第三百二十五話
御伽学園戦闘病
第三百二十五話「まだ」
まずは両者の霊がぶつかり合う、この時点で覚醒による効果が発揮されているように感じた。互いの霊は明らかに強化されており、人神に関しては奉霊ありきでしか出せなかったレベルの力がただの素手だけで発動出来ている。
ラーは炎そのものだが、炎が非常に強くなり、ぼうぼうと音を立てながら周囲の温度を上げている。発動者二人は能力で体温調節が出来るが、人神の場合そうはいかない。
「ちょっと熱いんだけど!」
「んじゃ熱くないようにしてやるよ」
そう言って薫は自身の髪を少しだけ千切り、放り投げながら言った。
「やるよ!ラー!」
古来から続く降霊術の一時的強化、ここ最近は戦闘病や覚醒の方が便利だったので誰も使っていなかったが、こういう実力が拮抗している盤面ならば未だに有効だ。
襲撃の際にも使った、あの時は両腕だったが今回は崎田にくっ付けてもらう前に退散するつもりなので髪で妥協する。その髪は消滅し、ラーの活気が増した。
「マズいな。避けた方が良いぞ、ロッド」
「うるっさいわね!」
熱いせいでイラついている人神に対してそう言ったが、既に遅かった。ぼちゃり、と何とも言えぬ気色悪い音がなった。違和感に気付いた人神が自身の右腕を見ると、取れていた。
炎による焼却により、肩と右腕が離れ、焼け落ちていた。すぐに腕を全力で絞めて止血を行い、息を整えた。あくまでもこの状態のロッドは"霊"なので黄泉に帰った時には元に戻るので問題はない。万が一戻る際に回復しない場合、そもそも薫はロッド側の人間なのでここで殺害をする必要性は全く無いのだ。
「痛いわね…髪一束でそのレベルね……結構面白い男じゃないの」
「そりゃサンキュ。じゃあさっさと帰った方が良いぜ、俺だってお前の敵じゃないし、何よりお前が痛い思いをするだけだ」
「気遣いは感謝するわ…でも今の私は人神なの、宿主の言う事聞かないといけないのよねぇ…」
「そうか。んじゃここでの事は忘れてくれ、そうじゃないとどっちとしても都合が悪い。そうだろ?だってここまで力を引き出せたのは、"紗里奈"あっての事だ」
「ズルい男ね、ホント……でも分かるわ、紗里奈が肩入れしてた気持ち。やっぱあの娘も、私の子孫ね」
「あぁ。んじゃ、行くぜ」
『月花』
強覚醒とはその名の通り覚醒の強化版である。ある条件を満たした一部の者にしか使用できない。來花の内喰いも一応その部類に属している。
そんな強覚醒は大体一つの特殊な力が備わっているだけである。場合によっては今まで使っていた覚醒の方が便利だったりもするので一長一短、だがその長所がハマった時は物凄い力を発揮する。
その力というのはリセットなどが出来ないので人生で最大の集中力を発揮し、練り上げる。だが薫がかけた時間はたったの三分だった、その間はただただ瞑想を行い、丁度三分が経過した時点で目を開き完成させた。
その時傍には最初の能力者、怜雄。ペットの双子鬼。強覚醒の存在を教えた神。そして宗太郎や薫よりも一足先に試練を終えた[木ノ傘 英二郎]が見守っていた。
完成した強覚醒はまだ一度も使っていない。だがそれでも確実に求めていたものへと変化している、そう信じていた。何故なら二人で作ったのだ、何が必要か、何を目標にするべきか、たった三分の会話だったが、結論は出た。
「良かったな、佐須魔。お前専用の、強覚醒だぜ」
その瞬間、空に浮かぶ月は爆散した。その直後、佐須魔の体が切り刻まれる。
『妖術・上反射』
すぐに上反射で反撃しようとしたが、攻撃が止まらない。まるで飛んで来る斬撃のような攻撃をくらいながら、立ち尽くしている。全神経を集中させてその正体を突き止めようとするが、全く分からない。
本当に何でもない所から攻撃が起こっているのだ。人神は何も起こっていないし、ラーも動いていない。ガネーシャや他の霊が出ているわけでも無い。
「何だ?」
上反射でも跳ね返せないと言う事は能力での攻撃ではない可能性が出て来る。だがその場合目で見れない事の説明が付かない。まさかこの攻撃が強覚醒で与えられるたった一つの力なのか、そういった可能性も出て来る。確かに薫は前々から佐須魔を殺そうと奮闘していた、だが薫も馬鹿ではない。こんな強覚醒だと大会や急襲の時に佐須魔へと辿り着く前に、來花や刀迦などの強者に殺されてしまうだろう。
TISは強い、今となってはほぼ全員が戦闘病を発症しているし、覚醒だって大体使える。時代というのもあるのだろうが、これは異常な事態である。
だがそれは学園側も同じ。その時佐須魔に相反するような仮説が立てられた。
「まさか、來花や刀迦は、他の奴に任せるつもりか?」
「あぁそうだ。俺がやるのはお前一人で充分、まぁその都度戦闘自体はするだろうが無理をして殺す必要は無い。旧生徒会、新生徒会、干支、取締課、同世代の奴ら、そしてエスケープ、お前が思っている以上に、こっちの面子はバケモン揃いなんだよ」
「來花はまだしも、刀迦を殺せるビジョンは全く浮かばないけどね、そっちの能力者が」
「出来るさ、前々から仕込んでた奴がいるんだよ。まだ推測も立ってないだろうし、立った所でどうにもならないけどな」
「…まぁ良い。戻れ、人神」
「は~い」
ロッドは佐須魔の体に還った。場にはラーと薫、そして立ち向かうような佐須魔だけだ。そして斬撃も続いている、ここからどう凌ぐのか、それが見たいので様子見だ。
すると佐須魔は言った。
『第八形態』
薫は瞬時に距離を取ろうとしたが、背後に回られた。防御は間に合わないので、出来るだけ急所は外すよう体を動かした。だがそれすらも読まれており、脊髄を凄まじい力でぶん殴られた。
だが意識はある。こんなちゃっちい攻撃で意識を持って行かれることは、絶対に無い。
「堅いな、妙に」
そう言いながら再度距離を詰め、今度は顔面を殴りにかかった。だがその瞬間、薫の右頬から象の鼻が飛び出し、佐須魔に触れる。それがガネーシャだと言う事は理解したが、対策なんて出来っこない。
一秒後、触れた腕を筆頭に体が崩壊を始めた。このままでは崩壊して死んでしまう、なので自分から死ぬ事にした。思い切り自身の頭を殴り、砕いた。
だが次まばたきをし終わった時には回復している。
「お前、零式にまで手を出したのか」
「そりゃあ僕は神だからね。あくまで人間の域を出れないお前とはスペックが違うのさスペックが」
ガネーシャの攻撃は実質的に無効化されてしまうようだ。だがまだやれる、そもそも最初からガネーシャだけを頼る気など無いのだ。まずは距離を取る。佐須魔もさっきの事があったからか一旦様子を窺っている。
そこで一気に唱えた。
『降霊術・神話霊・天照大御神』
『降霊術・神話霊・ガネーシャ』
天照大御神は霊力による攻撃や霊力濃度の変化などを全て無効化してくれる空間を作り出す事が出来る、範囲も宿主が指定できるので今回は薫を中心として30cm、半円状に展開してもらった。
ガネーシャは当然外だ。だがそれだけでは終わらない。
『落花』
それは強覚醒を終える祝詞だ。それは佐須魔も察していたが、何故ここで強覚醒を解く必要があったのかが分からない。当然のように斬撃は止まった、これなら佐須魔が有利になる一方だろう。
すぐに距離を詰めようとしたその時だった。薫の眼に再度紫の炎が宿る。薫の覚醒効果は身体能力の超強化である。覚醒の中では一番のハズレだが、薫にとっては『覚醒能力』でなければ何でもよい。邪魔されないからだ、いつもの感覚で、使える。
『広域化』
範囲は薫を中心として100mだ。
「何を」
気付いたが止まる必要は無い。天照大御神の結界は侵入を拒む能力は一切備わっていない、なのでそのまま殺せるはずだ。だがそれは間違いだった。少し無理をしてでも広域化外に行くべきだった。
「やるよ、ガネーシャ」
そう言って結界外に放り投げたのは、左腕だった。
「まさか!!」
瞬時に消失した左腕はガネーシャの糧となった。ラーの時点で髪束だったので、ここで四肢を取って差し出すとは思っていなかった。恐らくは今日中に崎田と会って修復するつもりは無いであろうから。
だが、やった。もう遅い、しかも結界内には間に合わない。周囲には誰もいないのだ、容赦する必要など、少しも無い。
周囲に満ちる破壊の霊力、広域化外に出るよりも結界内に飛び込んだ絶対に早い。意地でも中に入ってやろうとしたその時だった、首元から"プチッ"と何かが千切れるような音がした。
次の瞬間、身体強化や能力が全て解除され、生身の状態になった。
「壊…れた…!」
とんでもない激痛に耐えながら、解決策を探す。この破壊の霊力によって発動帯が破壊されたのだろう。もうここにはいられない、十秒もしない内に回復が間に合わない状態まで追い詰められてしまう。
急いで逃げ出さなくてはいけないが、生身はただの中学生と同じ、無理だ。完全に策が無い事を悟った、その時だった。そこにいる二人だけではない、基地内だけでもない、仮想世界にいる全員の正面に、突如として現れる頭蓋のみが骨の山羊。
「馬鹿じゃないの」
それと同時に、佐須魔の元に譽が駆け付けた。
「悪いね…」
「行くよ」
佐須魔を掴み、速攻で逃げ出した。薫は追いかけようとしたが山羊をいなしたせいで二人を見失った。それでも二十秒程は能力を解かず警戒を続けた。
だが何かが近付いて来る気配も何も無い。大人しく能力を解いた。言葉に出来ないレベルの疲労が一気に襲い掛かる。するとそれと同時に頭の中に理事長の声が聞こえて来た。
ただここで会話をするつもりは無いので拒否をし、歩き出した。
「まだ…まだなんだよ……もう少しだけ、待っててくれ…」
ボロボロになりながら向かう先は神が滞在するエリアだ。薫の訓練はまだ完全には終わっていない、やる事があるのだ。それを終わらせてから、戻って来る。そう決めたのだ。
だが背後から、聞こえてしまった。恐らくはファスト辺りの誰かが連れて来てしまったのだろう。
「なんで、言ってくれないの」
「…」
返答はしない。
「何か言ってよ。久しぶりなのに、ねぇ…」
「…」
振り向く事もしない。
「薫…霊力だけで分かるよ、強いじゃん、もう充分。紗里奈とも何かあったんでしょ、ガネーシャの霊力感じたよ……なのになんで、私達の所には顔を出してくれないの…」
するとそこでもう一人、やって来た。身体強化を使って全速力で来た様で息を切らしている。
「薫…!待てよ…!」
「…」
足は止めない。聞いてはいるが、答えはしない。
「待てって!!」
そして最後の一人が、やって来た。
「薫、まだあるのかい」
「…」
「多分、そうなんだろうね。僕は待つよ、必ず来てくれるって信じてるから。だって僕ら四人は仲間だろ?」
「あと、一つなんだ。だから待ってろ、翔子」
それだけ言って、走り出した。翔子は能力を使ってでも引き留めようとしたが、それをファストと兵助が引き留めた。ここで薫の強化を止めてしまうのはどう考えても良くない。
ただ気持ちは分かる。薫、翔子、兵助、兆波の四人の仲は深い。だが、だからこそ信じて待つ。今日来てくれたのだから、半年後の大会にも必ず来てくれるはずだ。
「行こう、二人共。待ってる奴がいるよ」
兵助の一言。
山羊の攻撃、基地の外にいた後方支援部隊にも当然発生していた。あのメンバーではどうやっても対抗できないだろう、だが兵助は無傷だ。
ここに来たのは完全に偶然である。だが助けに入ってくれた、一人の男が。そう、[葛木 須野昌]である。
第三百二十五話「まだ」




