第三百六十三話
御伽学園戦闘病
第三百六十三話「正体」
先陣を切って動き出した優衣、生徒会メンバーの中で唯一誰と戦うか決めていなかった者でもある。正直誰と戦っても情報を落とせる気がする。充分な鍛練、収拾、交流、兵助に言われた事は全てやった。
その時点でも満足ではあったが何か物足りずある切り札を作っておいた。他の皆と違い真波の遺品が無いので自分で代わりの手段を作り上げたのだ。
当然遅延の練度も上がっていて既に実戦で使える範囲にまで成長しているはずだ。
「誰かに取られないよう釘を差しておいて正解でしたね。あなたなら刀迦や佐須魔辺りともやりかねない」
背後から近付いて来る。消耗蝶で対処しようと投げ付けた、だが四つ全てが弾かれた。それは本人が触れたわけでは無い、能力によって生えた触手である。
「私とやっても多分勝てないよ~?あなた」
「勝ちますよ、絶対に。少なくとも相打ちには持って行きます。それが出来る手札を持って、ここに立っています」
「ふ~ん、と言っても上でしょ?私強いよ?」
「だから何度も言わせないでください、このコールディング・シャンプラーは家族の仇として、あなたを殺します。何度か挑戦しましたが全て失敗に終わっていた……その度憎んだのはあなたでもなく、不平等な力を与えた神でもなく、そこまで喜んで協力してくれなかった佐須魔でもない、僕自身だ。
僕は僕が憎いんだ。独りだけ生き残ってしまった罪悪感、当時は頭が破裂するかと思いました。何度も死のうとしましたが、その度にこのウザったい触手達が阻止して来た……言っておきますがあなたの蝶と同じくして、僕の触手にも意識があります。
……まぁ、あなたとは随分と違う性質ですがね。出し惜しみはしません、行きます」
疑似覚醒状態、今となっては使う者は少ない。どうせ大体の能力者が覚醒を使えるようになっているのだ、隠す必要が無い。だがシャンプラーは炎が出る状態を好まない、能力が嫌いだからだ。ただ能力に頼って縋っていなくては生きていけない状況に置かれているのも事実、これも仕方が無いのだ。
ゆっくりと増える触手、四本が八本に。その全て口が付いている。以前戦った事があるので知っている、口付きは攻撃タイプだ。ガンガンせめてくるつもりなのだろう、気を付けながらちゃっちゃと倒し別の奴と戦う。どうせ重要幹部にすら上がれていない雑魚の一人だ。
『第一蝶隊 貝兵』
初めて披露した時とは大分数が違う、倍増している。兵助や他の教師友達に協力してもらい全世界に散らばっていた蝶を出来る限り集めたのだ。その中でも指示をしっかりと聞く優秀な子達を貝兵に配属している。
まずは様子見と言った所、だがこれだけで倒せるとは思っていない。
「とりあえず行くよ、私も戦う」
身体強化の消耗蝶を三匹食し共に戦う。シャンプラーは前回戦った時の反省を活かしむやみやたらと消耗蝶を奪い取ったりしない、トラップの可能性だってあるのだ。
そもそも今の実力ならばそんな事をせずとも勝てるはずだ。
「立体起動以外はお好きにどうぞ、ただし指示には従う様に」
最低限で良い。立体起動にも慣れて来たのかそこそこの速度で移動できるようになった、少なくとも逃走で使用するには有用だろう。両者強くなってはいる、だがその幅で言えばほぼ互角程度、元々差が大きいのもあってか正直勝てるビジョンが浮かばない。
物凄い量に増えている貝兵、絶対に白兵や他の隊も増員されているはずだ。四方八方霊力探知は欠かせない、だがそんなくまなくチェックしていたら霊力消費が激しく長時間持たない。そもそも長期戦をするつもりは無いのだが。
「大した速さじゃないはず、全員突撃…」
言いかけた時、丁度左右に飛んでいた蝶が全員消滅した事に気付く。すぐに六本の口元を見て、ほんの少しだけ冷や汗を垂らした。見えなかったし気付けなかった。
速度も見違えるように変化している。思っていた以上に厄介な敵になりそうだ、このままだといとも容易く貝兵は喰いつくされる。それは避ける、従順な戦闘員は数匹残しておくべきなのだ。
「一旦引いて、散って!!もう白兵だすから!」
指示通り貝兵は散り散りになって行った。その様子を見たシャンプラーは傷を抉られた感覚に囚われ、攻撃の速度を上げた。ひたすら、ただひたすらに攻撃する。
容赦はない、相手が何歳もしたの女の子だろうが関係ない。こいつは仇だ、復讐に年齢や容姿や性別は干渉しない。
『猛攻』
次の瞬間触手達の攻撃速度が跳ね上がる、それと共に口角が上がっているのにも気付いた。パッと思いついた推測ではあるのだが戦闘病ではないだろうか。明らかに意思を持っている触手は覚醒が出来ずとも本能と感情さえあれば発症する戦闘病を持っていてもおかしくない、だがその場合面倒だ。
猛攻という言葉には明らかに意味がある。あれは祝詞だ、そもそも能力の祝詞は体内に宿している霊や相棒に何をするかを伝えるためパターン化させたものである。なので猛攻と言ったら反応するように教え込めばアクションを起こす事だって可能なのだ。
そしてそれは対象に強い思考能力と意思がある事を示す。ほぼ人と同じ思考が出来ると考えた方が良いであろう。想像以上に厄介な相手だ。
「まぁ良いや…」
『第一蝶隊 白兵』
出て来ると同時に何も聞かずに暴れ出す白兵達。だが高い知能を持っている触手には大したダメージを入れる事が出来ない、バクバクバクバクと次々に喰われていく。
やはり白兵の出番は無いのかもしれない。そう思い一旦引っ込めようとした。だが口を塞がれるかのようにしてシャンプラー本人によって殴り飛ばされた。
「僕が鍛えた部分はこいつらとの意思疎通でも何でもない、ただ距離を伸ばしました。別に射程が短かったわけでは無いんですが、あなたには通用しないと考えたので、"ほぼ"無限にして来ました。
なので今の僕に蝶隊なんて通用しないんですよ、お分かりですか?」
「触手で蝶を喰って……本体で私を殴る……やってる事、同じじゃん」
嘲笑うかのようにして微笑んだ。その瞬間シャンプラーのタガが外れた気がした。触手を更に二本生やし、立体起動でテンポ良く距離を詰め殴る。今度は背後に回って殴る。
幾ら身体強化を三積みしているとはいえども動きが速くてついて行けない、目で負うのが精一杯なのだ。このままでは本格的に追い詰められる。少し早い気もするが使うしかないだろう。
「もう…面倒だな…」
胸ポケットから一つの小さな消耗蝶を取り出した。そしてその消耗蝶を飲み込み、能力を発動させる。その間もシャンプラーの猛攻は止まず、遂には白兵が半分に減らされてしまった。もうこうなったら白兵は捨てるしかないだろう。
それでも遂行する価値がある。生きて来た中で一匹しか見つけられなかった。レアな蝶、触れたものを変化させる力。その力を使い、シャンプラーを改造する。突っ込んできた所で触れ、発動した。
だがシャンプラーは知っていた、その能力を使用される感覚を。言葉にし難い怒り、声を荒らげない、そんなの無理だ。汚い声で問う。
「お前はどこまで、僕らをコケにするんだぁ!!!」
更に増えた、二本。現在の触手は十本、内二本が立体起動、四本が蝶隊の処理、四本が本体の優衣へ向けた攻撃である。それだけではなく怒り狂ったシャンプラーも付属している。
優衣はこれとないピンチである事に変わりはない。その力を使うのは初めてであり成功したのか分からない。ただ蝶を喰った瞬間に黄泉の国で一人の男が死んだ事実が曲がる事は、無い。
シャンプラーは鬼の様に攻撃を繰り返している。消耗蝶を取り出す隙すら与えられない、今何が起こっているのかさえも理解出来ない。死ぬ。
「断末魔も聞けないのは残念ですがっ!!僕はお前を、許せない!!」
十本の触手など体への負担が凄まじいだろう、既に相当な疲労が蓄積され少しでも気を抜いたら倒れていしまいそうな段階のはずだ。それなのに、やはり怒りは恐ろしい。
全てを変形させてしまうのだ、感性や性格、人生も全て全て、変えてしまうのだ。二人共知っている、その身で体感した事があるからだ。
「何故母が父が、妹がお前なんかに利用されなくてはいけなかったんだ!!なんでお前みたいな人間の屑に……お前なんかに!!!」
今まで見せた事も無いような怒りを露わにしてひたすらに攻撃を行う。優衣の体はボロボロで血まみれだ、可愛らしい顔も猟奇的なそれで染まってしまっている。
絶望なのか走馬灯でも見ているのか、目が変わっていた。ここ最近のぬるま湯に浸かっていた生活とは真反対の地獄、島に来る前の目だ。シャンプラーの心は痛む、ずきずきとめきめきと捻り潰されるように。
こんな事したくない。泣けてくる。だが誓ったのだ、必ず仇を討つと。絶対に。まるで怪物が一方的に八つ当たりをしているかのようだ。
だが、だがだがだが違う。シャンプラーの体は震え始めていた、ひたすらに続ける攻撃の間際でチラリと見えてくる目線。似ているのだ、身近にいる化物、知っている。
自分にもそんな時期があった。だがもう救われた、いや救われる。
「もうこれで、終わらせる!!!」
これで最後なのだからと四本触手を増やす。完全に怪物の成である。そこから放たれる最後の一撃、優衣は避ける事はしなかった。する必要が無かったからだ。
女王としての威厳、意図せず刷り込んで来た衝動的行動。まとめて十四本、トドメを刺そうとしたのだ。なのにその攻撃は全て貝兵と白兵の生き残りによって作られた肉盾で、防がれた。
隙が出来る、着地し顔に付着してしまった血を拭う。嫌な気分だ、思い出す。
「お前が防がせたその蝶達の正体を知っているのか!!知らないだろう、ならば教えてやる……そいつはら全員、元能力者、人間なんだよ!!!
僕の家族も、消耗蝶としてお前に魂を破壊された……だから僕は、お前を殺すんだ」
ただの執念だ。それ以外の理由はもう無い。引き返せないのだ。もう、無理なのだ。
うな垂れながら、吐き出した言葉。答えは無いだろうとばかり予測していたのに、返って来た。最も嫌な返しだった。
「知ってるよ。初めて蝶を捕まえた時から、知ってる」
すぐに顔を上げた。そして砕胡の言葉を思い出した。それは干支組との戦闘から帰還して、砕胡が目を覚ました時だ。
「あいつは、蝶理 優衣はまっさらだった。あいつは善人でもないし悪人でも無い、ただの常識人だ。僕はあいつを殺せない……僕が殺せるのは、異常者だけなんだ…」
少し悲しそうに呟いていた。
「あいつのキャンパスは、真っ白なんだ…」
今にも泣き出しそうな声だった。
「違う……砕胡……違うんだ……」
優衣のキャンパスは汚れの無い白なんかでは無かった。ただただ塗りつぶしたのだ、乱雑に、隠蔽したのだ。なのに溢れ出て来る、隠せない色。
可哀想だと思う以前に恐怖した。優衣の色は、白で隠せない、ただの黒だ。
「お前も…怪物側かよ…」
悲痛な目、佐須魔に似ている悲痛な目。
手をかける事さえ躊躇われる、罪が増える、十字架を背負う事になるのだ。だが今更だ、何人の死体を消化し、何人の人を殺して来たのだろう、分からない、分かりたくもない。
もう駄目なんだ、引き返す事など誰も許さない。コールディング・シャンプラー、自身さえも。
「もう…良いや…」
全てを、ぶつけよう。
痛みも無かった幸福でもなかった。ただ近付いて来る無への道、最後に思い浮かんだのは神の笑い顔であった。
『終息』
体がひっくり返って行く。今まで触手が生えていた場所から体の中身が飛び出て行く、終わりだ。死亡でもない。魂をも使用した究極の形、三獄や重要幹部さえ知らなかった最終兵器。
コールディング・シャンプラーという男が重要幹部に昇進しなかった理由は二つある。一つが仕事と責任の増加、あくまでも優衣を殺すと言う目的で生きているためそれを嫌がった。そして本命の二つ目、上は弱いだろうと言う先入観。全てを解放した状態では刀迦にも匹敵すると言うのに。
「何…それは…」
意思や記憶は力に変化した。数多の触手が木々を喰う、空に届くような泣声。神は嫌った、人から怪物への変化を。だが許した、この哀れな男の元にだけ、許可を出したのだ。
優衣の二倍、全て口付き、消化速度は無制限。全てを破壊する、怨嗟の触塊。
死なば諸共、無へと道連れ。
第三百六十三話「正体」




