第三百十八話
御伽学園戦闘病
第三百十八話「焦躁」
壁は再度裏返り、元に戻った。だが次に同じ攻撃をされた場合誰か一人は死ぬだろう。透の能力はこういった密室だとあまり活かせない。優樹に関してはただの記憶能力なので戦力外。雷は霊力放出の有無なので戦力外。エリは攻撃の移動なので一人を犠牲にするしかない。要石は石の生成、超頑丈な石を作っても良いがガスなどを投入されたら詰みといっても過言では無い。
完全密封の石を作っても先に酸欠で死ぬだろう。そうなるとフレデリックの帰還を待つ時間さえ無くなってしまう、どれほどの時間がかかるかも言わずに出て行ったので様々な予想が全て予想にしか成り得ない。
「どうするか…次にどんな攻撃をしてくるのかも分かんねぇな」
ひとまず部屋の中央に集まり、背中を合わせる。何か策が無い限りエリの能力を使って誰か一人を犠牲にするしかなくなる、急いでこの場を乗り切る方法を考えるがどうしても出てこない。
伽耶は空気中の元素を操る事が出来るので何でも出来てしまうだろう。
「優樹、なんか対策法とか知らないか」
「知らないっすね。そもそも伽耶の能力って対処しようが無いっすから。もう何らかの危険性を持つ元素に変えられててもおかしくないんすよ」
「まぁそうだな…んじゃどうするか」
「まぁワーナーの爺さんが帰って来る前には攻撃してくるでしょうから、何をしてくるかによりますね。さっきの機銃攻撃だと、絶対に死にますね。多分エリでも無理っすよ、全部受けきるの。海斗の折衷案であれっすからね。使わなかったら全員死んでたって事っすよ」
「…しゃあねぇ。気絶させられた時の事考えるしかなさそうだな。全員の携行蟲の状態を確認するから頭貸せ」
一人に対して一つの手で、急いで状態を確認していく。
「よし問題ねぇ。ヤバそうだったら記憶飛ばせよ、一応場合によっては修復可能だからな」
「でもさでもさ!携行蟲取り除かれたらヤバくない!?呪・封とかで使えないかもしれないしさ!」
「雷、良い予想だ。そうなっても問題はない、突然変異体の特性でな」
「え!?いっつも教えてくれないじゃん!」
「そりゃお前とかエリとかに言ったら言いふらしそうだからな。日頃の行いを振り返れ」
「ふーん……」
皆油断している。すると次の瞬間、再度壁が裏返り、機銃での掃射が始まった。だがそこで透が叫ぶ。
『潜蟲 息蝕』
寄生虫の中でも一際特別な潜蟲、様々な種類に変化させることが出来る土台のようなものだ。そして先程透が皆の頭に触れた際に寄生させた、潜蟲 息蝕。名の通り潜んで寄生し、息を蝕んでいく。
透が発動させた時点で皆の息が食われていった。だがそれと同時に機銃の痛みが無効化されていった、予想は的中したのだ。最早運ゲーに近い行動で防ぎ切った。
皆の視界から機銃が全て"消滅"した。解けるようにして全てが無くなったのだ。そしてすぐに海斗の状態を確認すると、やはり体に負傷は無かった。
「やっぱそうだよな、何の元素かは知らねぇが幻覚症状起こさせてただけだ。そもそもお前大っ嫌いだもんな、火薬の臭い。だから大事な研究室にも拳銃一つ置かない、俺と共同で研究していた時何度も煽ったが拳でしか攻撃してこなかった。
元素を操らなかったのは研究物への被害を考えて、だろうが武器を一つも使わないのは違和感があった。銃を持ってるのは知ってんだ、こちとら隠密蟲を仕掛けてたからな。
でも何があっても発砲しようとしなかった。あれには火薬が詰まっていない、嶺緒を運び込む時に誰かと会話しているのを少し聞いてたんだよ。火薬の臭いが大嫌いってな。
まぁ後は言わずもがな、火薬が嫌いなら機銃なんて撃ちまくるはずがない。なんせ近くにいるもんな、すぐ、そこに」
幻覚が溶けた。それと同時に前と全く同じ研究室、そして焦っている伽耶の姿が目に入った。
「フレデリックが転移を使えなかったのは既に幻覚を見せられてたせいで既に転移している事にも気付かず、俺らは既に研究室の中にいるにも関わらず研究室へ向かうって言う馬鹿みたいな事してたんだ。思い込みってのは怖いな、んでどうする。死ぬか?魂は残さないけどよ」
「これだって幻覚かもしれないよ?そうやってすぐ思い込み…」
「んなわけねぇだろ、馬鹿か。そもそもお前の幻覚はクソみたいな完成度だ。俺と雷があそこまで油断してるのに撃つはずがねぇ、本物だった場合もっと警戒して単純に視認できない毒ガスとかで攻撃してくるはずだ。あまりにも単調な動き、あの時点で偽物っていうのは分かっていた。
そして幻覚でわざわざ研究室を隠した理由は一つ、ここが本物だからだ。何せ俺が本物の研究室みたら色々ぶっ壊すもんな、こうやって」
そう言って脇にあった戸棚に入っている薬のような物を全て叩き壊した。
「んなぁあああああ!!!!」
ヤバイ声を出した時点で確信した。これもゆさぶりだったのだが、まんまと引っかかったようだ。ここも幻覚だと主張するならばもっと冷静でいなくてはいけない。
何故なら透が見抜けてしまうからだ。冷静ならば幻覚でも現実でも起こしうる行動だが、発狂は幻覚ならば絶対にしない行動だ。幻覚で偽物の薬を壊したのに発狂をする必要は無い、それよりも幻覚を見ていると言う事に気付いた事に重点を置くはずだ。
研究物を異常なまで愛している伽耶だからこその動きだ。
「早く選べよ、ほら」
そう言いながら皆で道具や薬を破壊しまくる。やはりとんでもない声を出し止めようとする伽耶を見て皆で笑っている。別に全員性格が良い訳では無いが、普段不愛想な透が楽しそうに破壊しているので皆の気持ちも上がっている。
相当数の物品が破壊された所で伽耶が動きを見せた。床にへたり込み、破損したお気に入りフラスコの破片を集めながら、ポロポロと涙を流し懇願するように言った。
「やめて……」
思っていた反応と違いすぎて一瞬場が凍りそうになったが、ナイスタイミングでフレデリックが帰って来た。伽耶の頭上、要石が作り出していた岩を踏むような形で。
その事に気付いたがそれよりも自身の研究道具を集める事に夢中の伽耶の頭に巨大な石がヒットしそうになった瞬間、その岩は一人の男の拳によって破壊された。
「危ないですよ、しっかり避けんなくちゃ」
携帯蟲で情報を共有していたので要石は超硬い石を生成したはずだ。だが一撃で破壊された、誰かまでは視認する前に全員が戦闘体勢に入った。
「大丈夫ですか、伽耶さん」
伽耶は返答をせず、ただばらばらになった道具を集め続けている。この様子なら大丈夫だろうと判断し、突然変異体の方へ視線を向ける。
「流石に酷いと思いますけどね、これは」
「は?知るかよ。お前と違ってこっちの姉弟関係は劣悪なんだよ、原」
「別に姉弟だからとは言ってませんよ。抵抗もしていない人の大切な物を破壊するのは違う、と言っているんです。それが敵だろうが味方だろうが」
「知るかよ、てめぇらの持論とか聞きたくも無いね」
「僕は戦闘病や覚醒に頼りたく無いんですよ、あなたとは一定の信頼関係が築けそうだと思っていましたがどうやら見当違いだったようですね」
「やんのか?ここで」
「いえ、やりはしますが場所は変えますよ。強制的に」
次の瞬間、伽耶以外の足元にゲートが現れ、抵抗する間もなく移動させられた。光は薄く、妙に薄暗い廃墟のような場所だ。だが様々なバグが起こっている様で、表が先程までいた基地ならここは裏の場所なのだろう。つまりは人が来ると予定されていない空間だ。
突然変異体のは知らないが莉子が殺された場所である。原は知っているが、別に意図的にここを選んだわけでは無い。佐須魔に頼んで適当に飛ばしてもらっただけなのだから。
「さぁやりましょう、僕は本気で行きますよ」
ひとまず気絶している海斗をエリに任せ、後ろに下がらせた。前に出ているのは透、要石、雷、優樹、フレデリックの五人だ。優樹は一旦様子見のために少し下がっている。同じ様にしてフレデリックも多少後方だ、ただ転移によって一瞬で前に詰める事が出来るのでそこに関しては問題ないだろう。
雷もサポート系ではあるが広い場所での戦闘ならフィジカルである程度は何とかなるので戦ってもらう。原の能力は非常に厄介だ、しかもフェアツを取り込んだことによって突然変異体となっている可能性も否めない。原理が分かっていなくとも二人の関係性ならいつの間にか変化していてもおかしくはないはずだ。
「どう言う事だろうな、なんでお前の能力でそこまでして押して来るんだ。俺の寄生虫なら気絶させる事ぐらい容易だ、気絶してる状態のお前がどれ程無防備か分かってるだろ、自分で」
「知ってますよ。それでも僕は僕と霧がやりたい事をやるまでなんですよ」
「…分かった駄目だ、お前は殺す」
ここでその返答が聞けるとは思ってもみなかったが、嬉しい誤算と言うやつだ。原は既に変化を始めている、突然変異体への第一歩、戦闘病の胎動とはまた違う魂の変化。
誰かの魂を取り込み、そいつと会話が出来る様になる事。全員に起こっている訳では無いが、少なくとも魂は取り込んでおり、その事を認知している。
他にも同じような症状が出ている者はいるのだろうが、ひとまず目の前に立っている原は殺すべきだ。瞬時にそう判断した透は戦闘体勢に入った。
『潜蟲 神経蝕 七十』
これは潜蟲 神経蝕を七十匹作り出すという掛け声だ。潜蟲は全てが非常に小さく、七十匹程度なら両手を受け皿のようにするだけで持ててしまう。
そして他の者も戦闘が出来る状態に入った。雷は姿勢を低く保ち、四足歩行の様にしている。フレデリックはいつも通り姿勢良く直立。要石は石の生成を始めた。優樹はまだ戦う気が無いので様子を窺う。
「さぁ、行くよ霧。力を貸してくれ」
その直後だった、原の右腕が変化する。まるで光の剣、だがそれは確かに体の一部だ。すぐに気付く、フェアツの能力だ。この時点で透は突然変異体ではない事を気付いていたが、黙っている事にした。
何故なら突然変異体になる条件は本当に透しか知らないのだ、一個の条件も誰にも漏らしたことは無い。恐らく察しの良いフレデリックや優樹には胎動の口言とは違う魂との対話が一つの条件なのだろうとは見抜かれてしまった。
だがそこは仕方がない。問題はここで突然変異体ではないと知り、撤退をする事だ。だがフェアツの能力を使う原を相手にするにはそれ相応の覚悟と被害を覚悟しなくてはいけない。
一秒の天秤、重かったのは突然変異体の情報だった。
「行くぞ、お前ら」
先陣を切ったのは、透だ。だがこの時原は些細な変化に気付いた、知っている。完璧に全てを知っていると思っている人間以外との戦闘は妙に慎重になると。
ただ今回は違った。フェアツの能力を使い、明らかに底が見えない状態の原に向って突撃した。焦っている、確実に。だがこの事は黙っておくことにして、後々『阿吽』で佐須魔に伝える事にした。
『突然変異体への条件の一つには恐らく魂との対話が含まれていますね』と。
第三百十八話「焦躁」




