第三百四十七話
御伽学園戦闘病
第三百四十七話「TIS Ⅰ」
本拠地、重要幹部と三獄、一部の上しか残っていない閑散としたこの空間。それでも訓練は欠かさず勝利への道を最短で突っ切って行く。
佐須魔も神の力に馴染んで来たのか以前とそこまで変わらない態度を取るようになった。智鷹もお得意のウザ絡みで親交を深め、ほぼ全員と仲良くなっていた。
そして時は十二月一日、学園ではニアが帰って来た日である。一方TISでは本当に最後の招集がかかっていた。王座の間、今回は中央に佐須魔が座っており、脇に來花と髪を弄っている智鷹がいる。
「集まってくれて感謝するよ、皆。決着まで一ヶ月を切った事は周知しているはずだ。そこで各々の訓練があるだろう、なので大会直前、というよりも大会当日の招集を除きこれから一ヶ月は完全に放任状態とするよ。好きな様に動くと良い、勿論学園に行っても良いよ」
蒿里と素戔嗚の方を見ながらそう言ったが両者反応を示さない。つまらなさそうにしながらも話しを進めた。
「なので今日ここで起こすよ、僕は残り一人、そしてアリス…」
「はい。ちゃんと習得しましたよ、三人起こせます」
「分かった。まず僕が一人起こし、その後にアリスが起こす。良いね?」
「えぇ、勿論。ですがそれは今日の最終項目、それよりやる事があるのでしょう?」
「お見通しって感じだね。とりあえず起こすのは後だ。
……質問させてもらうよ、皆。命を懸ける覚悟は出来てるよね、当然」
皆が黙り込んだ。だがそれは了承していると言う事、それで良いのだ。
「よろしい。まぁ結構な人数にバレてるとは思うけど、ここで僕らの目的を話そう。少し長くなるから、各々座ってくれよ」
佐須魔が指を鳴らすと全員の傍に椅子が生成された。大人しく座って、昔話を聞く事とする。成り立ち、TISの始まりを。
時は遡る。佐須魔が直接の血統、薫以外の華方家を皆殺しにした日の事だ。戦闘もせずに島を後にした佐須魔は途方に暮れていた、元々外で暮らしていたので何も分からない訳では無いのだがこうなるとは思ってもみなかったので最新技術や情勢など全然知らないのだ。当時の佐須魔はまだ小学生なので仕方が無い事でもある。
路地裏に潜みホームレスのような生活をしながら力を蓄えても良いだろう。その時既に目標はあった。そして辿り着くまでに力が必要不可欠だからだ。
「さて、どうしようかな」
ゴミを漁るしかないかとコンビニに向かう。別に大した都会でも無いので人は少なく、世界に自分一人しかいない感覚にさえ陥ってしまう。
ただ放浪するようにしてコンビニまでやって来た。バレないようにゴミを漁ろうとしたその時、背後から声をかけられる。老婆の声だ。
「何をしてるんだい、こんな子供が」
振り返り、野良猫の様に警戒する。そこに立っているのは優しそうな顔をしているが、筆舌し難い独特な雰囲気を放っている老婆だった。キセルを手にしており少々臭う。
佐須魔が一向に喋ろうとしないので何か特別な事情があるのだろうと察したその老婆は少し考えてから質問をする。
「あんた、華方かい」
「…んで分かるんだよ」
「私は能力者戦争…って言っても分からないかな。あんたの血筋の奴とちょっと仲が良かったのさ、だから何となく分かった」
「って事はババアも…」
「あぁそうさ、能力者だ。多分ここ数十年常に最強だと思うよ、回復術士の中ではね」
「用は何だよ…」
「そう警戒するもんじゃないよ。まぁ用と言う用は無いんだけどね、こんな時間に子供が何をしているんだろうと思っただけさ。用があるのはこのコンビニの店長さ」
「あっそ。じゃあな、どうでも良い」
「待て待て」
「何だよ」
「お前、名前は何と言う?」
「華方 佐須魔」
「佐須魔、あんた行く先無いだろう?」
沈黙。
「まぁそうだろうと思っていたよ。別に取って食おうって訳じゃないさ。どうだい、家に来ないかい?」
佐須魔は黙って老婆の方へ寄った。すると老婆は嬉しそうに笑いながら佐須魔の頭に手を置き、言い聞かせるように口を開いた。
「賢い子だ。お前は将来強い子になるよ、色々な意味でね」
「…」
「それじゃあちょっとだけ付いて来てくれ、さっき言った通り本当に用があったのは店長なんでね」
「…あぁ」
店に入る。するとレジで鼻歌を歌いながらホットスナックを補充している者がいた。黒髪長髪、だが男。常に少し上がっている口角、本当に気持ち悪いと生理的な恐怖を覚えた。
だがその男の胸には店長と書いてあるプレートが付いていた。
「あ、婆ちゃん~」
「私が客だったらどうするんだい、しっかりしなさい」
「え~?でも別に客として来たわけじゃないでしょ~」
「まぁそうだがね。ほれ」
店長へある封筒を受け渡した。店長は軽く目を通してからウインクとサムズアップをして裏に行ってしまった。どうやらそれで用は済んだらしい。佐須魔は老婆に連れられ、自宅へと招かれるのだった。
時は流れ一年後、老婆との生活にも慣れ目標への手立ても考え始めるようになった。だが老婆の体調は悪くなる一方であり、いつ死んでしまってもおかしくないレベルになっていた。
能力の使い方、能力者戦争、最低限の勉学、覚醒、戦闘病、本当に色々な事を教えてくれた。第二の母親と言ってもいい程であった。そしてその日はやって来た。
「婆ちゃんー?」
普段は佐須魔よりも早起きの婆ちゃんがいない。リビングにもおらず、庭にもいなかった。その瞬間身を焦がすほどの胸騒ぎに支配され、衝動的に婆ちゃんの寝室の扉を開けていた。
するとそこにはうつ伏せになって苦しんでいる婆ちゃんの姿があった。
「婆ちゃん!!」
「…佐須魔……歳のようだよ……まぁそこそこ生きたし…満足さ…」
「何言ってんだ!?まだ知らない事だらけで…」
「全部…調べた……学園には頼れないのなら…智鷹に頼ると良い……初めて会った日の店長さ……あいつなら預けられるさ…」
「はぁ!?だから!!」
「お前には…潜在的な力がある……『式神術』だ……好きに使うと良い……今私が言えるのはここまでかな…」
何とか目を開いていた婆ちゃんの目は閉じてしまった。辛うじて息はしているようだが回復はもう無理だろう。当時の佐須魔に能力なんて無いも同然、誰かから吸収もしていないのだ。
どうすれば良いのか分からず、ただ滝のように冷や汗を流し背筋の感覚が無くなって行くのを脳みそで感じるだけ。何とも無力だ。やはり全てに力がいるのだ、その時再確認できた事は、それだけだった。
「婆ちゃん……」
脈が無くなった。次の瞬間だった、時が止まったような感覚に見舞われる。そして背後からのしかかる呪のように重たい、今後の人生を決定付けた一言が放たれた。
「魂」
ただ、それだけだった。再度世界が動き出す、そして知覚してしまった、魂を。何かを考える予知すらも与えられなかった、結果として佐須魔はその魂から能力を抜き出すのではなく、喰ってしまった。
頭がはち切れそうだった。ただただ流れ込んでくるような記憶の束、悲惨な兵達の嘆きや叫び、それだけが強く根付いていると瞬時に理解出来てしまう。この老婆がどれだけの苦痛を感じながら青春時代を過ごしたのか、理解したくもない理解が迫ってくる。
涙なんて出て来ない、次第に痛みも感じなくなってしまった。落ち着いてすぐに立ち上がり、目を開けた。世界が変わった様な気がした。全てが気持ち悪く感じた。
それはこの建物が無能力者によって建てられた物だと分かっているからだ。あの悲惨な戦争、全てはアイト・テレスタシアが悪いのだ。だが停戦を持ち掛ける盤面は両者何度もあったはずだ。それなのに意地を張って争い続けた理由、今ようやく分かった。
「怖いんだよな、どっちも」
能力者は非能力者からの差別や暴力。非能力者は力の差。
もうどっちも怖くて怖くて仕方無かったのだろう。今すぐにでも淘汰し、徹底排除に取り掛かりたかったのだろう。そしてそんな時代に偶々、アイトが動きを始めてしまったから爆発したのだ。
数億に及ぶ死者を出したが両陣営何かを得る事が出来ず、ただ差別が激しくなっただけであった。それなのに佐須魔は馬鹿な事を考えていた。
能力者と非能力者が分かり合える日が来る。本当にそんな事を思っていた。
「無理なんだな、多分。生物界はそうじゃないか、どんな手段であれども結果的に敗北した方が消えて行く。同じなんだ、全部……なんで気付かなかったんだろう…こんな事に」
最後にそっと言葉をかけて、後にする。
「僕やるよ、婆ちゃん。ずっと企んでたんでしょ、良いよ、受け継いであげる。非能力者を全員殺してでも、平和な暮らしをあげるよ。兵助やタルベ、他の皆のためにも」
それから一週間、ようやく見つけ出した。そもそもあの店が何処なのかうろ覚えだったので大変時間がかかった。
「しゃっせ~」
夜中特有のダルそうな店員。だが客の顔を見た瞬間に態度が変わった。
「何があったんだい、婆ちゃんの所で…」
「死んだ、婆ちゃんが」
「…マジ?」
「あぁ。それでお前に頼れって言われたから探し出した」
「えぇ~…困るな~僕ただの店長なんだけどな~」
「なぁ智鷹、組織を作らないか」
「ん?組織?」
「俺は婆ちゃんの魂を喰った。そしたら溢れ出して来たんだ、能力者戦争時代の風景が。俺は思った、平和に多様性はいらないんだ。僕ら能力者だけが生きる世界、漫画やアニメで良くある思考だがごもっともだ。一緒に来てくれ、非能力者を全員殺そう。
焼き直すんだ、僕達で。アイト・テレスタシアとその仲間達の勇姿を」
本気の眼だった。それと同時に嫌な眼だった。だが智鷹はこうも思った、ここで付いて行けば面白いものが見られそうだ、と。
「良いだろう、僕の名は[南那嘴 智鷹]。能力は『銃』だ。自分の体を銃に変える事が出来る。弾もちょっと特殊だけど、まぁ普通の銃さ。よろしくね、お前は」
「[華方 佐須魔]」
「…そう言う事か。良いね」
智鷹はニタァっと笑い、ある提案をした。
「ただ僕らだけ設立は結構厳しいと思うんだ。人手が多くて困る事はそうそうない。どうだい、昔からの友人との三人で設立するって言うのは」
「…良いな。そいつはどう言う奴なんだ」
「名前は[翔馬 來花]って言って現代最強の呪使いさ。そして君との遠い親戚でもある。君はラック・レジェストの血筋であり、來花も遠いが同じくラック・レジェストの血筋だ。
性格が会うかは分からないけど相当な実力者だ。それに僕らの思想にも共感してくれるはずだ」
「あぁ。行こうぜ、早速」
「うん。着替えして来るね~」
智鷹はバックヤードに入ってすぐに戻って来た。私服になるとすぐに店を出る。店員はいない様だが全くと言っていい程気にしていない。なのでわざわざ突っ込む事もせず、その來花という人物の事を聞きながら移動する事にした。
「その前に組織の名前を決めたんだ」
「急だな」
「TISなんてどうだい?」
「意味は」
「無いさ。意味なんて無くたって良い、むしろそれでいい。意味が無いからこそ、この文字列を見た瞬間僕らの事が思い浮かべばいい」
「…そうか。良いな、ちょっとだけ」
初めて微笑んだ佐須魔を見た智鷹は少しだけ調子に乗り出した。ウザそうにしながらも久しぶりに友人というものを感じた佐須魔も内心、とても喜んでいた。
ただ、ここからだった。
第三百四十七話「TIS Ⅰ」




