第三百六十二話
御伽学園戦闘病
第三百六十二話「引き換えの尾」
ベロニカは目を閉じ動かない、死んでいるのか気絶しているのかは後数秒待って魂が出て来るかどうかを見なくてはいけないだろう。だがそんな悠長な事はしてられない。
譽は少し荒ぶっている。四葉の単純な馬鹿火力だけでは能力に対抗出来るか分からない。そもそも譽の能力はあまり分かっていない、四葉は皆に能力の詳細を伝える事が出来れば万々歳、充分過ぎる戦果になるだろう。ただその願いが叶うかどうかは別の話である、どれだけ力を上げようが毒だったり麻痺だったり何なら眠気だったりそもそも身体強化とは少しだけロジックが違うので単純な攻撃でなければ普通に死ぬ。
死ぬ事自体に問題があるわけではない、霊力が削られるのがマズいのだ。英二郎が使用した光の斬撃や両盡耿のようにとんでもない連撃だった場合何十発もくらったら幾ら低燃費とはいえども霊力が欠如しそのまま死亡だ。
「私、注意したし逃げるチャンスも与えたから。手加減しないよ」
「あっそ、好きにしなよ。こっちとしては嬉しい限りだしね」
「そう、じゃあやる」
まだ能力は使用しないようだ。ベロニカの時と同じくして殴り掛かって来る。だがその会話中にコッソリと七十回死亡しておいた、現在の総死亡回数は約百二十回、既に身体強化でいえば人体の限界レベルに到達している。
当然譽の攻撃を避ける事も難しい事ではなく、むしろ容易い。先程譽が見せたダルそうに動きを最低限で行う回避、あれの真似をした。そして意欲的という差異の元反撃を繰り出した。
だが次の瞬間突き出した拳から腕の関節辺りまでがぬちゃと音を立てながら切断された。
「はぁ!?」
おかしい、譽は確実に動いていなかった。それに触れられた感覚さえ無かったのだ。絶対に能力を使用した、だが掴めない、何も分からない。どうせ生き返れば治るので傷は大して問題視していない。だが能力の詳細が全く分からない。
この異常なまでの身体能力も今のと同じ能力なのか、それとも複数持ちで身体強化をかけているのか。前者だとした場合どういった能力で腕の切断を行ったのだろうか。まるで切断される所だけ時が飛んだような感覚だ。
とりあえず人工心臓でも攻撃でも良いので一度死んだ方が良い。だるま状態にでもされたら最悪だ。
「させない」
譽が次に取った行動は追撃ではなく、距離を取る事だった。その隙にでも人工心臓を作動させようと霊力操作を行ったその瞬間、体絶対にとんでもない激痛が走る。本当に全身だ、その中でも特段痛んだ喉元を触れてみる。
すると手にパラパラとした肌色の何かが付着した。そして瞬時に物体の正体を理解する、皮膚だ。崩壊している。これは工場地帯で霊力チョコを喰い霊力がオーバーした時の蒼や、ファストにもあった傷だ。
許容量以上の霊力注入、大変危険だ。この実験をする事は出来なかった、何故ならある程度霊力操作が上手くないとそもそも意識を保つ事すら不可能なのだ。そしてその霊力操作が上手い人物は全員主力メンバー、試そうにも試せなかったのだ。なのでこの先何が起こるのかは完全に不明である。
そして恐らくもう一度おなじ事をされた時点で限界のその先へと到達してしまうだろう。四葉の能力は非常に燃費が良い、言い方を変えると霊力消費が少ないのだ。なので瞬時に霊力を消費する場合人工心臓に大量の霊力を流し、一秒で五十回程死亡する必要がある。
一応実用は出来るがやりたくない。言葉に出来ない痛みや不安感、全ての感覚が遮断される感覚、その諸々が重なり合いおかしくなってしまいそうになる。戦場でやるにはあまりにもハイリスクローリターンだ。
「やっぱそうだよね。あんたの能力は使い勝手が滅茶苦茶に悪い、その代わり燃費が良いんだ。大体そうだよ、便利な能力程霊力消費が激しかったりするけど不便な能力程霊力消費が少ない。そんなもん。
機械の心臓で自殺はできる、けどそれには相応の精神力と肉体的な忍耐力が必要。忍耐力はまだしも精神力は無理でしょ。学園側の中では相当心強いっぽいけど、耐えられるとは思えない」
「どうだろうね…ここで私が秒速二百回で死んだりしたらあんたのその攻撃は通用しない」
「別に同時に殴ったりすれば良いだけ。それに何よりそれは不可能、心臓が壊れる。あんたの相当使い込んでるでしょ、数年物。真波の能力は元々佐須魔が誰かから貰ったやつ、だから古参の私もその利便性やある程度の詳細が頭に入っている。
だから分かるの。多くて秒速八十って所でしょ、それ以上負荷をかけたら壊れる」
完璧だ。勘なのかもしれないが怖い程正確だ。数日前試してみた、心臓がどのレベルまで負荷に耐えられるのか。そして危険だと直感で分かったのが秒速八十回辺りだった。
ここまで読まれていると作戦さえ通じない気がする。最初からろくな作戦は無いがそれでもプロットは組み立てていた、だが通じないだろう。譽は能力だけでなく単純な戦闘能力も優秀なようだ。一方四葉が出来る事など限られている、相手の能力があまり分からない以上比べる事は難しいが少なくとも勝てるとは思えない。
「でも…やるしかない…」
どんな痛みを伴おうともやるしかないのだ。少しでも引き延ばし、解き明かす。
「まさかやるの」
「やるに、決まってるでしょうが」
覚悟を決め人工心臓に霊力を流す。秒速百二十回、そんな負荷耐えられるはずがない。発動して一秒、心臓がオーバーヒートを起こし、そのまま破損した。
血の流れが安定しない、もう命が長くない事までも察してしまう。怖いし気持ち悪い、もう死ぬ事も許されない。強力な身体能力向上以外何の変哲も無い女の子、しかも心臓が抜けている状態。何分、いや何十秒持つのだろうか。分からない。だがやったのだ、もう引き返す事は出来ない。
百二十回の死亡。素の最大霊力はおおよそ280、譽によって増やされた状態で600、一回の消費は0.5、百二十回の死亡による総消費量はたったの60、現在の霊力は540である。限界突破状態、体が崩壊していくのが分かる。だがそれより先に血が回らなくなり死ぬ。
「まぁどうせ数十秒しか変わらないよ。多分酸素回らないのは苦しいでしょ、殺してあげるよ」
どうせもう一度同じ攻撃をすれば霊力オーバーの最終段階まで一気に行くだろう。それがどんな風になるのかは分からないが絶対に体が耐える事は出来ない。これで終わりだ。
左手をゆっくりと動かす、まるで右手を隠すかのように。そして微かな何かの音と共に四葉の霊力が爆増した。
「……ん?なんで死なないの」
言葉は無い。ただ苦しそうに立っている、死んでいない。それどころか崩壊が食い止められている様にすら感じる。
「……どう言う事……」
ひとまず霊力感知で大体の量を確認する。何が起こっているのか理解すると同時に少しだけ感服してしまった。
「マジか、よくそんなに高速で練れるね、体力……いや異常なまでの身体能力の向上か。心臓が欠けているから命を紡ぐ力である体力で無理矢理補っている…霊力はあっても嬉しいだけなのか……凄いね、あんたの遺品」
パッチ、強化パッチである。真波の説明書、四葉に向けてだ。
『それは強化パッチ。多分四葉は苦戦するし死ぬと思う。何だかんだ手をかけて色々手伝ってあげたから悲しいかも。
それで強化パッチの使い方。常に体の何処かに埋め込んでおくと良いよ、霊力を帯びている状態で触れているとその力は発現する。効果は単純、霊力を体力に変換可能にする。
本来体力→霊力の一方通行だけでそれを使っている間は霊力→体力も可能にする。だけど注意して、パッチ作動中は逆に体力→霊力ができなくなるから。
でも使いどころは必ず来ると思う。別に大事に使う必要は無いけど、しっかり有用な物として扱って』
こんな無茶をする事まで見透かされていたのだろう。だが助かった、現在体力は減り続ける一方なのだ。無駄に増えた霊力を使って体力を生成し、更に生きながらえる。
「やっと…慣れた」
もう動ける。だが消費速度は凄まじく持って四十五秒、その短い時間でどうやって戦うべきだろう。考える時間は無い、何としてでも能力の謎を解いてヒントを共有する。
「だからさせないって…」
半ギレ状態で殺す為再度能力を発動しようとする、だが四葉はその死の間際にてある記憶が繋がる。それはTISはテレビ中継で宣戦布告を行った時だ。
譽に頼んだ全世界の各所で爆発が起こった。それは明らかに能力であり、ヒントになる。まず前提として爆破する能力ではない事は明らかだ。無限の可能性がある複数持ちの線は考えてもキリが無いので端折る。
次に霊力の爆増、身体強化、全世界での爆発。これの全てに共通している力を見つけるのだ。それだけでは分からない、だが一つ、何となく当たりそうなものは思いついた。
それを証明するには自身の"血"に能力を使わせたい。恐らくそれが一番伝わりやすいだろう。腕だと恐らく伝わらない、血の方が良い。ふと異常に気付いてくれるはずだ。
「…ダメだ…」
カッターを取り出し、自分の手首を切った。リストカット、血がダラダラと溢れ出て来る。そこに体力が消費され、オーバーした霊力がドンドンと減って行く。これ以上無理をさせるのは可哀想だ、未だ体の中に大量に流れているであろう血を使う。
譽はゆっくりと指を四葉の方に向ける。そして指を鳴らし、能力を発動した。次の瞬間体中から血が吹き出す。針で穴を空けた水風船のようにして溢れて来る。
「もう…」
言葉は出ない。ゆっくりとうつ伏せになって倒れた。
「ヤバ、使い過ぎた。佐須魔の所戻ろ」
譽はさっさとその場を離れてしまう。上手くいった、命と引き換えではあるが伝わっただろう。
「…生きてますか」
ベロニカの声、辛うじて聞き取る事は出来る。
「私の体もろくに動きません、口だけです。私達は黄泉の国に行けるでしょうね、運が良かったです……走馬灯、見ました。苦しい過去の事も思い出してしまいました。ですがそれ以上に嬉しかったです、皆さんとの日々を色濃く思い出す事が出来て。
私達の役目はここで終わりです。最後に私が口で伝えます、ドローンが真上にいるので。四葉さんはお先に行ってください、本当にすぐに追いかけますから」
落ち着いた声。ベロニカは負けを確信すると冷静になる、今もその状態なのだろう。だがこんな時だととても安心出来る、一人ではないのだろう。やはり気が合う、昔からそうだった。昔から、今も。
ベロニカはゆっくりと口をパクパクさせる。声は届かないだろうが確実に理解してくれる人物が一人いる、そいつに届く事を願って。
その人物は瞬時に『阿吽』を行い連絡する。
『流です。ベロニカが口をパクパクさせていましたが、あれはモールス信号です。何とか伝えてくれました、二人は非常に貢献してくれました。感謝してお伝えします。"3"だそうです』
連絡を終える。まだ戦いは終わっていないのだ、これは一旦の報告。しっかりと考えるのはまだだ。その『阿吽』は生徒会メンバーにも送っていた。なのでベロニカは伝わった事を知り、少し嬉しそうしながら再度信号を送る。
それを見た流は『阿吽』を使おうとしたが、読み解くと共にそれをやめた。そしてすぐ近くで見守っている兵助の方を向きながら伝える。
あの時の答えを どうか 今。
私があの時楽しんでいたのは 戦闘病でもなく 覚醒でもないです。
想像していたんです 勝手に。
親しき友である咲さんが これから兄と再開し どんな風に笑うのか。
ずっと哀しそうだった咲さんの顔が 少しだけ笑っていたの 見てしまったから。
だから楽しかったんです。
兵助は直接この言葉を伝えられない事を悔やみながら惜しくも『阿吽』で伝える。
『満点だ』
それを聞いたベロニカはほんの少しだけ微笑みながら、ゆっくりと目を閉じ、眠りに就いた。
《チーム〈生徒会〉[マーガレット・ベロニカ] 死亡 > 紗凪架 譽》
《チーム〈生徒会〉[四葉 桑] 死亡 > 紗凪架 譽》
これにて掴まれる、譽の尾が。
第三百六十二話「引き換えの尾」




