第三百七十二話
御伽学園戦闘病
第三百七十二話「全てを使って」
それは仮想世界から帰還し中等部のみが状況説明のため別部屋に連れて行かれた"後"の話だ。夜中だったのもあって少し眠気が襲って来る、その日はそこで解散する事となり咲一人だけが流と話すがため学園に残っているという状況だった。
恐らくエスケープも別で事情聴取を受けているのだろうとばかり考えていたが実際には違う。エスケープチームと生徒会は超緊急で黄泉の国、アルデンテへと既に出発していたのだ。
そんな事を知らない咲はソワソワしながら待っている。すると事情を既に知っている真波が声をかけて来る。
「無駄だよ、エスケープと生徒会は黄泉の国に行った。エンマに呼ばれたらしいよ」
「えっ……それじゃあ兄さんとはまだ話せないって事ですかね…」
「まぁそうなるね。とりあえず今日は寝れば?あっちは三倍の速度で時間が進むし、案外朝起きた頃には戻って来てるかもよ」
「そうですね。一度寮へ帰ります。真波さんはどうされます?」
「帰る。ただし、あんたを連れて。付いて来て、あんたには唯一早く見せる」
「はぁ…何をですか?」
「私の遺品」
それだけで大体何を言いたいのかは伝わった。それに咲だけ、何か特別な物なのだろう。何でも作れる便利な能力の真波、何を渡して来るか分からないので今の内に目に入れておくのは良い事だろう。
それに真波の家になどそうそう招待されることは無い、少し喜ばしい事だ。信頼してくれているのだろう。最初は便利な能力なので機能面だけ考えて仲間に引き入れたが、流を見つけ出したし何よりここ最近は正直力が無くてもただただ仲良くしているだけで楽しいのだ。
「変わったよね、咲」
道中でそんな言葉が飛び出してきた。自分でも少し感じている、成長なのか変化なのか分からないが。
「私もそう思いますよ。前までは弱い能力者に目もくれていませんでしたが……最近は能力に拘る必要は無いと分かったんだと思います。皆さんと過ごしたこの一年以上の歳月、兄さんの事を忘れはしませんでしたが……一瞬だけずっとこうして普通の生活をしていたいとも考えましたしね。もう無理なのでしょうが」
「うん、無理だよ。でもこれも良い選択肢だと私は思う。紫苑に負けたのは凄い悔しいけど、それでいいとも思っている。多分大事なのは結果じゃなくてさ、自分で選ぶ事なんじゃないかな」
当時の咲は知らなかったが、真波はアンスロという神の手駒。好きに動かせる存在だったために自分の意思ではない行動を何度も何度も何度も何度も取らされてきた。その都度心がおかしくなりそうだったが、何とか抑え込んで来た。
周りに人がいると八つ当たりをしてしまいそうなので関係を持とうとしなかったが、そんな真波にも猛烈かつ静かに関係を迫って来たのが咲だった。そんな普通とは違う気違いを知って真波も成長したのだろう。
そして見つけたその言葉。結局咲はこの言葉に全てを動かされる結果となるがそれは数年後の話である。
「私はこの島に来る能力者の事を大体知り尽くしているから分かるけど、咲が自分で選択しなかったのはラックに連れられて来た所まで。それ以降は完全に独断で動いていた。
仲間を集め、情報を収集し、教師も味方に付けて、何なら生徒会も味方に付けて、最終的には別世界の住人さえも利用して掴んだ再建。凄いと思うよ、単純に」
咲はとても嬉しそうに微笑みながらこう返した。
「今の私は恐らくどうでも良い事、兄さんの事など。ですが皆さんに引き合わせてくれたのは紛れも無く兄さんのおかげ、とても感謝しているんです……あとそんなに話してくれたの、初めてですね」
今まで抑え込んで来た心を少しだけ解き放っていた。本当に無意識に。真波は珍しく顔をそむけ、見せなかった。ただただ無機物のように動いていた真波の人間らしさに咲は形容しがたい高揚感に駆られていた。
「さぁ着いたよ」
そこは島の端も端、禁則地スレスレの森に建てられた小屋だった。外見は酷いものだったが内装はそこそこ良い、真波は奥の部屋に案内した。その部屋は機械が沢山置かれている場所であった。大体は完成品のように見える、その中でも目だって出来損ないのチョーカーのようなものがあった。
「これは…最近作り始めたんですか?」
「いや、何年もチャレンジしてる。けど無理なの。私の遺品の一つ、咲への遺品」
「これが……一体どんな力を秘めているんでしょうか」
「神に成れる」
「…神?」
「神格なんて甘っちょろいものじゃない、本当の神になれる。仮想のマモリビトの正体は神、私達の世界を作り、能力をいう存在を作り出したのも神。
互角までは無理、だけどそれと同じレベル帯の力を与える道具。それがこの輪、使い方は簡単、手にはめておくだけ。首でも良いけどバレるし集中的に狙われる事になるからね、腕の方が良い。
完成したらすぐに渡す。だけど注意して、何があっても本能に従って。この輪の力を発動すると決めたその瞬間から、理性を壊して」
真剣な顔、とても冗談を言っているとは思えない。それに疑うつもりも無い、信じよう。
「分かりました。いつか使う時が来たならば、全ての流れに身を任せましょう」
「それで良い、話が分かって助かる。今日は帰って、今の内にこれを伝えるべきだって思っただけだから」
「了解です。また明日会いましょう」
小屋から出て行く時、咲は振り返りながらこう言い残した。
「ありがとうございます、信頼してくれて」
果たしてそれは、本当に信用だったのかな~?
(信頼でしたよ。あなたには分からないでしょうけれど)
そんな事は有り得ないよ、なんせ君達は私の劣化品、何処にも勝る要素が無いのさ
(真性の敗者は常に敗因が分かりません。なので負けるんです)
ふーん、そんな口聞くんだ。神に向かって
(神だろうが何だろうが、気になった事には突っ込みますよ)
どうせ死んだのに、なんか気にくわないな。最期ぐらいおしとやか~にしないの
(性に合いません。常に人の悪口を言っていないと)
似てるね
(えぇ、そっくりです。私の方が適任ですね、マモリビト)
駄目だよ、アイトは馬鹿だから任せられたのさ。お前みたいな小賢しい奴に力を渡す訳にはいかない、だから真波にも伝えた、中途半端な神にしろと
(大体予想はついていましたよ。ですが真波さんはそんな制限下でも私が活かせて、この最期で有効打として響く力を授けてくれました。この神の本当の力は戦闘力では無い、サポートです)
は?
(兄さんへのサポート、怒りをたぎらせる為の、自死行為)
まさかマジで言ってるの?
(えぇ勿論。來花になんて伝えるつもりはありません、この世で信じられるのは私自身と友達と、兄さんだけですから)
あっそ、じゃあ勝手に死ねば。もう良い、つまらない
次の瞬間全身に降りかかる激痛、どうやら何かから主導権を返されたようだ。だが既に遅い、体に中央に二つの斬撃、そして正面には口黄大蛇と來花。
内喰状態での八懐骨列、咲の貧相な体では耐えらえるはずもない。だが最期の最期、素に戻った状態の咲はいう。気付かせないように慎重に、道を作り出す。
「頑張ってください、兄さん」
仰向けになって倒れ、宙を仰ぐ。陽が落ち始めている、決戦は夜になるだろう。皆は繋いでくれるだろうか、この勇姿を。皆は気付いてくれるだろうか、勝機がそう遠くない場所に無造作に転がっている事を。皆はやり遂げてくれるだろうか。
そんな事分からない。眠い、生涯で一番の眠気だ。抗う間も無いだろう、ゆっくりとゆっくりと目を閉じた。一度だけ息を吸い、微かや余力でこう伝える。
『がんばって』
返答虚しく、咲の生命は断たれた。
良くやった。前生徒会という超えられぬ壁を目の間にしながらもやれる事をやった。それに咲の貢献は勿論この程度ではない、大会の一週間前、最終調整で忙しそうなシウと躑躅を連れてまである場所に出向いていた。
それは宗太郎と英二郎の襲撃の日、計画していた遠征である。場所は北海道のある町、そのすぐ側にある山。その山中には通常の人間では立ち入れない小さな空間が存在している。
まるで地獄そのもの、だがそこで学んだ事は確実に活かされる。見守る事すら許されない。だがそれでもあんな世界が訪れるのなら、それで良かったのかもしれない。
最初は自分の目的、次に仲間との関係、最後には全世界の平和を願って散った。父親の手によって。
「…これは伝えないでやるか」
それだけ呟いて口黄大蛇は姿を消した。來花の意識が戻ると同時に通知が来る。
《チーム〈生徒会〉[櫻 咲] 死亡 > 翔馬 來花》
《チーム〈生徒会〉 の 残り人数が 0 となったため 第一戦 生徒会 VS TIS の戦闘を 終了します》
《勝者 〈TIS〉》
「…本当にすまない。だが私はもう止まれない。さよならだ、咲」
背を向ける。するとそこには素戔嗚と刀迦が立っていた。
「行こう二人共、佐須魔に状況を説明するんだ」
「…」
だが素戔嗚はばつが悪そうな顔をしたままだ。刀迦が肘で小突く。
「だから見るなって言ったのに。いっつもそうだね、優しさを受け取らない。まぁ良い、行くよ」
島の中央、住宅街ではTISメンバーが全員集合していた。三人がやって来たのを確認した佐須魔は軽く声をかけておく。
「次は干支組だ。桃季も注意しておくべき、と少し前なら言っていたと思う。だがもう違うんだ。全員が強い、シウは勿論生良、猪雄、唯唯禍、鶏太、全員が全員力を付けて来ている。
構うな、殺せよ。それじゃあ行くんだ、終わったら同じ様に戻って来いよ」
全員が再度ばらけた。
第一戦はコールディング・シャンプラーだけが殺害される事となった。そして今から行うのは戦闘ではなく、下準備である。シウが思い描く結果は、メンバーの内一人でも生き残る構図である。
シウ・ルフテッドは誰もが思い描く程、弱く無い。
第三百七十二話「全てを使って」




