第三百五十話
御伽学園戦闘病
第三百五十話「合流と出発」
「まだまだ足りないぞ。さっさとやれよ」
ここは黄泉の国、アルデンテ王国の一端。ソウルとララが暮らしている家の付近、ここ数年間だが一人の男が来訪し力を付けていた。リーダーに申請し、強くなって来るよう言われた。それからはただひたすらに訓練を行い力だけで言えば相当強くなった。
定期的に別の人物にも稽古をつけてもらう事で様々な戦い方に対応出来るようになっていた。やはり英雄達の戦い方は現代のものと通じる所がある。
「はい!」
朝のトレーニング。ソウルは日陰で本を読みながら一応監督している。
「…!!おい光輝!」
「何ですか!?」
「一旦ストップだ!」
「え?なんでですか…」
「零式-零条が何者かによって発動された。天仁 凱の時と同じだ、あれを見ろ」
そう言って空を指差した。光輝がそちらを見るとそこには時空の裂け目のようなものが発生しており、一人の男が何処かから引っ張り出されている。エンマも直行しているようで様々な霊力が同時に動いている。
少し目を凝らすと誰が呼び起されているのか捉える事が出来る。
「礁蔽!?」
「そうらしい。どうやら本格的に動き出したらしい。俺らもモタモタしてる余裕は無くなったって事だ、こっちの時間では後三ヶ月、だが作戦とか力に慣れる云々で現世で一ヶ月の猶予は持たせたい。もう本当に時間がないぞ」
「はい!でもどうすれば…」
光輝の言葉を遮るようにしてある男がやって来た。
「もう時間が無いんだって?光輝」
「ゲッ、佐嘉かよ」
「そんな事言うなよ。別に俺が何かしようって訳じゃない、連れて来たんだ。ほら、やりな」
次の瞬間光輝の足が何者かによってガッチリと固定される。すぐに視線を落とすと光輝の影から手が伸びて来ている。
「影先輩!?なんで固定する必要が…」
「あんたが抵抗するから、絶対に」
固定した理由など暴れないようにする以外に無いだろう。死んでしまった元生徒会員、蓮、影、美玖、胡桃の四人はある研究をしていた。それは誰かが黄泉の国で訓練をするだろうと言う予測の元で。
TISは強くなっている、それと同じ様に学園側の能力者も強くなっている。謂わばインフレ状態にある今ただの身体強化だけでやっていけるとは到底思っていなかった。だが何か嫌な予感がする。
何故だが美玖は狐霊を出しているし、蓮と胡桃も能力を発動する気満々のご様子だ。
「何するんだ!?」
「別に、その内分かるよ。とりあえず蓮」
「おっけ!」
蓮が目躁術を発動し更に強い拘束を行った。普通に話せば良いのにこんな強硬手段に出ている意味が分からない。説明しろと叫ぶが誰の返答も無い。ソウルも佐嘉も止める気は無いようで、何なら家からララが出て来た気配すらもする。
本当に意味が分からない。仕方が無いので身体強化で抜け出そうとしたその時だった。物凄い衝撃が腹部から全身に響く、懐かしい感覚。初めて流と戦った時にやられた、胡桃のエネルギー弾を当てられたのだ。
「いってぇ!!」
まさか裏切られたのか、そんな思考が頭に浮かんだ直後の事だった。首元に鋭い痛みを覚える、それと同時に霊力が体から抜けていく感覚がする。
「やっぱ霊は弱くなっちゃうね、黄泉まで連れて来ると」
「いや私サポート系だから分かんないけど」
「だからお前ら何したいんだよ!!まずは話せよ!!」
「無理」
「だから何でだよ!!」
「言ったでしょ、その内分かる。安心して、別に敵じゃないから。どうせもうすぐ帰って他の奴らと作戦立てるんでしょ、だったら尚更駄目。悪いけど何も分からないまま大会に出て」
「おい胡桃!マジで…」
「もう充分だろう」
再度遮られる。少しだけ懐かしい、その声を聞いた光輝は本気で振りほどこうとした。それも当然、元々は敵、いや今も敵である事に違いはない。ただ少し違和感を覚え一時的に協力してくれているだけなのだから。
だがそんな事知らされていないのだ。基本的に訓練相手以外とは接触を許されなかった、煩悩を全て失くしてから訓練に挑んだ方が単純に効率が良い。ララとソウルがそう決めた。
「はーい」
蓮が目躁術を解き、影も手を放した。すぐに距離を取り、戦闘体勢を絶対に崩さない。今光輝から皆への信頼は地に落ちている。本人の立場になれば当然なのだがこれも想定内だ。
まずはクアーリーが両手を挙げながら諭す。
「俺は敵じゃない。お前とは接触しないように言われていたから今日まで伝えられなかったんだ」
「…ほんとか、胡桃」
「本当。まぁさっき攻撃した事には一切関わらせなかったけど…突き止めたよ、あいつの術」
「あいつ?……まさかあれか?」
「そう。空傘 神の呪、私を殺した正体不明の呪。今からあんたには役目をあげる。呪術・天の詳細を伝えるから、殺して。空傘 神はあんたにしか殺せない。文字通り命を懸けてやって、絶対に」
「話が飛び出すぎだろ。まずは天の詳細を教えろよ」
「分かった。まず呪術・天は空傘 神と天仁 凱が一緒に作り出した呪」
「…は?ちょっと待て待て、あいつらは同一人物のはずじゃ…」
「違う。TISも学園の皆も勘違いしてる。天仁 凱と空傘 神は別物、潜伏してるの。だから前大会でも天仁 凱が唐突として現れた。タイミングが悪く中継されなかったけど天仁 凱が螺懿蘭縊から出て来た時は神の姿だった」
「良く分かないけど…とりあえず神の体には天仁 凱もいるって事で良いのか?」
「そう言う事。だから神だけをやっても意味はない、簡単に言えば第二形態。順番はどっちでも良いけど連戦が必至、だからこれから教えるの、神の最終兵器を」
「それが呪術・天って事で良いのか?」
「そう。あんたも見たでしょ、あれを受けた時の光景」
「あぁ、地獄って言葉が良く似合う風景だったな。そんで元に戻ったと思ったらお前が針に刺されていた」
「うん、その通り。不思議な事にあの時私は痛いと思わなかった。だから不思議に思って調べてた、黄泉に来てから。幸い天仁 凱を知ってる人間は結構いたし、初代ロッドとかエンマにも力を借りた。結局の所は本人にしか分からないけど、多分当たってる。
天は簡単に言えば即死技、不可避のね。でも神は必ず、どんな術でも能力でも弱点を作る。本来ならば呪の弱点が当てはまるはずなんだけど……そこで私はある推測を立ててみた。
あれは単なる攻撃じゃなく、何か不明瞭で不可視の何かに攻撃をしているんじゃないか、って」
「魂か?」
「違う。まぁ最初はそう予測したんだけどね、そのタイミングで影が無理言ってラッセルとクアーリーを協力させた。そこでこいつかある情報が出て来た。クアーリー」
「あぁ。その情報と言うのは簡単に言えば実験記録だな。俺は現世である実験を手伝わされた。神の変形だ。俺の能力は『変形』、触れているものの形を変える事が出来る。
そしてそれは生物に対しても行える、ただし通常の比じゃない霊力を消費するがな。何日もかけて霊力を溜め、神を変形させる事になった。
過程は省く。結果として何も起こらなかった。だが確実に何かを変形させたんだ。そんなモヤかかった思考は大会が終わってすぐに解消された。紫苑だ、あいつが教えてくれたんだ、天仁 凱が現れた事に。
そこで繋がった。俺が変形させたのは天仁 凱の魂だっただろうとな。逆に言えばそれ以外を変形させる想像が出来ない、それ即ち無理と言う事だ」
「ん?どういう理論なんだ?」
「俺の変形にはある条件がある。それは俺が想像出来る範疇でしか効力を発揮しない。基本的にどう変化させるか想像しながら使うから意味のある制限だとは思っていなかったが、俺が予想できない人の域を超えている件だとああなってしまうらしい。当時の俺は魂を変形させようとしていた。だからそれで変形出来ていないのは説明が付かないんだ、俺の発動した、という感覚がおかしくなっていない限りはな」
「んー良く分かんねぇな」
「まぁ話を戻すと結果的に天仁 凱と空傘 神は共存しているという事になった。ならおかしい、天仁 凱は神に破れ死亡した。そんな無謀で挑戦的な奴が二度目のチャンスのために準備をしないとは思えない。
恐らく奥の手や必殺技のようなものには本物の神への有効打という役割も持っていると予想した。まぁそれが奥義じゃないって事も無くは無いんだろうけどね、それを考えるのは後で良い。
そして皆で議論を重ねていく内に一番違和感が多く、詳細が不明な『呪術・天』がその神への有効打という位置づけになった」
「でもそれはお前にも効いただろ?」
「そう。そこをひたすらに突き詰めていったの。神にあって、私達にもあるもの。あの神は私達と同じ様な見た目をしているけど、しているだけ。構造としては全く違う。恐らく魂も無い。
私言ったでしょ、不明瞭で不可視のものへの攻撃。どうせ戦闘病を作ったのも、覚醒を作ったのもあいつ。そしてその二つにも共通するものがある。
ちょっと質問。光輝は自分で好きな娯楽作れるとして、自分が分からないものを織り込もうとする?」
「しないな。折角の娯楽なんだから基本理解できる事が良い、全く分からないものは娯楽として楽しめない事の方が多いと思う」
「そう、そう言う事。あいつは私達の争いを娯楽として見ている。それならばその娯楽としての要素である戦闘病と覚醒には確実にマモリビトの知っている、持っているものが組み込まれている。
考えてみ、その二つで共通している事。手に掴めない、概念にも近しいもの」
「……どっちも、感情が昂るな。俺はどっちもやった事無いけど」
「正解。美玖や影、蓮だけじゃない。ルーズも、エンマも、ロッドの姫達も、英雄達にも聞いて回った。誰も反論しなかった、神と私達人間に共通する数少ない要素の一つ、それが"感情"。
天仁 凱はそこを突こうとした。恐らく一回目の戦闘で楽しんでいる所を目にしたんだろうね。そこで気付いたんだ、そこまで遠い存在じゃないって、私達人間でもあいつと共有し、理解できる点があるんだって。
だから天仁 凱は空傘 神というもう一人の自分と協力し作り上げた、感情への攻撃。私が痛くなかった理由はその時解明できた、『呪術・天』は直接攻撃する呪ではなく、心への攻撃だ」
「それなら幾らでも対策が出来る!」
「そう。だから教えた。私はあんたをあんまり知らない、それは他の人間も同じ。だけどあんたはこの数年間現世と黄泉の国で様々な人間と接触し、成長して来た。
その過程を全て見て来た者は誰一人としていない、けど沢山の時間傍にいた奴らは全員言ってたよ。会長も、薫も、ソウルとララも。行けるって、言った。
私もそう思う。血のにじむような努力、私はそこを評価して。あんたに託す。しっかり覚悟して行きな、あんたがやらなかったら、全てが終わるよ」
とても重たい任務であり、失敗が許されない任務の一つ。他にも同じ様に皆の命を背負って動く者はいるだろう。だがそれでも、そんな人材として自分が抜擢されるとは考えてもみなかった。
期待と不安。その両者が混じり合っているが、それ以上に嬉しかった。年下の拳に勝てる点は無く、重要幹部と渡り合うにも一苦労。そんな自分が、様々な人に認められた。
「あぁ、必ずやり遂げる。ありがとうな皆」
覚悟は終わった。
「さぁ行こうか、時間だよ」
降り立つマモリビト。
「フロッタ。頼むぞ」
「心配するなよソウル、安全に届けるさ。準備は良いかい?光輝」
「少し待ってくれ!」
佐嘉が止めた。
「光輝。俺は既に能力者ではない、それは君も知っていただろう。あの時、この黄泉の国でも戦争をしていたあの時。君が俺の話を聞いてくれたからフロッタや現世の皆が力を貸してくれた。俺がララやソウル、ベアや馬柄、他にも多数の人間とのわだかまりを解消できたのも君のおかげだ。
そんな俺だからこそ言わせてくれ。TISは間違っている、君達が正義だ」
光輝はエンマの触手を体に纏わせ、手でも掴んだ。そして振り返りながらこう言った。
「佐嘉さん、それは間違いだ。TISは間違ってない、でも俺達も間違っていない。詳しい話を聞いて思ったんだ、俺は昔のあんたが間違ってるとは、到底思わないぜ。
それじゃあ、行って来る」
エンマが飛び立った。裂け目が起こった場所と同じ所、そこへ向かうのだ。
「良いだろう?僕が作った、理想の郷は」
「あぁ、すぐに戻ってくるさ、エンマ」
その時二人の周囲に黒い蝶が付きまとう。すぐに下を見るとそこには見上げるラッセルの姿があった。
「必ず勝ちますよ!!ラッセル先生ー!!」
手を振りながら一時の別れ。ラッセルも不愛想ながら小さく手を振り替えしていた。
「さぁ、目を瞑るんだ」
数秒後、解放感が訪れ、抜けて行った。だが畳みかけるようにして声がする。
「どうだった、黄泉の国は」
「凄く、最高だった」
「そうか。覚悟は出来てるんだな」
「あぁ、勿論だよ。会長」
「それでは向かおうか、学園へ」
姫乃 香奈美
姫乃 水葉
葉月 半田
麻布 康太
穂鍋 光輝
拓蓮 灼
葛木 須野昌
フルシェ・レアリー・コンピット・ブライアント
高田 漆
計十一人が、帰還する。
第三百五十話「合流と出発」




