第三百十六話
御伽学園戦闘病
第三百十六話「デバッグ不足」
視覚的には透明になれているので、そこまで問題は無いが頭がクラクラする。まだハイにはなっていないので軽く飲んだ程度なのだろう。
だが当人である崎田はその事に気付いていなかった。当たり前だ、何か強そうな呪を使用したのに内容は酔わせるだけなど普通に考えて予想が付かない。
「いるな」
素戔嗚は付近にいる事を特定した。何故分かったかというとこの呪の性質によるものだ。まず発動方法が二つある、一つは個人指定。これはその通りで視認出来ている相手に向って発動する事で人混みの中でもピンポイントでくらわせる事が出来る。
そしてもう一つは範囲指定。その通り指定した範囲にいる人間全員に効果を付与する。素戔嗚は今回範囲指定を行った。そして約二人分の霊力が減った事を確認している。
となれば付近にいるはずだ。恐らく崎田の能力で知覚出来ないようになっているのだ。もしかしたら音で分かるかもしれないと思い耳を澄ます。
「…」
すると聞こえた、息遣い。すぐにそちらの方へ走り出し、刀を振り下ろした。だが当然避けられる。
「…聞きながら動くのは無理だな、俺自身の音でかき消されてしまう。だが、やり方はいくらでもある」
素戔嗚は唱えた。
『呪・自身像』
大会でも使用した。出て来るのは天仁 凱のコピー。
「なんだ。わしに用か」
「二人いる、やってくれ」
「仕方が無いな。やってやろう」
天仁 凱は唱える。
『呪術 斧羅亥唄』
これまた聞いた事の無い呪だった。崎田は咄嗟に背中を壁に向け、前方と左右だけをチェックする体勢に入った。だが次の瞬間崎田の真正面、本当にすぐそこから斧が出現し、静止した。
すぐに避けようとも思ったが、斧が動き出す。だが攻撃的な動きでは無い、ただふよふよと浮遊している。何が目的の呪なのか分からないが、とりあえず近くにいても良いことは無いだろうと思いすぐに動いた。
そして斧が透明布から出て、素戔嗚に視認される状態になった瞬間奇妙な音が響き渡る。動物の鳴き声のようだ、猫と犬を混ぜた様な。
そして斧から発せられるその音は明らかに霊力を帯びているのが分かる。その時本能で感じ取る、死が全速力で近付いて来ている。酔っているのもあってか咄嗟に取った行動はジャンプだった。ファルを背負っているので腰に負担がかかるが、それよりも足を付けていると死ぬ気がした。
「そこか」
素戔嗚も同じく跳び、壁に刀を突き立てて張り付いていた。そして跳んだ際に少しはだけた透明布を見て、やはり近くにいた事を理解する。
その直後、床の辺りにとんでもなく禍々しい霊力が満ちて、数秒して消えた。どういう条件で音を発するのかは不明だが、鳴き出してから数秒後に途轍も無い力で床に立っている者の足を攻撃するのだろう。
予想でしかないが、足など見知らぬ間に取れているレベルで強力な力だったように感じた。やはり自身像とはいえども天仁 凱、他の自身像とは一線を画しており警戒しておかなくてはいけない存在だ。
だがそれ以上に警戒するべきなのは、着地しても安全になったので突撃してきた素戔嗚である。一度でも攻撃されたら透明布が破け微妙な違和感に気付かれてしまうかもしれない。
何としてでも防御か回避を優先するべきだ。そして素戔嗚もそうしてくるだろうと考えて普通に斬りかかった。
「よいしょ!」
だが次の瞬間崎田が取った行動は、布を剥ぐ事であった。異常な行動に驚くが動きは止めない、このまま斬りつけてしまえば問題は無いからだ。
しかも相手は落下中、どう考えても刀のおかげでリーチが長い素戔嗚が有利のはずだ。そう思っていた、刀を振り上げるまでは。
「うんしょー!」
刀を振り上げたその瞬間、崎田は素戔嗚の腹部を殴った。そこまで早い訳でも無かったが視認出来なかった。そして滅茶苦茶に痛い、着物が破けている。
「何だ」
見知らぬ攻撃なので瞬時に距離を取った、後方で見ている天仁 凱にブーイングを受けたが気にしない。
「まぁそうだろうねぇ、見ないよね」
少しとろけた声で右腕の布を取った。それは先程まで被っていた透明布だ。
「…そう言う事か」
大体は理解した。まず前提としてファルをおぶっていない、素戔嗚が飛び掛かって来た時に透明布か何かを被せて何処かに置いたのだろう。
そして一瞬の判断故にファルがいるはずの背中まで意識が向かなかった。当然おぶっているので両手は戦闘で使えないはずだ。だが実際にはファルを放し、右腕に布を被せていた。
最初から腕は動かせないだろうと言う思い込み故に集中しなかった。そこに透明が被り、完全に素戔嗚の意識外からの攻撃になったのだ。
完全に素戔嗚の視野が狭かったのが悪いが、酔っているはずなのにそこそこ頭は回るようだ。
「もう少し相手を見るべきだな」
一人で反省をしてから、再度突撃する。崎田はすぐにある物を生み出す、大量の小麦粉とライターだ。
「粉塵爆発か」
だが起こせないだろう。粉塵爆発は上手い濃度で粉塵が舞っていなくては発動しない、ならば一気に叩き落とせばよい。
「凱!」
「分かっとるわ」
『呪・重力』
重力を上げれば、地面に落ちるスピードが上がって爆発は不可能だ。それを察したのか崎田はライターをしまい、次の行動に出ようよする。だがその判断が一瞬遅れ、素戔嗚の一撃を許してしまった。
普通の斬撃、幸い術と絡めてはいないようだ。すぐに後ろに下がり、状態を確認する。右肩から左腰のあたりまで一気に斬られている、傷はそこそこ深く血も相当出て来ている。
そこまで猶予が無い事を悟り、少しだけ焦りながら霊力補強チョコを丸々二個食べた。普通に良くないやり方だが仕方無い。無茶はする。
「二個も食ったか。来い、どちらとしても短期決戦が望みだろ」
「まぁ…そふぅねぇ」
呂律も回っていない。少しずつだが効いている。このままやり過ごす事が出来れば絶対に大きなチャンスがやってくる。そこで一撃、首を跳ね飛ばしたりでもすればよい。
崎田は強い、無理をする必要はないだろう。
「行くぞ!」
だが攻撃しないと勘付かれる。見てるだけで分かるが自分が酔っている事に気付いていない、馬鹿だ。このまま引き延ばすのが一番勝てる可能性が高いと見た。
ある程度力を抜きながら斬りかかる。今度はしっかりと動きを観測し、回避する。素戔嗚は手を止めず、ひたすら斬りかかる。崎田も何とか回避を続けている。
だがあるタイミングでバランスを崩した。酔いが更に酷くなっているのだ。この時ようやく気付いた。
「酔ってる…」
「今更か」
だが容赦はしない。速度を上げる、自覚したと言う事は反撃を取る事を無意識下で拒否するだろう。一気に攻めて、隙を編み出すのだ。
そして十三秒後、崎田の動きが緩んだ。顔色が悪い、来た。ようやく来た。この長い数分間を耐えた末にようやく来たチャンス、逃すはずがない。
今まで一番の力を籠めながら刀を振り上げる。そして天仁 凱にも協力してもらおうとしたその時だった。崎田は一瞬にして普通の顔色に戻り、小さく舌ベロを出した。
「ばかー」
直後手から落ちた手榴弾。ただの爆弾だと思った素戔嗚は瞬時に刀で防御を行おうとする。だがそれが間違いだった、発されたのは霊力。
肌で感じてようやく分かった。自爆覚悟の霊力爆発、斧羅亥唄と同等の威力。体が持って行かれそうな衝撃を耐え抜いた。落ち着いた。
息も絶え絶えで至る所から血も出ている。刀を使ってこの有様なのだから丸腰の崎田が無事なはずがない、何なら死んでいてもおかしくない。
「…な…に……」
驚愕した。視界に入ったのは完全に無傷で立っている崎田の姿だったからだ。
「霊力を極端に増やす事によって油断したでしょ。霊力爆弾だから被弾しても、霊力が無ければ完全無傷って事よ」
研究の成果だ。最初の作戦会議に参加しなかったのはこの法則を見つけたからだ。少し前にクレールがニアに教えた事を、崎田はたった一人で掴みかけていたのだ。
だが完全には分かっておらず、霊力が全く存在しないものに対しての攻撃が完全に無効化される事しか知らなかった。なので前提として霊力を増やし、万が一素戔嗚がこの事を知っていたとしても思考から排除。
次に透明布でのパンチや粉塵爆発のように普通の攻撃で戦わせるように見せかける。その後相手の術中にハマったかのように見せて近付かせ、回避不可能な距離まで近付いてから霊力爆弾を爆破。
瞬時にとある物を生成し、霊力を涸らす。そして爆破が収まったらすぐに霊力補強チョコを二つ食しある程度の回復。これをしただけだ。
「…何故…無傷なんだ」
「教えない。まぁそれより先に気にする事があるでしょ」
気にする事とは大量の霊力を用いて生成した物である。相当な霊力を一個の物に集中させたのでとんでもない物が作られているに違いない。
体勢を立て直した素戔嗚はすぐに周囲を確認する。だがそれらしき物は一切見当たらない、また透明布か何かで隠されているのかとも思ったがそんな事をしている余裕はなかった筈だ。元々持っていたなら先程までで使っていた方が有利に進んでいたはずなのでおかしい。
「なんだ…?何が…」
後ずさり、警戒する。そこで何かとぶつかった、恐らく壁なのだが、それがおかしい。霊力爆弾はただの霊力を放出したものであって何かが倒壊したりはしないはずだ。それに音もしなかった。
すぐに振り向くとそこには壁があった。彩度の低い白、すぐに崎田の方を見てそちらにも同じ壁がある事も確認した。そしてその壁が半球体状になっている事も見れば分かる。
「神の域だから相当難しかったよ、でも作れた」
そう言いながら少しだけ鼻血を垂らした。それもそのはず、生成中に頭が吹っ飛んでもおかしくないレベルだからだ。何せ神の生成物にプラスアルファで効果を付け足したのだ。本来人が出来る行為ではない。
霊力爆弾の波に揉まれている素戔嗚が気付けなかったもの、それは生徒の情報や記憶から頭の片隅に置いていた物体のような何か。
「これは、ドームか!」
数年前の仮想世界での戦闘。その際に使われたドームそのもの、素戔嗚は当然知っている。そして気付くと同時に焦り出す。恐らく崎田を気絶か殺すかしないとこのドームは無くならない。
だが霊力補強チョコである程度の余裕が出来た崎田に対して素戔嗚は傷だらけ。数個所骨も折れているはずだ。再度霊力爆弾を使用されたら確実に負ける、死にはしなくとも確実に。
「終わらせよっか」
考えていた通り、崎田が霊力爆弾を作り出そうとする。何としてでも阻止しなくてはと考えた素戔嗚は半ばヤケクソで突っ込もうとする。だが足を前に出したその瞬間だった、頭がフラッとなりバランスを崩してその場で気絶した。
「…え?」
崎田も困惑している。あまりに唐突な事だってので理解が出来ないのだ。霊力爆弾を生成し、恐る恐る近付いてみたがやはり死んでいる。そしてある人物と重なった、酔いつぶれた時の兆波だ。
「…そう言う事か。多分跳ね返った…というか代償があったんだ。そもそも素戔嗚レベルの呪使いが完璧な新術なんて作り出せるはずも無いもんね…」
一安心した崎田はドームの壁をすり抜けて外に出た。付与した効果とは崎田の出入りだ。そして腕だけをドームの中に入れ、霊力爆弾を作動させてから引っこ抜いた。
完全防音性なので全く音はしなかったが、少し地面が揺れた。元々広い廊下に分散していた霊力が全てドーム内で暴れるのだ、仕方無いだろう。
もしかしたら素戔嗚は死んだかもしれないが、しょうがない。とりあえずドームギリギリに寝転んでいるファルを回収する。
「あぶなー、透明布避けちゃってんじゃん」
すぐに傷が無い事を確認した。その後は自身の修復だ。特に欠損などはする事が無かったのでまだ良いが、相当痛い傷を負わされた。残りの霊力の半分を使って即効性は無いが何でも治る魔法のお薬を作り出した。
もう何も作れないがどうせ次に戦闘をしたら負けるだろう。ならば回収を少しでも早めた方が良いと判断したのだ。まだ痛むがどうせ治ると割り切ってファルを担ぎ、再度散策を始めた。今更襲って来た驚異的な吐き気に所々敗北しながら。
第三百十六話「デバッグ不足」




