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【完結】御伽学園戦闘病  作者: はんぺソ。
最終章「終わり」
361/556

第三百六十話

御伽学園戦闘病

第三百六十話「最後のメルシー」


戦闘病だ。ただ出場して来るTISの全員が覚醒や戦闘病が使える前提で鍛えられたのだ、怯む事も無く攻撃の手を取ろうとする。だがふと考えた、戦闘病は正気を失う。なので今までと同じひたすらにブラフを行っても意味は無い気がする。それに正気を保っているとしても一度使った戦術、二度目があるとは思えない。

だが単純に殴り合ってもろくな情報は落とせない。躑躅の中で気になっている事が一つだけある、それを試す為にはもう少し場所を変えなくてはならない。

現在はただの森、しかも低い広葉樹の森だ。こんな所で戦ってもどうしようもない、試せないのだ。


「原さん、上、見てください」


上空を指差しながらそう言った。原は何があるのか確かめる為上を向いた、だがその時だった。周囲に嫌な空気が蔓延する。それは霊力ではない、喉元の発動帯に何の反応も無いからだ。

あくまで第六感、あてるにするべきか毎回迷う部分である。だがそんな第六感が耳元で囁いて来る、まるで(フェアツ)にも似た声で。


逃げた方が良い


ただその言葉を二回ほど、ゆっくりと。それは幻聴であり、幻視でもあり、何なら幻触覚でもあるのだろう。まるで十秒近くにも感じたが実際経っていたの実に零秒、一切時は経過していなかった。

それと反するようにして眩暈がするような速度で動き出す現実。すぐに対処を求められた原が取った衝動的な行動は意外なものであった。

突撃してきた躑躅の顔を掴んだのだ、完全なる反射神経で。両者驚く、当然だ。


「なっ!?」


そして変化がある。躑躅の片目を包む包帯が無くなっている、というよりも解けている。隠したがる理由も分かる程痛々しい傷だ、慈悲の心さえ生まれてくる。

だがそれと同時に溢れ出て来ている嫌な空気。これから何が起こるのか、それは原にも分からない。ただし言える事がある、逃げるべきだ。

まるで操作されているようだ。兎を崖っぷちに追い詰める狼のように、まるで誘導されているようだ。この後の苦痛を少しでも和らげまいとするその根性。恐怖は無い、ただただ淡々と進むだけ。

後退、手を放しての後退。絶好のチャンスであった、それなのに咄嗟に手を放して咄嗟に背を向けて走り出した。中途半端な戦闘病というのはこういった行動に出やすい、体の制御が上手く効かないのだ。だがそれもあくまで原の意識に則った動きなのだ。非常に不思議な感覚である。


「良いですね、その動き」


躑躅がグンッと距離を詰めた。

仕掛けてくるはずだ。メルシーの力を無条件で使えるのなら惑わせながら攻撃するはずだ、全方位を警戒する。だがその時、ようやく気付いた。躑躅が何をしたがっているのかを。

すぐにそれがマズイ事だと感じた原は逃げをやめ、反撃に転ずる。だがその反撃、今までとは正反対の攻撃を突如として行うのは何かの合図でもある。

そしてその合図が悪い意味を孕んでいる事を躑躅は悟り、心の中でガッツポーズを決めた。自惚れるのも程々に、皆に伝えるのが役目なのだから戦わなくては意味が無いだろう。


「多分躑躅君は僕の弱点を伝えたいのでしょう。ですが上空にあるドローン、あれには声が届かない。それはいつもそうだった、何かを伝える時には、言葉が必要だ」


「いえ違います。僕らは行動や些細な動作、それだけでも感じ取れる程に研ぎ澄まされた感性を備え、抱えているのです。なので僕らは無謀にも突撃している、この島全体で発生している戦闘達がそれを物語っている」


本気の眼であった。そんな馬鹿としか言い表しようの無い作戦が通用するとは思えない、確かに薫や絵梨花は強い。だが常に側に置かせてもらったから分かる、佐須魔や來花の方が強い。圧倒的とまでは行かずとも安定して勝てるはずだ。

そしてそれは学園側も理解している事だろう。何より時間が足らなかったのだから。それなのに若き命を犠牲にしてまで戦う理由が、どうしても導き出せなかった。

ただ分かっている、それは理論なんかで語られる代物ではないのだ。躑躅の眼に映っているのは原の姿ではなく、その先に見据えている平和な世なのだろう。だがそんなのは夢、幻想。出来るはずの無い敗者の妄想でしかない。

そんな思考を翻る事になる。この三十秒で。


「メルシー!」


そう叫ぶとメルシーと躑躅の二人が一気に前方に移動して来た。どうやら条件自体は存在しているらしい、メルシーが力を使わなくてはいけないという条件が。

とりあえず分かっていれば充分、大変ラッキーな事だ。後はこの条件をどう利用しつつ逆転するか、だ。現状では原が劣勢である、情報戦としても単純な戦闘としても。

そして躑躅は厄介な敵だ。完全感覚で挑んだ場合霊力残滓を設置され、翻弄されるかもしれない。そうなったら二回目の死を経験し、更に情報を渡す事に成りかねない。

出来る限り避けるべきなのだ。ただ一度は死ななくてはいけないと思う、躑躅の覚悟と力は本物だ。最悪の場合魂を捨ててでも特攻してくるかもしれない。


「…行きますよ」


一瞬だけ停止していた二人が同時に拳を放った。反体力はどうせ意味を成さない、気にする必要はないはずだ。それなのにまた聞こえてくる、同じく二回、ゆっくりと。


逃げて


愛しい妹の声、避けた。すると躑躅は驚きながらも追撃の手を緩めない。やはりくらってはいけない、反体力ではない。何か仕掛けがあるのだ。

その仕掛けを見抜き、破壊する。まずはそれからであり、そこで終わりだ。そろそろ良いだろう、殺しにかかる。


「…!メルシー!」


動きが変わった事を見抜いた躑躅は瞬時に距離を取った。とても良い動きである。だがそれでは駄目だ、間に合わない。ただ避けるだけ、そんなの話にもならない。距離を取ったのならばトラップの一つでも仕掛けなくてはいけない。そうでなくては、逆に嵌められる。


「残念でした」


躑躅の足がもつれる。すぐに視線を落とし、正体に気付く。原の髪だった。ただおかしい、それは手の様に変形している、と言う事はフェアツの能力が干渉しているはずだ。

ただ躑躅は無霊子、霊力で出来ているそれが触れられるはずがないのだ。だが現実は触れている、躑躅の右足をガッチリとホールドしている。夢でも幻覚でも無い、現実だ。

思考を回し、考える。どんな仕掛けなのか見破らなくては満足に動けないまま攻撃を受ける事になる。それだけはマズイ、まだ成すべき事を成せていない。

決めたはずだ、全てを捧げる覚悟だと。


「メルシー!!僕の右足を切断しろ!!」


原はそれを止めるかのようにして突っ込もうとした。だが再度語り掛けて来る声。


ダメ


大人しく距離を取る。次の瞬間躑躅の右足首は切断され、髪から逃れる事が出来た。最悪だ、バレた。


「…見えなくなった…」


足は多少の動きを見せているし絞めつけれているであろう傷が今も尚生成されている。それなのに視界に映らない。ほんの数日前だ、同じような体験をした。



「ねぇねぇ椎奈せんぱーい」


「どうしたの後輩……確か虎子ちゃんだったっけ?」


「そう。ふと気になったんだけどさ、先輩の能力で躑躅に霊力って与えられるのかな?」


「躑躅……えーっと、無霊子の男の娘、だったけ?」


「そうですそうです。指数で言うなら5とかで良いので流してくれません?あたし気になって夜も眠れないよー」


「あらまぁそれは大変、私も気になるし…良いよね?香奈美」


「好きにしろ。別に指数5程度の霊力、数時間もあれば回復するだろう」


「いやーだって会長でしょ?指示を仰ぐのは当たり前でしょ~」


「良いから早く行け、報告は頼むぞ。私も少し気になっていたんだ」


「はいはーい。んじゃあ行こっか、虎子ちゃん」


「うぃ~っす」


そして能力館でファルの相手をしている躑躅に声をかけ、椎奈の能力で霊力を分け与える事にした。確かに気になったので躑躅も了承し、早速実験を開始する。と言っても凄く短時間で終わるのだが。


「行くよー」


椎奈が能力を発動し、霊が現れた。そしてその霊が円陣のような霊力の塊を展開させる、チェックのために共に効果範囲内に入っていた虎子の体には霊力が流し込まれている。

そして肝心の躑躅はと言うと、とても嬉しそうにしながらメルシーに話しかけていた。どうやら見えているらしい。やはり無霊子は自身で霊力を練れないだけで与える事が出来ればそこまで難しく無く霊力を扱えるのかもしれない。

それが分かった地味に有意義な実験であった。



そう、これだ。恐らくあの髪は躑躅に霊力を流し込んで来たから見えたのだろう。そう仮定したが疑問は残る、何故そんな事をしたのだろうか。わざわざそんな事をしてしまったら躑躅に手の内を明かすも同然、意味が分からない。

何らかの理由があるのだろう、戦闘病を発症中といえども原はそこそこ頭がきれる男だ。意味の無い行動はしないだろう。しかも気付いているようだ、躑躅の目的にも。


「……ならもう…やるしかないか…」


あまり空気にも当てたくない、痛む片目を抑えながらそう呟いた。メルシーは驚き、何とか止めようとしたが伝わらない。もどかしい、何度も何度もこういう事はあった。だがその都度友達に知らせたり、気合で護り抜いたりしてきた。でも今回は話が変わる、無理だ。メルシー一人でどうこう出来る相手ではない。

今回ばかしは、最後なのに、自分の意思で戦う事が出来ないのだ。そんな事があっていいのだろうか、なりたくてなったわけではないバックラー、ただ躑躅と共にいるのは嫌では無かった。そんな関係性だったのに最後の最後で無理矢理死んで終わり、酷い話なんて言葉では片付けられない。絶対に駄目だ、そんな事。

だが今更止められる気もしない。メルシーにできる事、それは今から躑躅が起こすであろう最後の行動を全力でサポートし、殺されずに遂行する事だ。それさえ出来ればリタイアボタンを押しても文句は言われないはずであるし、何より覚悟を無駄にする事は無いはずだ。


「最後に言っておくね、メルシー。今から君が行動する事を僕は許さないよ、愚弄に繋がると、そう考えてくれよ。だったらどうすれば良いかって?何もしないでくれ、ごめんね、メルシー。

今までありがとう。バイバイ、護ってくれてありがとうね」


その時躑躅は確かに見ていた、死に際での勘なのだろう。だが見てくれた、映っていなくとも。


「僕の事嫌いだったのかな、真波……遺物の効果が雑だよ、まぁここまで予測してって言うなら別だけど」


小さな球体を取り出す。そしてそれを目にした瞬間また付きまとうような助言の声。


もうダメ、逃げてお兄ちゃん


「ごめん、霧。それは駄目なんだ。僕はね、覚悟を決めた奴の戦闘で逃げ出す事を教わっていないんだ。許してくれ、どこまでも駄目な兄だけどさ」


……うん


「君にも感謝を伝えておくよ、真波。君のおかげで、僕は死に場所を作れたんだ」


球体に力を注ぐ。唯一霊力を使わずとも作動できるように作られていたので効果が雑なのかもしれない。遺書に書かれていた効果、それは『一度限りのぶっ飛ばし』である。

単純にノックバック能力が強くなるのだ。誘導したのだ。原の背後には前大会で出来たまま放置されている谷のような穴。そして左右には広がっている森林。


「僕の力で、終わらせる」


大して早く無い速度、何とか距離を詰め拳を放とうとする。だが原も易々と許すはずがなく、回避を行おうとした。だが次の瞬間、メルシーが原の全体をガッチリと掴み拘束した。


「言ったはずじゃん、愚弄だって…」


それでも少しだけ嬉しそうに最後の一撃、腹部にぶち込んだ拳によって原は異常な吹っ飛びを見せた。結果として谷に落下、そこまで深い訳でもないのでダメージは無いが最悪だ。

伝わってしまっただろう。そうなるともう許せない。近付いて来る際に原の髪の毛が付着したはずだ、それならば霊力が送り込まれたはずである。

これで原の攻撃が通用する。英二郎の光の斬撃にも似た刃を右手に纏い、這い出て来た。怪物の眼。だが同じく易々とやられる気は無い。


「まだ伝わっていないかもしれない、あと二回程度、出来れば…」


「君のメルシーが手伝ったように、僕には妹が憑いているんだ」


その言葉の真意に気付くには一瞬の時間が必要だった。だが体が動かないのだ、髪にはある力が付与されていた。この数年間原がまず最初に鍛え、習得した技術。霊力への特性付加である。これはインストキラーや身体強化のように元からそういった効果がある能力ならば大して時間はかからないが、原の場合は違った。

霧の能力を最大限引き出すには攻撃が可能な霊力操作が必要不可欠、なので習得したのだ。


「霊力を流された君になら、通じるだろう。可哀想だがやるよ。君は、良くやったよ」


剣を振り上げ、瞬く間に振り下ろした。一刀両断、その言葉が良く似合う光景であった。"今まで"の戦闘ならばここで決着がついていただろう、だが最後の最後、ダメ押しという値するだろう。

そのメルシーの行動は。本体は即死だった、けれども微かな意識の元、思い切り原を押し返す。強調する、谷。届いた映像、誰に繋がるのだろうか、躑躅はそんな事も分からず魂と化した。


《チーム〈生徒会〉[城山 躑躅] 死亡 > 原 信次》



第三百六十話「最後のメルシー」

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