第三百二十八話
御伽学園戦闘病
第三百二十八話「少しの対話性」
傀聖はすぐに剣を三本作り出し、ベルトに挟んでストックする。そして手には一番得意の槍を持ち、様子を窺う。だが両者そんな感じで何も動きが無い。
このまま時間を稼いでも良いとさえ思う程だ。だがそれは一番駄目な行動なのだ、傀聖が来たと言う事はほぼ必ずと言って良いレベルでやってくるだろう、残りの三人も。少なくとも仮想世界の師匠に小突かれたアリスが来なくとも、譽と紀太は来るはずだ。
紀太はまだしも、譽は明らかにヤバイ。何故なら薫や絵梨花でさえも場合によっては普通に負けるからだ、だがそれを知っているのはハンドのみ、それもばらしてはいけない取締課の機密情報だ。
「…私がやりましょう」
なのでそれを伝える為、遠回しだが自身が前線に出て戦わなくてはいけない事を伝える。咲や兵助辺りはハンドが戦闘の意思を持った時点で何か理由があるのだろうと悟り、戦闘体勢に入った。
咲は傘牽を手に取り、ハンドと同じく前線に立つ。硬貨を尾に付けて爆速で槍を飛ばす事だって出来るのだ、ハンドの手で防御が間に合わないかもしれない。
「助かります。行きましょうか」
佐伯は目標かもしれないので一度後方で待機してもらう。そして二人が防ぐことが出来なかった攻撃を受ける為に四葉が後方支援部隊の付近で気を張り詰めている。
「このままだと横取りされるな。んじゃ行くぜ、覚悟しろ」
投擲の構えを取った。瞬時にハンドが手で肉壁を作り上げた。だが発射された槍は手の壁にぶつかると同時に尾の部分が破裂し、勢いを消される事無く、貫通した。
一発目からこの調子だと先行きが不安ではあるが、ひとまず四葉が弾いてくれた。
「まずいですね…槍を投げたり瞬間に爆発したわけでは無かった、私の手で防御するのにも限界があるでしょう。咲さん、受け身では負けますが…四葉さんの信頼はどれほどで」
「乱入されない限り、私達が倒されなければ大丈夫ですね…恐らくは」
「分かりました。私達二人は前に出て戦いましょう、どうせ他の連中も戻ってきます、ひとまずはこの状況を打破し、ターゲットが誰なのか絞り込む事を優先します」
「はい、賛成です」
合図もいらない。何処か似た雰囲気を感じた二人は大体戦闘スタイルも同じなのだろう、言葉ではなくとも行動でコミュニケーションは取る事が出来る。
同時に左右へ走り出す。右に咲、左にハンドだ。手の壁は上部の守りを完全に無くし下側、詳しく言えば傀聖の身長と同じぐらいの高さに限定し、厚くする事で防御力を高めた。
「中央は抜けねぇな…なら、発動者だ」
槍を生成し、尾に五百円玉を装着する。その後ハンドに向けて槍を放ちながら、硬貨爆発の能力を発動した。
『五百円』
その時咲は見逃さなかった、本当に小さくだが口が動いた事を。この五百円の詠唱は非常に小さな声で行われていた。だがその時の咲には気付く事が出来なかった、それもそのはず、口が動いてから"約五秒後"に硬貨は爆発したのだ。関連性はあってもわざわざ遅延を入れる必要性が分からないので直接的な詠唱では無いのだろうと考える事にした。
一方槍はハンドの元へ物凄いスピードで接近したが、グーの形をした三つの手によって道中で弾かれてしまった。思っていたより手には力があるようだ。
「…んーどうしようか。生徒会長の方先に潰しても…って感じだな……やっぱ手の方を先に潰す、さて…どうするかな…」
傀聖には作戦が無い。何故なら咲やハンドが後退している事を予想していなかったのだ、ここに関しては完全に実戦不足である。初めて戦闘をしたのが前大会の半年前、夏だった。
そして二年程は現世で過ごし、後は仮想世界で暮らしていた。だがほぼ全てを霊力操作や能力の相性、戦闘の基礎などしか教えられて来なかったので敵の前進後退にまで頭が回っていなかったのだ。
ただそんなアクシデントさえも跳ね除ける程の卓越したセンスと能力のシナジーを、傀聖は持っている。
「この手に限る!」
初めて全員に聞こえる声量でそう言い放った後、ストックしていた剣三つを同時に引き抜いた。一本は非常に高く、二本は手に。何をしてくるのか分からないので接近を試みている二人はすぐに防御の体勢に入った。
だがそんな二人を無視するようにして傀聖は握っていた剣を真正面、手の壁へとぶん投げた。だが非常に厚くなったため五百円を何枚連ねても突破は難しいだろう。
そんなことぐらい傀聖だって分かっている。だがそれは一本の時の話だ。現在投げたのは二本である。
「無駄ですよ、その程度では」
ハンドの挑発など気に留める事は無い。
「まぁ、見てろって」
やはりと言うべきか、壁にぶち当たる寸前に硬貨が爆発し、勢いが増した。ただ先程と同じ様にはいかない、二本の剣はまるで何かと押し合っているかのように小さな揺れを起こすのみ、突破は到底不可能だ。この隙に畳みかける、その意気込みで突っ込もうとしたその時だった。
傀聖が真正面へ走り出す予備動作を見せた。咲は瞬時に炎を、ハンドは手で動きを止めようとしたが間に合わない。理由としては高く投げた剣に付着していた五百円玉複数枚の爆発によって生まれる衝撃を利用した加速だ。
当然本人への負担は凄まじいだろうし、いきなりこんな手法を取って来るとは思ってもみなかった。そしてまずい、傀聖自身ならば壁の突破は容易である。
「四葉さん!!」
「うん!!」
咲が危機を知らせ、構えさせる。前に出た二人もすぐに引き返すが、到底初撃に間に合うとは思えない。四葉は何度も死ねるがそれは知られているはず、となると四葉を無視して目標を殺す可能性の方が高い。
詳しく語っている暇は無いが、四葉から仕掛けろと言う思考が伝わったかどうかが、最初の別れ道となるだろう。
「マッジかよ!?」
どうやら伝わったようだ。壁を超えようとした瞬間に跳び、見下ろして来た四葉を見て少し驚いている。だがすぐに軌道修正を行う。未だに壁と戦っている剣の尾に付けていた一枚の十円玉を爆発させる。
すると剣は真上を向き、両者の間を駆け抜けた。それは攻撃であり、これ以上近付いたらくし刺しにするという牽制でもある。だが四葉にとってそんな事は心底どうでも良い、今優先すべきは人工心臓への負荷ではなく後方支援部隊を文字通り死守する事である。
「馬鹿じゃないの、そんなんで屈するわけないじゃん」
止まらない四葉はそのまま傀聖に突っ込み、腹部を殴った。それを見ていた咲はその場で唯一、違和感を抱いた。もう一本の剣はまだ壁と拮抗状態である。
一本を牽制に使用したのなら自身で新しく作り出すか、その拮抗している一本を使用すべきだ。そこで何の抵抗もせず殴られる理由が、たったの一つしか見当たらない。
そう、誘導。
「かかったな」
不敵な笑みを浮かべた傀聖は『創躁術』で作り出した、二つの武器を。一つは今から起こる広範囲攻撃を防ぐための盾、そしてもう一つがグレネードだ。
崎田と違い変な物を作る事は出来ないので単純な爆発物だが、空中でろくな身動きを取れない四葉にとっては正直面倒な物である。それを見た瞬間急いで逃げ出そうとしたがそれが許されるはずもなく、ピンを抜いたグレネードが投げ出された。
直後全員の鼓膜がはじけ飛びそうな爆音が鳴り響く。幸いな事に後方支援部隊に怪我は無かった。だが直でくらった四葉は吹っ飛び、血だらけになっている。
「僕が治すよ!」
兵助が回復に入った。どうやら中等半端に避けてしまったせいで死ねなかったらしい、意識はあるので数秒もすれば完治するが、その数秒がデカすぎるのだ。
真横に吹っ飛んで来たので移動時間は無い。だが回復を行う三秒で傀聖には特大のチャンスが与えられるのだ。
「よっしゃ取った!!」
大きな斧で兵助の首を取ろうとする。だがその時、鳴り響く気高き短剣の音。
「隠密ってのは、こうやるんだよ」
そこには紀太が立っていた。異様なまでに鋭い爪を兵助に、左手で短剣を握り傀聖の攻撃を弾いた。そこで学園側にある程度の情報が渡る、これは協力しているのではなく競争なのだ。
そして現在兵助が狙われている。咲の推測が正しいのなら、目標というのは兵助の事なのだろう。それだけ分かれば、充分だ。
「俺がやる、お前は寝てろ」
紀太が傀聖を気絶させようとしたその時だった。
「本当の隠密ってのは、こうやるんですよ」
背後に現れたのは乾枝だった。どんな方法で皆の感知をかいくぐったのかは知らないが、唐突に姿を現して紀太へと襲い掛かった。対応は出来ず、触れられてしまう。
乾枝の能力は筋肉の停止、その時点で紀太は敗北した。そして立て続けに傀聖もやってしまおうと動いた乾枝を見た傀聖は大きく手を上げて叫ぶ。
「降参!!」
普通に考えてそんな事が許されるはずがない。なので誰もやってこないだろう、そう言う憶測でしかものを見れていなかったのだ。一瞬怯んだ乾枝の隙を突いて、逃げ出した。
逃げ足は相当速く、絶対に追いつけない。だがそれを見たハンドは何か少し可能性を感じていた、傀聖はまだ新人というのもあるのかもしれないが、根が全く腐っていない。むしろ取締課側の人間だと思う、後々報告する事にした、ライトニングに。
一旦の安全が得られた皆はすぐに回復を行い、周囲の安全を確保した。生良も目を覚まし、一旦皆で集まって待機する事にした。そして乾枝が聞き出す、紀太から。
「誰が目的なんだ」
「…」
「言えるはずだろ、効力は結構抑え目のはずだ」
「…一つ、言っとくぜ。俺は今ここで、死ぬ事が出来る」
次の瞬間、紀太の首元が何かのエネルギーによってぱっくりと切られ、自死を図った。
第三百二十八話「少しの対話性」




