第三百三十二話
御伽学園戦闘病
第三百三十二話「発見と推測」
四人は黙って道を進んでいた。病人がどんな力を持っているのか非常に気になるし、緊張感をほぐすためにも話したいのだが声でバレたり霊力感知が疎かになってしまうだろう。
少数なのだからいつ三獄に襲撃されるか分かったもんじゃない、何があっても対処できるよう基本集中し全方位の音をしっかり感じなくてはいけないのだ。
「そう言えばどうやって行くんだ?私の力は戦闘でしか使えないぞ」
病人が発言した。最初はとりあえず一本の廊下だったので扉を開けて中を見ながら探索を進めていたが、そろそろ複雑な構造になって行く。ただ探すだけでは誰も見つける事は出来ないだろう、ファストが無理だったのだから。
推測を立て工夫を行いようやく見つかるはずだ。それに敵の事も考えなくてはいけない、相当難しい場面だが実質リーダーの兵助が答えた。
「極力戦闘は避ける。どうしてもというのなら全員本気でかかって一分以上はかけずに倒して逃げる。原みたいな奴に遅延されそうな場合は即逃げる」
「そうか…だが探したい三人は敵の近くにいる…というより守っていると思うぞ。助けに来ると見込んで」
「そうだね、多分守ってる。だから戦闘は必須、三人だけだと佐須魔とかは厳しいけど…」
「私がいるって事ね。安心しときな、勝てはせずとも誰も殺させないから。一時的な"ニアの代わり"、だからね」
頼もしい。だが不安もある。まだどんな力なのかは知らない、それにいつ裏切ったり放り出すかも分からない。仮想世界の住人には使命なんてものはないはずだ、四桁年以上は生きている者達だ。信頼は出来るがある程度のラインで留まり、あくまでも協力者という事を忘れないようにする。
だが病人の言っている事はごもっともである。このまま乱雑に探索を進めても体力を消費するだけ、時間と労力の無駄。それに遅くなりすぎると手遅れになるやもしれない。
「でも確かに何か工夫は必要だ。僕らは徹底的に無駄を省き、即行で元と理事長、それに拳も探し出さなきゃいけない……恐らく三人が同じ場所に固まっているとは考えられない。万が一固まっていた場合はもうTISに取られている状況、ほぼ諦めなくちゃいけない。だからまだ普通に基地内の何処かにいる前提で考える。
だがこの基地は広い。これを保っているマモリビトの調子によって形や構造が変化する。とりあえずある程度は安定してるからそこは心配いらないんだけど…
気になる事がある。元は分身を作っていたはずだ、なのに一向に連絡が来なかった。分身は完全に元を分裂させた存在だから『阿吽』は使えるんだよ、でもはぐれてから一回も連絡が無いそうだ。理事長にしか連絡しないとは考えづらい、元は強いけど相性が悪い相手には何も出来ずに負けるからね。
そんな保険の為に連絡ぐらいはいれると思うんだ…でも…」
「死んだ、それか即気絶。そのどっちかしかあり得ないんじゃない?」
「君もそう思うよね。でもそうだった場合もう間に合わないんじゃないかなって……こんな長い時間気絶したままならもうTISに奪われてるはずだし、死んでるならもう何も言う事は無いし…」
「だがお前は生きててほしいんだろ?だったら生きてる前提で動かなくちゃやりづらいだけだろ」
「確かに、そうだね。とりあえず僕はどうやって探すか考える、優衣は引き続き蝶で、菊は霊力感知を頼むよ」
「はーい」
「おう」
現在感知できる範囲で敵はいない。優衣の蝶でも捜索を進めているが影一つ見当たらない。必ず何処かにいるはずなのだが、やはり見つからない。
「…良い事思いついた」
「な~に?」
「分断しよう。二人と二人に」
「はぁ?何言ってんだよ、馬鹿か。少数精鋭って全員が集合してても相手にそこまでの脅威と取られない為なんだろ、分断しちまったらマジで脅威じゃ無くなって即死するぞ即死」
「それでいい。別れるのは仮想の病人と、菊。そして僕と優衣だ」
「待て待て、マジでそれじゃお前ら死ぬ。佐須魔は大分強くなってるんだぞ、分かってんのか?」
「分かってる。でも来ないから、大丈夫」
「なんでそんな断言できるんだよ」
「薫がやったからだ。何なら三獄は全員回復中かもしれない。とにかく今仕掛ける方が良い、僕の言う事を聞いてくれ、菊」
「しゃあねなぁ…最悪の場合戦闘経験の無い優衣を見捨てて便利な兵助取るからな」
「い~よ。私死なないし」
「うん。死なないよ、絶対に。病人も…分かってる?」
深くは語らない、目で訴える。すると意図に気付いたようで少しにやけてから頷き、早速少し先にあるY字路から離れる事にした。病人以外は『阿吽』が使えるので連絡面に関してはそこまで問題はない。
そしてしっかり作戦がある。ここでわざと分断し、やる。普通に捜索しても絶対に見つからない、兵助はある説に賭けた。何故ならここである二択を選ばなくてはいけなかったからだ。何の要素も無い、運の二択を。
「さぁ行くよ、優衣」
兵助と優衣は左、菊と病人は右ルートでそれぞれ進む事にした。互いの健闘を祈り別れる、二人になると緊張感は増し不安になってくる。これ以上死者は出してはならない、だがこの賭けに負けた時点でここにいる四人は全員死ぬ。
幸いなのは乾枝が合計五人になるよう采配しなかった事だ。ここで奇数になっていたら更に選択肢が増え四択辺りになっていた、そうなるともう当てられる気はしない。諦めるのが妥当と言う判断を下すだろう、だが二択なのだ、賭ける価値はある。五割、たったそれだけだが。
「ねぇ優衣、第一蝶隊の貝兵ってどれぐらい回復したの」
「あんまりかな。七匹が何とか先導してくれてるけど、やっぱ二年七ヶ月だと完全再建とまではいかないや。でもほぼ大丈夫、前が強すぎただけ、今も充分過ぎるぐらいには戦える」
「分かった。なら大会まで蝶隊の使用を禁止する」
「えっ…それ無理だよー」
「無理じゃない。消耗蝶で凌ぐんだ、少なくとも今回で決定打を打つ事は不可能だが…薫や絵梨花が来ればいける、突然変異体がいないとちょっと厳しいけど…」
「でもどうするの~?突然変異体の霊力全然見つからないよ~?」
「全員生きてる。そうじゃないと僕らに勝機はない。そう思わないか?優衣」
「ん~分かんな~い。私先の事考えるの好きじゃ無いもん」
「そっか。じゃあ今からやる事に集中しようね」
「うん。来るよ」
直後、背後から一人が忍び寄る。だが忍び寄ると言う速度ではない、拘束で刀に手をかけながら。二人は振り向き、迎撃しようとする。だがそれを見た相手は咄嗟に行動を変えた。
瞬時に刀を抜き能力を発動する。
『止まってて』
矢萩だ。元々言霊使いではあるが、霊力消費が多いせいで使用を躊躇っていたはずだ。だがこんな大事でも無い盤面で当たり前のように使って来た。
一応咄嗟に行動パターンを変えたようには見えたので常に使っている訳では無いが、前よりかはバンバン使うのだろう。正直優衣が居ても言霊使いを相手にするのは難しい。
現在学園に言霊使いはいない。唯一扱えていたルーズの死後誰一人として言霊使いが現れないのだ。兵助は少しだけ危機していた、TISが言霊使いの能力を抜き取っている可能性を。
「優衣、言霊は分かる?」
「うん、大丈夫」
だがこんな事で死ぬ程弱くはない。だが体が動かせないので使えるのは蝶隊のみ、それは兵助も分かっているのだが使用を解禁する気は一切無い。
傲慢である。非常に。
だがそれでも、理想の域の最低限でも良い。やるしかない、そうするしかない。先を見て、今を乗り切る。
「使わないのなら、殺すだけ」
矢萩は言霊の効果中に決めるつもりのようだ。凄いスピードで近付いて来る、消耗蝶は出せないし蝶隊はダメ。そうなると現在の優衣に出来る事など何も無い。そうなると兵助がどうにかするしかないのだが、戦闘病は発症していないように見える。
素面の兵助がどうやって戦うのか、それが分からない。
だが一秒も無い内に思い知らされることになる。賭けに出た者の強靭っぷりを。
まずは厄介な兵助から落とし、その後優衣を殺そうと言う算段だった。だが斬りかかろうとしたその時、背後からとんでもない殺意を感じた。
本能的恐怖を感じる程であったその殺意に怯え、振り返った。そこには見知らぬ顔が立っている、病人だ。その気迫から仮想世界の住人だというのは察した。だがそれ以上の情報が無い、その殺意が力なのか、はたまた別の力を持っているのか。
言霊の効果はそう長くない。学園に来た頃から必死に鍛えていたルーズでさえ精々十秒続けば良い方だ、矢萩は五秒続けば上出来だ。そろそろ二人は動き出す。
「…まさか、これがやりたかったの?」
「そうだ。絶対に誰かは来ると思った。だから"ニアの代わり"って言った病人が来るようアイコンタクトをした。今のニアは凄いからね、殺意も力もスピードも人間離れだ。
だからそれに匹敵する身体能力があるんだろうと踏んだ。それだけだよ」
「でもあっちは健吾が…」
そう言いかけると右の通路から爆発音のような音がした。どうやら菊一人で戦っているらしい、強くなっているのは知っていたが流石に無茶だ。
健吾に通用するのは単純なフィジカル、少し考えた作戦などすぐに潰されてしまうはずだ。だがやれている、両者の霊力がぶつかり合っている。
完全にはめられたのだと気付くのにそう時間はいらなかった。逃げ道は無い、追い詰められたのは自分達だ。
「でも良いの?私達を瀕死に追い込んだら元が死ぬよ」
「そうか……僕は病人の力を知っている。心を読む事が出来るのさ、だから僕の下手なアイコンタクトも伝わった」
「…」
矢萩は睨みつける。そして刀を握り、病人に襲い掛かろうとする。だが病人は少し裂けている口を開いた。
「降霊術猫、言霊を使う。刀は特殊な素材でできており、君達の世界の力の源を保存しておける。能力者ではあるが能力を使わない単純な戦闘を得意としており、神兎 刀迦によって鍛えあげられた体術と刀術が取り柄。
ただし不愛想かつ協調性にかける。未だ刀迦に勝てる見込みは無く、訓練を続けている……こんな所かな」
上手い。
矢萩の心にブレが生じた。一度も接触した事のない病人がここまで自身の事を知っていると言う事はやはり心を読めるのかもしれない。そうなると元を使った脅しも成立しなくなってしまう。
現在病人は場所まで暴露していない。今の内に撃退すれば脅しは有用であるため、入手出来る。兵助と優衣、それに菊の力さえも。だがこれで充分だ。兵助は『阿吽』でシウに連絡した。
『基地内全体に盲目の効果を付与した結界を頼む!』
『了解!誰か一人ぐらいならその効果を受けないようにも出来るぞ!そうするともう霊力は使い切るがな!』
『じゃあ頼む!対象はし…いや菊だ!』
『行くぞ!!』
すると基地全体に結界が展開される。矢萩は焦っているせいでそれに気付かず、視力を一時的に失った。それを合図にして菊が壁を破壊し突っ込んで来た。
召喚していた半透明の黑焦狐によって三人は咥えられ逃走を始めた。健吾は聴覚だけで追おうとしたが、優衣が大量の力の無い蝶を放った事により大量の羽音で行先を見失ってしまった。
何とか逃げ切れた四人は安心する。結界も解かれ、安全が確保された。
「元はまだTISの手にはない。そして見つかる場所にいて、TISに場所はバレている。この事からして多分倒されて気絶してるんだ。すぐに見つけ出すよ、後は何をすればいいか分かる?菊」
「あぁ、行くぞ」
『零式-漆条.固丙接投』
佐須魔が地獄の門に放り込まれた際使用した術式だ。発動者と誰か一人の位置を入れ替える術、消費霊力は最低400であるが今の菊には問題がない、ある事を手段によって。
そして現れたのは鶏太である。そしてそれと同時に優衣が菊に代わり、更に菊は乾枝が現れた。
「兵助、見当が付いたのか?」
「あぁ。頼むよ、元はTISに場所がバレている。だが回収はされていない。そしてそこまで目立たない場所にいるが、絶対気絶している」
「…分かりました、まだ試作段階ですが…頑張ります!」
今から行うのは鶏太と乾枝がシウの力を借りて作り出したとある技術である。干支鳥はレーダーと揶揄される時があるが、これは本当にレーダーだ。
霊力残滓や霊力の形、他様々な霊力の形成を利用した探索方法である。
第三百三十二話「発見と推測」




