第三百七十八話
御伽学園戦闘病
第三百七十八話「二歩」
刀迦がシウ本体を狙おうとしたがそれは許されない。桃季の雲中白鶴の攻撃が始まる、物凄い痛みだ。まるで体の中央からチリチリと破壊されていくよう。
皆動けなくなる。パラライズの能力でもくらったかと思う程である。良く考えれば雲中白鶴は一度くらっておくべきであった。こんな土壇場で初めてくらい、謎の効果を受けて思う壺、所詮戦闘初心者と油断し過ぎていた。
「桃季!」
「了解!!」
『呪術・封』
羅針盤が回転し始めたその時、TISに向けて再度呪術・封を使った。ほんの一瞬隙はあったのだがあまりの痛みに動く事が出来なかった。ひとまず仕方無いと割り切って別の方法を探す。
シウは既に羅針盤の針の上を走って遠くに行ってしまった。遠距離は投擲ぐらいしか無いのだが外したら大体不利になるのでそんな事してられない。それより何かに霊力を移し少しでもダメージを少なくする事が最優先だ。
だがそれも間に合わない。精々送れて40程度、それぐらい送った所で羅針盤を乗り切れるとは到底思えない。來花や神はそれを知っている。それにシウの封で霊力操作も出来ないのだ。ハッキリと言うと何も出来ない、詰みに等しい。
たった一つの手段を除き。
「まぁこういう事ってあるよな、しょうがないって感じだ。でも肩透かしって感じもするな、俺なんかに助けられてて」
羅針盤は右回転、皆は一箇所に固まっている。ならば霊力を多く使用してでも一点集中で防げるようにした方が良い。そう考え松雷 傀聖が作り出す一つの盾。
体を覆い隠す程のサイズだ。それを構え、回転する針を抑える。当然針の方が何倍もデカいし力も凄まじい、全体重をかけて抑え込もうとするが段々と押される。幸いな事に動かないと加速はしない。だからと言ってこれ以上耐えるのも難しい、フィジカルが強めの傀聖といえども限界はある。
「クッソ…これ無理だ!!」
もう手放し、全員を何らかの武器か硬化爆発の衝撃で吹っ飛ばそうかと力を緩めたその時、そんな弱くなった力でも針押し返す事に成功した。
「えっ」
そんな間抜けな声を出しながら前方に倒れ込んだ。すぐに顔を上げ確認する、針は無くなっているし他のメンバーの呪・封も無くなっている。今度はシウの方を見ると大変苦しそうだ、息も荒いし顔色も悪いおまけに鼻血が少し出ている。
空には未だ三人を乗せた干支辰がいる。ただし見せられていた幻覚よりは低空飛行だ。
そんな事を考えている内に佐須魔が唱える。
『弐式-弐条.封包翠嵌』
また防がれると感じた刀迦が痛みを我慢しながらシウに向かって走り出したがそれは杞憂に終わる。シウは呪・封を使わなかった。現れたカワセミに痛みが吸われる。
万全となった刀迦はシウの背後を取り刀を抜いた。このまま斬ろうと振り上げたその時、右腕が飛んだ。初めての感覚故に対応できず、唯刀も落としてしまった。
シウもすぐに反撃に出ようとしたがそれより先に老人の声が聞こえる。
「そうか、"俺の"唯刀も上手く受け継がれているようだな。光栄ではあるが俺はアイトや桜花の味方なんだ。桜花はお前らを仲間とは認識しないだろうし、アイトは現にお前ら狙っている。となれば俺もお前らを殺す。
良い事を教えてやろう。お前らTISが上手くやっているアンスロ怜雄と俺は似て非なるもの。制限は無いぞ」
TIS全員が知っている。厳が残した記憶を見れる短剣で見たのだ。アイト・テレスタシアの武器として使用されていた[唯刀 真打]を作り出した男。
だがこいつは確かに言った、「俺の唯刀」と。まるで[唯刀 真打]だけではなくその原型、ただの鉄で出来ていた[唯刀]をも自分で作ったかのような言い草だ。
「良いね、それぐらいじゃないと話にならないのさ。やるかい、本気で」
佐須魔の顔が変わった、久しぶりに見せた狂気を含んだ笑顔。
「あぁ良いぞ。お前如きに俺が倒せるとは思えないがな。行くぞ」
《仕事だぞ、リヨン》
感じる式神術、佐須魔の心は更に昂って行く。その様子を見てこう言った。
「アイト、お前は言っていたな、佐須魔は敵だと。だが私にはただただ可哀想で哀れな子供にしか、見えないよ」
『唱・唯刀 千火』
「華方 佐須魔、これを言ってどうなるかなど興味は無い。だが抑制のためには良い言葉だろう。俺の名は[サルサ・リベッチオ]だ。だがもっと正確な名がある、[サルサ・リベッチオ・ロッド]だ」
その瞬間現れた一本の刀を手に取り、同時タイミングで現れた小さな猫が佐須魔にタックルをかました。普通ならピクリともしないのだがその猫は強く、吹っ飛ばされる。
サルサとリヨンが追いかける。あの二人の勝負は人では付いて行けないだろう、当然五体満足の刀迦であっても。それならば佐須魔を信じて放っておくのが良い。
折角雲中白鶴の痛みもなくなったのだ。疲弊しているシウの命を貰う。
「行くぜ!」
傀聖が五十円玉を尻につけた槍を投げた。ボンっと言う音と共に発射されたその槍は干支犬にいって弾かれた。
「おっ!思ってるよりタフじゃん」
「あまり舐めるな。冷静さを欠いているぞ、今はな」
それはてっきり自分自身、干支犬の事かと思っていた。だが違う。その対象は宿主であるシウであった。良く言えば攻めに出ている、悪く言うと乱暴だ。
『呪術・羅針盤』
再度行う羅針盤、駄目だ。通用するはずが無いのだ、その場には呪の天才が二人もいる。そして動いたのは容赦の無い神だ。
『呪術・羅針盤』
当然右回転、普通ならば歯車のようにして大したダメージなどは無いだろう。だが神がそんな保守的な動きをするだろうか、否、しない。
「砕胡ッ!!」
「うるさい、静かにしろ」
素っ気ない態度を取りながらも砕胡が針を蹴った、勿論左開店になるように。本来ならばその程度で回転の方向が変わるなんてありえない。だが今は違うのだ、神が砕胡との連携をするために"意図的に"使用霊力を少なくして蹴る程度で回転方向が変わる脆いレベルで出したのだ。
その連携を見た來花は少し感心しながらもしっかりとサポートを行う。
『呪・ふ…』
呪・封をシウに向けて使おうとしたのだが、次の瞬間背後から腰にタックルをかました。その時一瞬嫌な痛みが襲う。
「ナイス」
小さな声、少し遠くから猪雄がやっていた。來花を攻撃されたのを見た刀迦はまだ止血もろくに出来ていないのに左手で刀を持って突っ込んだ。
だがそれも計算の内、低めのやぶに潜んでいた大量の鼠達が一斉に飛び出し襲い掛かった。すぐに刀を振ろうとしたが普段とは違う左手に慣れず不幸な事に体勢を崩してしまった。
その隙を猪雄は見逃さない。まだ習得したばかりで稚拙ではあるが、使う。
『降霊・干支鼠』
降霊、干支鼠においては非常に便利なのだ。何故なら大量にいる内の一匹を降ろせばそれは成立しており、他の何十匹の鼠は普通に行動できるのだ。
ただ現状では意味がない、猪雄は攻撃のために降霊をしたのではない。移動速度を上げるために降霊をしたのだ。どうなるのかなど分かり切っている、唯刀は変な方向に放り投げて刀迦を掴み全力ダッシュで元来た道を辿り始めた。
「私は行く!皆はそこで他の奴をやれ!!」
來花がすぐに助けに言った。素戔嗚も行こうとしたがリイカに制止される。
「駄目!今は良いの、待ってて。ここで」
どうすれば良いのか分かっているらしい。そうなれば大人しく言う事を聞いておけばいいのだ、他のメンバーも一旦待機だ。羅針盤は衝突し物凄く高い音を立てながら互いに譲らない。
そう思うも束の間、再度限界が来たシウの針が消えた。すぐにその場に伏せた事でギリギリ直撃はしなかったが頬が少しだけ切れてしまう。勿体ない、すぐに手で拭ってその手に着いた血を飲んだ。
その異常な行動に全員の警戒心が高まる。
「…そう言う事か。お前は確か來花の干支蛇、口黄大蛇を取っているな?少量ではあるが。その力を使っているのだろう、口黄大蛇は死後呪を習得した身、そこまで練度は高くない。あくまで一部、それも極小、そんな力しか持っていないお前は出せる呪も少ないし、何より効果時間が極端に短い」
砕胡は完璧に言い当てた。だが顔色を変える余裕も無い、ただただ体の限界が近付いている感覚。周りの話など微塵も耳に入っていないのだ。
「そこまで分かればこちらの物、死んでもらうぞシウ・ルフテッド!」
遠距離で能力を発動出来る距離にまで近付こうと足を踏み出したその瞬間、足が止まる。足元が真っ暗、瀬餡だ。無詠唱、呪に関しては大した実力の無いシウが出来るとは思えない。
まさかと思い眼を見た、確信する。
「気を付けろお前達、今こいつは内喰と同じだ」
極小、内喰と呼べるのかも分からない極小。だがそれでも充分なまでの強化である、シウの意識は無い。現在口黄大蛇に任されている。少しばかりの休息と言う訳だ。
そして干支辰に動きがあったどうやらこれが合図らしく一気に突っ込んで来る。大きく口を開きながら。先程とは違い蒿里は既に何処かに逃げているので黒龍での対抗は不可能、何とかして止めるべきだ。
するとリイカが指示を出した。
「智鷹グレポン!あと譽!!」
意味は分かる。智鷹が瞬時に両手をグレネードランチャーに変えて干支辰の口に放った。ほぼノータイムだったので直撃しないかと思われていたがそこは仮にもボスなのか偏差を加味していたらしい。丁度良く爆破寸前で口に入った。
すぐに譽が能力を発動する。直後たったグレポン二発とは思えない音が鳴り、桃季と唯唯禍が衝撃で振り落とされた。鶏太は角に襟が引っかかって何とか復帰できた。
だが桃季が落ちていると駄目だ。雲中白鶴を撃ってしまうと二人も巻き込まれる。ただの突撃で何とかしないといけない、そんなの無理だ。
半ば絶望、諦めの境地に達する目前、二匹の霊が足並みを合わせて物凄い速度で突撃して来た。それは干支牛と干支羊であった。そして牛が先行し、少し先で振り返りながら急ブレーキをかけた。羊は止まらずそのまま牛の頭を前足で踏みつける。迷いは無い、命の危機なのだからいけ好かない人間にも協力するのだ。
牛が思い切り頭を振り上げ、まるでカタパルトのようにして吹っ飛ばした。今度は羊が宙で反転し足を桃季の足とくっつける。
「ありがと!!!」
桃季は強く踏みつけ、そのまま跳んだ。辰の髭と大体同じ高さ、これなら大丈夫だ。唯唯禍はそれを察知したのか干支猿を出して最小限のダメージにするよう動く。
『雲中白鶴』
だが違う、これは起点だ。TISは全員この術の怖さを知っているので散り散りになって回避を試みる。それでいい、それが良い。中央に立っているシウ、そしてそのピッタリ上空で立ち上がった鶏太。
これは干支霊使いが複数同時に唱える事で発動する、謂わば干支術。
『干支術・薙核根』
核、即ち魂、発動者の魂をそれぞれ半分以上削ぎ落とし発動される。根。
それ何の根なのか、分かるのはTISの中でただ一人、唯一干支術に精通している刀迦だけだろう。
「行くぞ、あと二歩だ」
シウがそう鼓舞すると同時に天から一本の柱が振って来る、地面に突き刺さった大きな柱には様々な文字が羅列している。だがどれも意味は分からず、不思議な感じだ。
猪雄は上手い。作戦の意図を完璧に理解しこの柱が見えないギリギリの距離まで移動した。この時刀迦には薙核根が使用された事は知らされていない。行ける。
この薙核根、発動には手間がかかるものの効果は凄まじい。シウが目的として選んだ大きな要因、それはその効果の中に『一時的な意識と能力の投影』があるからだ。
ここまで言えば誰でも分かる。シウは自身の魂を代償にしてでも、今大会中常に結界を張り、変更し、破壊されない結界専用のタレットと成ろうしているのだ。
「やっぱり駄目なんだね、シウ君」
「あぁ鶏太……でもこれで良いんだ。遅れは取るなよ!行くぞ!!」
この術と共に本気で動き出す。
『薙核根 起動』
あと五分、シウと誰かもう一人が、生き残るのだ。
第三百七十八話「二歩」




