判断である事に間違いはない。
へなへなしているだけの男かと思っていたがそうでも無いらしい。多少は楽しめそうだ。
「にしても便利だな、自分は重力の影響受けないのかよ」
「はい、受けたらただのデメリットですよ。自分でも使いません、そんなゴミ能力」
「言うじゃねぇか。まぁそれなりのセンスはあるようだしな、次行くぜ」
まだ煙草は咥えたまま、距離を詰める。今度は本気で動いたので捉える間もなく近付かれた。瞬時に重力を重くしたがそれは悪手であった。
もう避けられない距離にいるため大人しくガードをするべきだったのだ。重くしてしまったら健吾の打撃を強くするだけ、相手にバフをかけるだけ。
物凄い力で放たれた拳は佐伯の腹部にヒットし内臓を何個か破壊しながら肋骨も何本程度折ってやった。当然吹っ飛んで行き木にぶつかった。その衝撃で木は折れ、運悪くそのまま佐伯にぶつかった。
踏んだり蹴ったり、嫌な気分だ。ただ何とか起き上がる。その顔は血まみれで、吐血もしているし鼻血も垂らしている。悲惨だ。
「もう駄目だろ。肺片方壊れてねぇか?胃とか真っ二つだろ」
「……どうでしょうね…」
とても苦しそうに息を荒げている。別に身体強化も何も無い野郎が耐えられるとは思っていなかったが拍子抜けだ。最初の一撃は結構重く危うく鼻血が出かけていた。久しぶりの感覚だった。
面白い奴かと思っていたが思い違いのようだ。ここから逆転出来るとも思えないのでさっさとトドメを刺す事にした。
「悪いがこれで終わりだ、死んでくれ」
再度距離を詰め殴り掛かったその時であった。体が地面に叩きつけられる。先程までの重力増加を何倍にもして使われたような感覚、顔も上がらない。
「まだ終わりません」
佐伯が思い切り蹴る。だがそれでも動かずただサンドバックになっている。このままではマズイと考えた健吾は想定より早かったが迷わず能力を使う事にした。
部屋を生成し自身と佐伯だけを連れて行く。別世界にも現実世界の重力影響があるのかまずは試さなくてはいけない。すると普通に体が動く。どうやらこの小部屋と現実世界では各々重力操作を行わなくてはいけないらしい。
ただ佐伯の能力の可能性は無限大、正直戦いの中で秘策を編み出されたりでもしたらたまったもんじゃないので急いで勝つべきだと判断を下す。
「悪いが容赦はしないぜ、本気だ」
「どうぞ、ご勝手に」
ひび割れた眼鏡をかけ直し、構える。健吾も煙草を捨てて本気で構える。次の瞬間両者の右拳がぶつかり合った。それは佐伯にとっての妥協である。あまりに速い攻撃に完全な防御や回避が無理だと考え反撃のために突き出していた拳を犠牲にする事で一撃を耐えたのだ。
その代償は重く右手は使い物にならない。透に渡されていた蟲も使うつもりはない。
「良いのか?使わなくてよ」
どうやら知っているらしい。
「…使いません……だってこれは、僕とTISの戦いでしょう?」
「良い根性してんじゃねぇかよ。んじゃ次だ!」
TIS内でも指折りの戦闘病として知られている健吾、だが戦闘で笑うのはあまり見かけない。笑うまでが少し長くその前にやってしまうからだ。
だがそんな健吾がこんな一瞬で笑った、佐伯は面白い、とてもイカれている。そんなイカれている人物をぶっ殺したい。そう思って殴り掛かった。
すると何か大きな違和感を覚える。だがその正体に気付かぬまま拳を突き出した。佐伯は全力で回避する、身構えていたおかげで何とか避けられた。
そして起動する。一瞬にしてこの小部屋の重力も増した。それも部屋を作る前の異常な重さである。すぐに別の部屋を作ろうとするがそこでようやく違和感の正体に気付く。
「そうですよ、部屋、沢山あるでしょう?」
正体を突き止めると共に導き出された、異常なまでの重力増加の原因。それは数年前のTIS本拠地急襲作戦の際語 汐を追いかける時に薫によって渡された広域化の能力だ。
それを何重にもする事で重力の増加幅を高め、こんな風に使用してたのだ。そして広域化は範囲内にいる人物全員に強制的に付与されるため部屋を展開していた健吾は同時に数個の空部屋を生成してしまっていたのだ。普段感覚で戦っているのでそれを違和感としか捉える事が出来ず隙を晒す形となった。
だがこの戦法には一回で相当の霊力を消費するはずだ、最低でも100は行く。それなのに躊躇わず使って来た。今後の保証があるとも限らないのに、やはりぶっ飛んでいる奴だ。
「今度は僕ですよ」
佐伯の反撃が始まった。うつぶせになって動かない健吾を殴ったり蹴ったりしている。だがどうにも効いている感覚がしない。単純に力が足りないのかもしれない。この戦法は正直長期戦には向いておらず、短期戦と決め打った場合にのみ使うと決めている戦術である。そのため短期戦に持ち込みたいのだが露骨な焦り故健吾は長期戦に持って行こうとしている。
なので無駄に抵抗せず体全体に満遍なく霊力を流してどんな攻撃も上手く軽減しようとしているのだ。その行動に気付いた佐伯だが対抗策が浮かばない。ここがサポートの弱い所、タイマンでどれだけチャンスを作っても活かすのが難し過ぎるのだ。
「った!」
次第に傷も痛いんできた。そろそろ限界だ、距離を取ってから広域化を解いた。重力操作は一応続けたままだ。すると健吾は立ち上がり動き出す。
今までの攻撃全てを送り返すかのように全力で殴り掛かった。だが幾ら健吾でも超重力下、ボロボロの佐伯でも避けられる程度の速度しか出せない。
「駄目か」
「はい…」
「まぁでもそろそろ限界だよな。痛むだろ、内臓。諦めろよ、そしたら楽に…」
「ここまで来て引ける訳も無いですし、最初から引くつもりなんて無いですよ……ここで死ぬならば役目を果たせなかった自分への戒めとして痛みを伴った死を希望します…」
恐らく普通の状態ならドン引きを超えて心配する域だ。だが戦闘病を発症している健吾はただただ面白い奴と認識する、悪い癖であり良い癖でもある。
「なら死んでもらうぜ、ここでよ!!」
これ以上佐伯に無理をさせても面白い現象は発生しないだろうと踏んで決める事にした。本気の全力、佐須魔や來花並みの化物相手に出す体の全てを使った攻撃。
拳一点に霊力を集め、放つ。佐伯も逃げようとするが本気なのだから使わない理由が無い。健吾は能力を解除した。そして方向を変える、反転だ。
すると二人は頭から地面に落ちる構図となる。健吾は一瞬で着地し殴り掛かっている。一方佐伯は対応しきれず無防備で落下中、少しでも体勢を変えたら頭からゴツンだ。
避ける術も無いし耐える術もない。詰んだ。いや、ならばまだこちらの方がマシだ。
「まだ!!」
叫びながら広域化は八重にして発動し、最大効力で重力操作を発動した。最大限重く。頭から落下しているのだからそれが危険行為なんは百も承知、ただ確定で死ぬ健吾の拳よりは僅かな可能性に賭けたいのだ。
目にも留まらぬ速度で地面に突っ込んだ。土は跳ね上がり、健吾の視界を塞いだ。そして肝心な本人はというと、生きていた。幸いにも生き残っていた。
ただし強めの脳震盪を起こしその場で気絶しているが。それを見た健吾は正気に戻り、少し考える。
「佐須魔はあぁは言っていたが……どうすっかな…とりま一本吸うか」
考えつつ一服。吸殻を捨ててから結論を出した。佐伯を抱え智鷹の元へ向かう事にした。
それから三分、智鷹の元に辿り着いた。
「やべぇな、佐須魔滅茶苦茶にやってるな」
「おっ、そうだね~。で、どうだったの」
「まぁどんな戦闘だったか話す、どうだ?一本」
「悪いね、健康に悪い事はしたくないのさ」
「そうかい。んじゃ適当に座るか」
一本木を斬り倒しその丸太を椅子代わりにして話し出す。勿論佐伯の止血も行いながら。
「結構凄いぜ、こいつ。頭のネジが何本かイカれてやがる。面白いぜ、こいつは」
「珍しいね、健吾がそんな言うなんて」
「まぁな、叉儺が受け入れてた理由が良く分かるぜ。何か似てるんだ。根本なんだろうな、芯から似通ってんだ」
「それは良い事だね。それで、今回は大会ってのもあって健吾に全部任せたけど…結論としてはどうなの?」
煙を吐いてから智鷹の目を見て答える。
「是非もねぇ、合格だ」
第三百八十七話「超重力世界」




