第三百六十八話
御伽学園戦闘病
第三百六十八話「最後の約束」
「ねー梓、私達誰と戦うの?」
「さぁ…正直私って誰と戦ってもやれること同じだし…ファルが戦える相手で良いんじゃない?私はサポートするだけだよ」
「おっけー。じゃあさじゃあさ、素戔嗚いかない?」
「素戔嗚?別に良いけど、何で?」
梓が霊力感知を行い、ノールックで誘導しながらそう訊ねた。
「陽ちゃんは魂を捨ててまで草薙剣を破壊した。まだ確認できてないでしょ、その後の実力。それに強くなってるはずだから。誰がどのタイミングでトドメを刺すのかまでは分からないけどね~」
嘘だ。ファルはこういう緊迫して場面で語尾を伸ばしたりはしない、動揺しているのかもしれないがそれ以上に思う所があるのだろう。突っ込むのも無粋なので黙って共に行く事にした。
そもそも梓は誰かのサポートをしてこその能力である。そのため変に亀裂が入って連携行動に支障が出たりしたら笑えもしない、面白くもない冗談になってしまうだろう。二人共遺品は残しているとはいえ互いに内容を共有していないのである種の猜疑心が働いているのだ、信頼はしているが適度なラインで保たれている。とても良い塩梅だ。
「さぁ、もうちょっとだよ。能力発動しときな、まずは速攻仕掛けて能力を使わせるよ」
「了解」
身体強化を八割程度発動してからゆっくりと音を消して動く。素戔嗚は適当にその辺をほっついているらしい、だが常に刀に手をかけているのでそう安易に手が出せる状況ではない。反射神経は確かに鋭く、身体能力がとても高い事も知っているのだ。
攻撃が出来るのがファルのみ、そして梓と言う枷にも追い風にも成り得る存在も抱えているのだ。普段より慎重にならざるを得ない。ただここにずっといてもいずれは霊力感知でバレるはずだ。今は霊力感知をしていないようだが時間が経つにつれ面倒臭くなって探索に力を入れ出すはずである。
「…」
丁度良い、素戔嗚が背中を見せた。そして背後は警戒していないようだ。二人で顔を見合わせ、頷いた。次の瞬間梓の能力を発動する。視界を奪い、その内にファルが動き出す。単純に突っ込むだけでは駄目だ、木を使ってトリッキーに上から攻める。
だが素戔嗚は視覚を奪われた瞬間に一切躊躇わず唱えた。
『降霊術・唱・犬神』
出て来た犬神にも梓の能力を発動したが、あまりに早い行動に対処が遅れファルが上から攻撃を仕掛けている事はバレた。
「上だ素戔嗚!」
すぐに村正を抜き、真上に向けて刀を突き立てた。危機一髪、真横にあった枝を使ってターンし回避に成功した。本当に危なかった、服は少し傷が付いている。崎田が生成した軽い素材のジャージなので何とかなったが市販の物だった今の時点でも相当なダメージをくらっていただろう。
とりあえず早く後退し、茂みに隠れる。両者の視覚妨害が解ける頃には完全に気配を隠していた。
「梓と…誰だった」
「ファルだ」
「了解。危なくなったら天仁 凱を出す、その場合はすぐに戻れよ」
「分かっている」
二人の連携は完璧と言っても差し支えない。伊達に普通の犬時代からの仲ではないようだ。そしてそれ以上に素戔嗚の身体能力が上がっている。
明らかに背も伸びているし、多少だが体格も良くなっている。結構だぼだぼに見える和服でさえ相当の筋肉が付いている事が分かる、これは単純なフィジカル勝負でも簡単には勝てないだろう。それぞれの攻撃に一工夫付け加える必要がありそうだ。
ひとまず今は様子見である。折角天仁 凱ではなく犬神が出て来ているのでそいつの情報も知っておきたい。素戔嗚は島にいる頃エスケープメンバー以外には基本的に犬神を見せようとしなかった、今となっては裏切り者と言う事がバレる可能性があるからと理解できるのだが、やはりその行動も素戔嗚にとっては有利に働いている。
大体の雰囲気、サインは無い。多分ここだ、というタイミングで梓が能力を発動した。対象は素戔嗚である。だが次の瞬間、梓の喉元を半透明の目白が貫いた。
「梓!!」
衝動的にヤブから体を突き出してしまったファルはそのまま突っ込んで来た犬神に攻撃される。犬神だけなら対処可能だが、そこに素戔嗚や他の霊が来るとマズイ。
それに完全に失念していた。素戔嗚は目白の半霊を所持している、半霊は霊でなくては攻撃できないので二人では全く何も出来ない。一方的に攻撃されてしまう。
ひとまず梓は大丈夫そうだ。素戔嗚は目を見えていないようなので発動帯を破壊されてはいないようだ。だが助けに入らなくては破壊されるのも時間の問題、出来る限り視覚妨害の時間も長くしてほしいが半霊に一方的に攻撃されている状況ではそうもいかないだろう。
「梓!!どうする!!」
「いや私はサポートするだけだから!私に言っても…」
すると素戔嗚が梓のすぐそばまで距離を縮めた。声で場所を特定したのだ。それに目白もいる、このままでは梓が斬られる。ファルは多少の傷は我慢する事にした。
一瞬だけ犬神との攻防をやめ、足元にあった少し大きめの石を素戔嗚向かってぶん投げた。当然その隙に左肩を掴まれ、肉が抉られる。大変痛むが素戔嗚の頭にヒットし、血を流しながら軽くフラフラしている。
何とか切り抜けた。梓もアイコンタクトで感謝しながら少し距離を取った。だが目白は地獄の果てまで追いかけてきそうだ。このままでは距離を取ろうにも場所がバレるし高速でのアタックを繰り返され最悪の場合死ぬ。
だからと言って攻撃は通用しない。ただ念能力で妨害するだけなら通用するのでひとまず目白に能力をかけた。その内に走って逃げる。足音は最小限に、霊力放出も最大限減らして。
「どうした!」
視覚妨害が解けた素戔嗚が状況を把握しようと目白にそう問いかけた。そして同じく視覚妨害を受けている事を悟り、梓を探す。だが周辺には犬神と格闘しているファルの姿しかない。軽く霊力感知をしても全く感じ取れない。
何処かに潜んでいるのは確かだ。何故なら現在残っているのは咲のみ、助けになど行けるはずがなくそれぐらいは理解しているはずだから。素戔嗚を追い詰める為に姿をくらましてあるタイミングで視覚妨害を行い、ファルの有利な展開にするつもりなのだ。
それはいけない。梓は本体性能は低いが能力だけで見れば優秀なサポート系である。それに半霊にも通用してしまうので、最悪の場合強い探知機としての役割も担える目白が半無力化されかねない。別に視覚妨害を受けても探せないことは無いが、それは素戔嗚の体を大きな隙に晒す事と同義、幾ら犬神が護衛に付いたりしても正直不安だ。
なのでここでは使わない。
「俺が探す。お前らはファルをやれ!」
目白と犬神にそう指示を出し、素戔嗚単独で梓捜索に向かった。どうせそこまで遠くない筈だ、ここは木々の一本一本が結構離れている森、茂みなどもそうそう無く、身体能力的にそう遠くへ行く事も出来ないだろう。しっかり木の上なども注意して探して行けばすぐに見つかるはずだ。
全速力で周囲を確認しながら森を駆ける。だが何処にも梓の姿は見当たらない、不可思議に思ったその時、目白が体内に戻って来た感覚がした。
「何!?」
『降霊術・唱・目白』
瞬時に呼び戻された目白は犬神の元に梓がいる事をジェスチャーで説明した。どうやら素戔嗚を何処かに行かせるための誘導だったらしい。
上手く嵌められたようだがこの程度問題ですらない。すぐに戻って二人まとめて斬れば良いのだ。そして元の場所まで戻ったは良いが、梓の姿は無い。
目白も困惑している。霊力感知もやはり反応しない。
「何かおかしい!犬神、戻って来い!」
目白も言われずとも戻った。やる気なのだ、天仁 凱を出す気なのだ。それを察したファルも退避行動を取ろうとしたが、許す間もなく放たれる、会心の一撃。
『呪・自身像』
形成された瞬間、唱えた。
『呪術・羅針盤』
範囲内の全てを薙ぎ倒す、梓も見つけられるしファルも範囲外に逃げる前に切り刻まれるはずだ。素戔嗚は羅針盤の中心点、唯一の安地で見守る。
回転しだす刃。ファルは全速力で逃げようとしたがギリギリ間に合わず両足のふくらはぎにとても深い傷を負ってしまった。大分痛むがとりあえずは大丈夫そうだ。身体強化もあるので多少速度や力は落ちるものの戦える。
それ以上に心配なのは梓。少し遠くで潜んでいるよう指示を出したのだが範囲内のはずだ、それに範囲外とは少し遠いので梓の身体能力で逃げ切れたか心配である。だが今目線をそちらに向けたらバレる。
今すぐにでも状況確認をしたい心を抑え、向き合った。だが既に天仁 凱が目の前に突っ込んできていた。喉を掴み、持ち上げながら唱えた。
『呪・剣進』
二本はそれぞれの手、そして一本は顔に。
「…妙に呆気なかったな」
少し遠くで倒れている梓を見て素戔嗚はそう言った。天仁 凱はファルを降ろしてから返答する。
「何故だろうな。わしも分からん。こいつらはそんなに弱くない筈だが…確かに死んでいるぞ」
「……まぁ良い、戻ってくれ。後は咲だけだ、俺達が出来ることは無い」
「そうだな」
天仁 凱は消えた。
真っ白な世界。ゆっくりと目を覚ました。体は痛まないが血は流れている。そして前方にはエンマ、そしてそのエンマと話しているラックの姿があった。
「ラック…?」
「あ、起きた。お前簡単にやられすぎだろ、どうしたんだよ」
「なんでいるの!?」
「現世のマモリビトは寿命が来るまでどんな形であろうと生きながらえる、たとえ魂を喰われようとも」
「そっか……それで簡単にやられた理由だっけ?」
「あぁ、お前そんな弱くないだろ」
「無理だって分かったから抵抗しなかった。あの時天仁 凱のコピーは私の発動帯を破壊した、素手だけで。多分格が違うから…私ってただの身体強化で出来る事少ないし……皆死んじゃったから無理かなーって。使うと思ってなかったんだよ、自身像」
見通しの甘さにエンマとラックは何とも言えぬ表情をしている。だがラックがある提案をした。
「でもこのままじゃ駄目だろ。俺も素戔嗚には伝えたい事がある。それにお前だってあるんだろ。だったら戦って伝えた方が良い」
「…出来るの?」
「出来る。お前と梓を無理矢理覚醒させる。大分体に負担はかかるが……まぁここで死ぬつもりなんだから問題無いだろ」
「ほんと!?やった!」
「だが二度は無い。ここで起こしたら最後、お前は死ぬ」
「それに規定で地獄行きの期間が出来ちゃうよ、結構長いよ~」
「良いよ。よく考えたら黄泉の国ならいつまでも生活出来るんだし、有限なこっちの世界でやり残した事やっときたい!」
「……そこそこ知能がついたんだな、良い事だ。それじゃあ準備は良いか?言っとくとお前の覚醒効果は身体能力の底上げだ。振れ幅が凄いだろうから驚かずにやれよ」
「うん」
「助けはいるか?」
「いらないや。私が好きに動く!」
「了解だ。そんじゃあ悔いの無いようにやれよ、これでお別れだからな」
「……最後に一つだけ、良い?」
「あ?良いけど」
「まだ約束、残ってるでしょ」
自身の頬を擦りながらそう言った。初めて会った時泣き止ませるため適当に言った約束だ。
「あぁ、残ってるな」
「余っちゃうからちょっと勿体ないけど…最後に一個だけ約束して良い?」
「良いぞ。最後だしな」
「多分ラックにはまだ何個か選択が残ってるだろうから。全部、後悔しないように自分が思ったようにやってね。そういう時のラックの方が、楽しそうだったから」
「……あぁ、そうだな」
ファルは分かっているのだろう、ラックはここから何回か辛い選択を迫られると。そんな時少しでも支えになれるよう声をかけたのだ。
ラックはただファルの成長を感じながら、振り向かせた。
「それじゃあ、頑張れよ」
軽く背中を押した。
直後、ファルは立ち上がる。梓も多少ふらついているが立ち上がった。
「何!?」
素戔嗚は再度刀を抜き、警戒する。そして困惑する心を落ち着かせ、気付いた。
「やはりお前か、ラック!」
「もう、手加減は無しだから。行くよ、梓」
「うん。全力で行こう」
第三百六十八話「最後の約束」




