第三百十七話
御伽学園戦闘病
第三百十七話「密室」
突然変異体達は主力が投入されると同時に霊力放出を出来る限り抑えながら基地内に入っていた。だが嶺緒を探しに動き始めてすぐにテレポートでばらばらになってしまった。
だが元々持っていた携帯で連絡を取り、能力が使えない事も報告した。完全に忘れていたのだが、他の者の連絡先は無いのでひとまず能力が使えるようになるまでは携帯のみで連絡だ。
「とりあえず封か何かが解け次第、俺が前に付けた[携行蟲]でフレデリックに場所の記憶を送る。そうすれば来れるだろ?」
「はい。記憶さえあれば行けますね」
「んじゃ能力使えるようになったら全員で携行蟲使ってフレデリックに記憶を送信、んで回収してもらえ」
透が言っている携行蟲とは非常に作るのが難しい虫である。肉眼では見る事が出来ない程小さな図体で脳みそに寄生し、同じく寄生されている者との記憶交信が可能なのだ。
フレデリックは見た事のある場所にならテレポートが可能である。なので記憶さえあれば自身が行った事無い場所に誰かが飛ばされたとしても瞬時に回収する事が出来るのだ。
「とりあえず俺は佐伯に電話かける。お前らは全員通話繋いでろ」
一度透だけが通話を抜けて、佐伯へ連絡を取ろうとする。だが電源を落としているようで連絡が付かない。
「駄目だ、あいつ電源切ってやがる。まぁその内気付くだろ、とりあえず俺らは変わらず嶺緒の捜索だな」
そこで封が解けた。それに一早く気付いた透が皆にそれを伝え、フレデリックへ記憶を送った。記憶で場所を受け取ったフレデリックは瞬時に空間転移で皆を集めた。
合流した全員でとりあえず怪我などが無いか確認する。だが携行蟲を見ても何も無いのでとりあえずは大丈夫だろう。
「よし、全員大丈夫だな。んじゃ行くぞ、嶺緒の回収」
「おっけー!!!」
「もうちょい静かにしろ、場所バレるだろ」
「おっけー!!」
「…まぁ良いわ。フレデリック、一応場所自体は分かるけど想像は出来ない所っていけないよな?」
「無理ですね。私の能力は記憶として映像のようなものが無いと駄目ですから」
「了解。それじゃあ普通に行くか、別にこの数いるんだし誰かと遭遇してもそこまで問題ないだろ」
透が先導し、フレデリックが最後尾という形で早速向かう。その間子供のエリとフレデリック以外は全員煙草を吸っていた。突然変異体はエリ以外全員透に勧められて煙草を吸っている。
「こういう時あんまり吸わない方が良いんだけどな、場所でバレるし」
要石が返答した。
「まぁ良いんじゃない~?健吾とかも吸ってるし気付かないでしょ~」
「鼻が効く奴とかいたらヤバいだろ。んまぁ吸えない方が嫌なんだけどよ」
「分かる」
雷は煙草を吸っている時だけ静かなのでとりあえず吸わせておけばリスクヘッジは多分完璧だ。だが一番の問題はエリである、仲間外れという感覚なのか煙草を吸えない事に非常に苛立っている。
元々声が大きいのに普段より少し声量が多い。ずっとそんな声で喋られていると敵にも見つかるし頭も痛くなって来てたまったもんじゃない。
「ちょっと静かにしてろ」
適当に飴を口に突っ込んで黙らせた。
「多分だが基本人が出入りしない場所にでも監禁されているはずなんだ。そんでクソ姉貴の実験体だろうから、研究室の近くだろうな。今日はそこまで造りが荒れてないから多分行けるな、前入り浸って時のルートで」
少し前までその研究室で強化版霊力測定器を作っていたので大体の位置は分かる。何故か前に設置したはずの虫の反応が無いが、底に関しては今突っ込む所ではない。
どうせ嶺緒の回収はするのだから、特段気にする事でもないだろう。しかもフレデリックがいるので何かあっても瞬時に撤退し、転移して戻れば良いのだ。
「一番の問題は相手が俺らの目的を完全に理解してそうな所だな。あいつらどうせ俺が突然変異体の実験体欲しいの分かってるだろうし…あとクソ姉貴に渡したくねぇ。
だがTISが分かってるとなると全力で阻止しに来るはずだ。もう仲間じゃないからあん時の恨みをどう返して来るか分からないからな…」
「そん時は私がボコボコにする!!」
「お前じゃ無理だろ。無茶苦茶サポート能力だろ、お前自身が戦えるならまだしも。まぁその気概は称賛に値するな」
「そうでしょ!!」
「たださっきも言ったが俺らの目的を完全に理解しているとしたら佐須魔がすっ飛んできてもおかしくはない。結構な恨みあるだろうしな、個人的にも。
万一戦闘になるならフレデリックは死守しろよ、絶対にだぞ」
フレデリックさえ生きていればどうとでもなる。全員を抱えて脱出する事だって容易だ。今回の最大の失敗は嶺緒を回収し損ねる事だ。
二度は無いだろう、伽耶は自身の研究室に無断で入られたり物を盗まれそうになると、その人物に対して過度に警戒心を持つ癖があるからだ。
チャンスは今日一度、へましたら終了だ。物理的に命に関わってはいないが、突然変異体の仕組みを理解されたら本格的に佐須魔への勝ち目が無くなってしまう。
協力すると言ってしまったからには生き残りたい、佐須魔の弱体化は行うべきだ。
「突然変異体の仕組みを知っているのは俺だけだ、俺が拷問とかされた場合は脳に寄生させてる[懐口蟲]で記憶吹っ飛ばすから安心しとけ」
懐口蟲とは現在透以外の何者にも寄生させていない虫である。効果としては宿主"本人"の任意タイミングで記憶を全て破壊する事が可能な虫だ。
マウスで実験し、判明した事なのだが理事長などの記憶を操る能力などでも過去が見えなくなり、本当に消滅するらしい。なので最悪の場合は記憶喪失になってでも情報を守るのだ。
ちなみに記憶が破壊されると言っても最低限の言語などは残すような設計になっているので友人や家族などの関係性が分からなくなる程度しか支障はない。
「まぁ御託はこの辺にするか。近付いてきたからな」
そこそこ進んで近付いてきた。基地の隅も隅、伽耶の研究室が。煙草の臭いを検知すると警報が鳴るので、[消臭蟲]という名前の通り臭いを消せる虫で全員の臭いを取ってから進む。
現在何匹か寄生虫を作り出したが一匹一匹の霊力消費はあってない様なレベルなので気にするほどではない。気にするラインは百匹を超えてからだ。
「静かにしてろよ、死ぬからな」
エリを抑制し、足音を消して進む。すると角を曲がり、無駄に大きい研究室の扉が見えた所で警報がなり出した。
「はぁ!?んでだよ!!」
当たり前である、敵襲があって警戒を高めない筈がない、機密情報を何個か扱っている伽耶が。すぐにその思考に至った透はもう正面突破をする事にした。
距離は20mもある。その時点で特段目立った行動もしていないのに警報がなると言う事は恐らく逃れる手段はない。すぐにその意思を汲み取った皆が突撃する。
何重にも重なった警報が鳴り響く中、透は扉を開けようとする。だが警報がなったせいかビクともしない。
「しゃあねぇ!フレデリック、記憶を送るから直接中に入る!!もう多分バレてるから隠密はいらない!!んでテレポートしたらすぐに要石が石を下に生成しろ!やべぇ薬品踏むかもしれねぇから!」
「了解~」
すぐに記憶をフレデリックに送り、皆で固まって転移をしようとした。だが出来ない。
「出来ないですね。恐らく透さんの記憶と実際の内装が違い過ぎるのでしょう」
唯一の欠点、持っている記憶と実際の外観があまりにもかけ離れていると記憶を持っていない判定になりそこへは転移出来ないのだ。伽耶はこの事を知っていたのか、ガラッと模様替えを行い対策しておいたのだろう。
こうなると本格的な正面突破、扉を破壊するしかない。だが前来た時とは違い、材質がギアルに変更されいる故に能力での破壊は無理そうだ。かと言ってここには単純なフィジカルモンスターはいない。
より一層警報が強まり、良い加減ヤバそうだ。どんな方法でも時間がかかってしまう、最大でもかけられる時間は一分。でないと研究室内にいるであろう伽耶から何をされるか分からないからだ。
「…クソ!どうすれば…」
透が一旦撤退を命じようとしたその時だった。一番扉の近くに立っていた透の真横を一つの拳が貫いた。単純なフィジカル、霊力も全く籠めていない単純な殴打。
鈍い音と共に一撃で扉は破壊され、緊迫感が走る。すぐに振り返るとやはりそこには立っていた、健吾が。
「お前!!」
「何キレてんだよ、協力してやったんだぜ?これで借りは返したな」
旧友、昔の借りを返すためだけに貴重なギアルの扉を破壊した。健吾はこういう奴だが、それ以上に透は怒りが沸く。
「んな事しろって頼んでねぇよ!!勝手に俺のやり方に手を出すんじゃねぇ!!」
「そうか、んじゃ伽耶の毒ガスか何かで死ぬ気だったか?」
そう言って健吾は皆が来た道を指差した。すると一本道の通路は頑丈な可動式扉で塞がれていた。そしてその天井には何かを放出するための機械があった。
「…クソが」
「お前らは助けられたんだぜ?感謝はされど逆上されるのはおかしいだろ」
「知るか、お前が勝手に手を出したんだろ。やるなら来いよ、ぶっ殺してやる」
「興味ねぇ。俺はやりたい奴がいんだよ。生良だ」
「なら行かせねぇ。ここで殺す」
「おいおい良いのか?目的忘れてんじゃねぇの。英 嶺緒、早くしないと殺されるぜ?あいつ。何せTIS側と言っても所属してるわけじゃねぇからな」
聞き捨てならない発言、言及しようとした時には生成されたゲートで何処かに行ってしまった。追いかけようともしたが海斗に止められた。
舌打ちをしてから、一旦深呼吸をする。
「悪い、熱くなり過ぎた。とりあえず行くぞ、中」
透が落ち着いたので恐る恐る研究室内に入った。いつもの除菌用ルームを何回か抜けて、ようやく辿り着いた研究室。だがそこには何も無かった、あっけらかんとした空室。
「は?」
その瞬間、一つしかない出入り口が封鎖された。先程の扉と同じくギアル製だ。そして壁に付いているスピーカーから伽耶の声が聞こえて来た。
「転移で出ていくか、死ぬか選んで」
「さっさとやれよ!お前の遊戯に付き合ってるほど暇じゃねぇんだよ!」
「…あっそ。じゃあ死んで」
その瞬間部屋の壁が全て裏返り、超大量の機銃が現れた。すぐに指示を出す。
「海斗!」
「分かってますって」
自己紹介の際、海斗だけは能力を明かさなかった。理由は一つ、沢山の人に知られてはいけない能力だからだ。能力は『体現』と呼んでいる、念能力で効果としてはその時考えうる最高の案と最低の案の丁度半分、折衷案を体現してくれるという能力だ。
そしてそれは海斗の思考の中での最高最低なので幾らでもやりようはある。だがそれの代償かある無駄な効果もある、ある一定の人数に能力の詳細を知られると効果が薄くなり、ドンドン最低の案へ近付いて行くという効果だ。
現在は海斗の能力を知っているのは三世界のマモリビトと突然変異体のみ。マモリビトは人間ではないので除外さる。
その程度の人数だったら大した降下は起きない。なので完全な中央とは誤差レベルの折衷案が体現される。
「伏せて!」
海斗の声に合わせて全員がしゃがんだ。その瞬間機銃が鼓膜を破りそうなほどの音を立てながら一斉掃射を始めた。直後、全ての弾が吸われるようにして海斗へと向った。
避ける術などなく全てを体で受ける。それが真ん中なのかと驚愕したが、三十秒ほどして機銃は動きを止めた。すぐに海斗の状態を確認したが気絶している。
「…いや、全部致命傷じゃない。全然大丈夫だ、何処も欠損してない。問題はない」
どうせ治るので実質無傷、それよりも突破方を考えるのが先だ。そこでフレデリックがある提案をした。
「私にお任せを」
だが内容を言ったら聞かれてしまうので伏せて行動に移した。現在何か案があるのはフレデリックのみ、任せるしかない。するとその直後、フレデリックは転移で一人だけ逃げ出した。
「耐えるぞ、俺らは」
信じて耐えるのだ、フレデリックが戻って来る時を。
第三百十七話「密室」




