第三百七十一話
御伽学園戦闘病
第三百七十一話「清濁」
既に咲の霊力は変化し切っており、動きも早くなっている。表面だけは咲なのだ、だが中身が確実に違う。まるでいつかの時封印した天仁 凱のようだ。
そんな事を考えている内に蹴り飛ばされた。力も規格外そのもので、人間の時にくらっていたら即死だっただろう。何とか人を捨てたからこそ耐えられた攻撃だ。
だがそんな攻撃も序の口なのだろう、傘牽すら使っていないし、何ならただの蹴りだ。咲はそこそこ体が小さいので純粋な白兵戦では分が悪い、かと言って來花に距離を取らせても厄介な事になるのは理解しているはずだ。この無機物が何処まで精確な動きをしてくるかなんてまだ分からない。ただ來花の心にあるのはただただ濁った感情だけであった。
「とてもじゃないが私には……出来ない…」
そう言った直後、眼前に移動して来た。すぐに防御の姿勢を取ったが意味など無く、再度物凄い勢いで吹っ飛ばされた。急いで体勢を立て直そうとするが、何度も地面に激突しながら回転している來花を逃がすはずもなく追撃をぶち込まれた。
ただ蹴られただけのはずなのだ。それなのにどうしてここまで痛むのだろうか、それが分からない。精神的な思い込みからなのか、それとも本当に特攻があるのか。まずはそこを突き止めるべきだ。それが出来るかどうかはまた別として、だが。
「咲!本当にいないのか!!」
起き上がってそう問いかけたが一定の距離を取ったままただ静かに立っている。奇しくも美しく、華やかだ。やはりどこか京香に似ている。
「…ここまで離れると追ってこないのか…」
大体30m程度、流石に追ってこない範囲らしい。見失っているわけでもなくただ単純に突っ込まない知性があるだけだ。
「……やはり私には…」
この場を離れようかとも考えたその時であった。背後からある物体によって喉元を貫かれた。それが草薙の剣である事を確認するや否や何かが瞬時に距離を詰め対処のしようが無い速度で攻撃を始めた。
どうやらギアル製故に残っていた微かな霊力を感知、または生前の咲の記憶で知っていたのか、どちらかは正直どうでも良いがとにかく誘導したのだろう。幸い発動帯は半分程度しか破壊されておらずまだ何となるレベルだ。
だが何かの攻撃は止まらない。足以外は使っていない、それなのに來花ですら何が起こっているのか理解出来ない速度。やはり怪物、ワガママは言っていられないのかもしれない。
「…すまない!!」
『呪・封』
真波の能力によって引き出された力なのだしたら、もしかしたらこれで治るかもしれない。そう思って発動した。結果としては失敗、むしろ刺激してしまったせいか攻撃のスパンが更に短くなった。
本当にこのままではやられる。ここで中途半端に諦めては何処の誰に対しても申し訳が立たない、何かをやってしまったら流にどんな顔を向ければ良いのか分からない。それでも、仲間に向ける顔が無くなるよりは良いのかもしれない。
『呪術・羅針盤』
広範囲の攻撃、速度的に避けられてしまうが引き剥がす事が出来ればそれで良いのだ。回転しだす羅針盤、だがそこで何かが取った行動は全くの予想外。到底考えられる行為ではない、狂気の沙汰でしかない。
回転している刃を使って傘牽の先、炎の放射口を超鋭利に尖らせ、物凄い速度で回転する刃をするりと避けながら近付いて来る。それをくらったら本格的にマズイ、既に体はボロボロである。どれだけ娘といえども既に容赦できる段階ではない事を、その時ようやく理解した。
「本当に、すまない…」
とても辛そうな顔をしながら唱えた。天仁 凱が使う呪の中で飛び抜けて汎用性が高い術、出来れば八懐骨列が良いのだが生憎素戔嗚に貸してしまっている。なので我慢だ、できればこんな序盤で見せたくは無かった。
『伽藍経典 時雨酒』
すると天から降り注ぐ非常に濃度の濃い酒、そして來花が指を鳴らすと同時にその水滴達は全て黄色い花弁へと変化し、まるで來花に付き従う生命体のように動き出した。まるで生きているようだ。
まずは身を隠す。そして体勢を整えてからすぐに指を鳴らした。すると何かに向かって数多の花弁が突撃する。何かは瞬時に傘牽を開き、炎を発射しようとしたが文字通り数え切れない程の花弁によって放射口を埋められ不発に終わった。
だが次の行動に出る。傘牽を開き、盾のようにしながら突進しだした。花弁には攻撃性が無く、ただ意思に従うだけの妨害道具。フィジカルも強い何かにとっては気に留める必要すらない効果である。
「これで終わる訳が無いだろう。とても凄い汎用性なんだ、だから伽藍経典の中でも唯一指パッチンが強制される」
指を鳴らす。すると花弁は全力で何かにぶつかり始めた、単純に視界が悪い。そして一番の問題、それは避けられらない事にある。時雨酒は使いようによっては何でもできる、ただその代わり霊力を相当消費する。來花はほぼ無限の霊力を手に入れる事が出来るのでそこに関しては問題無い、そうなると実質的にデメリットが無しで使えるのだ。
ここで本気を出すつもりは無いし、悟らせるつもりもない。あくまでもこの場を制する為の策なのだ。
『呪・剣進』
何かの背後から。攻撃したと言う事は花弁が掻き分けられ突っ込んで来るはずだ、それはチャンスでもある。絶対に逃がさない。
「そこが強いのだよ」
三本の剣は花弁と重なり合いながら突撃して来た。そんな風に動くとは一切思っていなかった何かはギリギリ防げず、見事に三本喉に突き刺さった。
すぐに抜いて放り投げた。既に再生したようだ。
「異次元の回復力、という所だな……私は結構苦しいがな…」
喉元の傷や咲に付けられた傷、依然苦しい戦況である事に変わりは無いが希望は見えて来ている。自身の手で何かを殺せるかと言われると躊躇ってしまうが、今は切り抜けるのが先である。最悪の場合佐須魔にでも殺してもらえば良いのだ、とりあえず殺意しかないこの殺戮マシーンを抑えるのが先決である。仲間のために。
再度花弁に紛れながら唱えようとしたその時、何かが傘牽を突き出して来た。流石怪物と言うべきか勘で場所を当てて来たのだ。何とかかわしたがほんの少しかすっただけで頬から血が出ている。
「…相当な威力だな。まぁ良い、これで決める」
伽藍経典 些悦・燕帝を撃とうとしたその時、首元を掴まれ連れて行かれた。刀迦なのは瞬時に分かったが、何のためか分からない。目線を外す事も出来ない短時間、花弁が散った。
傘牽によって蹴散らされた。ほんの一瞬でも遅かったら致命傷に成り得ていただろう。背筋が凍る。
「一旦引くよ、來花」
「駄目だ!すぐに追いつかれる!」
すると今度は來花にコトリバコが降って来た。しっかりとキャッチして飛んで来た方向を見る、やはり素戔嗚がいた。
「俺がやります。勝つのは無理ですが時間を稼ぐぐらいなら簡単に出来ます。早く行って作戦でも何でも考えて来てください!」
刀迦は数秒前とは明らかに雰囲気が変わった素戔嗚を見て少し嬉しく思った。
「ちゃんとやってよ!!じゃないと本当に死ぬからね!!」
「はい!!」
『降霊術・唱・犬神』
それが聞こえた頃には既に絶対の射程外までやって来た。
「大丈夫?」
「あぁ、すまない。勝ったと思ったら唱えだしてな…真波の遺品で神と化したらしい」
「シャンプラーとはまた違うの?」
「違う。あれは神への昇華だ……神になる方法が叉儺の発見したやり方以外にもあるのかもしれない……」
「そうね、多分そう。とりあえずどうするか決めなよ」
「そう言われてもな…恐らく時雨酒は既に解除されているだろうし、もう通用しないだろう。万が一に通用したとしても、通用しない可能性があるからには危険は取れない。傘牽に一度でも頭か心臓を突かれたら死ぬ。
だが中々難しいな…何かが知らない呪だけで戦うとは…」
「降霊術は」
「使わない」
「……」
ジットリとした目で見つめているがそれに來花は気付かない。
「……ねぇ來花」
「何だ」
「今この島で覚悟が決まってない奴が一人だけいるの、たった一人。他の全員は何かしらの責任やリスクを負って立っている。それなのに中途半端に背負ってる奴がいる、分かる?それが誰だか」
答える前に言われた。
「來花だよ、そのヘタレは。なんで降霊術を使わないの?どう考えても干支馬と干支虎は通用する、無限の霊力があるんだから幾らでも呼び出せば良いし、妖術も撃ち放題。
今の咲は強い、私でも互角か下ぐらい。言っちゃ悪いけどTISを戦闘の強さだけで見たら佐須魔、私、來花と怪物のシャンプラーが並ぶぐらい。そんな私と互角の何かに対して制限とか、無理があると思わないの。
しっかり考えて、ここまで來花がしぶとくも太く生き残ったのはこんな場所で死ぬ為なんかじゃない。少なくとも私はそうさせる気は無い、もう言うけど何かあったら乱入するよ。本気で」
刀に手をかけながら言い放った。
「……」
考える、どうすれば良いのか、考える。だが馬鹿なのだ、導き出せるはずもない。少し唸りながら更に考える。少し先で村正と傘牽がぶつかり合っている音が聞こえる。急がなくては素戔嗚にさえ影響が出てしまう。駄目だ、素戔嗚だって今日のために頑張っていた。
こんな所で、自分の失態で、死なせる訳にはいかない。
「私は馬鹿なんだ。だからその欠陥を力で埋めている。だがそれでも穴はある、今までその穴は京香が埋めてくれていた……だがもうそんな事は出来ない……ありがとう刀迦、私は決めたよ、全てを力で埋める。
どちらかを捨てなくてはいけないんだ、選択が少々遅すぎた……私は子供や妻そしてその仲間ではなく、自分の仲間を選ぶ」
「…うん。ありがと」
「だが降霊術は使わない」
ここまで言っていれば意味は伝わる。
「それなら良いよ、私は遠くから見てるから。先に素戔嗚引っぺがすね」
「頼む。あとは全て私がやろう」
刀迦が全速力で動き出した。來花もそれに合わせ、何かの前に姿を見せた。何かは餌を見つけた野良猫のような速度で突っ込んで来る。
二人が離脱したのを見てから唱える。もう迷いは無い、仲間のために、娘を殺す。それがどれだけ人の道から外れた、非道な行為であったとしても。それがどれだけ許されざる行為だとしても。
何故なら來花は、そういう奴なのだ。
『覚醒 内喰』
相手が神ならば、こちらはその成り損ないだ。現れた口黄大蛇は宙に浮いてからこう唱えた。
『呪詛・伽藍経典・八懐骨列』
第三百七十一話「清濁」




