第三百五十六話
御伽学園戦闘病
第三百五十六話「全てへの宣戦布告」
作戦会議から二週間が経過した。全てのチームは順当に力をつけ、仕上げの段階に入って来た。TISの動きは一切無く、取締課も大変楽そうに仕事と訓練を両立している。
この調子ならば思っていた以上に安定するかもしれない、そんな事さえ頭に浮かんだ。ただ次第に作戦内容が分からない事への恐怖が募って行った。
「ほんまにわいら勝てるんかなぁ」
「いや…私に言われても…」
蒿里は気まずそうな顔をしている。
「あーまぁせやな。というか一回もマンションの方行ってへんな、よく考えたら」
「あ、そう言えばそうだね。一応行っとこうよ、僕の荷物もあるかもしれないし、懐かしいと思うよ」
「せやなー行くかー」
二人は基地を出て行った。ニアは自室、ポメは菊の所に遊びに行っている、兵助は外出中、リビングにいるのは素戔嗚と蒿里だけだ。だが互いに話題が無いので沈黙のまま時は過ぎて行く。
そんな時一人、訪問者がやって来た。
「あ?兵助いないのかよ」
ハックだ。
「兵助は今外出中、学園にでもいるんじゃない」
「あっそ、んじゃあな」
ハックは何もせずに出て行ってしまった。だが何故か少し言えるような気がした、ずっとずっと言いたくてたまらなかった事。ただこんな事を言ってしまったらどんな反応を示されるのか分かったもんじゃない、なので封印していた。
でもここなら、今なら言える気がする。勇気を振り絞って、まずは声をかける。
「ねぇ…素戔嗚」
「何だ」
「……TIS、やめないの」
「どういう事だ」
「そのまんまの…意味…」
「やめない、それが俺の答えだ。お前だって分かっているだろう」
「…うん、そうだよね……ちょっと私出かけて来る」
蒿里は逃げる様にして基地を出て行ってしまった。丁度入れ替わりでニアが部屋から出て来た。
「あれ、蒿里さんは?」
「…出かけて来るらしい」
「そうですか…もう十一時ですね。素戔嗚さん、お昼ごはん作るの手伝ってくれませんか?」
「あぁ、良いぞ」
二人が昼ご飯を作り終える頃、タイミング良く全員が帰って来た。蒿里もいつも通り、昔と今の中間ぐらいのテンションを保っている。何をしていたのか聞く気も沸かないが、放っておくことにメリットは無い事は明白、ただ素戔嗚も不器用故に何と言って良いか分からないのだ。
ひとまず今は皆で食卓を囲む。その中で誰一人知らなかった、これが最後の団らんになる事を。
「ふー食った食った。にしても特に何も無かったなーわいの部屋」
「本当に何も無かったね。どうやって暮らしてたのか分からないぐらいには何も無かった。だって机と布団しか無かったよ?」
「えぇ…」
ドン引きする蒿里を差し置いて礁蔽が弁解した。
「だって飯はニアが作ってくれるやろ?しかも娯楽なんて大して興味無いし、ニュースとかは大体兵助とか乾枝辺りが教えてくれたから自分で知る必要無かったし、マジでいらないんや」
「まぁ僕があそこで暮らしてた頃って結構忙しかったもんね、皆」
思い出すと確かに凄かった。
流が地下から救出されたのが大体五月、そこから数日も経たずして何者かに操られた香奈美の襲撃に会い一時身を隠しながら生徒会メンバーとの戦闘。
同月にTISの襲撃が発生し兵助を救出、ようやくえスケープチームが全員揃う事となった。そして流は記憶が無かったためにそこでTISの存在とその力をを心に刻む事となった。
翌月來花の反応とルーズの行方の手がかりがあるかもしれないと言う事で礁蔽、ニア、素戔嗚、ラックの四人で遠征に出た。工場地帯での戦闘と裏切りを経て別世界の存在を知る事になる。
数日後仮想のマモリビトが降りて来て半強制的にエスケープチームを連行、同時期に行方不明になっていた中等部員と戦闘、咲と会う事によって佐須魔の記憶操作が解除、全てを思い出した。
そして間髪入れずにエンマからの連絡、生徒会エスケープチームで黄泉の国へ向かいフラッグとの戦闘。ニアが起床し力を見せつけた。流もそこで行方を眩ませた。
そこからは定期的に時間が空いたりしていた。ただこの出来事は全て約一ヶ月以内、波乱万丈なんていうレベルではない。戦闘初心者であった流にはあまりにハードスケジュールで心を追い詰めていただろう。
「本当に色んな事あったよねーその後も別に暇が長かったわけじゃないし、最初はこんな事になるなんて思ってなかったなー」
「まぁそうだろうね。そもそも僕がコールドスリープされたままじゃない時点で結構な偉業だよ、流」
「兵助君とタルベがいなかったらとっくに崩壊してるよね、学園」
「うん、多分前大会辺りで全滅してると思う。薫とか絵梨花みたいな化物しか生き残れないだろうしね」
「そう考えると色々な要素が重なり合ってここまでやってこれてるんだなぁ……案外これが最善策だったのかもね」
流のふとした言葉、全員が記憶を掘り起こし考えてみる。だが確かにそうだ、あまり先の事までは予想できないが自分がそこにいなかったら、という場面が結構多かった気がする。それはエスケープチームに所属する前の事も含めてだ。
だが蒿里は信じたくなかった、これが最善策だなんて。何故ならそれはラックと紫苑が死ぬのは確定だったと言ってしまうようなもの、TIS達が殺すと確定しているようなもの。
「そんなの…」
そう言いかけた時だった。光輝がゲートで飛び込んで来た。
「おい!お前ら早く来い!緊急だ、早く!!」
全員が一瞬で立ち上がり、ニアもキッチンから飛び出しゲートに突っ込んだ。全員最初の頃に比べると格段に反応速度が上がっている、これも成長なのだろうか。そんな事を感じる間もなくゲートは閉じられた。
そして繋がった先は会議室、液晶テレビが雑に設置されている。ひとまずそちらに視線を向けた、全員集まっており、皆が何事か心配している。
「ひとまずテレビをつけるが静かにしたまえよ。ハック君」
「わーってる、今やってます」
ハックは躍起になってパソコンを弄っている。
そして電源がついたテレビには何と佐須魔が映っていた。驚く間もなく佐須魔が口を開く。
「あーあーマイクテスト……やっほー全国の皆さん見ってるー?能力者集団TISの最重要メンバーの[佐須魔]でーす、まぁ知ってるか、お前ら大会好きだもんな~
でね、今日のお話なんだけど皆さんご存じの通り今年は一年早く大会をやりまーす。それは僕らTISの願いでーす。まぁ何でかって言うと、君達無能力者を皆殺しにするために学園の人間が邪魔なんだよねー。だから大会で始末するの。
楽しみに見ててねー年末、君達が楽しみにしていた大会はいつの間にか君達最後の命綱に変化しちゃったから……といっても時間は湧かないかなー、譽」
「ん」
画面の外から譽の声がした直後、何かが起こった。だが学園には一切変化が生じていない、すぐに翔子がスマホで調べると全世界の各地で大規模な爆発が起こったらしい。だがそれは特定の街や場所に向けたものではないようで、ただ無差別に爆発を起こしただけらしい。
「分かったかなー?多分ほぼ全員に音届いたと思うんだけど、あれ爆発ね。覚えておくと良い、大会で僕らが勝った場合次ああなるのはお前ら…」
その瞬間、TISの中継が途切れハックの顔が映し出された。
「っし、おっけ……あ、こちら警視庁の能力取締課に属している[name ハック]っす。今の映像はフェイクでも何でもありません、TISは無能力者能力者に限定せず全ての人間を殺すつもりです。それが平和のためになるという馬鹿も良い所な考えですがね。
まず言っておきましょう、我々能力取締課は学園側の能力者です。あなた達を助ける、それは昔から全く変わっていません。
もう刃が喉元まで近付いている事はご理解いただけでしょうか。本当に時間がありません。我々は大会にて打倒TISという目標を掲げています。どうか我々の…」
ライトニングがその席を奪った。
「変わりまして同じく能力取締課課長の[name ライトニング]です。ハックの言った事は確かな事実であり、訂正する必要すら感じません。
なら私がここに出た理由ですが、上司へ伝えたいです。我々はあなた方無能力者を守る立場に立たされている、なのでどうか今一度考えてください。私だけではなく、全ての能力者への扱いを。
現に能力者を放置して痛い目を見たのは、我々だ。あなただけではない、我々だ。大いなる責任を背負っているのも我々だ。ここから大会まで能力取締課はオフィスへ帰らない、TISを倒す為に。
ワガママだとは理解していますが、どうかよろしくお願いします。では」
中継が途切れた。宣戦布告、悪役に仕立て上げる必要も無かった。まさかTISがここまで大々的に打って出るとは理事長もあまり考えていなかった。だがそうなると、来るだろう。
ここまで派手にやったのだ、捕虜にされないようにと、来るだろう。
「帰るよ、馬鹿二人」
ほぼ全員が咄嗟に戦闘体勢どころか攻撃を仕掛けた。だがニアの広域化と半田の無力化によってその攻撃は止められた。大変迅速で正確な対応である。
全員がそいつを取り囲むようにして位置している。
「早くして、私も暇じゃない。餌あげなきゃいけないから」
兎の耳のような帽子、黒い戦闘服に白と少し燻ぶった金色の羽織、シンプルな刀、兎のバッグ。殺しの天才、やはり起こされていた。皆の心に緊張という束縛が発生する。
「…行くぞ、蒿里」
ここで抵抗しても両者として良い事はない。蒿里の手を引き、素戔嗚が前に出た。
「行くよ。マジで殺すからね、素戔嗚」
「…」
「佐須魔」
そう言うとゲートが現れた。三人は吸い込まれるようにして姿を消し、ゲートも消滅した。まだ一週間はあるはずだ、それなのにもういなくなってしまうなんて。もっとやりたい事があった、話したい事もあった。
それなのに、別れの言葉も無しにこんなあっさりと。後悔。ただそれだけだった、また同じような過ちを繰り返すのか、礁蔽がそんな思考に囚われそうになった時だった。
「まぁまぁ皆さん、そんな重い空気じゃ歓迎出来ないでしょー。何年振りかなー結構成長したねー皆」
その声に一番早く反応したのは香奈美であった。すぐに振り返って扉の方を見る。いる、立っている。信じられない、まさか本当に生きているのだろうか。ゆっくりと、小鹿のような足つきで何とか駆け寄ろうとする。
それはラックの遺書に書いてあった事だ。菊宛にこう、書いてあった。
『多分驚くだろうからお前の所に書くわ。
礁蔽を起こしたら少し時間を空けて落ち着いてから薫に教えて、一人でコッソリ起こさせろ。
多分一回分は残したがるだろう、だからこいつで良い。
名前は多々良 椎奈、お前も知っているはずだ。元生徒会員、あいつは黄泉の国だ』
能力バックラー、霊の力は周囲の霊力回復。だがそれだけではない、黄泉の国で死ぬほど文字通り血反吐を吐いて強くなって来た。
「多比良 椎奈、黄泉の国から降りてきました!」
多比良 椎奈、帰還。
第三百五十六話「全てへの宣戦布告」




