第三百七十五話
御伽学園戦闘病
第三百七十五話「瓦解」
生良はアリスに向かって走っている。アリスとの戦闘をするつもりはない、実際相手も嫌がるだろう。出来る限りニアとの戦闘に力を温存するために。
それならば軽く会話するチャンスがあるはずだ。聞き出したい、フラッグに頼まれている事があるのだ。自分をこんな大切な仲間と巡り合わせてくれたフラッグへの恩返しなのだ、確実に遂行する。
「…!いる!」
付近にいる。ずっと同じ場所に立っているようだ。一応警戒してすぐに降霊術を使える体勢のまま視界内に入る。するとアリスは生良の方を眺める。生良も同じ様にただ眺める。
大変気まずい時間が流れたが、一旦攻撃性が無い事に気付いた生良が口を開いた。
「僕はあなたと戦うつもりはありません……あなたもそうでしょう?ニアさんとの戦闘のために…」
「そうですね。なら何故ここに来たのですか?即攻撃してこない辺り私だとは分かっていたはずですのに、近付いて来ましたよね?足音で分かりました。隠し事は無駄ですよ」
最初からそんな事する気は微塵も無い。
「僕があなたに聞きたいのは一つ、何故フラッグ・フェリエンツの奥さんであるクレール・フェリエンツを殺したんですか……頼まれたんです、少し前黄泉の国に行った時に」
「どうもこうもありません、クレール・フェリエンツ・ロッドはロッドの力を半分程度目覚めさせていたからです。実力を軽く調べたかったんですよ、それなのに一撃で死んでしまいましかたら……面白味も無かったです」
ニコニコしながらそう言っている。完全な悪意は無いと見て取れるし、純粋に戦闘が好きなのだろう。そして殺すつもりも無くただ小手調べだったのも事実。そしてそれ以上でもそれ以下でもない、生良の質問は終わった。
だがそれだけでは納得できない。黄泉の国でフェリエンツ夫婦と話して安易に殺されて良い人達ではないと思っているから。
「そんなの酷過ぎるじゃないか!クレールさんの力が目覚めたのもたまたま本当に遠いロッドの血を輸血しただけ、ほぼ力は無かったようなもの!!」
「はい、そうですね。だから死んだんですよ?私は先祖返り、しかも先祖も先祖、初代ロッドのレベルまでの先祖返りですからね。弱りに弱った現代のロッドになどもう興味はありません、まぁ昔は幻想を抱いていましたがね」
「だったらなんで…ニアさんは…」
「ニアちゃんは素晴らしいからです。私とは違う方法での先祖返り、神によって直々に目覚めさせられた。それがとても可愛らしくて……それに力も充分、私の好きな肉弾戦です。あの華奢な体格と透明感のあるお顔からは考えられない程の力……とても気に入ったんです。そして適度な狂気も持ち合わせている、大好きです、紀太さんなんかよりも何倍も」
どれだけアリスを好いていたかは大体知っているのでその発言を聞いた生良は少しだけ紀太に同情した。
「ニアさんとの戦闘のためなら何でもやるんですか…」
「えぇ勿論。あなたを殺すなんて事もしますよ、邪魔をするならばですがね」
怒りは湧いている。だが勝てる相手でも無いし、これは作戦の本題からは逸れている。もうそろそろ動き出さなくてはいけない、仲間に迷惑をかけるのは駄目だ。それに一応フラッグの願いは叶えるられる、それがどんなに惨く理不尽な理由であったとしても。
ゆっくりと背を向けようとしたその時、前々から気になっていた事を訊ねてみた。先程の凝り固まった質問とは違い、ただ反射のようにして出て来た言葉なのだろう。工場地帯で暮らしていた時のように暗い声だった。
「恐らくあなたは後悔しますよ、"僕と同じ様"に」
本当に久しぶりだった、心が揺らいだのは。ニアと会った時以来だろう、ゾクゾクする。だがニアの時と違い何に興奮しているのか明確には分からない。生良の言葉なのか、生良自身なのか、雰囲気なのか、本当に分からない。ただただ嫌なゾクゾク、快感も混ざっているのだがやはり不快が勝る。
とても気持ちが良い。思わず口角が緩み、笑ってしまった。生良はその顔を見て忌み嫌うモノを見る目をしながら何処かに消えてしまった。快感の余韻に浸っていると背後から声をかけられる。
「気持ち悪いぞ、アリス」
「あら~砕胡さん……すみませんね、何だか楽しくなってしまって……」
「まぁ良い。一応話は聞いていたがどう言う事だ?僕はお前が後悔するとは思えない、それに"僕と同じ様に"、これが気になる。なんの事なのだろう、少なくとも僕は知らないぞ」
「私も知る訳ないじゃないですか、多少は知能指数が上がったと思いましたけどそうでも無いのですね」
「は?黙れ戦闘狂馬鹿」
「それはブーメランと言うのでないですか?鹿島 砕胡さん」
「……それを言って来た馬鹿共は恐れ慄いているはずだ、今の僕の姿を見てな」
「さぁ…どうでしょうね。その人達は全員無能力者だったのでしょう?屑が真正の屑になったとしか思っていないと私は考えますけど。そもそも見返そうなんて思っている時点で成長なんてしていませんよ」
怒りは突き抜けもう黙ってその場を離れる事にした。だがやはり引っかかる、生良の事が。島全体を霊力感知で探してみたが生良の周りに霊力は感じない、折角ならば聞き出してやろう。戦闘を手段として。
それに強大な力を扱うには軽い準備運動が必要だ。
「おい、兎波 生良」
「…っ!?なんであなたが…」
「気になったからだ。行くぞ」
相手に余裕は与えない、速攻こそが正義だ。真正面まで詰め、能力を発動しながら首元に触れる。一瞬にして生良の首元は空気に切り裂かれた。
息が出来ない、能力なんて事言ってられない程辛い。何度か死の目前までは経験があるが、ここまで痛みを伴った事は初めてだ。まるで拷問をされているような痛み、傷が一箇所なのが運悪くそこだけが辛くどうしても意識が集中してしまう。
へたり込み、何とかして痛みを抑えながら呼吸をしようとする。
「無駄だ。下手に避けようとしたからそうなるんだぞ、折角発動帯だけを破壊しようとしたのにな。残念な事に発動帯は破壊出来ていないらしいな、ならもう一発、耐えろよ」
ゆっくりと近付いてくる。次は本当に駄目だ、戦闘能力が削がれ何も出来ない無能になってしまう。そもそも砕胡と戦う事なんて想定していなかったので仕方無い所もあるのだが、元はと言えば作戦に含まれていないアリスへの質問をしてしまったのが原因なのだ。文句なんて考える事も出来ない。
今出来る事はただ一つ、目の前にいる砕胡を自分に近付けず逃げる事だ。
「僕が聞きたいのはお前が先程アリスに言っていた"僕と同じ様"にと言う所だ。僕はお前がそう人に吐けるほどの後悔をしたとは思えない、TISでも知らない情報があるのなら教えてもらおう。素直に返答する気があるのなら一度佐須魔の元に連れて行き回復、その後痛みも無く黄泉の国に送ってやろう」
意識が混濁している今ならその提案に乗るかもしれない、そう思ったのだろう。だが生良にはそんな精神弱者に使う術など通用しない、沢山の友達や仲間の元でのびのびと育ったこの三年間、そして決め手となったフラッグとの会話。生良の精神力は既に並大抵の人間を凌駕していた。
首を縦に振る。砕胡は生良を担ごうと手を伸ばしたその時、現れる。生良の首元から唐突として何十匹もの兎達が。返答が嘘だった事を知った砕胡は瞬時に殺そうと顔に手を伸ばすがそれも兎たちによって阻止された。
生良は立ち上がり、まずは距離を取った。むやみやたらと逃げ出そうとしても隙を晒すだけだと理解し、チャンスを作り出そうとしているのだ。その時点で見違えるほど成長しているのは分かるし、砕胡個人にちって警戒するべきリストに名が連ねられたのも事実である。
「お前がそう来るのなら、容赦はしないぞ」
眼鏡をクイッと上げ、一気に襲い掛かる。体全体にまとわりつくような兎達は止める事が出来ない、砕胡の素の力が強すぎるのだ。だが生良の霊は兎だけではない。他にも羊と牛だって持っている。
顔面から飛び出すようにして干支牛が突っ込んで来た。砕胡は並外れた反射神経で何事も無かったかのようにかわし、再度手を動かす。だが今度は干支羊が飛び出して妨害して来た。
そんな事をしている内に生良との距離は離れてまいまた動き出す他あるまい状況となってしまった。だが先程と違う点もある、干支牛と干支羊がいる。両者大した力は持っていないが二匹同時に相手するとなると少々話が変わってしまう。強いというよりは面倒臭い。
「まぁ良いだろう、霊力程度神から奪えば良い」
そう言いながら突っ込んで来る二匹の頭に触れ、能力を発動した。そして自身の手で叩き、一瞬で殺す。干支兎は単純に数が多いのでチマチマ殺す事になってしまい効率が悪い。なので放置だ。
今は二匹が死んで本体はフリー状態、やれる。走り込んで触れようとしたその時であった。
『呪・封』
シウの声、ハッタリだと感じた砕胡はそのまま生良に触れ能力を発動しようとしたが急所が作れない。どうやら本当に封を使ったらしい。だが別に問題と言う程の事でもない、砕胡は能力よりも生身を鍛えている時間の方が多いのだ。素の身体能力で見ればTISの中でも上振れ、そんな人物が目の前にいる満身創痍の少年を殺すなんて難なく可能。
殴りかかったその時、干支犬に右腕を噛み千切られた。
「刃牙だ、無詠唱」
「……めんどうだな、ならお前から先にやる」
ターゲットをシウに変更し殴り掛かった。だがシウの身のこなしは軽やかかつ的確で、全ての攻撃を避けられるどころか最終的には反撃で腹パンをかまされた。
威力も高い。なんでこんなヒョロヒョロした青年からこんな力が出るのかと神に小一時間問い詰めたい気持ちを抑え、息を整える。一旦距離を取ってどうすれば良いのか冷静になって考える。
シウは結界術を使用する、それはTISの中で一番最初に知った情報である。それだけでなく呪の基礎術である呪・封を覚えて来ている。桃季の方から同じく呪の感じがしたのでどうやら干支組全体に強化が入っているらしい。
「二人相手するぐらい難は無いのだが…僕はどうしてもその後悔とやらが気になる。だからお前だけを殺す、そのためにはダラダラ長引かせないための力が必要だ。ただ今の僕は封で何も出来ない。
ならば解除してもらおう、呪の塊に」
《神、治せ》
姿は見せなかった。だがシウは悟る、封が消えていると。それと同時にとんでもない違和感と衝突する、感じた事がある。曖昧で確定ではないのだがとある映像を見た時に同じ感覚がした。それは待機室の皆にも伝わっている事であろう。
その違和感の正体、瞬時に引っ張り出される前大会のエスケープチーム VS TISのある一部分、たった数回しか放たれていない術。空十字 紫苑とアイト・テレスタシアのみが使用していたその術、名を『式神術』。
完全なる感覚、だが感じた。鹿島 砕胡と空傘 神の関係性はどうやら、離れようとも離れられない最悪の腐れ縁を脱したらしい。最も悪い、式神と主の関係性へと。
そして嫌な知らせはまだある。
「覚醒」
青緑、碧い炎を携え、鹿島 砕胡、覚醒。
第三百七十五話「瓦解」




