第三百三十七話
御伽学園戦闘病
第三百三十七話「偏差3・4」
これは透と兵助が密談をする数時間前、時刻は十八時を回ろうとしていた頃だった。生徒会室ではいつも通り賑やかなメンバーが仕事を放棄してボードゲームで遊んでいた。咲はただそれを眺めながら一人仕事を進めていたが蒼が来ない事に違和感を覚える。
現在蒼は無職であり生徒会の支援が実質的な仕事となっている。なので疲れながらも体調を崩してい無い日はなんやかんや来てくれていたのだが、今日はいない。
だが何か連絡があったわけでもない。気になった咲は少し見に行く事にした。躑躅もゲームを中断して付いて行く。
「やっぱ遅いよね、蒼先輩」
「そうですね。何か別の仕事でも任せられたのかもしれませんが…一応行きましょうか。生徒会としての仕事はほぼやってもらっていますし」
生徒会は仕事をほぼしていない。一応権力を持っているし力もあるのである一定の信頼を置かれているし、やはり中等部員などからは憧れの眼差しを受ける事があるがメンバーの実体を知っている高等部の人達は戦闘以外ではあまり期待していない状況だ。
だが基本皆人当たりが良く、ヘイトは全く勝っていないので問題は無さそうだ。一つ問題があるとしたら流がTISに寝返っている事を知られたら咲の立場が面倒くさそうというぐらいである。ただ生徒会メンバーはそんな事どうでも良いとしか思っていない。流の妹ではなくあくまでも咲として判断しているからである。
「そう言えば傷は治りましたか?」
「うん。無霊子って言う正直いらない特性のせいで回復術も受けられないし…色々厄介だよ、本当に」
「ですね。霊力残滓を生成出来るという利点はありますが、あるだけで実用性は少々低いと言わざるを得ませんからね」
「そうだね。まぁでも無理に活用しようとは考えず上手く刺さりそうな時が来たら使ってみるよ」
「そうですね。やはり適材適所です……と言う事で次の遠征、躑躅さんも行きましょう」
「…ん?…え?ちょっと話が飛んだなぁ…もうちょっと噛み砕いてよ」
「すみません、焦り過ぎました。大会前、三日後から短期の遠征に出向きます。と言っても何か学園に利がある訳でも無く、ただ私が行かなくていけない場所なんですよ。まぁ建前ですね」
「どこ?」
「北海道のある町です。元々私が住んでいた所、一世代前の生徒会に属していた椎奈さんが死んだ場所ですよ」
「一応報告では何も無かったらしいけど…もしかして秘密の部屋みたいなのがあるの?」
「いえ、部屋ではありません。その近くの山の頂上付近、ある石碑のようなモノがあります。ですが何も書かれずただ視覚遮断の結界が張られているだけ、母さんと來花がそこで何かをしている描写が頭の中に残っています」
「……一体、何があると思っているの」
「なんでしょう。ですが必ず活かせるものでしょう。母さんは能力を嫌っていた。だからこそ"全ての神格"をその身に納め無理にでも、降霊術だけでも争いを少なくしようとしていました。
そんな母さんが残したモノの一つです。この傘牽と同じ様に、役立つはずです、きっと」
普段は見せない笑みを傘牽の方へ向けていた。それを見た躑躅は決める、何が何でも成し遂げようと。島に来た頃の恩がある、それが利用されただけであっても、恩は恩だ。返す時が来たのだろう。
「うん、僕も行くよ。で、他には誰を連れて行くの?流石に僕一人だと緊急事態の時に対応出来ないよ」
「そうですね…あまり強い方を連れて行っても島が危険に晒されますし…」
すると前方から怒号にも近い声が響く。
「私が行ってやろう!」
顔を上げるとそこには申し訳なさそうにしている鶏太、ぼーっとしている猪雄、そして叫んだ桃季が立っていた。だが咲はいつも通り笑顔で断る。
「いえ、耳がキンキンするので結構です」
「ご、ごめんね。多分遠征の話をしてたんだよね、僕達あんまり聞かない方が良いから、行くよ二人共」
「いえ、お待ちください。鶏太さん、来てくれませんか?あなたのレーダーは非常に便利です、強要はしませんが…どうでしょうか?」
「ごめんね。僕達ちょっと頼まれてる事があって……代わりと言っては何だけどさ、シウは調べもの?が一区切りついたらしくて暇そうにしてるから、誘ってみたら?」
「ではそうさせてもらいます。今はラックさんのご自宅に?」
「うん、そうだよ。それじゃあ僕達は行くね!頑張って!」
三人は行ってしまった。勿論言われた通りシウの元へ向かう事にする。学園を出るとすぐ小声で訪ねて来た。
「作戦通り?」
「はい、勿論。言ったでしょう、視覚遮断の結界と。結界ですよ、私はシウさんの結界術を見た時分かりました。同じ物だと。ですが忙しいと言うのはこの耳に伝わっていました。なので待ったんですよ、二年程。ようやく来ました」
「ひえー怖い怖い。やっぱ咲ちゃんを敵に回したくないね」
「大丈夫…ではないですね」
「え?」
「兄さんがあなた方の敵になるのなら、私もそちらに着くまでです」
「……冗談やめてよ、それじゃあ咲ちゃんは今もTISって事に…」
「そうですよ?」
先導していた咲が振り返りながらそう言った。いつもの笑みも相まって不気味に感じ、本当にそうかもしれないと思ってしまった躑躅はバックステップで逃げ戦闘体勢に入った。
だが咲は再度笑いながら口を開く。
「冗談ですよ、そんなに怖がらないでください」
すぐに力が抜け、冗談だった事に気付く。質が悪い悪戯だと感じ、すぐに足を進め出した。だがここである事を思い出す。生徒会長に就任するほんの少し前、皆で相談し空いていた会長の席に咲を推薦しようとなった時だ。こう言っていた。
「私は私のやり方でいきます」と。
ただのこじつけでしかないのは理解している。だがあの気味の悪い言葉と態度、そしてそれと同時に思い出す初めての接触の日。
躑躅は島に送られようやく救われると思っていた。だが無霊子というのもあってか周りの能力者は話そうとせず、絶望しかけていた時話しかけて来たのが咲だった。
その時の顔などもう覚えていないが、こう告げて来たのはしっかり、くっきりと記憶している。
「協力してください、私の家族を探すための。それと友達になりましょう、私はあなたに興味があります」と。
家族、來花は普段の態度から見て除外して良いだろうがそうなると流と母親だ。ただ母親は守護霊となって流に憑いている。となれば流の味方と言う事になる。他人を利用してでも探し出そうとしていたあの時、躑躅の胸騒ぎが増して行く。
もしかしたら本当に咲は、そう思った所で丁度ラックの家に着いた。
「着きましたよ?どうしたんですか、ぼーっとして」
「ごめん。行こうか」
だが願っている、咲が敵にならない時、流が戻って来る事を。
ポメのセキュリティは現在機能していない。なので誰でも入る事が出来る。
「お、帰って…なんだ、お前らかよ。急にどうした」
シウが出迎えてくれた。唯唯禍と生良が周囲にいない事を確認してから早速遠征について説明した。突拍子の無い事だったので少し困惑していたものの、視覚遮断の結界という言葉が出るとすぐに状況を把握してくれた。
そして承諾し、出発の日時を問われる。三日後の夜明け、五時に学園に集合するとの事だ。一瞬で帰るつもりなので着替えなどはいらないが、霊力はしっかりと保存し戦闘用具が必要であれば持って行くように、とだけ言い残し二人は帰ってしまった。
話が終わったタイミングを見計らってか生良が近付いてきた。
「何処か行くんですか?」
「そうだな。三日後だけど」
「何処ですか?」
「北海道だってよ」
「そうですか…」
「…昔会った人が気になるって気持ちは分かるけどよ、やめとけよ。フラッグの事はもう全部伝えられたはずだぜ?知ってるのはニアとか兄のルーズだけだろ、どっちもいないけどよ」
「いえ…必ずあるはずです。ただ智鷹の名前を遺書の最後に書く人では無かった、ですがもう素戔嗚に切り刻まれてしまい、跡形もない。一度ファストさんに連れて行ってもらいましたが復元不可能でした。
それでも…何かあると思うんです。本人にしか分からないような事……少し引っかかるんです。素戔嗚は佐須魔と來花には高い忠誠心を持っていますが顔も見た事が無い、方針なども全て佐須魔に丸投げ、あの時はそう映っていたはずです。
なのに名前も知らぬままニアさんを突き刺し一通り読んでから切り裂く…智鷹の存在を秘密にしていたのは重大な理由がある事ぐらい言われなくとも把握していたはずです。なのに見てから切る、それが分かりません。
好奇心が勝ったと言われればそれまですが…遺書には素戔嗚でも分かる程重要で、TISにとって脅威になる事が書かれていて、ニアさんが読み上げそうだったので突き刺した。
僕はそう考えるんです。なので、どうにか探したいんですよ。僕は戦闘能力がそこまで高くない、虎と馬を取られたので……なので貢献したいんです、この島での生活を全て無料で良いという条件。僕達が半強制的に連れてこられたと言っても恩がある、助けられて皆と会わせてくれた恩が。
返します、なので、見つけます」
「そこまで考えられる頭脳を少しでも桃季に分けてくれ……だがまぁ分かった。無茶はするなよ、自分の力の範囲内で頑張れ。そうじゃなきゃ、死ぬだけだ」
「はい。分かりました」
「でもなんで遠征に行きたがってんだ?」
「バレてましたか……工場地帯にもう用はないんですが…もしかしたら地獄の門に近付けばフラッグさんと意思疎通ぐらいは…」
「駄目だ。それはお前の力の範囲内じゃない。死ぬだけだぞ」
「…なら、勝手に行きます」
少しだけむすっとした生良が飛び出した。追いかけようともしたが生良に出来る事はたかが知れている。そこそこ頭の良い生良の事だ、放置していても諦めて帰って来るだろう。
ひとまずシウは遠征の支度に取り掛かった。だが一方生良はある人物と会ってしまう。本当に偶然ではあるが運が悪い、今から黄泉の国に行こうとしている男である。
「どうしたんだい、一人で」
「蒼さん…あなたも何故一人で?いつもは生徒会の人達と一緒にいますけど」
「僕は少し行かなくちゃいけない所があるんだ。そこへ今から行く……あっ、この事は明日の朝まで…」
「黄泉の国、ですよね」
「…なんで分かった?」
「僕が行きたいからです」
「えっ…えぇっと……なんで?」
そこで生良は全てを話した。
「そうか、分かった。僕もいる、行こうか。ちなみにそこまで長くは滞在出来ないからね?」
「はい。最大一ヶ月も無いですよね。でも大丈夫です。場所は分かりますから」
「誰から聞いたのかは分からないけど、宮殿だよ」
「そうですね」
「ならヨシ。行こうか…といっても僕はまだ準備があるから、一緒に来てくれ」
「はい。分かりました」
そうして二人は沈みだした空の元、禁則地の方へと影を落とすのだった。
第三百三十七話「偏差3・4」




