第三百十九話
御伽学園戦闘病
第三百十九話「記憶」
神経蝕は非常に協力だが前準備が必要である。まず相手の神経を露出させないとそこに噛みついてくれない、なので速攻用の寄生虫では無い事ぐらい原でも理解している。
だが透は間近まで走り込んでも他の寄生虫を出すつもりは無さそうである、ただ潜蟲以外は基本呼びかけをしなくとも作り出せるのはずだ。
少しおかしいと感じた原は一度距離を取る事にした。
「なんで逃げるんだよ」
「色々おかしいからですよ」
それ以上は語らない。透は現在自身の動きに焦りが表れている事を自覚していないが、伝えてしまうと一瞬で直してしまうだろう。そうすると情報が抜き取れなくなってしまう、それは悪手だ。
現在佐須魔は突然変異体へと変化し、多数の能力の強化を望んでいる。霧と合う、昔からの目標を達成した原の使命はただ一つ、佐須魔に尽くすのみだ。
忠誠心の高い手足となり、支える。そのための一歩、ここで幾つかの情報を盗み取り、退散する。
「は?……あーそう言う事か、まぁいいわ、ここで殺すか」
透の雰囲気が一気に変わった。先程までは腹突然変異体では無い事を確認し、気絶させる程度でも良いかと考えていたがもう違う。
敵がこちらの意思を読み取って情報を抜き出そうとしているのなら、殺して阻止するまでだ。だが原は非常に面倒くさい、寄生虫で殺すにも時間がかかってしまうので佐須魔などに能力の効果を解除されかねない。
たった数分で殺す事は出来るのか、様子を窺いながら頭を回す。
「おし、行くぞ」
再度距離を詰めようとする。原は一旦応戦するしかないと感じ、構えた。だがそこに突っ込んだのは透ではなく、雷だった。まるでチーターか何かのように敏速に、突っ込んだ。
すぐに殴って吹っ飛ばそうと拳を突き出したが、雷はそれを避けた。まるで水を殴ったかのような感覚と勘違いしてしまうほど、滑らかな動きで回避した。
そしてその直後すぐに顎に向ってアッパーをかまして来た。拳は普通に早く、避ける事が出来なかった。
「早い…」
少し眩暈がするが問題は無い、気絶さえしなければ基本何度死んでも元に戻るからだ。だがやられっぱなしでは埒は明かないだろう、雷のスピードに付いて行く事は困難を極める。野生動物のような速さと戦闘スタイル、相手にした事が無いのだ。
流や刀迦の様に早く正確に弱点を付いて来る人の攻撃はある程度の対処が出来る。それに比べて雷の場合は弱点など考えず、ただ殴れる場所を殴っているように感じる。
感じられないのだ。この後どう動くべきなのか、ここで殴ったらどうなるかなどの思考が、全く。
「良いのか?助け入らなくて」
後方で優樹がそう訊ねた。
「良いんだよ、あいつは戦い始めると周り見なくなるからな。放置してるのが一番良い」
雷が時間を稼いでくれていると考えるのが良いだろう。今やるべきことは蟲の生成だ。恐らく原レベルだと雷とやり合いながら蟲の生成を逐一感じ取って警戒する事は出来ないだろう。
なので今の内に様々な蟲を作っておく。霊力は結構余裕があるので気にしなくても大丈夫だ。
そして雷はひたすらに隙が出来たら殴り、反撃されたら水のように避ける、という行為を繰り返していた。未だ一撃も入れられない原の額には少しずつ冷や汗が浮き出ていた。
思っていた以上に強い。初めて相対するタイプなので多少の遅れを取るのは当たり前だが、適応できない。いつもならば二分もすれば目で捉える事が可能、そして更に一分もすれば攻撃を全て受け止める事ぐらいは可能だ。
「…なんでだ…」
ふと口に出したその瞬間、雷の攻撃が増した。もう避け切る事も、受け身を取る事も難しい。ただ分かった事もある、意思はあるようだ。
まるで本能で動いているかのようだが、実際は違い、ちゃんと声や動作を加味して攻撃している。意識していないのかもしれないが、そこにつけ込む隙はある。
「……見えないな…」
小さな声で呟く。それは誘導だが、雷は気付かなかった。まんまと速度を上げ、畳みかける。だがその時だった、原が前々から変化させていた光の剣を振り下ろした。
直後、光の軌道を描いた肩から腹部が一気に斬れた。目で捉える捉えないの話ではない、一瞬過ぎた。まるでファストの移動を近くで感じたかのような感覚を覚えた後、とんでもない激痛が身を襲った。
「下がりましょう」
フレデリックが転移で間に入り、雷は退避させた。すぐにエリと優樹で止血を始めた。
「まぁ充分だな。んでその光の剣、やばいな。多分フェアツの頃と能力が別物並みに強化されてんな、兄妹パワーかなんかか」
ふざけてそう言ったつもりだったが、原はコクリと頷いた。
「そうかい。俺は突然変異体の事しか分かんねぇから普通の能力者が取り込んだ場合共存出来る事しか知らないんだけどな、まぁいいわ。要石、最大出力どんぐらいだ」
「分からん。前から言ってるけど基本どんな石でも作れるんだから、指定してもらわないと何とも言えない」
「じゃあ隕石」
「ギリ月破壊出来るぐらい」
「スゲェな、調子良いじゃん。んじゃサポート頼むぞ」
透が前に出る。要石は石でサポートだ。
「礫!」
「ん!」
すぐに数百個にも及ぶ小さな石を生成し、原と透がいる方に向けて飛ばした。速度が凄まじく、透も傷を負うがそこは問題ではない。一番の問題は原に寄生虫を埋め込めない事だ。
とりあえず一回でも触れれば何とかなるので多少の傷を受けてでも礫でかく乱し、触れる。だが当然その思惑には気付いているだろう、対策た後退をして何としてでも逃げようとするはずだ。ここは広い空間なのだから。
だが透の真骨頂は開けた広い空間、正に現在立っている所だ。何故そういう場所が得意なのか、理由は二つある。
一つ目が小さな蟲を何処に待機させているか分からず、相手に無限の可能性を与える事が出来る。
二つ目がある蟲を使えるからだ。
その蟲の名は[烙花蟲]という。花を焼き尽くす蟲。まず三匹以上を一気に出さなくてはただのキモい幼虫である。そして三匹以上の烙花蟲が世界に出現した時点で行動を始める。
周囲の霊力を取り込み、完全に霊力が無い空間を作り出す。その後自身の体内で霊力を循環させ、ある効果を付与した霊力を放出する。その効果というのは発火性である。
能力者レベルの霊力を所持している者がその霊力に触れると瞬時に発火し、触れた者を焼き尽くすのだ。そして誰かが燃え始めてから三分の時が経過すると、触れられた霊力を放出した個体は消滅する。その時その世界にいる烙花蟲の数が三匹未満になると残りの二匹も同時に消滅し、発火性は完全に無くなる。
謂わば炎の起き爆弾だ。烙花蟲本体はそこまで大きくないので変に注意されない限りバレることは無いだろう。
『潜蟲 息蝕 四十』
少し霊力消費はかさむが、それでもカモフラージュが優先だ。原は烙花蟲の存在など知らないので、今周囲30m全域に合計の十五匹の烙花蟲が振りまかれたとも知らない。
だが異変には瞬時に気付いた。霊力の動きがおかしい、球体の様に霊力が無い空間が出来ている。何か他の蟲を出したのだろうとは分かるが、それ以上の事は分からない。
何故ならまだ発火性のある霊力を吐き出していないからだ。だが用心してその空間には入らない事に決めた。
「気付いたか。まぁ良い、お前の可動域はクッソ狭いからな、そうなると」
一気に距離を詰める。礫を要請したいが、烙花蟲にぶつかって死ぬ可能性を考慮すると一旦生身と息蝕だけで凌ぐのが吉だろう。大体一分稼げれば霊力を練り切れるはずだ。
「時間を稼ぐ気ですか、なら僕は逃げ…」
逃走を図ろうとしたその瞬間、背後にフレデリックが移動しぶん殴った。その老体からは考えられない程の凄まじい威力、覚醒や戦闘病でも発症しているのかと思う程だ。
吹っ飛んだ原は烙花蟲の範囲内に入っていた。すぐにその場を離れたが、異変はない。このまま断定する事は絶対に駄目だが、現状では何の害も無い蟲だ。
「逃がしませんよ、私がいる限り」
「強いですね…能力で硬度上げてなかったら骨にヒビが入ってしまう所でしたよ」
「それは凄い、一応本気で殴ったのですがね。その能力は非常に便利で協力なようだ、どうか私にも使わせてほしいものですね」
そう言いながら再度背後へ転移した。二度目は無いと光の剣で反撃をしてやろうとしたその時だった、一瞬にして烙花蟲が霊力を吐いた。
原は攻撃よりも自身を守る事を優先している。状況を確認するため、距離を取って何が起こるのか窺う。だが何も起こらない、当然だ、誰も触れようとしないのだから。
ただその行動から逆説的に吐き出された霊力に意味があるのだと推測出来る。もうこなってくると突然変異体の
条件どころの話ではない。すぐにでも退避するべきだ。
「要石、やれ」
「りょ」
もう構う必要はない。むしろ場は整ったと言って良い、一回目の礫から倍以上に量を増やし放出した。フレデリックと透は要石の後ろに逃げた。
対象は原一人、追尾はさせない。全方位を満遍なく攻撃するからこそ意味があるのだ。
そして小石達は当然、発火性のある霊力を通って行く。この礫はただの小石ではない、霊力を含ませた。霊力消費自体は多くなってしまうが、問題はない。
霊力を通過した小石は次々燃え上がって行く。原はすぐに発火が烙花蟲の効果なのだと理解し、回避を試みる。だが自身の手で吹き飛ばしたりしないと到底裁ける量ではない。ただ発火の早さから見るに、多少触れただけでも引火して来そうだ。
しかも霊力を燃料として燃えている事は一目瞭然、光の剣は一度破壊し、いつもの手に戻す。
「…無理だ!」
どんな変化をさせても霊力を無くすと礫のラッシュが止まった瞬間フレデリックにボコボコにされて負ける。どう足掻いてもこの盤面から勝利に繋ぐことは不可能だ。
すぐに佐須魔に『阿吽』で連絡し、足元をゲートにしてもらって退散した。フレデリックが追いかけようとしたが何処に行ったかなど分からないので追いようがない。
「まぁいい、一旦は俺らの勝ちって事だ。とりあえず海斗と雷の治療をしなくちゃ…」
振り返ったその時だった、驚愕する。
「ふーん」
気絶している二人の傍にはエリがいる。だがエリも気付いていなかったようだ、その場に近付いて来ている青年の事を。
「誰!!!」
紫髪、紫の瞳、高校生ぐらいだろう。少しだけ胸元開いた白シャツを着て立っていた。
「俺?[英 嶺緒]っていうんだ、お前らも能力者か?」
あまりにも好都合、監禁されていたはずだが何故かこちらに出て来ている。
「俺達は突然変異体、お前と同じタイプの能力者だ。詳細は後で説明させてほしいんだが…お前は監禁されてるんじゃなかったか?」
「あーなんかこの騒動で逃げ出せたわ。テレポートの対象俺も含まれてるし」
「そうか。今までは単純に逃げ出したら危なかっただけなんだな。とりあえず俺らと一緒に来い、衣食住を担保してやるし、こんな薄暗い基地なんかじゃない現世に…」
「いや、いいわ。それよりあんたら煙草吸ってんだろ、くれよ。伽耶は煙草嫌いだから吸わせてくれなかったんだよ」
「あ?お前何歳だよ」
「身体的には十…七だったかな。でもこっちの年齢で言えば十八」
「…まぁ別に良いか。んじゃやるよ、だから付いて来てくれ。ここは危ないんだよ」
煙草を取り出し、一本差し出した。そして煙草で釣ってやろうと考えていたのだが、甘かった。咥え、火を付けてもらった嶺緒は一度煙を吐き、言った。
「あ、ちなみに俺お前らの敵だから」
その直後、唱えられる。
『肆式-弐条.両盡耿』
周囲を包み込む連撃の究極系。すぐにフレデリックが全員を連れて脱出しようとしたその時、同じ人物が再度唱える。
『呪・封』
この周囲一帯人物全員の能力が使えなくなった。もうこのまま死ぬだろうと判断し、嶺緒を連れて逃げ出した。佐須魔の声がしたと感じる間もなく、突然変異体は光に包まれた。
抵抗の術もない。透は叫んだ。
「携行蟲を!!」
記憶を、消去する。
第三百十九話「記憶」




