第三百二十六話
御伽学園戦闘病
第三百二十六話「消したくない記憶」
いつの事かはもう忘れてしまった。だが消したくのない記憶がある。もしかしたら治す方法があるかもしれない、ここで躊躇う必要は無いのかもしれない。
それは、出合いだった。
某年某月某日
そこは一応都内だが、県境の森の方。人が少ない所だ。そんな森にはまるで能力か何かで隠されたようにしてカモフラージュされている館があった。
三年に一度は誰かが迷い込んで来るのだが、そこの当主は自身の家族が能力者だと言う事を隠しながら迎え入れては宿泊させ、何もせずに逃がすと言う優しさの溢れた行動をしていた。
だが何故か意識して探そうとすると絶対に見つからない事でも有名だった。そんな館に、今日も一人の男が迷い込んでいた。
「すみませーん。誰かいませんかー」
戸を叩く。すると十秒もしない内に扉が開き、恐らく六十代後半程度の執事が顔を出した。
「どうされましたか」
「ちょっと道に迷ってしまいまして…もう夜も遅いので……出来たら一晩だけ泊めて欲しいんですよ」
「そうですか。少々お待ちください、旦那様へ確認を取ってまいります」
「よろしくお願いします」
こんな山奥でもしっかり住人がいるんだなと少し感心しながら待っていると執事が戻って来た。
「大丈夫だそうです。では、お入りください」
「申し訳ないです…お邪魔します」
家の中に入るとそこは正に豪邸、本当に金持ちらしい家だった。完全に気圧され、借りて来た猫状態になりながら案内された部屋でくつろぐ。
非常に快適で心地が良い。深い森だからか何だか安心もしてくる。何とこの部屋にはシャワールームが完備されているようで、わざわざ部屋を出なくとも良いらしい。
「すげぇな、マジで。俺もこんだけ金あればなー」
そんな事を呟きながらベッドに腰かける。ちゃんと手入れがされていて、寝心地が良さそうだ。ここ最近は結構野宿も多かったので非常にありがたい。
「……足がかりも何もねぇなぁ…もう表舞台にすら出て来なくなっちまったしな……一旦取締課にでも行くか、明日の内にでも」
「あら、能力取締課の皆さんに何か御用でもあるのです?」
すると見知らぬ声が聞こえた。すぐに顔を上げるとそこには金髪の綺麗な女性が立っていた。すぐにここの住人だと気付き、立ち上がって挨拶をする。
「そんなかしこまらなくても良いですよ。今日は災難でしたね。一応顔を確認しようと思っただけなので、あまり気にしないでください。
ですが取締課の方と何か関りがあるのでしょうか…」
「あーいえ、直接的な関りは無いんですがね……俺の姉が…ちょっと…」
「あら、そうですか……もしやあなたは…能力者でしょうか?」
「え!?」
「いえ、返答は頂かなくとも結構ですよ」
「いや、大丈夫ですよ。俺は能力者です」
「やはりそうでしたか。ならば安心ですね。私達一家も能力者なんですよ、あの執事もそうです」
「そうなんですか!?そりゃまた…凄い家に住んでますね。というか何故取締課の人達との関係性が気になったんですか?」
「少しお世話になった事があるのですよ。そこまで重大な事件という事ではありませんでしたが、泥棒が入ってしまいまして…私達一家は能力者と言うのもあって密かに能力取締課の皆さんに協力してもらったのです」
「それはまた……でも良かったです…これであなた方が能力者じゃ無かったら警察にでも突き出されるのかと…」
「そんな事はしませんよ。では私はここら辺で、ごゆっくり」
「はい。ありがとうございます」
女性はいなくなってしまった。ここは能力者が住んでいる館だと知ると少しだけ気が楽になる、ただそれでも完全には安心できない。偽っているかもしれないし、何より姉と友人がTISだ。もしかしたらこの一家にも恨みを売っており、その私怨が飛び火してくるかもしれない。
監視を付けるまではしないが、完全に気を抜く事だけはやめておいた方が良さそうだ。
「とりあえずシャワー浴びよ」
そして備え付けのシャワールームでさっぱりとして来た。脱衣所を出ると今度は一人の少女が立っていた。
「出た!!!」
凄くうるさい、耳がキンキンしてくる。
「誰だよ…お前」
「私は[葉金 エリ]!!!お父さんがここの主なんだから!!」
「あー…はいはい。そう言う事ね。んで用はなんだ?」
「無い!!!」
「…んじゃあ出てってくれ。泊めてくれてるのはスゲェありがたいけどよ、俺にはやらなくちゃいけない事があるんだ」
「はぁ!?せっかく来てやったのに!!」
「すみませんね、でもマジで、出て行ってくれ。もう寝たい」
「つまんないの!!」
エリはそう言って飛び出して行った。凄くワガママそうだが、あの奥さんが甘やかしているのだろう。だが良い事だ、能力者でこんな山奥に住んでいると言う事は迫害や虐めの実体を知っているはずだ。
そんな人達が無駄に厳しくし、家出やら何やらで街に出て誘拐されたりもするかもしれないだろう。ここを、ここ周辺だけをエリの世界にするのが最善策なのだ。一見酷い行為のようにも見えるがとても賢明で、様々な余裕のある者しか出来ない事だ。
「相当金あるんだろなー…まぁ良いや、寝る」
ベッドに飛び込み、数秒で眠りに就いた。
まだ二時間しか経っていなかった。だが鳴り響いた爆音で飛び起きる。すぐに周囲を確認すると、すぐ近くの屋根が落ちて来ている。地震か何かと思いすぐに部屋を出た。
するとそこはあまりにも悲惨な状態だった。雇っていたのであろう執事達が血を流しながら横たわっている、そして壁や屋根も破壊されておりまるで戦争でもしているかのようだ。
そしてまだ大きな音はしている。すぐにそちらの方へ向かう、自分にも戦闘能力はある。"変化"してからたった七ヶ月なのもありまだ完全には扱えないが、それでもいないよりかはマシなはずだ。
音がドンドンデカくなり、遂には入口付近までやって来た。一番広い場所、そこには出迎えてくれた執事が血を流しながらも立っていた。
「何があったんですか!!」
「あなたは逃げなさい!!ここは私が食い止める!!」
すると執事の元へ一人の少女が突っ込んで来る。刀を持っていて、とんでもなく速い。一瞬動いた事も分からなかった。だがその執事も同じ様に一瞬で移動し、回避した。
「瞬間移動的なやつね。了解」
するとその少女は唱えた。
『降霊術・神話霊・干支兎』
「ヤバいですよそれ!!あんたも逃げなくちゃ!!」
中央ホールへ向かいながらそう叫んだ。だが執事は一切逃げる気が無いようで、戦闘体勢を解かない。出て来た一匹の兎が突撃して来ても、瞬間移動で避けた。
「私はこうして回避出来ます!あなたは出来ないでしょう!?早くお逃げなさい!!出来ればエリお嬢様を連れて行ってください!!奥様の部屋にいるはずです!!」
確かに執事の言う事は正しい。加勢しても邪魔になるだけだろう、少女は明らかに強い。ここで戦うより、逃げた方が良い。すぐに踵を返し、エリを探す事にした。
全速力で走り、探し出そうとする。恐らく現在生きている者が全員逃げ出したらあの執事も抜け出すのだろう。あの執事の命を握っているのは、自分だ。
そう考えると冷や汗が出て来て、胃が痛くなって来る。だがそんな事は感じてられない、死が間近だ。なりふり構っていられない。
「エリ!!おいエリ!!」
返答は無い。もう仕方無い、誰かに見られてでも使うしかないだろう。
『潜蟲 月光 一』
それは肉眼で見た事のある人物が何処にいるのか分かる蟲だ。具体的に言えば光の線のようなものが現れ、それを辿って行くと探している人物がいる。
急いでそっちの方へ走る。すると血がより一層酷い部屋に到着した。
「…エリ…いるか……」
あまりの血生臭さに狼狽えながらも、扉を開けた。するとそこには血まみれで動かない母親の体をゆすりながら、涙を流しているエリの姿があった。
すぐに母親に駆け寄り、寄生虫で回復させようとする。だがもう手遅れだ、霊力全て無くなっているし、体力も無い。完全に抜け殻、遺体でしかない。
だが懸命にも起こそうと藻掻くエリを見ていると、そんな事は言えなかった。だがここで待機している何て出来っこない、非常に心が痛むが、無理矢理にでも連れて行くしかないだろう。
「やめて!!やめてよ!!!」
必死に放れようとするが、逃がさない。脇腹に抱え込んで走り出した。あの執事に伝えるのは蟲で良い、あの少女の目的が何なのかは分からないが今そちらへ向っても邪魔にしかならないだろう。
「頼むぞ!」
一匹何の能力も無い雑魚の蟲を執事の方へ向かわせた。これで脱出してくれるだろう。後は自分がどう脱出するかだ。外には見張りがいるかもしれない。だが増援が来るかも知れない。
正直何が起こるかなど見当が付かないのだ。だがそれでも決断しなくてはいけない。取った選択、すぐに逃げる。
「しっかり掴まってろよ!死ぬぞ!!」
ここは二階なのでそんな事は無い、だがそうでも脅さないと暴れて上手く着地出来ないだろう。思惑通りエリは動かなくなった、瞬時に破壊された壁から飛び出した。
だが、間違いだった。その先には一人の男が待ち構えていた、なるで罠だ、こうなる事を予測していたかのように、のうのうと待っていたのだ。
「来た来た~」
佐須魔だ。知っている、顔ぐらい。そしてそれと同時に怒りがこみ上げてくる、姉と友人を奪ったTISだ。
「お前えかぁ!!!」
「そうだよ~目的はお前なんだけどさ、ちょっと面倒だったから、殺すしかなかったや」
奥さんの事だろう。まだ顔を合わせた事も無かったが主人も殺されたに違いない。そして何より衝撃的だったのが目的だ、自分が目的だったらしい。
まさか自分がここに来たせいで、こんな事になったのだろうか。
「は?」
「そうだよ、君がここに来たから皆死んだんだ。そして今から、残りの二人は死ぬ」
エリと執事の事だ。
「いや駄目だ、殺させない。絶対、俺のせいなら、俺が一人で死んでやる」
物凄い気迫だ。何故こんな所でそんな事が言えるのか、正気では無い事は確かだ。佐須魔は呆れながらも一撃で気絶させようと距離を詰めた。
だが次の瞬間大量の蟲が佐須魔の体から飛び出した。
「なっ!?」
「潜蟲だよ、そのまま失血死でも何でもしろよ」
エリを抱えたまま戦うしかない。なので反撃などは考えず、基本は先手を取るのだ。
「…なんだこれ、やっぱ凄いね突然変異体は」
「そりゃどうも。んじゃさっさと死ね」
「いや悪いけど、これぐらいじゃ死なないさ」
すると佐須魔の穴はみるみるうちに塞がれてしまった。知っている、幾千もの能力が使える事ぐらい。なのでこの程度の攻撃で勝てるとも思っていない。
だが目的はそうではないのだ。あと少しでも、時間を稼ぐ。来るはずだ、必ず。
「そんな攻撃で僕が殺せるはずないだろ?あまり舐めるなよ」
「いんだよ、それで」
思っていたより早かった。いや違う、自分が動き出したのが遅かっただけだろう。でも安心だ、もう、大丈夫だ。
「よくやったね!変化してそこまで時間経ってないのに、物凄い練度!それじゃ後は任せな!!ファスト、フレデリックも連れて逃げといて!」
「了解」
唯一生き残った三人はファストに連れられて逃げて行った。そしてその場では唱えられるだけ唱えられたが、佐須魔が逃げるという終わり方を迎える事となった。
『降霊術・神話霊・ガネーシャ』
あまりの速度に気絶していたようだ。目を覚ますとそこは取締課のオフィスだった。パラライズ、ファスト、ハンドがいる。
「…あ!!エリは!!」
「大丈夫でしたよ。とりあえず今はファストが追っかけてます、凄いすばしっこくて…とりあえず色々話を聞きたいので、こちらへ」
奥の部屋へ案内され、パラライズに事情聴取を受けた。本当に知っている事を丸々喋ると、難なく帰された。オフィス内には何処か儚げな顔をした執事が待っていた。
「お疲れ様です。何か指示は出されましたか?」
「いえ、特に何も…」
「そうでしたか……私はあなたを攻める気は一切無いので、ご安心ください。ですがエリお嬢様が知ったらどうなるか分かりませんので、くれぐれも内密にお願いしますね」
「え?でもあいつも見たはずじゃ…」
「私の旧友に記憶を弄ってもらいました。なので大丈夫です、ただ…奥様や旦那様が死んでしまった事はいずれ知る事になるでしょう。その時、私だけでは不安なのですよ。あなたは突然変異体でしょう、分かりますよ、同じような人が昔傍にいましたから」
「本当ですか!?なら俺のこの変化も…!」
「はい。そしてエリお嬢様も先程、能力の変化が確認されました。そしてかくいう私も、数十年前に能力が変化した身であるのです。
言いたい事は、分かりますよね」
「……はい。あいつの家庭を破壊したのは俺です、責任を取らなくちゃいけない。それに俺にも良い事はある。嫌がる理由はありません。
集めましょう、三人で、仲間を。解明しましょう、そして力になりましょう。いつかの、革命の日に向けて」
「…えぇ。あなたはどうやら、素晴らしい人ですから信頼しましょう。今日この時から」
そこで丁度エリが帰って来た。
「私の名は[フレデリック・ワーナー]です。能力は『空間転移』です。どうぞ、よろしくお願いします。エリお嬢様も、これからこの人も仲間ですよ」
「ホント!?最近ヒマだったからラッキー!!もっかい言うね、[葉金 エリ]!!葉っぱの葉に、お金の金で葉金!エリはカタカナ!」
とても元気に、無邪気にそう言った。あまりに惨い事をしてしまったと、今ようやく理解した。だがもう逃げ出す事は出来ない、姉や友人の件は研究を進めながらでも出来るだろう。
もうあんな思いをさせる訳にはいかない。守り、集める。解き明かし、この能力と言う束縛から逃れるのだ。まずは一歩、二人の仲間を得る。
「[霧島 透]。能力は『寄生虫』の生成だ。二人共、これからよろしくな」
この記憶も、全て消えてしまうのだろう。誓ったのに、消えてしまうのだろう。だがそうでもしなくては、透が先導して記憶を消去しなくては、仲間は絶対に踏み出せない。
いつもそうして来た、先導して導いてきた。最初は責任だけだったが、もう違う。今は透自身が皆を、安全で楽しい所へと、連れて行きたいのだ。
携行蟲を発動しようとした、その瞬間だった。
「やめろ、それは絶対に君の為にはならない事だ」
聞いた事がある声だ。直接は数回だけだったが、知っている。死んだはずだ、その青年は。だが振り返るそこには確かにいた、この愚考を引き留めてくれた。
「良い考えがある。僕を信じてくれ、突然変異体の皆」
木ノ傘 英二郎、殺されたはずの、剣士だ。
第三百二十六話「消したくない記憶」




