第三百十三話
御伽学園戦闘病
第三百十三話「不感」
基地内にいた能力者は全員ランダムにテレポートさせられた。当然ベロニカを探していた第一班も全員別の場所へと飛ばされたのだ。恐らく人数的にタイマンで戦う事になるケースは少ないと思うが、基本的には助けが来ないと考えて動いた方が良いのも事実。
そんな中、生徒会長である咲はある女と相対していた。
「何が起こったのかは分かりませんが、貴女と戦わなくてはいけないのですね」
「そうねー。まぁあなたに勝ち目は無いけど。なんせ私はTISを下から支える力持ち!だもん」
そこはまるで外のような空間だった。だが空は暗く、月も無い。ただ外にもあった光る桜が光源の役割を果たしている。恐らくは戦闘用の空間か何かなのだろう、もしかしたら基地の外なのかもしれないが。
そして対峙している咲とリイカ。ひとまず時間を稼ぐ目的も兼ねて軽く話してみる事にした。
「ですが貴女と戦っても勝ち目は無い事ぐらい分かっています。どうしましょうか、交渉でもします?」
「何をくれるの」
「何でしょう。私や友達の魂とかで無ければ基本何でもあげられますが」
「うーん、じゃあ契約不成立で。私が欲しいのはあなたの魂。來花にも言われたの、もう殺していいって」
すると咲の雰囲気が一気に変わり、凄く鋭い視線を向けながら訊ねた。
「あいつが本当にそう言ったのですか」
「私が嘘つく理由は無いよー。まぁ悲しいかもしれないけど…」
咲は最後まで聞かず、いきなり攻撃をしかけた。だがリイカはまるで軌道が分かっているかのように避けた。
「一回しか巻き戻してないよ?大丈夫?そんな単調な攻撃で」
「大丈夫も何もありません、気絶でも何でも良いので貴女を倒し來花の元へ行きます。そして殺します」
「いやーちょっと無理かなー。今の來花めっちゃ強いから結構な戦力になるし、何よりもう戦ってるよ元と」
「元先生ですか…あまり相性は良くありませんね。尚更私が殺します、なので大人しく退くか負けるか選んでください」
「だーかーらー!あんたじゃ勝てないって言ってるの!それとも何?死にたいの?」
「いえ、そんな事一言たりとも言っていません。私は貴女を倒す、そう言っているのです。いい加減分かってください、馬鹿なんですか」
「まぁいっか。話通じ無さそうだし。ここで大人しくしてくれるならまだ余地はあったけど…ちょっとムカつくから殺すね、悪いけど」
するとリイカは頭につけていた面を被り、唱えた。
『降霊術・面・猫』
面は本来初心者が発動を安定させるための技法である。ただし唱や他の呼び出し方よりも力が弱くなるという欠点も持ち合わせている。だがリイカの詠唱からはその気配が全くと言っていい程感じ取れなかった。
というよりも面から霊力が漏れ出しているように感じる。霊を形成するので霊力が流れ出すこと自体に違和感は無いが、やはりおかしい。流れ出る霊力は発動者からのはずだ。だがリイカの場合面から流れている様に感じる。
「…特殊な面ですね」
気付くと同時に猫が飛び出した。そいつは明らかに普通の猫とは違う、置物のようだ。招き猫だ、完全に。
「特殊な霊ですね」
「まぁね。本来霊にはなれない存在だし、まぁ私が何度も霊のリセマラしたら見つかった超超超超レアモノよ。付喪神みたいな感じなんじゃない?そこまで興味ないから調べてないけど」
「そうですか。ならばそこまで脅威では無いですね」
嘘だ。本当は内心ビクビクしている。始めて見るタイプだ、明らかに生き物じゃないものが霊になっているのは。今まで聞いた事も無い例だったので何をしてくるのかさえも分からないのだ。
普通の霊のように本体の特性と妖術を絡めて戦うのか、それとも特殊な力を持っているのか。全く情報がない以上最大限警戒し、どんな攻撃が飛んできても対処できるようにしておかなくてはいけない。
万が一死ぬとしても『阿吽』で皆にこの事を伝えたからだ。だが現在は封で能力が使えなくなっている。
「…何故使えるのでしょうか。能力が」
「なんでだろうねー」
「…ここ、広域化の範囲をギリギリ逸れた場所ですね?貴女の能力ならそう言った場所を探し出す事など余裕、それに貴女は常に能力を使用出来る場所にいた方が良い。縁の下の力持ち、ですもんね」
「まぁ当たり。ここだけは能力使えるよ、使ってみなよ」
「いえ、私の能力は受け身を最大限強化したような能力なので貴女からの攻撃が無い限り使うことは無いでしょう」
「あっそ。じゃあ行くね」
『妖術』
それだけだ。
それだけならば何も発生しない筈だが、違った。目で捉える事も出来なかった。痛みでようやく気付く、右腕に攻撃をされた。血も垂れているし、服も切れている。
恐らく斬撃か何かなのだが、発射された事も分からなかったし斬られた感覚も無かった。すぐに傘牽を開き、身を守る。
『妖術』
再度唱えた。何の意味も無い詠唱、本来ならば。
今度は傘の向こうからとんでもない質量が迫って来ているのが感じ取れる。明らかにおかしい、何故こんな事が可能なのだろうか。咲の霊力感知や勘が劣っている訳では無い、ただただ気配が無いのだ、攻撃の。
傘が無かったら今頃圧で内臓がグチャグチャに変形させられながら吹っ飛ばされていただろう。傘牽を使用しても完全に防ぎきる事が出来ず、押され気味だ。
「何が…起こってるの!」
何とか無理矢理弾き返し、その質量の正体を確認しようとする。だがそんな事すらする余裕は与えられないのだ。何故なら相手はその動作をされた結果何を導き出されるのかを全て知っているリイカだからだ。
巻き戻してというインチキ能力のせいで何か咲にとって有利に働く行動は全て封じられるのだ。
『妖術』
今度は重力が加算され、動きが取れなくなった。当然目で見る事など出来ず、結局何が教え寄せて来ているのかは分からずじまいだった。
ひたすら重みに耐えているがこのままではマズイ。再度唱えられるともろに攻撃をくらう事になる、かと言って重力から逃れる方法を持ち合わせているわけでも無い。
出来る事はただ一つ。
『妖術』
ギリギリで、受け止める。
「はぁ!?」
リイカの声が響いた。再度飛んで行った質量の塊は咲の傘牽を貫き、体へとぶつかったはずだ。だがその質量は咲の体に食い込んだまま、動きを止めた。
そして発動した、能力を。
「私とダメージ半分にするのは良いけど…良くくらう気になったわね…その速度の質量攻撃…」
感服と言った所だろう。一度傘牽で防御しているとはいえ、その質量がとんでもない速度で突っ込んで来る事ぐらい分かっていたはずだ。それなのに避けようとせず、むしろ体で受けて能力で半減。
そこまで堅い訳でも無い咲がやるにはリスキーすぎる作戦だ。実際相当な消耗で膝を床に付けてしまっている。
「やっぱ怖いもの知らず、って感じだね。兄妹揃って」
「それは……光栄ですね」
すぐに傘牽に霊力を流し再生させた。これは武具でありただの傘ではない、リイカもそれは知っていたが修復能力も持ち合わせているとは思っていなかった。だがよく考えると当たり前だろう、霊力で形成する事が大前提である降霊術の女王が作り上げた武具なのだからその程度の構造は作れるはずだ。
だとするとそこまで高度な技術を使わずとも直せるはずだ。そこまで驚く事でもない、それより再生した傘牽をどう手元から弾き飛ばすかが重要だ。
「まぁしょうがない。見られちゃったもんね、その質量は"譽の能力"だね」
「…?」
「私の猫は少し特殊、妖術って唱えると"私が味方と判断した者"の能力を持って来れる。というか一時的なコピーっていうのが近しいのかな?しかも私が時間を巻き戻すたびに持ってくる能力は変化する、正に私のための霊って感じ」
その効果について真相が語られた。前に紫苑と戦ったおっさんの様な能力を所持している、だが一つ大きく違う点がある。発動タイミングが丸分かりだ。しかも耳だけでそれが感じ取れる。
その瞬間、咲の頭にある思考が降って来る。そして澱むようにして深く、心の奥底まで入り込んで来る。これをすれば集中力や第六感が増幅するが、下手をしたら一生、という果てしない期間のリスクが伴う。
だが迷う事は無かった。すぐに傘の柄を自信の顔に突き立て、二回突き刺した。
ここで迷うようでは、生徒会長は勤まらない。
「…うっそでしょあんた……イカれてるね、私と同じぐらいには」
咲は顔を上げた。両目は閉じているが、そこから涙の様に血が滴っている。
「霊に捧げたわけでは無いので回復は容易でしょう。それよりも視覚から入って来る情報がうざったい、貴女の霊の術は耳で発動タイミングが分かり、手でおおよそは何か分かる。
先程の質量攻撃の様に目で捉えるには相応の代償が必須。見合っていないと判断し、迷う予知すらも切り落としました。それの何がイカれていると判断したのでしょう、至極真っ当な行動だと、私は思いますが」
先程と何ら変わりなく言葉を発している。普通なら痛みに悶え、精々立っているのが精一杯だろう。だが高度な霊力感知によって状況をしっかりと掴み、確実に攻撃を受け流す事が出来る構えを取っている。
リイカは何度もやり直した、咲が目を潰さないように出来ないかと、軽く二十回は試した。だが無理だった、この女はどんな状況でも目を潰した。
自己犠牲なんかではない、ただ圧倒的な強者との衝突では視覚がただの足枷にしかならないと思ったのだ。それが確定している。
「怖くないんだ、治せないかもって可能性が」
「可能性は信じません、どう足掻いても行きつく先は同じです。貴女がどれだけ過去を変えようとそれは私からしたら不感の事象、分からないのです。
だからその時最善だと思った行動を取るのみです。信じていますから、必ず治してくれると」
リイカは流と戦闘をした事が無いのでそこまで深くは理解できない。だが何か同じ空気を感じた。ひょうひょうとした殺意、一般ならば佐須魔や智鷹にも向けらえる殺意。
それがただ一点へ向けられているのだ。ただ一人、たった一人。
「私の最大の恐怖は來花を取り逃し、罪を償わせることが出来ない事です」
翔馬 來花。全ての原因とはいえども異常とも言える執着心、家族と離れ離れになったあの事件から長い事追手を退き逃げ続け、その後は島での穏便な生活。
共も作り、普通の生活だった。そんな中に唐突として現れた兄、全てを忘れ、消し去った兄の姿。どれほどの失望と絶望かはリイカにも測り知れない、だが一つ言える事がある。
その失望は結果として原因である父へと向いた。だが來花は強すぎた、人の域を越え全てを正そうとしていた。そんな男に追いつくため彼女は無意識下で人が捨ててはいけないものを捨ててしまったのだろう。
死への恐怖。
「私とは真逆だね」
死を恐れ巻き戻しという能力を極めたリイカとは真反対の死を厭わない生き様。
いや、違う。咲は死へ無関心と言う訳では無い、死への道しるべを全てかき消し、塗り替えたのだ。
認知の歪みと言ってしまえばそれまでだが、リイカはそうは表さなかった。気になるのだ。自信とは違う、何者かのやり方が。
会場は冷えたまま。ただ両者の皮下でひしめき合う死への頓着。
だが二人共考えていなかった、全く違う認知を持つ者同士がぶつかり合う際に引き起こされる、虚無と言う現実の事を。
第三百十三話「不感」




